



ウエブサーフィン
蒸気吸引
『副鼻腔炎』でお悩みとのコメントをいただきましたので
これからの時季、風邪や花粉症また頭痛時などにも役立てられる
アロマの蒸気吸引(フェイシャルサウナ)の利用法をご紹介します
精油を変えれば自宅でお肌にもいい簡単エステもできるんですよ!
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今日の昼間も蒸気吸入法
昨夜は一旦ベッドに入ったものの、喉のイガイガが取れずに、ともすれば咳が出そうになり気になって中々眠れませんでした。
3、40分ぐらい粘ってみましたが、一向に眠りが訪れる気配はなく、仕方ないので、結局ベッドから起き出して、真夜中の蒸気吸入法を行いました。
洗面器に熱湯を注ぎ、フランキンセンス1滴とティートリーを2滴。
大判のバスタオルを頭からすっぽりかぶって10分間。
フランキンセンスは呼吸器系の感染症への抗菌作用があります。
また、ティートリーは強い殺菌力と抗菌力があります。
やった後は身体が温まって、喉のイガイガもとても軽くなりました。
今のうちと思い、急いでベッドに横になりました。
ほんの少しイガイガは残っているものの、咳が出る気配はなく、安心して眠りにつくことができました。
真夜中の蒸気吸入法も中々おつなものですね。
崖の上のポニョ

ウィキペディア
Ponyo on the Cliff by the Sea
監督 宮崎駿
製作 鈴木敏夫
脚本 宮崎駿
出演者 山口智子
長嶋一茂
天海祐希
所ジョージ
奈良柚莉愛
土井洋輝
柊瑠美
矢野顕子
吉行和子
奈良岡朋子
音楽 久石譲
主題歌 『海のおかあさん』林正子
『崖の上のポニョ』藤岡藤巻と大橋のぞみ
編集 瀬山武司
配給 東宝
公開 2008年7月19日
2009年1月23日
2009年4月8日
2009年8月14日
上映時間 101分
製作国 日本
言語 日本語
興行収入 155億円
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キネマ旬報
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IMDb
表・話・編・歴
『崖の上のポニョ』(がけのうえのポニョ)は、2008年7月19日に東宝による配給で公開されたスタジオジブリ制作の長編アニメーション映画、及びそれの主題歌。宮崎駿による2004年の『ハウルの動く城』に続く4年ぶりの作品で、原作・脚本・監督の3つ全てを担当するのは、2001年公開の『千と千尋の神隠し』以来7年ぶり。
概要 [編集]
ストーリー [編集]
海沿いの街を舞台に、「人間になりたい」と願うさかなの子・ポニョと5歳児の少年・宗介の物語である。
本作はハンス・クリスチャン・アンデルセンの童話『人魚姫』(1836年発表)をモチーフとした作品とされている[1]。しかし、『人魚姫』をそのまま原作としては使用しておらず、宮崎は「キリスト教色を払拭」[1]するとしたうえで、舞台を現代の日本に移すなど大きな変更を行っている。ただ、ヴェネツィア国際映画祭での記者会見では、宮崎から「製作中に『人魚姫』の話に似ていると気付いたものの、元来意図的にベースとしたわけではない」という旨の発言も出ている。なお、同記者会見において宮崎は、ポニョ発想のルーツを質問され「9歳の頃初めて読んだ文字の本がアンデルセン人魚姫であり、そこにある『人間には魂があるが、人魚は"物"であり魂を持たない』という価値観に納得が行かなかった事が、遡ればポニョの起点なのかもしれない」と答えている[2]。
本作は、ストーリーの起承転結が明確になっておらず、ほとんど伏線が存在しない。突然に天変地異が起こっても、詳しく理由が説明されることなく、全体的にやや消化不良気味のまま物語が収束するなど、スピード感と勢いを重視したストーリー構成となっている。この点について、宮崎は「ルールが何にも分からなくても分かる映画を作ろうと思った」「順番通り描いてくと、とても収まらないから思い切ってすっ飛ばした」「出会って事件が起きて、小山があって、最後に大山があってハッピーエンドというパターンをずっとやってくと腐ってくる、こういうものは捨てなきゃいけない」と話している[3]。
キャッチコピー [編集]
生まれてきてよかった。
子どもの頃の約束は、永遠に忘れない。
