


















アガサ クリステイ 「ポアロ」エンドハウスの怪事件
http://roadsite.road.jp/mystery/ac/christie12.html
イギリス南部コーンウォールにあるセント・ルーは海水浴で有名なところ。
ここのホテルに滞在していたポアロとヘイスティングズが、ホテルのすぐ近くの岬の突端に建つ少し古びた邸エンドハウスの若き女主人ニック・バックリーと出会ったことから事件に巻き込まれる。
ホテルのテラスでくつろいでいたポアロとヘイスティングズだったが、ポアロがテラスから庭に通じる階段のところで足を踏み外してしまう。ちょうどその時に通りかかったのがニックで、ポアロを助けてくれた。
直後にハチか何かがニックのところに飛んできたらしく、ニックが追い払うしぐさをした。後でわかったことだが、飛んできたのはハチではなく、ピストルの弾丸だったらしい。
ニックがポアロたちと少し話した後、帽子を忘れて帰っていったが、残された帽子のつばには弾丸の穴があき、近くには弾丸が落ちていた。
ポアロたちとの話の中でもニックは最近3回も命拾いをしたと話していた。心配になったポアロはニックを守るべくエンドハウスに向かう。
エンドハウスにはニックの友人たちが来ていた。友人たちやニック自身の話によると、最近ニックのベッドサイドに架けてある絵が夜中に落ちてきてニックの頭を直撃しそうになったり、エンドハウス専用の小道を歩いていると石が落ちてきたり、車のブレーキが壊されていたりと立て続けにニックが命を落としそうになった事件があったという。
絵が落ちてきたときは、たまたま直前に目がさめて起き上がっていたので無事だったし、石が落ちてきたときは寸前で体をかわして避けてこれも無事。車のブレーキの時は忘れ物に気づきに車をバックさせたために植え込みに突っ込んだだけで済んだという。今日のことも入れれば4度も運に助けられ、命拾いしたことになる。
楽観的なニックは命が狙われるなど理由がないのにありえないと否定するが、ニックのことを心配するポアロは信頼できる人間をそばにおくことを提案し、結局ニックは従妹のマギー・バックリーを呼ぶことにして電報を打った。
そのマギーが着いた日の夜、エンドハウスでは海岸の花火大会を見ながらパーティーが開かれポアロとヘイスティングズも出席した。
途中で寒くなったニックとマギーは花火を見ていた庭からエンドハウスにコートを取りに戻ったが、マギーはコートが見つからず仕方なくニックのショールを借りてニックより先に一人で海岸に戻る途中に射殺されてしまった。ニックのショールを着けていたためにニックと間違われて殺されたものと思われた。
自分がいながら殺人が起きたことでショックを受けたポアロは、ニックを療養所にいれポアロとヘイスティングズ以外は面会謝絶にし、外部からの見舞いの品も食べることを禁じた。もちろんニックを殺人者の魔手から守るためであった。
ニックを隔離して安全を確保したポアロは、関係者のリストを作る。リストに載った関係者は
エンドハウスのメイドのエレン・ウィルスンとその夫と子供
エレンが貸している番小屋の住人クロフト夫妻
ニックの友人のフレデリカ・ライス夫人
ニックの友人で美術商のジム・ラザラス
ニックの友人のジョージ・チャレンジャー海軍中佐
ニックの従兄の弁護士チャールズ・ヴァイス
で、これを元にポアロは捜査を開始するが、動機がわからない。
ニックにはほとんど財産がなく、エンドハウスも抵当に入っているほどだった。恋愛のもつれや嫉妬も考えられない。悩むポアロだったが新たな事実が判明した。
世界的に有名な飛行家マイケル・シートンが飛行中に事故に会い死亡したとのニュースが入った。シートンは英国第二の富豪の資産相続人であり、そのシートンはマグダラ・バックリーとひそかに婚約していてマグダラに全資産を遺す旨の遺言書を作っていた。
マグダラこそがニック・バックリーその人であり、ニックというのは愛称で本名はマグダラ・バックリーであった。なんとニックには巨万の富が転がり込んでいたのだ。動機は明らかであり、犯人はまたニックを狙うに違いない。
そしてそれが現実になった。
ポアロがロンドンに行った隙に療養所にいて安全なはずのニックが、また命を狙われた。
ポアロから送られたというチョコレートの中に多量のコカインが入っていたのだ。それを食べたニックは命に別状はないものの中毒症状を起こしてしまった。
ロンドンに行く前にポアロは花を贈ってはいたが、そこに添えたポアロ直筆の見舞いのカードが、送られてきたチョコレートの箱にも付いていたという。 それを見てポアロからだと思ったニックは安心して食べたのだという。
いったい誰がニックの命を執拗に狙うのか?そしてその動機は?
