



『善き人のためのソナタ』
Das Leben der Anderen、英題:The Lives of Others)

ウイキペディアより
2006年のドイツ映画。
東ドイツのシュタージのエージェントを主人公にしたドラマで、当時の東ドイツが置かれていた監視社会の実像を克明に
描いている。第79回アカデミー賞外国語映画賞を受賞した。
ヴィースラー大尉:ウルリッヒ・ミューエ
クリスタ=マリア・ジーラント:マルティナ・ゲデック
ゲオルク・ドライマン:セバスチャン・コッホ
アントン・グルヴィッツ:ウルリッヒ・トゥクル
1984年の東ベルリン。国家保安省(シュタージ)の局員ヴィースラー大尉は国家に忠誠を誓っていた。ある日彼は、反体
制の疑いのある劇作家ドライマンとその同棲相手の舞台女優クリスタを監視するよう命じられる。さっそくドライマンの
アパートには盗聴器が仕掛けられ、ヴィースラーは徹底した監視を開始する。しかし、聴こえてくる彼らの世界にヴィー
スラーは次第に共鳴していく。そして、ドライマンが弾いたピアノソナタを耳にした時、ヴィースラーの心は激しく揺さ
ぶられる。
主な受賞 [編集]
アカデミー賞:外国語映画賞
ニューヨーク映画批評家協会賞:外国語映画賞
ロサンゼルス映画批評家協会賞:外国語映画賞
ヨーロッパ映画賞:作品賞、脚本賞、男優賞
ドイツ映画賞:作品賞、監督賞、脚本賞、主演男優賞、助演男優賞、美術賞、撮影賞
バイエルン映画賞:監督賞、脚本賞、男優賞
ミュンヘン映画祭:ベルンハルト・ヴィッキ映画賞
ロカルノ国際映画祭:観客賞
インディペンデント・スピリット賞:外国語映画賞
英国インディペンデント映画賞:外国語映画賞
英国アカデミー賞:外国語映画賞
セザール賞:外国語映画賞
goo映画あらすじ
1984年、東西冷戦下の東ベルリン。国家保安省(シュタージ)局員のヴィースラーは、劇作家のドライマンと舞台女優で
ある恋人のクリスタが反体制的であるという証拠をつかむよう命じられる。成功すれば出世が待っていた。しかし予期し
ていなかったのは、彼らの世界に近づくことで監視する側である自分自身が変えられてしまうということだった。国家を
信じ忠実に仕えてきたヴィースラーだったが、盗聴器を通して知る、自由、愛、音楽、文学に影響を受け、いつの間にか
今まで知ることのなかった新しい人生に目覚めていく。ふたりの男女を通じて、あの壁の向こう側へと世界が開かれてい
くのだった…。
1989年のベルリンの壁崩壊は、冷戦時代の終焉を告げる出来事として人々の記憶に残っている。しかし、旧東ドイツでそ
の支配中枢を担っていたシュタージについては、統一後も、長い間映画のテーマとして描かれることはほとんどタブー視
されていた。そして17年を経た今、ようやく人々は重い口を開き当時の状況を語り始めた。初監督作にして世界で大絶賛
を浴びるのは、弱冠33歳のフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク。取材に4年を費やし、秘密組織“シュタージ
”の内幕を描いた本作は“近年のドイツでもっとも重要な映画”と称賛された。出演は、自身も監視された過去を持つ東
ドイツ出身の名優ウルリッヒ・ミューエ。変わりゆくヴィースラーの哀しみと歓びを静かに物語る。(作品資料より)
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反体制として監視される劇作家ドライマンと彼の恋人で舞台女優のクリスタの純粋で美しい愛と、権力を利用し、一方で
権力に支配されるという関係により揺れ動き、変化する複雑な二人の心理描写は絶妙。特にクリスタのドライマンへの愛
情、そして罪の意識に至るまでがとてつもなく深い。ドライマンがクリスタを抱きしめ、許しを請う場面は悲しすぎます
。
この映画では二つの裏切りが対照的に描かれています。一つはあまりにも残酷に終わり、もう一方は仄かに光を見る。そ
の光の中に人間の良心の尊さを感じることができます。
最後の言葉(鵜飼俊男注 この小説を、思想取締りから私たちを救ってくれた方に捧ぐ)がなんとも重く、心に響くこと
か。
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東ドイツで日常あたり前に行われていた監視社会「盗聴」。その実態を暴いた本作はベルリンの壁が壊れる約5年前に物
語が設定されている。隣人はスパイかもしれない?と疑いをもちながら暮らす東ドイツ市民の重苦しい生活感が伝わって
くる。本作は若干33歳の新人監督のデビュー作で、裏付け調査に丸4年を費やし脚本を書きあげたという。彼の汗と血の