半径3m以内に 大切なものは ぜんぶある。 -宮崎駿-(アサヒ飲料 三ツ矢サイダーのCMコピー)
経緯 [編集]
『ハウルの動く城』完成の後、しばらく宮崎が構想を練っていたものを、ジブリスタッフを伴っての制作が2006年10月に始まった。元々は今まで通りの表現手法で作る予定であったが、制作前にイギリスのテート・ブリテンで鑑賞したジョン・エヴァレット・ミレーの絵画、「オフィーリア」に感銘を受け、改めて作画方法について見直すことになる。
その後、宮崎が「紙に描いて動かすのがアニメーションの根源。そこに戻ろうと思う。もう一遍、自分たちでオールを漕ぎ、風に帆を上げて海を渡る。とにかく鉛筆で描く」という意向を固め、コンピューター(CG)を一切使わず、手書きによって作画される事となった(ただし作画以降の彩色・撮影はデジタル)。作画にコンテを使うなど、絵のタッチは子供が書いたような素朴なものになり、これまでのジブリと違った新しい試みになっていると鈴木敏夫は話している。特に海(波)の描写に力を入れているという。
構想段階では、宮崎が中川李枝子の作品が好きであったために「崖の上のいやいやえん」らしいものを作ろうと考えていた。作品を作るにあたり「人魚姫」や「雪女」「安珍・清姫」などの民間伝承、童話等に数多くにある変態過程の描写と背景が淡白に描かれている事を踏まえ、そこを重点にしてポニョの変態過程を構成させた。本作公開前にスタジオ内にある映写室で、スタッフや知人の子供を集めて試写を行うも、子供達の反応は鈍く宮崎は不安を抱えたまま公開日を迎える。
本作の公開に合わせ、上記タイトルのミニ・バラエティ番組「公開カウントダウン「崖の上のポニョ」に秘められた謎」がPR番組として日本テレビ系列で2008年7月15日から18日まで放送された。
プレゼンターとして宮崎宣子(日本テレビアナウンサー)、ジブリアカデミー生徒として東貴博(Take2)、女優の柊瑠美、タレントの山田五郎、スタジオジブリからは鈴木敏夫が出演。第3回ゲストとして、本作の主題曲「崖の上のポニョ」の歌手・藤岡と大橋も出演している。
回次 放送日 放送時間(JST) サブタイトル
第1回 2008年7月15日 00:29 - 00:44 宮崎駿と夏目漱石の意外な関係
第2回 2008年7月16日 00:44 - 00:59 主人公の名前に隠された謎
第3回 2008年7月17日 00:29 - 00:44 主題歌決定に隠された謎
第4回 2008年7月18日 アフレコに隠された謎
総集編 2008年7月18日 14:55 - 15:50
(ドラバラPUSH枠) 「崖の上のポニョ」に秘められた四つの謎
海を舞台にした作品は、宮崎がいつか描きたいと長年夢見てきたが、「波を描くのが大変」という理由で、今まで踏み切れずにいた。2004年11月にスタジオジブリの社員旅行で訪れた瀬戸内海の港町である広島県福山市の鞆の浦(とものうら)を非常に気に入り、準備として2005年の春、鞆の浦の海に隣した崖の上の一軒家に2ヶ月間滞在し、更に2006年夏、単身でこもった。本作の構想もこの時に練り[4][5][6][7]自身を極限に追いつめる鬼気迫った姿がNHKで放送された[8]。この宮崎の行動に対し、妻の出した条件は「生きてる証拠として、毎日絵手紙を出すこと」だったという。
東京の日比谷スカラ座での初日舞台挨拶の際、偶然にも震度3(宮城県で震度4)の地震が発生。津波注意報が出たことから宮崎は「ポニョがいる」とつぶやいた[9]。
キャラクターのモデルは、スタジオ内のスタッフやその子供たちで、その子育てを見ながら制作したので、新しく生まれてくる子供たちに向けた作品にしたという。
本作は、三鷹の森ジブリ美術館で上映されている『くじらとり』『水グモもんもん』『やどさがし』(ともに監督は宮崎駿)に影響されている[10]。
通常、舞台挨拶などのイベントはメイン劇場とされる劇場での公開初日の初回上映および2便上映のみだが、主題歌が大ヒットしたため、公開初日の初回上映で舞台挨拶を行った日比谷スカラ座で9月15日に「大ヒット御礼主題歌祭り」を行った。
2009年7月3日、製作ドキュメンタリーDVD・Blu-ray Discの「ポニョはこうして生まれた。?宮崎駿の思考過程」と、「崖の上のポニョ 特別保存版」が12月に発売延期となった。これは、音楽に関する許諾を取っていなかったことが発覚したためである。なお、通常版のDVDは発売延期されず、無事発売された。