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クリスティーは「邪悪の家」もまるで印象に残っておらず、書いたときのことさえ思い出せないと自伝で語っている。しかし犯人の意外性とそれを包み隠すミスディレクションというクリスティーの最大の特徴がよく出ている作品で、よくできていると思う。
この作品は創元推理文庫版では「エンド・ハウスの怪事件」とされていて、こちらの方が原題に近いがハヤカワ版では昔から「邪悪の家」である。
またポアロとヘイスティングズが滞在するマジェスティック・ホテルはトーキーに実在するインペリアル・ホテルが、エンド・ハウスはトーキーのロックエンド邸がそれぞれモデルだとされている。
前々作「アクロイド殺し」、前作「青列車の秘密」ではお休みだったヘイスティングズが久しぶりの登場で、ポアロとともに行動するが、今回はポアロ自身が犯人に振り回されて失敗の連続。
何気ない中に犯人を示すヒントがあるのだが、あまりに小さすぎて、恐らく初読ではわかるまい。クリスティーの面目躍如である。
犯人の意外性は「アクロイド殺し」や「オリエント急行の殺人」などに匹敵する大技である。3回も命を狙われたニック・バックリーは、4回目には人違いで従妹が殺され、さらに5回目に毒を盛られて命拾い。そして命を狙われる動機もあるとなれば、だれもニックが真の被害者と疑わないだろう。
その者が実は犯人であり、4回目に人違いで殺されたと思われた事件が人違いではなかった…これを大技といわずして何を大技というのだろうか。
それを包み隠すミスディレクションもさすがであるが、ただマグダラという名前が犯人と被害者の共通のものであったというヒントは、日本人では絶対にわからない。
「アクロイド」や「オリエント」に比べて地味な印象があるが、もっと評価されていい作品だろう。
源氏物語
ウイキペディアより
源氏物語(げんじものがたり)は、平安時代中期に成立した、日本の長編物語、小説。
文献初出は長保3年(1001年)で、このころには相当な部分までが成立していたと思われる。分量、内容、文学的成果のいずれから言っても王朝物語のみならず、日本文学史上の雄であり、後世に与えた影響は計り知れない。
在では一般に『源氏物語』と呼ばれている、この物語が作られた当時の題名が何であったのかは明らかではない。古写本には題名の記されていないものも多く、また記されている場合であっても内容はさまざまである。『源氏物語』の古写本の場合、冊子の標題には「源氏物語」ないしはそれに相当する物語全体の標題が記されている場合よりも、それぞれの帖名が記されていることが少なくない。古い時代の写本や注釈書などの文献に記されている名称は大きく以下の系統に分かれる。
「源氏の物語」、「光源氏の物語」、「光る源氏の物語」、「光源氏」、「源氏」、「源氏の君」などとする系統。
「紫の物語」、「紫のゆかりの物語」などとする系統。
これらはいずれも源氏(光源氏)または紫の上という主人公の名前をそのまま物語の題名としたものであって、物語の固有の名称であるとは言い難いことや、もし作者が命名した題名があるのならこのようにさまざまな題名が生まれるとは考えにくいため、これらの題名は作者が命名した題名ではない可能性が高いと考えられている。
『紫式部日記』、『更級日記』、『水鏡』などのこの物語の成立時期に近い主要な文献に「源氏の物語」とあることなどから、物語の成立当初からこの名前で呼ばれていたと考えられているが、作者を「紫式部」と呼ぶことが『源氏物語』(=『紫の物語』)の作者であることに由来するならば、その通称のもとになった「紫の物語」や「紫のゆかりの物語」という名称はかなり早い時期から存在したと見られることなどから、源氏を主人公とした名称よりも古いとする見解もある。なお、「紫の物語」といった呼び方をする場合には現在の源氏物語54帖全体を指しているのではなく「若紫」を始めとする紫の上が登場する巻々(いわゆる「紫の上物語」)のみを指しているとする説もある。
