













生きてこそ (1993年の映画)

ウイキペディアより
公開 1993年1月15日
1993年5月
上映時間 126分
製作国 アメリカ合衆国
言語 英語
制作費 $32,000,000
興行収入 $36,733,900 (USA)
『生きてこそ』(いきてこそ、原題:Alive)は、ピアズ・ポール・リード (Piers Paul Read) のウルグアイ空軍機571便遭難事故を題材にしたドキュメンタリー小説『生きてこそ』を原作にした1993年公開のアメリカ映画である。フランク・マーシャル監督、イーサン・ホーク主演、ナレーターをジョン・マルコヴィッチが行っている。
1972年10月13日にウルグアイのステラ・マリス学園のラグビーチームを乗せた乗員乗客45名のウルグアイ空軍チャーター機がアンデス山脈に衝突・墜落し、厳寒の山脈で72日間の生存を果たし生還した16人の事実を元にしたドキュメンタリー映画。
実際の事故の生存者のひとりであるナンド・パラードがテクニカル・アドバイザーとしてカナダ西部のコロンビア山脈で行われた墜落現場の撮影に参加している。
「ウルグアイ空軍機571便遭難事故」を参照
1972年10月、ウルグアイのステラ・マリス学園のラグビーチームとその家族・知人を乗せたウルグアイ空軍のフェアチャイルドFH-227D旅客機が悪天候で視界が遮られた状態のままチリの航空管制の誤誘導でアンデス山脈高度4,200メートル地点に激突・墜落。機体はばらばらになり山脈の壁面を滑落した。短時間のフライト予定で水も食料も殆ど持ち合わせていなかった生存者たちは、死亡した仲間の遺体を人肉食することで餓えをしのぎ生存する道を選んだ。機内のラジオで自分たちの捜索が打ち切られたことを知った生存者たちは、幾多の苦労を乗り越えて最終的に自力で生還することを選び、ナンド・パラードとロベルト・カネッサは山のふもとまで到達し助けを呼ぶことに成功した。そうして生存者16人は救助ヘリの到着まで生き延び、無事生還を果たしたのだった。
goo映画
1972年、ウルグアイの学生ラグビー・チームが、チリで行われる試合に参加するため、家族と共に飛行機でアンデス山脈を越えようとしていた。しかし、突然激しい揺れが襲い、機体は岩山に衝突し真っ二つになって墜落した。意識を取り戻した キャプテンのアントニオ(ヴィセント・スパーノ)は一面の雪景色の中に広がる惨状にたじろぐが、医学生のロベルト(ジョシュ・ハミルトン)やカリトス(ブルース・ラムゼイ)らと協力して怪我人に応急手当を行う。しかし、通信不能で捜索隊をじっと待つしかない状況だった。翌朝、27名の生存者は犠牲者を雪に埋めて祈りを捧げた。次の日、瀕死状態だったナンド(イーサン・ホーク)が奇蹟的に息を吹き返した。3日目に上空に飛行機が飛んで来て、狂喜し、安心した彼らはその夜、すべての食料を食べつくしてしまうが、救助隊は一向に現れず、数日後、手作りのラジオで彼らは捜索が打ち切られたことを知った。事故から10日目の朝、彼らは生きるために仲間の屍を食べることを選択した。しかし猛烈な雪崩に襲われ何人かの仲間を失った・・・。その中には最後まで肉を食べなかったリリアナ(イレーナ・ダグラス)やアントニオも含まれていた。生き残った16名にも衰弱の色が目立ち、自力で山を越えようと、61日目にナンドはロベルトとティンティン(ジョン・ハイムズ・ニュートン)と共に出発した。途中でティンティンは引き返すが、ナンドとロベルトはついに山の麓にたどり着き、皆は救助隊に助けられて無事生還することができたのだった。
グーグルクローム使用時にエラーが起きる率が高い。削除したらPCが安定した。
まだ20分くらいしか使用していないので、確信ではない。いまのブラウザはインターネットエキスプローラー8にグーグルバーを埋め込んだもの。クロームに変えて3ヶ月は良かったのに。セッセとデフラグを繰り返し何かを損なったのかも。ひとまず安心。













夜の大捜査線


ウイキペディアより
第40回アカデミー作品賞、主演男優賞(ロッド・スタイガー)、脚本賞(脚色部門:スターリング・シリファント)、音響賞(サミュエルゴールドウィン撮影所サウンド部)、編集賞(ハル・アシュビー)を受賞した。また2002年米国連邦国会図書館が、アメリカ国立フィルム登記簿に新規登記された作品である。