キャラクター [編集]
宗介
声 - 土井洋輝
保育園「ひまわり園」に通っている5歳の少年。明るい性格で正義感が強く、崖の下で出会ったポニョを守ろうと奮闘する。
一家の方針らしく、実の両親(リサ・耕一)を名前の呼び捨てで呼ぶ(ポニョと同じ)。一家の影響か、5歳児ながら信号灯によるモールス信号の送受信が出来る。年齢よりもやや大人っぽい描写がされ、保育園でも二人の女の子に同時に遊びに誘われる場面も見られる。
名前の由来は、夏目漱石の小説『門』の「崖の下の家にひっそりと暮らす野中宗助」から取られていると言う[11][12]。
ポニョ
声 - 奈良柚莉愛
フジモトとグランマンマーレの娘。外界への強い興味を持ち、フジモトの目を盗んで家出を試みるが、頭に瓶が嵌って困っていた所を宗介に助けられ、「ポニョ」と名付けられる。父からは「ブリュンヒルデ」という名を与えられていたが宗介に付けられたこの名がいたく気に入り、以後この名で通す。
人間によく似た顔を持つ為、トキからは「人面魚」と呼ばれる。宗介の血液(傷口)を舐めた為、半魚人になる力を得、更に珊瑚の塔からの脱走の際に、深奥部の井戸に溜まった「生命の水」を解放。それを浴びて、人間への変身が可能となった。ただし、人間の姿を維持する為には大量の魔法の力を要し、力が減衰すると猛烈な眠気に襲われる。そこで十分な睡眠を取らないと容姿の逆戻り(半魚人→魚)を招く。水の上を歩いたり、魔法を使うときには、半魚人の姿に戻ってしまう。
肉食らしくハムが好物で、パンなどの植物性の食物には見向きもしない。容姿が魚の時より人語を解し、バカにされると相手に向かって口から水鉄砲を放つ。名前の由来は、作画中の宮崎が自身の描いたキャラクターを「ポニョっとしている」と思った事から命名された。
リサ
声 - 山口智子
宗介の母だが、宗介から「リサ」と呼ばれている。デイケアサービスセンター「ひまわりの家」で働く。凄腕のドライビングテクニックの持ち主。「リサ・カー」と呼ばれる軽自動車で、海沿いの狭いワインディングロードを華麗なドリフト走行で駆け抜ける。郊外型スーパーでの買物場面では、買出しの大荷物を軽々と持ち上げるなど、力持ちでもある。大雨で避難命令が出ているにも関わらず、「ひまわりの家」の老人達が心配で飛び出して行くなど、無鉄砲な所がある。早く帰宅する予定だった夫が、急用で帰れなくなると不貞寝したり、信号灯を使いモールス信号で罵倒してむくれるなど、子供っぽい所もある。25歳。
息子である宗介の前でも、夫を「耕一」と呼び捨てにし、それが宗介に影響しているようである。宗介は老人ホームのお年寄り達も全て名前(さん付け)で呼んでいることから、大人を名前で呼ばせるのはリサと耕一の教育方針である可能性もある。
耕一
声 - 長嶋一茂
宗介の父。宗介からリサ同様「耕一」と呼ばれている。内航貨物船「小金井丸」船長。家を留守にしていることが多く、滅多に帰ってこない。ライトによるモールス信号でリサに何回も「愛してる」と送っていた。30歳。
フジモト
声 - 所ジョージ
ポニョの父。嘗ては人間だったが、その破壊性に愛想を尽かし、現在は海の眷属(けんぞく)として生きる魔法使い。海中では自作の潜水艦「ウバザメ号」を駆り、水魚などの魔物を操る力や、水棲生物を除ける結界を張る能力を持つ。生物によって張る結界が異なり、作中ではカニ除けの結界が切れたことにより彼らの進入を許していた。海底にある珊瑚で出来た塔に住み、クラゲなど海棲生物の増殖を行っている。1907年前後から[13]、魔法で海水を浄化・精製した「生命の水」の抽出を開始し、珊瑚の塔の内部にある井戸に貯蔵している。フジモトは「生命の水」の力を使ってデボン紀のような「海の時代」の再来を夢見ていたが、ポニョにより「生命の水」を全て奪われてしまった。ポニョの力により月と地球が接近し、人工衛星の落下や潮汐力増大に伴う津波が発生した事から、フジモトは混乱の解決に奔走する事になった。
鼻は高く、ポニョと同じく髪は赤毛であり、スマートな長躯の持ち主である。海中、陸上問わず、ストライプの入ったジャケットを着こなし、時に上着をマントのように羽織っている。なお、珊瑚の塔の室内には複数のジャケットが吊るしてあり、本編内でも複数の柄のジャケットをそれぞれ着用している。皺が多く、珍妙な化粧をしている為か、実の娘のポニョから「悪い魔法使い」呼ばわりされる事もあるが、「ひまわりの家」の利用者からは悪い人ではないと評されている。元々は人間だった為陸上でも活動出来るが、肌の乾燥を防ぐ為海洋深層水を周囲に散布する。しかし、リサには庭に除草剤を蒔き散らす変人と思われるなど、時に不審者に間違えられる事もある。また、海中では窒息を防ぐ為、頭部をマスクのような泡で覆っている。
