バック・トゥ・ザ・フューチャー



ウィキペディア

Back to the Future
監督 ロバート・ゼメキス
製作総指揮 スティーヴン・スピルバーグ
キャスリーン・ケネディ
フランク・マーシャル
製作 ボブ・ゲイル
ニール・カントン
脚本 ロバート・ゼメキス
ボブ・ゲイル

公開 1985年7月3日
1985年12月7日
上映時間 116分
製作国 アメリカ
言語 英語
制作費   $19,000,000
興行収入 $200,785,744 うち日本66.4億円
次作 バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2

1985年のアメリカ映画。SF映画。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズの一作目。


1985年のカリフォルニア州ヒルバレーに住む、ロックとペプシが大好きな高校生マーティ・マクフライは、科学者である親友のエメット・ブラウン博士(通称ドク)を手伝って、深夜にショッピングモールの駐車場にてデロリアンを改造してドクが開発したタイムマシンの実験を撮影する。

実験は成功したが、ドクがタイムマシンの燃料であるプルトニウムを調達するためペテンにかけたリビアの過激派に発見されてしまい、報復を受けて機関銃で撃たれてしまう。同じく命を狙われたマーティはタイムマシンに乗って逃走するが、その必死のカーチェイスの最中図らずも次元転移装置が作動してしまい、30年前の1955年にタイムスリップしてしまった。

概要
公開当時全米で『フューチャー現象』と呼ばれるブームが生まれるほど大ヒットした。同年のアカデミー賞では音響効果賞を受賞。続編に『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』(1989年)、『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』(1990年)がある。第一作は日本での評価が目立って高く、どの映画レビューサイトでも必ずと言っても良いほど1位にランクインされている(日本初公開時興行収入66.4億円)。

また、本作は後の実写タイムトラベルSF作品に一定の方向性を示し、現在においてもタイムマシン映画の代名詞としてパロディやオマージュ作品が数多く製作されている。


続編
元々は第1作のみで完結するものとして製作されたが、1987年にビデオソフト化された際に、ラストシーンに「TO BE CONTINUED...(つづく)」という劇場公開時にはなかったテロップが入れられた。このテロップの本位は、「マーティ達登場人物の人生の旅(冒険)はこれからも続く」と言う意味も含まれたジョークだったのだが、これを見た人達(マイケル・J・フォックスもその1人)による続編製作希望の問い合わせが殺到したため、急遽シリーズ化された。監督であったロバート・ゼメキスは当初続編の製作に否定的であったが「君(ロバート)が監督じゃなくても作る」と言い渡されたため、続編の製作の指揮を執ることを決意した。・・・・

続編の製作が決まった当初、続編は1作だけ製作する予定だった。しかし、いろいろと良いアイデアが出てきたため、それを約2時間の枠に収めると内容が半減してしまうことから、続編を2作にすることに変更された。Part3はPart2と同時進行で撮影された。


資金
当初のクライマックスは、核実験場に行き、そこでタイムスリップをする予定であったが、予算の都合から変更された。結果的にはその方が良かったと関係者は語っている。
資金集めのため、企業とのタイアップが行われた。ガソリンスタンドの「テキサコ」と「カリフォルニアレーズン」である。ところが、劇中にレーズンの出てくるシーンはなく、マーティが1985年に戻った際、ホームレスのレッドが寝ていたベンチの背にカリフォルニアレーズンの名が書かれていただけだった。このため訴訟沙汰になりかけ、全額返金することで事態を収拾した。



出演者交代
マーティ役は元々マイケル・J・フォックスが候補に挙げられていたが、当時マイケルはテレビドラマ『ファミリータイズ』のレギュラーを持っていたためスケジュールが合わず、彼へのオファーは断念され代わりにエリック・ストルツが起用される。しかしドクとの掛け合いでの違和感などの理由から、撮影開始から6週間で降板させられ、もう一度マイケル側に打診したところ「ドラマの撮影が優先なら」との条件で了解が得られ、最終的にはマイケルに落ち着いた。当時のマイケルは朝6時に起きてドラマの撮影、夜は映画の撮影で自宅に戻れたのは深夜2時を回っているのがザラだったという。なお、エリックの映像部分は5週間で全体の3分の1程を撮り終え、今でも残っているそうだが「もう過去のことだし、エリックにも自分達にも格好良いものではないから、DVDにも入れなかった」と脚本のボブ・ゲイルは語っている(映画雑誌『プレミア日本版』2003年1月号掲載のインタビューにて)。



主題歌『The Power of Love』を歌うヒューイ・ルイスが、序盤のオーディションのシーンで拡声器を持って「もういい、音が大きすぎる」と言う審査員役で出演している(ただしノンクレジット)。ヒューイ曰く、「こんな姿がMTVに晒されたら僕はおしまいだ。映画に出て以来、落ちぶれたって言われるよ」とジョークを飛ばした。