結晶である本作は、旧東ドイツの実態を知らしめる歴史的価値の高いフィルムとしても人々の心に深く刻まれるだろう。
ラストは「ジ〜ン」ときます・・・。
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相手を精神的に追い詰めて、自白に追い込む、、、。警察学校で、実例をもとにそんなテクニックを学生にレクチャーす
るほどの国家秘密警察のベテラン中堅幹部は、ある日上層部からの命令である著名な舞台劇作家の行動監視を始める。
監視者の巧妙な盗聴により、作家の素顔が明らかになっていく、、、。
一方劇作家は、自分がそんな状況にあるとも知らないまま国家体制に迎合すべきなのか、表現者として国家に対する叛
意を明らかにして自らの誇りを守るのか相克する。
後者を選べば、表現の道を絶たれたまま失意のうちに命を絶った尊敬する偉大な作家の後を追うハメになる。しかし自
分の思想を覆い隠した作品などに、果たして価値などあるのか。
劇作家の盗聴を続ける監視者の鉄のような無表情に、迷いに似た苦悩の表情が表れ始める。人間のあるべき姿は果たし
てどちらだろう。劇作家の生き様に彼は敬意さえ覚えるようになる。
二人のジレンマが交錯したとき、監視者はついにある決断をする。
数年後冷戦体制は終結し、ベルリンの壁も崩壊する。秘密警察の記録の情報開示が進む中、劇作家は自分の盗聴記録の
核心部分が監視者自らの手により意図的に欠落させられていることに気づく。そこには自分に対する好意さえ感じられた
。
その数年後、劇作家は新著を発表する。
本を開いた元監視者は、見開きのページに添えられた自分への献辞に、眉を開いて静かに微笑むのだった。
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当時東ドイツでは国民全体にいわば監獄を強いていたということなのだろう。
でもこの話はまったく異世界の話ではなく、日本でもつい60年以上前まではこのような状況であったのだ。国家が人間を
爆弾と同様に考えるような国はすでにもう国家ではなくなっているのだ。東ドイツでも、オリンピックでは薬漬けで金メ
ダルを獲得していた人たちも今は病院生活をしている人たちが多いと聞いたことがある。(鵜飼俊男の感想 中国の英才
教育も、心をゆがめるとおもう。)
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原題は”Das Leben der Anderen”−英訳は"The Life of Others"で、「他人の生活」です。職務に従って他人の生活をの
ぞき見ていた旧東ドイツ治安警察の将校が、その他人に同情し、共感するに至る、いわばミイラ取りがミイラになってし
まう、というこの作品のテーマからつけられたものでしょう。ただ、邦題のように盗聴したら「善き人のためのソナタ」
が演奏されていて、それで心を入れ替えたというわけではありません。(このテーマ曲自体は現代音楽風のとても美しい
曲ですが。) ・・・かつての東欧諸国のように国家の力が社会の隅々にまで及んでいるところでは、政府ににらまれる
と、スターリン時代のように、深夜に秘密警察がきてどこかに連れて行かれてしまう、ということにまでならなくても、
仕事を奪われ、生活が成り立たなくなってしまいます。作家は作品を発表できず、俳優も出演のチャンスがなくなります
。一方、政府の意を迎れば、才能がなくても、それなりの好待遇が期待できます。 そのような社会で生き延びようとす
れば、人々は、積極的に力の強いものに取り入って協力し、あるいは、消極的に批判を差し控えて沈黙することになりま
す。しかも旧東ドイツは、人口1600万人の小さな国で、9万人の治安警察(シュタージ)と数十万人の非公然の情報
提供者が巧妙な監視体制を敷いている社会を作り上げている国でした。・・・普通の弱い人びとに、そのささやかな欲求
のために、卑劣な行為を強いることになるような体制をつくってはならないという決意を促すものです。 そのような訴
えは普遍的なものであり、東欧社会主義国家が滅びた今でもなお、私たちを感動させ勇気づけます。
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誰かをおとしいれる事なく、裏切る事無く、人の上に立とうとせず、どんな環境でも人の下に感じる事もなく、生きれる
事。
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統一によって旧西ドイツの順調な経済発展が崩壊し、雇用が不安定になったことや、統一後の資本主義への社会変化につ
いていけなくなってしまった人々も多くいた。
