
スターリングラード攻防戦(スターリングラードこうぼうせん、1942年6月28日 - 1943年2月2日)とは、独ソ戦における
ヴォルガ川西岸に広がるスターリングラード(現在のヴォルゴグラード)を巡り、繰り広げられた枢軸国軍(ドイツ、ル
ーマニア、イタリア、ハンガリー)対ソビエト労農赤軍の戦いである。
スターリングラード

スターリングラードは元来ドイツ軍のブラウ作戦における副次的目標の一つに過ぎなかったが、日露戦争の奉天会戦、第
一次世界大戦のヴェルダンの戦いを上回る動員兵力、犠牲者、経済損失をもたらした野戦に拡大した。また、史上最大の
市街戦に発展した。
ウイキペディアより
『スターリングラード』(Enemy at the Gates)は2001年製作のアメリカ、イギリス、アイルランド合作の戦争映画。ジ
ャン=ジャック・アノー監督。上映時間 132分。
第二次世界大戦時にソビエト連邦の狙撃兵として活躍し、英雄となった実在の人物ヴァシリ・ザイツェフを主人公に、当
時のスターリングラード(現ヴォルゴグラード)での激戦(スターリングラード攻防戦)を描いたフィクション。
ストーリー
1942年、アドルフ・ヒトラー率いるドイツ第三帝国はその絶頂にあった。ドイツ軍の攻勢によってソ連軍はスターリング
ラードで激戦を繰り広げていたが、ドイツ軍の重装備の前に次々とソ連軍は消耗を強いられていた。
そんな中、猟師出身で射撃を得意とするヴァシリ・ザイツェフは戦場で青年政治将校ダニロフと出会い親しくなる。ダニ
ロフはヴァシリを有能な狙撃兵としてソ連共産党の機関紙で喧伝、狙撃によって次々とドイツ兵を葬るヴァシリの活躍に
ソ連軍の士気は高揚、彼は一躍戦場の英雄となる。
しかし、女兵士タ−ニャをめぐりヴァシリとダニロフには軋轢が生じ、また、ドイツ軍はヴァシリを仕留めるため、スタ
ーリングラードに狙撃の達人であるケーニッヒ少佐を派遣してきたのだった…。
その他
エルヴィン・ケーニッヒ少佐という人物はドイツ側に公式記録が残っておらず、ソ連軍が、自軍の狙撃兵であるヴァシリ
・ザイツェフを戦意高揚のためのプロパガンダとして作成した架空の人物である可能性が濃厚である。現実のヴァシリは
猟師だったわけではなく、マグニトゴルスクの建築専門学校を卒業後1936年から海軍に入隊し、軍事経済学校を卒業。第
二次世界大戦当初は、ロシア太平洋艦隊の会計班長だった。また、ヴァシリの狙撃は腕は実際は映画ほどではなく、倒し
たドイツ兵の数に関しても誇張されている可能性が高いとされる[疑問点 ? ノート]。
冒頭の戦闘ではヴァシリは銃も与えられずに戦場へ送り出されるが、現実では1942年9月から第1047狙撃連隊に配属され
、スターリングラード攻防戦に参加している。
ソ連軍の描き方が辛辣過ぎて、実情から離れているとの指摘が退役ロシア軍人からあった[要出典]。
冒頭、主人公らをスターリングラードに運んでくる装甲列車にT-34/85戦車の主砲が付いているが、T-34/85はこの時まだ
開発すらされておらず、誤りである。
途中「ソ連国歌」が演奏される場面があるが、設定の1942年当時の国歌は「インターナショナル」であるため、誤りであ
る(ソ連国歌は1944年から)。その上、流された歌詞は1977年改定以後のものである。
冒頭の戦闘は『プライベート・ライアン』に匹敵するシーンとして有名である。なお、第二次世界大戦を取り扱ったFPS
『コール オブ デューティー2』のソ連編に本作の戦闘シーンにそっくりな場面が登場している。また、主人公の名前も
ヴァシリである。
ターニャとザイチェフは確かに親しかったが、恋人同士だったのかは証言が分かれている。
クライマックスでダニロフは頭を撃たれて死亡しているが、ソ連の記録では、ダニロフは肩を撃たれただけで助かってい
る。
8 1/2

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グイド(M・マストロヤンニ)は四十三歳、一流の映画監督である。彼は医者のすすめに従って湯治場にやってきた。湯治場に来てもグイドは、愛人カルラ(S・ミーロ)、妻ルイザ(A・エーメ)そして職業の上での知人たちとの関係の網の目から逃れることはできない。カルラは美しい女性だが、肉体的な愛情だけで結ばれている存在で、今のグイドにとっては、わずらわしくさえ感じられる。妻ルイザとの関係はいわば惰性で、別居することを考えはするものの、実行する勇気がないだけでなく、時には必要とさえ感じるのである。そんなグイドの心をよぎるのは若く美しい女性クラウディア(C・カルディナーレ)だ。クラウディアは、グイドの願望の象徴である。しかし彼女との情事の夢もむなしく消えてしまう。彼の夢、彼の想像の中で、思索は今はなき両親の上に移る。そして次々と古い思い出をたどる--ブドウ酒風呂を恐れ逃げまわる少年グイド、乞食女と踊ったことで神父から罰せられる神学校の生徒時代のグイド。やがて保養を終えたグイドは混乱と失意のまま、もとの生活にもどる。彼がすべてのことを投げ出そうとした瞬間、彼の心の中で何かが動き出した。彼の渦去のすべての対人関係、逃れようのない絶対の人生経験をかたち作っているすべての人が、笑顔をもって彼と同じ目的地に向っていこうとしているのである。映画製作が始まった。オープン・セットでグイドは叫ぶ。「みんな輪になってくれ、手をつないで踊るんだ!」演出していた映画監督グイドは、自分も妻とともに輪の中に入る。踊り続ける人々はやがて闇の中に消えた。ただ一人残り、一心に笛を吹き続けるのは、少年時代のグイドだ。