原作はジョン・ポールのベストセラー小説「夜の熱気の中で」(アメリカ探偵作家クラブ新人賞受賞作)より絶妙にスターリング・シリファントが脚色。
当時盛り上がっていた公民権運動を背景に、タイミング良く制作されたこの作品は、キャスト・スタッフ共々自発的に参加して作り上げた作品である。
人種差別が厳しいミシシッピ州にある小さな町で起きた殺人事件と偶然捜査に参加するようになった腕利きの黒人刑事、そしてことごとく捜査に対立する白人の人種差別的な町の警察署長と、その捜査の様子を白い目で見ている住民たちの緊迫した対立の関係には当時の公民権運動の緊迫感をも感じ取ることができる。
公開 1967年8月2日 ニューヨーク
上映時間 109分
製作国 アメリカ合衆国
言語 英語
制作費 200万ドル
興行収入 1090万ドル
アメリカ南部の小さな駅に夜行列車からひとりの黒人(シドニー・ポワティエ)が降り立った。町では折しも有力者の殺人事件が発生。パトカーの警官がうだるような熱帯夜のなかを巡回していた。人種偏見の強い地方であるがゆえに、「よそ者」の黒人は逮捕され、署長(ロッド・スタイガー)の前に突き出されてしまう。しかし、あからさまな侮蔑と嫌悪にさらされている男こそフィラデルフィア警察の敏腕刑事ヴァージル・ティップスだった。
滅多にない大事件に手を焼く田舎町の警察は、屈辱感を覚えつつも都会のベテラン刑事ヴァージルに捜査協力を依頼する。白人署長は頑固で無能な差別主義で、ヴァージルと地元警察との連携を邪魔するだけであった。だが、事件はようやく解決し、ヴァージルと署長との間には奇妙な友情のようなものが生まれていた。ヴァージルが町を去る日、駅には彼を見送る署長の姿があった。
エピソード
冒頭の有名な列車のロングショットは、撮影監督ハスケル・ウェクスラーが本屋で立ち読みしていた家庭用のカメラ撮影用の本からヒントを受け、金物屋から網戸の網を買ってきて、カメラに装着し、助手と2人きりで撮影した。[1]
人種差別のひどい南部をシドニー・ポワティエは嫌っていて、ほとんどの撮影はイリノイ州でロケ撮影を行った。ただし、広大な綿畑の場面はテネシー州において撮影した。温室での場面も実在している温室を利用し、植えられていたランは15000ドルの価値があった。[2]
州境の橋の場面では、映画史上初めてズームレンズを装着して撮影した。[3]
実力者の未亡人役だったリー・グラントは赤狩りによって映画界を干されて、この作品が復帰第1作目となった。(彼女は赤狩りの最中に本当に夫を失っている)[4]
警察署長役のロッド・スタイガーは絶えずガムを噛み続けることを訝しがった。最初は嫌がっていたが、そのアイディアが良かったので噛み続けることにした。結局撮影中263箱分のガムを噛み続けていた。[5]
警察署長宅でのシドニー・ポワティエとロッド・スタイガーとの会話の場面はすべてアドリブで撮影された。[6]
ロッド・スタイガーが演じた警察署長役は、現在でも一般的になったカルト的な偶像になっている。この南部を代表とするステレオタイプ的な役柄は、広告などにも利用されている[7]。
「みんな私をミスター・ティップスと呼んでいる!(They call me Mister Tibbs!)」という台詞は、AFI(米国映画協会)の選んだ名台詞100の第16位に入っている。
シドニー・ポワティエ自身が1番大好きな映画の1本である。[8]
映画ではバージルはフィラデルフィア市警から派遣されて来ているが、ボールの原作ではバージルが所属するのはカリフォルニア州パサディナ市警察。
ネタバレ注意 物語の終幕は、原作では署長が握手をしようか迷ったまま結局出来ずに刑事を送り出すが、映画では二人が握手をして別れるハッピーエンドに変更されている。
goo映画