グランマンマーレとの間にはポニョら娘達を多く儲けた。しかし、「海なる母」としての存在であるグランマンマーレをフジモト一人が独占する事は許されない為[13]、止むを得ずグランマンマーレと離れ離れに暮らしており、ポニョら子供達を男手一つで育てている。
若い頃は『海底二万里』に登場する潜水艦「ノーチラス号」にて唯一の東洋人乗組員として働いていたが、少年だったフジモトはグランマンマーレに出会い恋に落ち、その後結ばれる。海棲生物を育てる魔法使いになったとされている[13]。本編では、人間を辞める際の苦労を振り返るフジモトの発言があるが、魔法使いになる迄の前歴を示す描写は登場しない。
グランマンマーレ
声 - 天海祐希
ポニョの母。公式設定では海なる母とされており、海全体の女神のような存在。海中での光り輝く姿を見た船員らから「観音様」と呼ばれていた。大きさを人間大から大型船超まで自由自在に変える事が出来る。神である為、美しい容貌のまま、何時までも歳を取らない。
ポニョの妹達
声 - 矢野顕子
姉のポニョをフジモトの研究所から脱出させたり慕っている。何匹もの数がいる。ポニョが解放した「生命の水」の力で水魚に変化する。
水魚
声 - 所ジョージ
フジモトが操る魔物。一見するとただの波のようだが、目が2つあり、自分の意思を持つ。フジモトの命により、ポニョを連れ帰った宗介を監視したり、フジモトを自らの背に乗せる事も出来る。その姿は子供にしか見えないとされている。
声のキャストはフジモトと同じく所ジョージが務めた。
トキ
声 - 吉行和子
「ひまわりの家」の利用者で、電動車椅子に座っている。他の住人と異なり、何時も憎まれ口を叩くが、根は優しい。
宮崎駿の母がモデルとされている(前出「プロフェッショナル」など)。
ヨシエ
声 - 奈良岡朋子
「ひまわりの家」の利用者。トキと同じく車椅子に座っている。宗介を実の孫のように可愛がるなど心優しい老人。
カヨ
声 - 左時枝
「ひまわりの家」の利用者で、ヨシエと一緒に行動する事が多い。若い頃はキャリアウーマンだったらしい。
婦人
声 - 柊瑠美
ポニョと宗介が出会った子連れの女性。昭和30年代風の古風な出で立ちで、おっとりとしていて、少し感性がズレている。
アナウンサー
声 - 羽鳥慎一(日本テレビアナウンサー)
テレビのニュース番組で、台風の情報を伝える。
クミコ
声 - 平岡映美
「ひまわり園」の園児で、宗介の女友達。勝気でおしゃまな女の子で、おしゃれ好き。
カレン
声 - 大橋のぞみ
「ひまわり園」の園児。いつもぼーっとしている。
yahoo映画投稿
モチーフにしたのが、『人魚姫』だけでなく、
『ワルキューレ』も入っている!と知ったとき、
この作品を、もっとファンタスティックな、壮大なドラマとして見られるのではないか、と思いました。
ポニョの本名が、なんと!ブリュンヒルデ!(ワルキューレそのまま)
(ポニョが海を駆けるときのBGMは、『ワルキューレの騎行』のようです。)
『ワルキューレ』を知っていたほうが、面白いと思います。
以下、『ワルキューレ』をふまえて、簡単に話します。
(ネタバレでもありませんが、念のため、あけておきます。
わかりにくかったら、ごめんなさい。)
▼▼▼▼▼▼▼▼
@魔力を持つ水?を持ち、海を操っているような立場のポニョの父フジモトは、『ワルキューレ』における神々の長ヴォータンで、
父から、逃れようとするポニョを助ける妹たちは、
まさに、戦乙女と呼ばれたワルキューレたちでしょう。
Aブリュンヒルデも魔法の力を持っていますが、
ポニョも、ただの魚でなくて
魔法が使えます。おもちゃのボートを大きくして乗るシーンは、子供には、ワクワクするでしょう。
B『ワルキューレ』では、ヴォータンは、ブリュンヒルデを眠らせ、
彼女の眠りを解いた男のものとするようにしますが、ポニョも、
終盤、なぜか、眠りに落ちていきます。
(なぜ、眠くなっしまったのかは、ただ疲れてしまったからではなく、
この話を、前提にしていたのでしょう。)