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あまりに素晴らしい芸術作品で、このレビューの「出だし」がどうしても書けずに、机の前で2時間以上黙って座っていた
。
138分の映画だから、机の前でほとんど上映時間分、余韻にひたっていたことになる。
こんなこと、初めてだ。
初めてと言えば、30本に1本くらいの割合で深々と感銘をうける作品はあっても、ラストの瞬間で心底、涙が滲んだのは
、この『善き人のためのソナタ』が初めてだった。
ラストは書店の中。
国家保安省の大尉から、落ちぶれに落ちぶれた主人公ヴィースラーが、書店のショーウインドーに、かつて自分が身を張
って助けた作家の宣伝用写真を見つけて思わず足を止める。
作家の新刊が華々しく出版されたのだ。
ヴィースラーは書店に入り、感慨深げに新刊本のページを捲る。
本文に入るまえに、献辞が目に飛び込んで来た。
「この本を<HGWXX/7>に捧げる」
HGWXX/7とは、かつてのヴィースラー大尉のスパイとしての暗号名なのだ。
作家ドライマンと、ヴィースラー大尉だけが理解し合える「暗黙」の記号だった。そこに、命懸けで作家を救助した自分
に対する感謝の念を発見したヴィースラー。
彼は本をレジに持参する。
若い店員が、「贈答用でしたら、お包みしましょうか?」と、たずねた。
ヴィースラーがそれを断り、短く語った一言が、私の目頭を熱くさせた。
「これは、わたしのための本だ」
最後に一瞬、彼の、疲れの滲んだ顔がアップになって、エンドロールとなる。
ドイツの新鋭監督ドナースマルクは、絶品を世に送り出してくれた。
なんという芸術性の高さだろうか。
「芸術が人間を変える」という事実をこれほどまでに清峻に語った作品を私は知らない。
一曲の物悲しいソナタの調べに始まる、劇作家ドライマンと彼の恋人で舞台女優クリスタの奏でる生き様が、盗聴監視の
プロフェッショナルの人間性を覆してしまったのだ。
旧東ドイツの「シュタージ」と呼ばれる国家保安省に勤務し、国家と社会主義
を信じ、反体制者を発見、告発することに身を捧げるヴィースラー大尉。
凄腕の尋問と盗聴の玄人の彼も、仕事を離れれば家族の居ない孤独な中年男。
侘しさから、娼婦を買ったりもする寒々とした生活を送る。
寡黙で、鉄火面、しかも格別特徴のない顔を持つヴィースラー大尉を演じたウルリッヒ・ミューエの、繊細な「眼差し」
による芝居には感嘆してしまった。
ヨーロッパ映画賞、ドイツ映画賞、バヴァリアン映画祭、コペンハーゲン国際映画祭の「主演男優賞」4冠だけでは、あ
まりに評価が低過ぎる。
アメリカ人には彼の微妙な「眼差し」による名演技がわからないようだ。
わずかに、ロサンゼルス映画批評家協会賞の「外国語映画賞」1冠のみ。
最後にノミネートされているアカデミー賞の「外国語映画」での受賞を心から願っている。(鵜飼俊男注 受賞しました)
密告したことが恋人に暴露された瞬間に、マルティナ・ゲデックがみせた、なんとも言いようのない痛恨の表情。
あの、痛ましさと後悔の入り混じった、哀愁の表情が忘れられない。
そして、彼女の非業の死も。
誰もが密告者になり得た哀しい時代を悼む。
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「反体制派の人間を40時間以上不眠不休で尋問を続ければ
嘘をついている人間は必ず泣き出し、やがて白状する」
など、数多の尋問経験から相手の言動や行動パターンを読めてしまう、
腕利きのシュタージ(国家保安省)局員、ヴィースラー。
そんな彼が、劇作家ドライマンと女優クリスタが暮らすアパートを監視することになる…。
ある夜、国の権力者に車の中でむりやり抱かれたクリスタ。
彼女がアパートの前で車から降りる頃を見計らい、
ヴィースラーは、ふたりの部屋に仕込み済みのカラクリを駆使して
ワザとドライマンをアパートの入口へおびき出し、ふたりを鉢合わせさせようとする。
「さあ、見ものだ…」
そう無表情につぶやき、恋人たちに非情な罠を仕掛けるヴィースラー。
彼は間違いなく、修羅場を予想していたはずだ。
だが、ドライマンの行動は、ヴィースラーの予測を裏切る。
ドライマンは何もかもを察しながら、クリスタに気付かれないように部屋へ戻り、
心の内にすべて秘めたままのクリスタを、何も言わずに優しく愛したのだ。
ふたりの睦言を、ヴィースラーは陶然と聞き入る…。
…ヴィースラーの世界にヒビが入った瞬間だ、と思った。
拷問のような尋問にかけられた人々が、
誰かに見られているとは知らずに心の闇を吐き出した人々が、
ヴィースラーに示してきた、怒り、裏切り、嘘、嫉妬、不信…。