なお、『河海抄』などの古伝承には、「源氏の物語」と呼ばれる物語が複数存在し、その中で最も優れているのが「光源氏の物語」であるとするものがあるが、現在「源氏物語」と呼ばれている物語以外の「源氏の物語」の存在を確認することは出来ない。そのため池田亀鑑などはこの伝承を「とりあげるに足りない奇怪な説」に過ぎないとして事実ではないとしている[2]が、和辻哲郎は、「現在の源氏物語には読者が現在知られていない光源氏についての何らかの周知の物語が存在することを前提として初めて理解できる部分が存在する。」として「これはいきなり斥くべき説ではなかろうと思う」と述べている。
なおこのほかに「源語(げんご)」、「紫文(しぶん)」、「紫史(しし)」などという漢語風の名称で呼ばれていることもあるが、漢籍の影響を受けたものでありそれほど古いものはないと考えられており、池田亀鑑によればその使用は江戸時代を遡らないとされる
概要
54帖より成り、写本・版本により多少の違いはあるもののおおむね100万文字に及ぶ長篇で、800首弱の和歌を含む典型的な王朝物語。物語としての虚構の秀逸、心理描写の巧みさ、筋立ての巧緻、あるいはその文章の美と美意識の鋭さから日本文学史上最高の傑作とされる。ただし、しばしば喧伝されている「世界最古の長篇小説」という評価は、2008年現在でも源氏物語千年紀委員会による「源氏物語千年紀事業の基本理念」において源氏物語を「世界最古の長編小説」としているなど一般的な評価であるとはいえるものの、中村真一郎の説のアプレイウスの『黄金の驢馬』やペトロニウスの『サチュリコン』につづく「古代世界最後の(そして最高の)長篇小説」とする主張もあり、学者の間でも論争がある。20世紀に入って英訳、仏訳などにより欧米社会にも紹介され、『失われた時を求めて』など、20世紀文学との類似から高く評価されるようになった。
物語は、母系制が色濃い平安朝中期を舞台にして、天皇の皇子として生まれながら臣籍降下して源氏姓となった光源氏が数多の恋愛遍歴をくりひろげながら人臣最高の栄誉を極め(第1部)、晩年にさしかかって愛情生活の破綻による無常を覚えるさままでを描く(第2部)。さらに老年の光源氏をとりまく子女の恋愛模様や(同じく第2部)、或いは源氏死後の孫たちの恋(第3部)がつづられ、長篇恋愛小説として間然とするところのない首尾を整えている。
文学史では、平安時代に書かれた物語は『源氏物語』の前か後かで「前期物語」と「後期物語」とに分けられる。後続して作られた王朝物語の大半は『源氏物語』の影響を受けており、後に「源氏、狭衣」として二大物語と称されるようになった『狭衣物語』などはその人物設定や筋立てに多くの類似点が見受けられる。また文学に限らず、絵巻(『源氏物語絵巻』)、香道など、他分野の文化にも影響を与えた点も特筆される。
構成
『源氏物語』は長大な物語であるため、通常はいくつかの部分に分けて取り扱われている。
二部構成説、三部構成説
『白造紙』、『紫明抄』あるいは『花鳥余情』といった古い時代の文献には宇治十帖の巻数を「宇治一」、「宇治二」というようにそれ以外の巻とは別立てで数えているものがあり、この頃すでにこの部分をその他の部分とは分けて取り扱う考え方が存在したと見られる。