Cその眠りを解くキスをするのは、『ワルキューレ』では、ブリュンヒルデが守ろうとした恋人たちの息子、ジークフリートですが、ポニョにキスするのは、,,,,,内緒です(笑)。
▼▼▼▼▼▼▼▼
ポニョの父フジモトは、元人間というだけあって、
絶対的な、海の神ではないからなのか、
しばしば登場するわりには、存在感が、薄いように思えました。
前述の『ワルキューレ』を前提にしたのならば、
彼のいきさつを、詳しく説明しなくても、
もっと、人物に重みを持たせたほうが、
ストーリーにも、厚みがでたのではないかと思いました。
特筆すべきは、
CGなしで、すべて手作業という、”絵”なのでしょう。
特に、くじら?のように、デフォルメされた大波は、
”海は、背景でなく、主要人物”と、監督が言うように、
肉迫した迫力を感じます。
対照的に、
老人ホームの庭の花などは、繊細なタッチで描かれていて、見事です。
”海と生命”を描いた、というように、
海を泳ぐ古代魚(!)たちも、興味深いし、
ポニョの母が、泳ぐ姿も、壮観です。
波の上を駆け抜けるポニョの姿には、自然の脅威を凌駕するような
力強いエネルギーを感じました。
そして、絵だけでなく、監督が、
作品として描きたかったものが、
”神経症と不安の時代に、ためらわずに描く「母と子」の物語”(チラシより)ならば、
人が乗り越えるべき”不安”を、
クレーターもリアルな月の接近と、
町を飲みこむ大津波で、象徴し、
父フジモトとは対照的に、美しくて、大きな存在である、ポニョの母や
老人ホームのおばあさんたちが、
(本当は災難なのに)水の中では、走れるようになっている奇跡は、
宗介とポニョのエンディングに、希望を添えているようでした。
見終わった直後は、
海は、ふくらんだのに、
ストーリーは、平坦?という印象でしたが、
案外、色々、詰まっていました。
が...........
”ためらわずに描く「母と子」の物語”だとあるのに、
肝心の、宗介と母は、親子の実感がしませんでした......。
母親を、「りさ!」と、名前で呼び捨てていたからでしょう。
ママとか、おかあさんって、
母親を呼ぶように、呼んでほしかったです。
「僕が守ってあげるからね。」
という、優しい宗介に、
作品のモチーフも、面白く、
子供だけでなく、大人へのメッセージも込めた作品だと思いますが、
何を、ためらわれたのでしょう。
”「母と子」の物語”だと言っているのに...。
これは、致命的なようで、とても、残念に思いました。
♪ ポ〜ニョ ポ〜ニョ ポニョ…
「ポニョ、可愛い〜。」
という方は、楽しめると思います。
http://mag.autumn.org/Content.modf?id=20080720162158
この映画のクライマックスは、やはり宗介の船出からラストシーンまででしょう。
この間の描写の見事さは素晴らしいの一言です。
まず、魔法で大きくなったポンポン蒸気船。船長帽をかぶり舵を取った宗介は、まるで一人前の海の男に見えます。であるから、救難船団の大人達は宗介とポニョの単独行動を許し、あまつさえ宗介に敬礼までしてしまったのでしょう。それに対して答礼する宗介は、まさにリサの不在を埋める「大人の代理人」としての立場に立ちます。宗介の絶頂期と言えます。
しかし、高揚した気分はそこまでです。ポニョの魔法が消え、燃料となる蝋燭は尽き、船も小さくなってしまいます。それどころか、本来は大きかったはずの船長帽や双眼鏡まで玩具サイズに縮小してしまいます。
もはや、一人前の男になったような高揚感は消え、宗介はバタ足で船を進め、半分眠るポニョの手を引いて歩かねばなりません。今や、ポニョは魔法の力で宗介を称える心地よい存在ではなく、重荷そのものになったわけです。
それでも宗介は投げ出さないで最後まで貫徹します。そこに、感動と未来への可能性があります。
自分はこれほどまでに素晴らしい存在だ、という認識が単なる錯覚に過ぎず、自分はとても矮小な存在だと気づき、それでも希望を失わないで行動し続ける……というのは、最も本質的な希望の語りです。なぜなら、人間は誰でも矮小な存在であり、素晴らしい人間とは要するに諦めないで行動を続けた者達そのものだからです。
その意味で、宗介は理想的なヒーローそのものです。
http://d.hatena.ne.jp/miyabi-tale/20080723/1216824070
ヒロインは誰だ §
さて、この映画のヒロインは誰でしょうか?