ミシシッピーの田舎町スパルタの夜はうだるような熱さだった。警官サム(ウォーレン・オーツ)は深夜のパトロール中、町の実業家が殺害されているのを発見した。サムからの連絡をうけた署長のビル・ギレスピー(ロッド・スタイガー)は早速行動を開始した。気負いたったサムは駅で列車をまっていた黒人をいきなり容疑者として逮捕した。ところがその黒人はバージル・ティッブス(シドニー・ポワチエ)というフィラデルフィア警察の殺人課の優秀な刑事で、休暇で帰っていたのだった。初めて殺人事件を扱うギレスピーはベテランのティッブスの協力を頼みたいと思ったが、人種偏見の強い土地柄、どうしても頭をさげることができなかった。だが殺人犯として逮捕された不良少年が犯人ではないと断定したティッブスの見事な論理にカブトを脱いだギレスピーは渋々と助力を頼みこんだ。絶えず衝突し、感情を抑えながらもティッブスとギレスピーは捜査を続けた。だが白人が黒人に調べられるという屈辱に町民は怒り、捜査は困難をきわめ、ティッブスは生命さえ危険になっていった。これ以上のトラブルをおそれたギレスピーは捜査をうち切るようにとティッブスに勧告したが、ティッブスは聞きいれなかった。そして、実業家は他所で殺されて発見された場所まで車で運ばれたと推理したティッブスは、事件のあった夜、車の中で不良少女と情事にふけっていた食堂のボーイを犯人と断定した。ティッブスの推理は正しかった。ボーイは少女の堕胎費をえるために殺人をおかしたのだった。感情的な対立に苦しみながら、こうして事件は終わった。フィラデルフィアへ帰るティッブスをギレスピーは駅頭に送り、黙したままトランクを持ってやった。無骨なギレスピーの、これが唯一の感謝のしるしだった。
いつか晴れた日に



左主演 姉 エマ・トンプソン 右 ケイト・ウィンスレット
ケイト・エリザベス・ウィンスレット(Kate Elizabeth Winslet、1975年10月5日 - )は、イギリスの女優。
身長169cm。正しい発音はウィンズレットであり、ケイト・ウィンズレットやケート・ウィンズレットと表記されることもある。
イングランド・バークシャー州レディングで生まれる。祖父母、両親、叔父、姉と妹も俳優という演劇一家でもある。
英国国教会派として育ち、11歳から16歳まで地元の演劇学校に通った。学生時代は足の太さや体格などでいじめられたという。
コマーシャルや舞台、テレビドラマなどの出演を経て、1994年にヴェネチア国際映画祭銀獅子賞を受賞した『乙女の祈り』で映画デビュー。翌年公開の『いつか晴れた日に』でアカデミー助演女優賞にノミネートされ、英国アカデミー賞では助演女優賞を受賞した。
1997年公開のハリウッド大作『タイタニック』のヒロイン、ローズ役で一躍知られるようになり、この作品でアカデミー主演女優賞にノミネートされた。また、『タイタニック』や『ハムレット』、『クイルズ』、『ネバーランド』など、コスチューム・プレイの作品が多いことから「コルセット・ケイト(Corset
Kate)」というニックネームが付けられた。
2000年のグラミー賞でBest Spoken Word Album for Childrenを受賞。2001年には『クリスマス・キャロル』の主題歌である『What
If?』というシングルをリリースし、イギリスでは初登場6位、アイルランドでは初登場1位を記録した。同年公開の『アイリス』で若き日のアイリス・マードックを好演し、アカデミー助演女優賞にノミネートされた。
2004年公開の『エターナル・サンシャイン』、2006年公開の『リトル・チルドレン』でアカデミー主演女優賞にノミネートされた。また、2005年にBBCで放送されている『エキストラ:スターに近づけ!』にゲスト出演し、エミー賞ゲスト女優賞にノミネートされた。
2008年公開の『レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで』と『愛を読むひと』の好演により、第66回ゴールデングローブ賞では前者の作品で主演女優賞
(ドラマ部門)を、後者の作品で助演女優賞と、ダブル受賞を果たした。第81回アカデミー賞では『愛を読むひと』で主演女優賞を受賞した。
2009年現在、33歳で6回のアカデミー賞ノミネートは最年少記録でもある(それまでの最年少記録はベティ・デイヴィスの34歳で6回のノミネート)。
私生活
過去に『Dark Season』で共演した俳優兼作家のステファン・トレンドレ(1997年12月に癌で他界)や俳優のルーファス・シーウェルと交際していた。『タイタニック』で共演したレオナルド・ディカプリオとは親友で、よく食事にも行く。
