2005年
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月



1月


2005年1月1日 我が家


雑煮
今年もよろしくお願いします




付録

出張で。初めての北海道1/18


2月


2月4日

豆まきの的
   
  2月5日

あかんぼのトリがやってくる
 
    2月20日

市選抜に選考される



3月

3月12日
今季J初参戦
ほうとうはたっぷり
 
そしてまた北海道

3月30日

お台場に行く
    お台場に行っても

カネが無きゃ牛丼。



4月

4月4日

だらだら。
 
4月29日

野球観戦



5月



うわっ!5月は画像が無い。勤めも忙しかったし、土日もサッカーのサポートしてたってことかな?あーつまんない。


って思ってたら、少しだけあった。
5月15日

珍しく二人で食事。二人なので単価が高いのもOK。レッドロブスター
同15日

キャプテン
何をしてるのかと思えば、恐らく、
敵のチームを見定めてるんだろうなと。
試合中であれば、ただボールに対してプレーしているだけではなくて、考えながらプレーしていることが判っていたけれど、キャプテンは、試合前からサッカーしてるんだなあ。


あと、月末に運動会があった。良かった。
去年同様、応援好き。特に上級生がいない時の意気込みは、阪神のコールリーダーのイメージに被るし、キクチ君に象徴されるかっこよさも、僕は思って、彼の応援姿を 追った。
騎馬戦は初戦、敵大将を潰すことを戦略し、共倒れの結果で、一応、目的達成。次戦は、これも強敵と対戦し敗退。しかしチームは勝利。圧巻は最終プログラム「リレー」。アンカーで最初のコーナーで抜き、直線で抜かれそうになるもサッカーテクニックの上体の使い方でカラダ負けしない。
ああこれで、逆転優勝してればなあ。
5月28日




6月


人差し指
怪我中
理科の実験でガラス管を割り、3針くらい縫う。
でも、見落とされた指にガラス片が1個残っている。
3ヵ月後くらいに再手術。


遠足・リーダー 鎌倉の切り通し


今月の番外

長野産きびなご?

小田急OX、しっかりしましょうね。


7月



この後移籍したフィーゴと、
ななみゃあ

磐田vsレアルマドリー
味スタ

帰りに路上で買ったにせものレプリカ。
キャプテンは、
バルサ、アウェの
ホナウジーニョ


ロナウドは、
レアルのロナウド



2005 7/2 湘南戦


財前もバロンも、この5ヵ月後解雇



8月



カニ腹
8/9 交流戦

これが最後のクラブユニフォーム
ジュニアの後でも
着けることが出来るかは
本人次第

この4ヵ月後には、もっと太く、たくましくなってきている。
男になってきたな。頑張れ。


JFAアカデミー福島を受験。
多分このときが一番日本に近かった。
ベガルタのセレクションも受ける。
こちらは、もう、思いでつくりのレベル。

サッカーで食傷気味なので。笑



9月


新宿駅まで嫁に同行させて、新宿駅で切符を買い、そこからは親子二人で東京駅、新幹線、そして仙台へ。
東京駅でお弁当を買って昼ご飯にする。
仙台に着いたらレプリカでも買ってあげたいなって思っていた。なんせ、「思いでつくり」だと思っていたし。仙台駅に降り立ち、晴天の空は関東の空ではなかった。懐かしいとも、違う。時間には2時間ほども余裕があるけれど、キャプテンは、「早く行こう」。レプリカのことは忘れ果て、タクシーで会場の泉パークタウンに向かう。意外と遠くて、タクシー代が片道4500円くらい。往復で新幹線代にもなる。ちょっと意外だったので、参った。パークタウン前の図書館を見て、見覚えがあるようであったり。
ベガルタ仙台ジュニアユースセレクション
泉パークタウンには、まだひとりのプレーヤーも来ていない。
会場の準備さえまだといったところ。
セレクションに来たのですが、入ってもいいですかと声をかけて、人工芝のピッチに入る。以前は天然の芝だったから、あちこちはげてたものだ。着ているのが地元のクラブのスクールのものだから、どうしても目立つ。
画像の奥の二人は、山路U-18Coachと、中村伸スクールコーチ。
ロナウドは、クラブを変わる事を選択した。
「あんね、A君とB君がいて、Aは地元のクラブで2倍上手くなった。でもBはSクラブで3倍上手くなった。オレはうまくなりたい。」

10歳の少年に、こう考えさせるサッカーに感謝する。

9月から近所の強豪クラブに練習参加し、すぐに移籍した。少年の価値観の中でクラブを移籍なんて、ブラジウなら常識でも日本では、まず、考えられないと思う。

初めての練習試合への参加
少年の意識の中には十分にその方向があっても、進路を決めるのは主に母親だったりするわけだからね。
ともかく、移籍した息子は以降毎月3日平均(1日3ゲーム平均)の交流戦をこなし、2006年の初春には県大会で3位となる。本人は十分にゲームに出れたわけではないけれど、彼の中に移籍先のサッカークラブでの日々は、確実に血肉になっている。

 キャプテンのジュニアユースへの挑戦は、JFAアカデミーから始まり全て落ちていくが、後になるほど、母親の意思による受験の様相が色濃くもなる。
 しかし、誰の意思でそのピッチにいたにしろ、プレーするのはプレーヤーである。プレーヤーに適切な助言をするのがコーチだけれど、適切な助言というのはどういうものだろう?





10月


連合運動会in等々力競技場
記録115センチ。
 うーん、ここでもピッチの中には入ってないな。等々力の芝の上で、サッカー出来るのはいつかなあ。
アニキと呼ばれた根引と、カズぅ。

必ず、アニキって存在はいるなあ。
阪神だと金本選手か。
地元のクラブが属する市にも声を掛けてくれる大会への参加。サッカー協会でオレが手を挙げたの。味方のセンターバックを痛めた敵をつぶした我が息子。サッカーでいろんなことを学んでるのね。




11月

とうとう母ちゃんに追いついてきた
天皇杯の前座試合の撮影のため貰ったカード


背もでかくなって、もうビビンコも、そうはできないと思って。
ロナウド撮影。

三ツ沢にキャプテンと二人で観に行った。「関口がんばれを連呼」したら、関口に高評価。
Q15 今年ベストの試合は?
A15 天皇杯横浜マリノス戦です。


近所の学園祭の目当ては、カレーでも焼きソバでもなく、HG。
でも、若い衆のダンスにも目を見張る。




12月

なん個あんだよ、ボール。

../point3club/pic/200512.html


今年からサンタは来なくなったので、
かわりに親から子らへプレゼント。

おーひらさんのホームスター
(講演をきいたその後に近所のコンビニ帰りを見かけた)