実は作品の持ち味を決定的に位置づけるヒロインは、ポニョではなくリサではないか、という気がします。他人の面倒を見る優しさと包容力(なにせ、どこの誰かも分からないポニョを家に入れたのだ)、そして類い希な行動力。敬愛を集める人間の1つの理想像をリサは体現していると言えます。
更にリサが魅力的であるのは、料理、車の運転、発電機をまわす、無線機を使う、発光信号機でモールス符号を使う、といった具体的な行動を1つ1つこなすことで、地に足が付いた存在感を描き込まれている点です。
その上、母なる海そのものであるグランマンマーレと1対1で対話して事態を決着させるという快挙も見せています。
ストーリーは、人魚の女の子のプリュンヒルデ(ポニョ)が、父の目を盗んで海の上の世界に遊びに行くところから幕をあけます。小さな魚に小さな女の子の顔がくっついたポニョは、自分とそっくりのさらに小さなお魚さんたちのお姉ちゃんなのですが、上の世界が気になるのかクラゲの背中に乗って海の上へ行きます。しかし、そこで地引き網漁船の漁に出くわし、網にはかからなかったもののガラス瓶に閉じ込められて気を失ってしまいます。それをたまたま通りかかった、ソウスケという5才の少年が助け、「金魚だ」とプリュンヒルデを家へ連れ帰ってしまいます。
ぽにょぽにょしているから「この子はポニョっていうんだょ」と名前をつけたソウスケはポニョを飼おうとしますが、ポニョの失踪をしった父親の魔術師は彼女を連れ戻すために海の魔物を使い、ポニョを無理矢理連れ戻してしまいます。
しかし、時すでに遅くポニョはソウスケを好きになってしまっており、ソウスケもポニョに「僕がまもってあげるからね」と言葉を交わしていたのです。そして、父の知らぬ間にソウスケの血をなめてしまっていたポニョは人魚であるだけでなく半魚人にもなっていたのです。どうしても気持ちを押さえられないボニョは偶然にも助けられ、一路ソウスケの住むところを目指します。。。
ということで、直球ストレートど真ん中の小さな愛の物語がこの「崖の上のポニョ」です。
「千と千尋の神隠し」や「ハウルの動く城」や「もののけ姫」などの反戦や圧倒的な世界観とは違って、どこか名作劇場のようなこじんまりとした世界と子どもたちの物語は、たぶんおそらくきっと賛否両論の大嵐になるんだろうとは思いますが、個人的にはこれはこれでありだし、ただただまっすぐに「会いたい。好きー」というポニョと「僕が絶対守ってあげるからね」と5歳で実際問題ポニョよりはるかに弱いけれどもこれまたまっすぐのソウスケくんを僕は嫌いではありません。むしろ好きですね。もう一回くらい見てもいいくらいだと思います。
子どものためのアニメ、というある意味で原点回帰をはかった今回の宮崎駿作品、これはこれでありだと僕は再度プッシュします。
確かにストーリーとしては、ソウスケくんのお母さんのけっこう無茶(?)な言動や、ビートルジュースのような魔術師のダメダメさ加減など、首をひねるところもあります。話の辻褄があわなかったり、謎がそのまま謎として語られない部分も大きすぎるとは思います。しかし、なにもかもが完全に整合性がとれた物語なんてないし、そもそも童話なんてそんなものだと思います。また、基本は誰がどうみてもわかりやすい「人魚姫」をベースにしていますから、子どもにはこれくらいでちょうどいいと思います。
アニメのクオリティに関しては、、全編手書き、ということが強調されていましたが、それは別にどっちでもいいかなと思いました。味わい的にはやっぱりこういうのがしっくりくるけれど、特に何かそれがすごく特徴的だったとは思いませんでした。
さて。