1998年11月22日に『グッバイ・モロッコ』の撮影で出会った助監督のジム・スレアプレトンと結婚。2000年10月12日に長女(ミア・ハニー・スレアプレトン)を出産したが、2001年に離婚。2003年5月24日に舞台演出家兼映画監督のサム・メンデスと再婚し、同年12月22日に長男(ジョー・アルフィー・ウィンスレット・メンデス)を出産。現在は家族と共にロンドンとニューヨークで暮らしている。
主な出演作品 [編集]
公開年 邦題
原題 役名 備考
1991 Dark Season レート テレビシリーズ
1992 Get Back エレノア・スウィート テレビシリーズ
1994 乙女の祈り
Heavenly Creatures ジュリエット
1995 タイムマスター/時空をかける少年
A Kid in King Arthur's Court サラ姫 日本未公開
いつか晴れた日に
Sense and Sensibility マリアンヌ・ダッシュウッド 英国アカデミー賞 助演女優賞受賞
アカデミー助演女優賞ノミネート
ゴールデングローブ賞 助演女優賞ノミネート
1996 日蔭のふたり
Jude スー・ブライドヘッド
ハムレット
Hamlet オフィーリア
1997 タイタニック
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ウイキペディアより
出演者 エマ・トンプソン
ケイト・ウィンスレット
ヒュー・グラント
音楽 パトリック・ドイル
撮影 マイケル・コールター
公開 1995年12月13日
1996年6月1日
上映時間 136分
製作国 イギリス・アメリカ
言語 英語
制作費 $16,500,000
『いつか晴れた日に』(いつかはれたひに、Sense and Sensibility)は、1995年製作のアメリカ・イギリス合作映画である。アン・リー監督。ジェーン・オースティン
の『分別と多感』が原作(原題は原作と同じ)。
主演のエマ・トンプソンが脚本も書いており、アカデミー脚色賞を受賞した。
ストーリー
ダッシュウッド氏が亡くなった後、妻と3人の娘たち - エレノア、マリアンヌ、マーガレット - 達は、年500ポンドの遺産しか残されなかったことに愕然とする。ダッシュウッド氏は妻と娘たちの身を案じ、死ぬ間際に彼女たちを頼むと先妻との間の息子であるジョンに頼んでいたにも関わらず、ジョンの妻ファニーがそれを阻止してしまったのだった。ジョンとファニーはエレノア達が住んでいたノーランド・パークに乗り込み、彼女たちを邪慳に扱うようになる。
キャスト [編集]
エレノア・ダッシュウッド(姉)(エマ・トンプソン)
マリアンヌ・ダッシュウッド(妹)(ケイト・ウィンスレット)
エドワード・フェラース(エレノアが思いを寄せる)(ヒュー・グラント)
ブランドン大佐(マリアンヌに思いを寄せる)(アラン・リックマン)
ジョン・ウィロビー(マリアンヌと相思相愛)(グレッグ・ワイズ)
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goo映画
19世紀初頭。イングランド南西部はサセックス州。私園ノーランド・パークの主ヘンリー・ダッシュウッドは臨終の床で、先妻の息子の長男ジョン(ジェームズ・フリート)に、現在の妻ダッシュウッド夫人(ジェンマ・ジョーンズ)と3人の娘たちの世話を託して死ぬ。ジョンは彼女らの世話をしようとするが、強欲な妻のファニー(ハリエット・ウォルター)がそれを阻止、父の遺言は反故に。ファニーはノーランド・パークに乗り込み主人風を吹かせ、ダッシュウッド夫人らを新しい家に追い立てようとする。分別ある長女エリノア(エマ・トンプソン)は礼を尽くすが、多感な次女のマリアンヌ(ケイト・ウィンスレット)はあからさまに嫌悪の情をみせ、おてんばな三女マーガレット(エミリー・フランソワ)は隠れているばかり。そんな折り、ファニーの弟エドワード・フェラース(ヒュー・グラント)がパークを訪れる。礼儀正しく控え目な彼にエリノアはひかれ、二人はやがて親密な仲に。