ニックネーム
シリーズ通してエメット博士は「Doc」と呼ばれ、多くの日本語翻訳でも「ドク」としているが、英語において“Doc”は“Doctor”を省略した呼び名で、病院の医師や科学者などに対する敬称である。日本語でいえば、「博士」や「先生」に当たる。しかしニックネーム的に用いられているので「ドク」という翻訳のほうが自然であるといえる。


レーガン大統領

スティーブン・スピルバーグとロナルド・レーガン夫妻1955年のドクに出会ったマーティが、1985年のアメリカ大統領が「ロナルド・レーガン」だと言ったのを、ドクが「俳優の? じゃあ副大統領はジェリー・ルイスで、ファーストレディはジェーン・ワイマン(女優。レーガンの最初の妻で1955年当時には既に離婚している)か?」などと馬鹿にして信じない場面がある。これは映画の公開当初、アメリカ国内の共和党支持者の一部から「現職の大統領に対して失礼ではないか」と批判されたが、当のレーガンはこの場面をとても気に入り、ホワイトハウス内の上映室で何度かこの映画を鑑賞し、この場面を巻き戻させたというエピソードもある。

また、1986年年頭の一般教書演説ではパート1のドクのラストのセリフを引用して次のように述べている。
さて、今夜、私はアメリカのより若い世代の皆さんに率直に申し上げたい、なぜなら、あなたがたこそ我々の合衆国の将来を担っているからです。(中略)映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で述べられているように、我々がこれから行こうとする場所には、道など必要ないのです ("Where we're going, we don't need roads.")。

また、ロナルド・レーガンは大統領の任期を終えた後、パート3に1885年のヒルバレー市長として出演するオファーを受け検討したものの、結局辞退している。

goo映画

1985年10月25日、音楽好きの高校生マーティ(マイケル・J・フォックス)は、知り合いの一風変った科学者ブラウン博士(クリストファー・ロイド)より、夜中の1時すぎに研究室前の広場にくるようにいわれた。ガールフレンドのジェニファー(クローディア・ウェルズ)とデートの約束もすませたマーティが夜中に広場にいくと、そこには改造車デロリアンがある。実はこれはタイムマシンで、その実験をしようとする時、燃料に使うため博士が盗んだプルトニウムを狙うリビアの過激派が襲ってきた。銃弾をあび倒れる博士を後に、マーティはデロリアンで逃げ、時速140キロをこえたため、タイムスリップしてしまった。ついた所は1955年。彼のパパのジョージ(クリスピン・グローヴァー)とママのロレーン(リー・トンプソン)が、まだ知り合う前。マーティは未来にかえろうとしたが、デロリアンの燃料がない。彼は若き博士をたずね、次の土曜の夜に街の大広場にある時計台に落雷があったことを思い出し、それを博士はデロリアンのエネルギーにしようと準備を始めた。一方、マーティはその間に昔のママとパパと出会う。ところが、そのママがマーティに一目ぼれしてしまった。ママがパパを好きにならないと、マーティはこの世に存在しなくなってしまう。過去を変えてはならない。一方、パパをいつもいじめているビフ(トーマス・F・ウィルソン)はママにモーションをかけるばかり。マーティはママとパパが結ばれるきっかけとなったダンス・パーティで、パパがビフをやっつけたのを契機にやっと2人のきっかけをつくり上げた。夜、暗雲がたちこめ、雷が鳴る。マーティはデロリアンに乗り込む。博士に、30年後の死のことを手紙にたくして、彼は間一髪でタイムスリップに成功。彼が戻ってきた1985年は、タイムパラドックスのため、強いパパのいる世界になっていた。そして博士も防弾チョッキを着ていたため、リビア過激派から身を守ることが出来た--。


ウルフ(1994)



goo映画

狼男という古典的な題材を、ホラー的要素よりも人間ドラマとラブ・ストーリーの面を強調して描いた一編。狼狂(自分
が狼などの獣であると信じて、そうした行動を取る一種の精神病)の軽い発作に襲われたことがあるという作家ジム・ハ
リソンの体験を元に、彼と「ケープ・フィアー」のウェズリー・ストリックが共同で脚本を執筆し、「心の旅」のマイク
・ニコルズが監督。製作は「ワーキング・ガール」でも監督と組んだダグラス・ウィック。