その後『源氏物語』全体を光源氏を主人公にしている「幻」(「雲隠」)までの『光源氏物語』とそれ以降の『宇治大将物語』(または『薫大将物語』)の2つに分けて「前編」、「後編」(または「正編」(「本編」とも)、「続編」)と呼ぶことは古くから行われてきた。
与謝野晶子は、それまでと同様に『源氏物語』全体を2つに分けたが、光源氏の成功・栄達を描くことが中心の陽の性格を持った「桐壺」から「藤裏葉」までを前半とし、源氏やその子孫たちの苦悩を描くことが中心の陰の性格を持った「若菜」から「夢浮橋」までを後半とする二分法を提唱した[9]。
その後の何人かの学者はこのはこの2つの二分法をともに評価し、玉上琢弥は第一部を「桐壺」から「藤裏葉」までの前半部と、「若菜」から「幻」までの後半部に分け、池田亀鑑は、この2つを組み合わせて『源氏物語』を「桐壺」から「藤裏葉」までの第一部、「若菜」から「幻」までの第二部、「匂兵部卿」から「夢浮橋」までの第三部の3つに分ける三部構成説を唱えた。この三部構成説はその後広く受け入れられるようになった。
この他に、重松信弘による「桐壺」から「明石」を第一部、「澪標」から「藤裏葉」までを第二部、「若菜」から「竹河」までを第三部、宇治十帖を第四部とする四部構成説や、実方清による「桐壺」から「明石」を第一部、「澪標」から「藤裏葉」までを第二部、「若菜」から「幻」までを第三部、「匂宮」から「夢浮橋」までを第四部とする四部構成説も存在する。
このうち第一部は武田宗俊によって成立論(いわゆる玉鬘系後記挿入説)と絡めて「紫の上系」の諸巻と「玉鬘系」の諸巻に分けることが唱えられた。この区分は武田の成立論に賛同する者はもちろん、成立論自体には賛同しない論者にもしばしば受け入れられて使われている。(「紫の上系」と「玉鬘系」はそれぞれ「a系」と「b系」、「本系」と「傍系」あるいはそれぞれの筆頭に来る巻の巻名から「桐壺系」と「帚木系」といった呼び方をされることもある。)
また第三部は「匂兵部卿」から「竹河」までのいわゆる匂宮三帖と「橋姫」から「夢浮橋」までの宇治十帖に分けられることが多い。
上記にもすでに一部出ているが、これらとは別に連続したいくつかの巻々をまとめて
帚木、空蝉、夕顔の三帖を帚木三帖
玉鬘、初音、胡蝶、蛍、常夏、篝火、野分、行幸、藤袴、真木柱の十帖を玉鬘十帖
匂兵部卿、紅梅、竹河の三帖を匂宮三帖
橋姫、椎本、総角、早蕨、宿木、東屋、浮舟、蜻蛉、手習、夢浮橋の十帖を宇治十帖
といった呼び方をすることもよく行われている。
また巻々単位とは限らないが、「紫上物語」、「明石物語」、「玉鬘物語」、「浮舟物語」など、特定の主要登場人物が活躍する部分をまとめて「○○物語」と呼ぶことがある。
各帖の名前 [編集]
帖 名 読み 備考
1 桐壺 きりつぼ 源氏誕生-12歳 a系
2 帚木 ははきぎ 源氏17歳夏 b系
3 空蝉 うつせみ 源氏17歳夏 帚木の並びの巻、b系
4 夕顔 ゆうがお 源氏17歳秋-冬 帚木の並びの巻、b系
5 若紫 わかむらさき 源氏18歳 a系
6 末摘花 すえつむはな 源氏18歳春-19歳春 若紫の並びの巻、b系
7 紅葉賀 もみじのが 源氏18歳秋-19歳秋 a系
8 花宴 はなのえん 源氏20歳春 a系
9 葵 あおい 源氏22歳-23歳春 a系
10 賢木 さかき 源氏23歳秋-25歳夏 a系
11 花散里 はなちるさと 源氏25歳夏 a系
12 須磨 すま 源氏26歳春-27歳春 a系
13 明石 あかし 源氏27歳春-28歳秋 a系
14 澪標 みおつくし 源氏28歳冬-29歳 a系
15 蓬生 よもぎう 源氏28歳-29歳 澪標の並びの巻、b系
16 関屋 せきや 源氏29歳秋 澪標の並びの巻、b系
17 絵合 えあわせ 源氏31歳春 a系
18 松風 まつかぜ 源氏31歳秋 a系