(以下裏読みとネタバレ)
とはいうものの、けっこう投げっぱなしだし、、もうちょっと深みが欲しかったなぁという人には、気にならなければ全然気にならないけれど、気になりだすとすごく気になる宮崎氏のネタフリを気にしながら見てみるという手もありです(ただし、以下は自分が何の予備知識もなしに映画を見て気付いただけの話なんで、もっと細かいところや、設定資料なんかにはネタが説明されているかも)。
例えば、、、まずポニョの本名がプリュンヒルデという名前だったこと。ブリュンヒルデといえば言わずと知れた北欧神話です。ワルキューレの乙女達の長女です。ワーグナーのあたりオペラです。凄まじい力を発散するワルキューレ。彼女たちを押さえて神々の黄昏の時代に地球崩壊を必死で回避しようとする父親。彼が使ったのは娘を眠らせる魔法、、、どうです、ポニョの世界とシンクロしませんか?
また、彼女の母であり、(必然的には魔法使いのフジモトと契った神)空前絶後の大きさの女神は、海の化身であり、月の女神に見えます。彼女が言った言葉、そしてポニョが起こした洪水のあとの世界に現れた恐竜たちの名前から、デボン紀の生き物達が彼女の力によって現れてきたことが想像されます。そして、デボン紀とは、大量の魚類の反映と森林・昆虫の出現と生物の爆発的進化と大量絶滅が起こったときであり、世界が一気に変革した時です。海から陸へと生物が移動する。地球の歴史で一、二を争う激変の世界の消滅と新世界の誕生があった時代です。
そして、大洪水。もう何をいわんとしているかわかるかと思いますが、このあたりの暗喩は世界の崩壊と相まって、ほぼ直喩といっていいほどに人間の世界が終わるか終わらないかを問うています。そして、それを決めるのは彼らによれば、「揺るぎない愛」次第なのです。ソウスケがポニョの正体を知っても(というか知っていますが、あれだけ目の前で変化しまくれば)、愛せるかどうかで世界が決まるという形を提示しています。新世界になるかならないかがそこにはあったのです。
そういう意味でもう一度作品を眺めていくと、この世界には確かな愛、それもがっしりと直接的に結びついた愛(子どもにわかりやすくするためにはそれしか方法がないわけですが)を具現化したカップルがいないことに気がつきます。ソウスケの両親、リセと耕一も愛し合っていますが直接手をとりあい同時に画面に出るシーンはラストまでありません。魔導師のフジモトと妻である女神も神と人間であり一緒にはいません。また、老人養護ホームや保育園にも両親がそろって出てくるシーンはありません。つまりは、最後の最後まで、いわゆる子どもにもわかりやすい意味での愛し合う二人はいないのです。そういう意味では、最後の最後の直前に出てくる、赤ん坊を連れた若夫婦は、より象徴的です。そうした中で、二人が年とか生命体の垣根を超えて結ばれるか、ポニョが泡となって消えて実は世界が破滅するのかが最後に問われていたとなると、またこの映画の見方は変わるかと思います。
あくまで上のような見方は、自分が初見で気付いただけの見方ですので、もっと色々なことが隠されていそうだし、水の中に沈む街のイメージは「カリオストロの城」とかを思い出させて宮崎さんの好みがまともに出ているなぁと違う楽しみもあったりします。あと、チキンラーメンがスポンサーについていたっけ?? とかね。まぁ、なんにせよ、ストレートに楽しむのもいいし、色々と仕掛けられた深読みなんかしながら見てみるのも楽しい映画だと思います。まぁ、でも、やっぱりあの♪ぽーにょぽにょぽにょ さかなのこ♪の歌で大ヒットは間違いないでしょうね。
以上、私見に満ちた「崖の上のポニョ」あらすじと感想でした。