あらすじ
マンハッタンにある出版社の編集局長ウィル・ランダル(ジャック・ニコルソン)は、満月の夜、狼に噛まれた。翌日、彼
は社長のレイモンド・アルデン(クリストファー・プラマー)の邸宅で催されたパーティーの席上で、左遷を通告される。
彼の後釜を狙う若き出版局員のスチュアート・スウィントン(ジェームズ・スペイダー)が策を労した結果だった。ショッ
クを受けると同時に彼の体は変調を来たし、庭にうずくまった彼をアルデンの娘ローラ(ミシェル・ファイファー)が介抱
した。家に戻った彼は、一日眠り込んでしまった。だが翌晩、目が覚めた時には、昨日まで感じていた仕事や家庭の行き
詰まりが嘘のように消え、体内には不思議なパワーが漲っていた。五感の全てが異常なほど鋭敏となったウィルは自身を
つけ、作家たちと連絡を取って自分と行動を共にしてくれるよう手を回す。そんな時、妻シャーロット(ケイト・ネリガ
ン)とスチュアートの浮気が発覚。ウィルは社長に左遷を撤回させた上に、スチュアートに直接クビを言い渡した。一方
、ローラとの仲は親密さを増していったが、自分が狼人間と化していくことに対する恐怖も増していった。ある日、シャ
ーロットが殺され、ウィルに殺人容疑がかかった。彼は自分の仕業ではないかと不安を抱くが、真犯人は彼に噛まれて狼
人間と化したスチュアートだった。スチュアートは彼への復讐の機会を伺っていた。ウィルの身に起こったことを理解し
たローラは、一緒に国外へ逃亡しようとする。だが、その時、スチュアートが現れて彼女を襲った。怒りにかられたウィ
ルは彼女を救い、死闘の末にスチュアートを倒した。ウィルに噛まれて自身も狼人間となったローラは、彼と共に夜の闇
に消えていった。

『許されざる者』(Unforgiven)




ウイキペディアより

1992年公開のアメリカ映画。製作会社はワーナー・ブラザーズで、監督・主演はク
リント・イーストウッド。脚本はデヴィッド・ウェッブ・ピープルズ。イーストウッドが、師と仰ぐドン・シーゲルとセ
ルジオ・レオーネに捧げた「最後の西部劇」。

第65回アカデミー賞 作品賞受賞作品。また、2004年に米国連邦議会図書館が新規登録した作品の中の1つである。

許されざる者
Unforgiven
監督 クリント・イーストウッド
製作総指揮 デヴィッド・ヴァルデス
製作 クリント・イーストウッド
脚本 デヴィッド・ウェッブ・ピープルズ
出演者 クリント・イーストウッド
ジーン・ハックマン
モーガン・フリーマン
リチャード・ハリス

配給 ワーナー・ブラザーズ
公開 1992年8月7日
1993年4月24日
上映時間 131分
製作国 アメリカ合衆国
言語 英語
興行収入  全世界:1億5900万$


ストーリー
1880年のワイオミング州。小さな牧場を営むウィリアム・ビル・マニーは嘗て列車強盗や殺人で名を馳せた伝説的なアウ
トローであったが、11年前に妻と出逢ってから改心し酒も止めた。二人の子供にも恵まれたが作物は満足に育たず3年前
に妻にも先立たれてしまった。

そんな或る日、マニーの元をスコフィールド・キッドと名乗る若い賞金稼ぎが訪れた。キッドによると、とある売春宿で
客の牧童が「1人の娼婦の顔を切り刻み、目玉を抉り出し、乳首を切り取る」凶悪事件が発生。娼婦仲間が加害者の牧童
二人に1千ドルの賞金を懸けたとのこと。しかも街を取り仕切る保安官のビル・ダゲットは自らの権力を盾に馬7頭分の賠
償金を支払うだけで牧童を解放したらしい。キッドは冷酷無比であるという伝説を持つマニーと手を組み賞金を得ようと
考えていたのだ。しかしマニーには11年という永いブランクがあった。馬も自由に乗りこなせなくなり、二人の子供もま
だ幼い。それでも、不当に殺された娼婦の敵討ちをすれば大金が手に入り、生活が楽になると考えたマニーは悩み抜いた
末、再び銃を手に取ることを決意した。マニーは嘗ての相棒であるネッド・ローガンを連れて街へ向かった。

その頃ダゲットは噂通り暴力的な方法で街を牛耳っていた・・・

本作は「最後の西部劇」と呼ばれているが、実際には、「最後の西部劇」との異名を冠せられたのは、1969年の『ワイル
ドバンチ』が最初である。
マニーの子供の名前はそれぞれ「ウィル」と「ペニー」であるが、これはチャールトン・ヘストン主演の映画『ウィル・
ペニー』の作品名に因むものである。
イーストウッドが劇中で着用したブーツは、30年以上前にイーストウッドが『ローハイド』で実際に着用していた物であ
る。
『マディソン郡の橋』や『ミリオンダラー・ベイビー』など、イーストウッドは現在も出演と製作を頻繁に兼任している
が、当時は「出演と製作の兼任はこれが最後である」と公言していた。
仮題は『The Wiliam Munny Killings』。
『シマロン』『ダンス・ウィズ・ウルブズ』に続きアカデミー作品賞を受賞した3作品目の西部劇である。
クレジットタイトルには表記されていないが、メインテーマはイーストウッド自身が担当している。
イーストウッドがハックマンに対し要求した役のモデルは、ロサンゼルス市警の元本部長であるダリル・ゲイツである。
製作期間は僅か39日で、物語の舞台となった「ビッグ・ウィスキー」という街のセットも32日という短期間で用意された

ハリスが電話で出演依頼をされた際、偶然にもイーストウッドが出演と製作を担当した西部劇映画を観賞していた。
イーストウッドはこの映画の脚本を製作の10年以上前から既に買い取ってい