二人の結婚を夢見るダッシュウッド夫人だったが、ファニーは「貧乏娘が金持ちにたかろうとしている」と彼女を侮辱。怒った夫人は従兄のジョン・ミドルトン卿(ロバート・バーティ)の申し出を受け、彼の小さな別荘バートン・コテージに引っ越すことを決めた。バートン・パークでジョン卿とその義母ジェニングス夫人(エリザベス・スプリッグス)の歓待を受けた母娘は、つましい生活をはじめる。そこへジョン卿の親友で隣人のブランドン大佐(アラン・リックマン)が来訪。大佐はマリアンヌに会うや一目で彼女を愛するようになる。ところがその矢先、彼女の前に“白馬の騎士"が文字通り登場。その若く魅力的な紳士ジョン・ウィロビー(グレッグ・ワイズ)にマリアンヌは虜になる。一方、エリノアはエドワードがコテージを訪れるのを待ったが、音沙汰はない。ある日、ブランドン大佐がダッシュウッド一家をピクニックに招待した日。大佐は急な知らせを受けて、慌ただしくロンドンへ。ウィロビーはマリアンヌに明日重要な話をすると語り、皆はプロポーズを期待。翌日、マリアンヌを残し教会へ行った一家が戻ると、泣きじゃくるマリアンヌの姿が。ウィロビーは理由を言わず、資産家の叔母レディー・アレンの言いつけでロンドンに戻ると逃げるように去った。一方、エリノアはジェニングス夫人の姪で、夫人の娘夫婦シャーロット(イメルダ・スタウントン)とパーマー氏(ヒュー・ローリー)と滞在中の令嬢ルーシー・スティール(イモジェン・スタップス)がエリノアに、自分は5年前からエドワードの婚約者だと打ち明け、秘密を守ることを約束させられた。沈む姉妹をジェニングス夫人がロンドンに招待。ところがロンドンに着いても、マリアンヌの再三の手紙にもかかわらず、ウィロビーから音沙汰はない。姉妹は舞踏会でウィロビーに再会。しかし彼はマリアンヌによそよそしいばかりか別の貴婦人の方へ歩み去る。エリノアもジェニングス夫人のお膳立てでエドワードに会えるはずが、ファニーが連れて来たのは末の弟のロバートだった。マリアンヌはウィロビーからの別れの手紙で、彼が持参金つきの娘と結婚すると知って絶望の淵に。彼女の身が心配なエリノアは、帰郷するためブランドン大佐に助けを求める。大佐はエリノアに驚くべき事実を話す。大佐には亡くなった恋人の私生児ベスがおり、何と彼女ははウィロビーの子を妊娠したというのだ。これで彼は叔母の遺産の相続権を失い、マリアンヌを諦め、財産ある娘との結婚を決めたのだ。エリノアはすべてをマリアンヌに伝えた。一方、ルーシーは舞踏会でロバートと意気投合、ファニーとも知己を得たとエリノアに報告に来る。そこへ偶然エドワードが来訪。しかし再会を喜び合う間もなく、エドワードはルーシーと去り、エリノアは黙ってそれを見送る。夢見心地のルーシーは、ファニーに意中の人を告白。ところがファニーは逆上、「性悪女!」とルーシーを追い出す。ジェニングス夫人はエドワードが母親の命令であるルーシーとの婚約破棄を拒否したため、財産の相続権を失ったというニュースを姉妹に伝える。エリノアが二人の婚約を知っていたことを姉の表情からマリアンヌは直感。辛い思いを初めてエリノアは初めて打ち明ける。一方、ブランドン大佐はエドワードの苦境を知って、自分の領地の提供を申し出、頼まれたエリノアは辛さを隠して、エドワードに大佐の言葉を伝える。やがて二人は帰郷の途に。パーマー夫妻の屋敷に滞在中、マリアンヌはウィロビー邸をのぞむ丘で悲しみに浸る。嵐に打たれ、倒れていた彼女を見つけたのは大佐だった。重い流感にかかったマリアンヌを必死で看病するエリノア。大佐はいてもたってもいられず、エリノアの頼みでダッシュウッド夫人を連れに行く。マリアンヌは一命をとりとめ、苦しい息で大佐に初めて礼を言う。春。健康を回復したマリアンヌの傍らには、いつも彼女に愛情を注ぐ大佐がいた。そこへ突然、エドワードがやって来る。結婚の噂を聞いていた一家はエドワードに新婚生活をたずねる。ところが驚いたことに、エドワードはまだ結婚していなかった。ルーシーはロバートに愛を移して、彼と結婚したのだ。あまりのことにすすり泣くエリノアに、エドワードははじめて愛を告白した……それから間もなく。ブランドンとマリアンヌ、エドワードとエリノアの二組の結婚式がバートンの教会で行われた。