それらが整然と並んでいた彼の辞書には、ドライマンの行動は載っていなかったのだ、と。
「これはいったい何なんだ?!」
戸惑う彼は、ドライマンの日常に潜り込んでいく。
心に入ったヒビは、己の知らなかった世界に触れる度にどんどん広がり、
筋金入りのシュタージであったヴィースラーの行動に変化が現れ始める…。
ドライマンが亡き友の残した楽譜「善き人のためのソナタ」を弾くのを聴き、
ヴィースラーは静かに涙をこぼす。
それは、ドライマンのように女を、友を、芸術を愛する男が、
この曲をどんな思いで奏でているのかを、ヴィースラーが理解するようになった証だろう。
繊細さ、優しさ、思いやり、人それぞれが持つ弱さと悲しい愛…。
今まで見えなかったものが見え始めたヴィースラーを、繊細に丁寧に演じるウルリッヒ・ミューエが見事だ。
ほとんど表情を変えない顔に、旧東ドイツの監視国家の洗礼を受けた男の半生が見える。
それゆえ、ヴィースラーの変化はどこか痛ましい。
こんな監視国家に苦しめられるドライマンをはじめとする民衆も哀れだが、
こんな監視国家が生み出したヴィースラーのような男もまた、哀れだ。
だが、「監視国家」というバケモノが生きていたわけではない。
それを支えていたのは「人」なのだ。
余談だが、ドライマンは二重の意味でヴィースラーに救われたのだと思った。
ひとつは、旧東ドイツの弾圧から。
もうひとつは、愛する女性の裏切りを知る苦しみから。
時を経て知ったクリスタの裏切りを、あの時代ゆえの悲劇としてドライマンは静かに受け止めるが
もしもリアルタイムに知っていたら、その後の彼の人生は辛いものだったに違いない。
真実には「知るべき時期」というものがあるのだ。
そう思った。
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ドイツ版オペラ座の怪人です。
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エレベーターに乗ってきたサッカーボールを持った少年が、自分の父親が秘密警察の悪口を言っていた、とヴィースラー
に話すシーン。
ヴィースラーが「名前は?」と聞きます。逮捕、監禁するために出た言葉でしょう。
子供に「僕の名前?」と聞かれると、父親の名前を問おうとしたヴィースラーは「ボールの名前」と言い変えます。
ヴィースラーの微妙な心境の変化を表現した、実に見事な演出です。
そしてヴィースラーの心の裏にあるもの。
それは孤独。
監視を終えて自分の家に戻ると、そこに待っているのは痛々しいほどの孤独。
家に呼んだ娼婦に「もう少し居て欲しい」と懇願する姿ほど、惨めさと、寂しさの表現ったらありません。
そして「善き人のためのソナタ」を聞いた時、その曲は、実に美しいですが、また悲しくもあります。
表情を変えないヴィースラーですが、次第に頬を伝わり出す涙。
間違いなく映画史に残る、名シーンでした。
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この映画は、悲劇の時代に生きた1人の“良心”をもとに、人々に“愛”を喚起し、“人のあり方”を問いただすような
映画です。
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なんと言ってもアカデミー賞の外国語映画賞獲ったんでしょ?
この賞を獲る映画は、大体傑作なんですよ。
涙はあふれませんが、にじみ出ます
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、“思想”を扱う芸術家・作家についての統制は、
活動をさせない(活動意欲も奪う)、権利も奪うという制約を与え、
活動の自由と引き換えに、権力という暴力(性暴力を含む)をふるう党幹部の悪質さには、
憤りを覚えた。
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東西ドイツ統一後、作家は、盗聴したヴィースラーが自分をかばってくれていたことを知る。
そして、出版した本『善き人のためのソナタ』の冒頭に、ヴィースラーの暗号名で、
本書を彼に捧ぐ、と記した。
本屋で、それを手にしたヴィースラー。
私は、ここで泣いた。
多くの芸術家が、東ドイツ体制に才能を奪われたが、
自分の地位・人生を捨てて守った男が、こうして作家人生を歩めている。
そして、自分への謝辞まで贈ってくれている。
失ったものはあるが、自分の取った行動は報われたのだ、と。
だから、その本は誰かへのプレゼント用に買うのではない。
彼は、誇りを持って言った。
「これは、私に贈られた本なのだ。」