19 薄雲 うすぐも 源氏31歳冬-32歳秋 a系
20 朝顔(槿) あさがお 源氏32歳秋-冬 a系
21 少女 おとめ 源氏33歳-35歳 a系
22 玉鬘 たまかずら 源氏35歳 以下玉鬘十帖、b系
23 初音 はつね 源氏36歳正月 玉鬘の並びの巻、b系
24 胡蝶 こちょう 源氏36歳春-夏 玉鬘の並びの巻、b系
25 蛍 ほたる 源氏36歳夏 玉鬘の並びの巻、b系
26 常夏 とこなつ 源氏36歳夏 玉鬘の並びの巻、b系
27 篝火 かがりび 源氏36歳秋 玉鬘の並びの巻、b系
28 野分 のわき 源氏36歳秋 玉鬘の並びの巻、b系
29 行幸 みゆき 源氏36歳冬-37歳春 玉鬘の並びの巻、b系
30 藤袴 ふじばかま 源氏37歳秋 玉鬘の並びの巻、b系
31 真木柱 まきばしら 源氏37歳冬-38歳冬 以上玉鬘十帖、玉鬘の並びの巻、b系
32 梅枝 うめがえ 源氏39歳春 a系
33 藤裏葉 ふじのうらば 源氏39歳春-冬 a系、以上第一部
34 34 若菜 上 わかな -じょう 源氏39歳冬-41歳春
35 下 -げ 源氏41歳春-47歳冬 若菜上の並びの巻
35 36 柏木 かしわぎ 源氏48歳正月-秋
36 37 横笛 よこぶえ 源氏49歳
37 38 鈴虫 すずむし 源氏50歳夏-秋 横笛の並びの巻
38 39 夕霧 ゆうぎり 源氏50歳秋-冬
39 40 御法 みのり 源氏51歳
40 41 幻 まぼろし 源氏52歳の一年間
41 − 雲隠 くもがくれ − 本文なし。光源氏の死を暗示。以上第二部
42 匂宮
匂兵部卿 におう(の)みや
におうひょうぶきょう 薫14歳-20歳
43 紅梅 こうばい 薫24歳春 匂宮の並びの巻
44 竹河 たけかわ 薫14,5歳-23歳 匂宮の並びの巻
45 橋姫 はしひめ 薫20歳-22歳 以下宇治十帖
46 椎本 しいがもと 薫23歳春-24歳夏
47 総角 あげまき 薫24歳秋-冬
48 早蕨 さわらび 薫25歳春
49 宿木 やどりぎ 薫25歳春-26歳夏
50 東屋 あずまや 薫26歳秋
51 浮舟 うきふね 薫27歳春
52 蜻蛉 かげろう 薫27歳
53 手習 てならい 薫27歳-28歳夏
54 夢浮橋 ゆめのうきはし 薫28歳 以上宇治十帖。以上第三部
以上の54帖の現在伝わる巻名は、紫式部自身がつけたとする説と、後世の人々がつけたとする説が存在する。作者自身が付けたのかどうかについて、直接肯定ないし否定する証拠は見つかっていない。現在伝わる巻名にはさまざまな異名や異表記が存在することから、もし作者が定めた巻名があるのならこのような様々な呼び方は生じないだろうから現在伝わる巻名は後世になって付けられたものであろうとする見解がある一方で、本文中(手習の巻)に現れる「夕霧」(より正確には「夕霧の御息所」)という表記が「夕霧」という巻名に基づくと見られるとする理由により少なくとも夕霧を初めとするいくつかの巻名は作者自身が名付けたものであろうとする見解もある。
源氏物語の巻名は後世になって、源氏香や投扇興の点数などに使われ、また女官や遊女が好んで名乗ったり(源氏名)した。
失われた巻々
かつて、『源氏物語』には、現在の『源氏物語』には存在しないいくつかの「失われた巻々」が存在したとする説がある。そもそも『源氏物語』が最初から54帖であったかどうかというそのこと自体がはっきりしない。
現行の本文では
光源氏と藤壺が最初に関係した場面
六条御息所との馴れ初め
朝顔の斎院が初めて登場する場面
に相当する部分が存在せず、位置的には「桐壺」と「帚木」の間にこれらの内容があってしかるべきであるとされる(現にこの脱落を補うための帖が後世の学者によって幾作か書かれている)。藤原定家の記した「奥入」には、この位置に「輝く日の宮(かがやくひのみや)」という帖がかつてはあったとする説が紹介されており、池田亀鑑や丸谷才一のようにこの説を支持する人も多い。つまり、「輝く日の宮」については
もともとそのような帖はなく作者は1〜3のような描写をあえて省略した
「輝く日の宮」は存在したがある時期から失われた
一度は「輝く日の宮」が書かれたがある時期に作者の意向もしくは作者の近辺にいた人物と作者の協議によって削除された(丸谷才一は藤原道長の示唆によるものとする)
の3説があることになる。なお、「輝く日の宮」は「桐壺」の巻の別名であるとする説もある。
それ以外にも古注の一つ、『白造紙』に「サクヒト」、「サムシロ」、「スモリ」といった巻名が、また藤原為氏の書写と伝えられる源氏物語古系図に、「法の師」、「巣守」、「桜人」、「ひわりこ」といった巻名が見えるなど、古注や古系図の中にはしばしば現在見られない巻名や人名が見えるため、「輝く日の宮」のような失われた巻が他にもあるとする説がある。この他『更級日記』では『源氏物語』の巻数を「五十余巻(よかん)」としているが、これが54巻を意味しているのかどうかについても議論がある。
源氏物語60巻説
『無名草子』や『今鏡』、『源氏一品経』のように古い時代の資料に『源氏物語』を60巻であるとする文献がいくつか存在する。一般的にはこの60巻という数字は仏教経典の天台60巻になぞらえた抽象的な巻数であると考えられているが、この推測はあくまで「60巻という数字が事実でなかった場合、なぜ(あるいはどこから)60巻という数字が出てきたのか」の説明に過ぎず、60巻という数字が事実でないという根拠が存在するわけではない。
この「『源氏物語』が全部で60巻からなる」という伝承は、「源氏物語は実は60帖からなり、一般に流布している54帖の他に秘伝として伝えられ、許された者のみが読むことが出来る6帖が存在する」といった形で一部の古注釈に伝えられた。源氏物語の注釈書においても一般的な注釈を記した「水原抄」に対して秘伝を記した「原中最秘抄」が別に存在するなど、この時代にはこのようなことはよくあることであったため、「源氏物語本文そのものに付いてもそのようなことがあったのだろう」と考えられたらしく、秘伝としての源氏物語60巻説は広く普及することになり、後に多くの影響を与えた。例えば『源氏物語』の代表的な補作である「雲隠六帖」が6巻からなるのも、もとからあった54帖にこの6帖を加えて全60巻になるようにするためだと考えられており、江戸時代の代表的な『源氏物語』の刊本を見ても、
『絵入源氏物語』は『源氏物語』本文54冊に、「源氏目案」3冊、「引歌」1冊、「系図」1冊、「山路露」1冊を加えて
『源氏物語湖月抄』は「若菜」上下と「雲隠」を共に数に入れた源氏物語本文55冊に「系図」、「年立」等からなる「首巻」5冊を加えて
いずれも全60冊になる形で出版されている。
並びの巻
『源氏物語』には、並びの巻と呼ばれる巻が存在する。『源氏物語』は鎌倉時代以前には、「雲隠」を含む37巻と「並び」18巻とに分けられていた(なお並びがあるものは他に『宇津保物語』、『浜松中納言物語』がある)。このことに対して「奥入」と鎌倉時代の文献『弘安源氏論議』において、その理由が不審である旨が記されている。帖によっては登場人物に差異があり、話のつながりに違和感を覚える箇所があるため、ある一定の帖を抜き取ると、話がつながるという説がある。その説によれば、紫式部が作ったのが37巻の部分で、残りの部分は後世に仏教色を強めるため、読者の嗜好の変化に合わせるために書き加えられたものだとしている。