安土城址、彦根城の写真です。
安土城址
彦根城
関ケ原の戦い(慶長5=1600年)に井伊直政の戦功は抜群であったので、翌6年(1601)に、石田三成の居城、佐和山の城主として高崎から入部した。しかし地勢的に、城下とともに繁栄を期すべく、現在の彦根山に、慶長9年(1604)に築城を開始した。約二十年の歳月を要して、城は完成。この彦根城の新築に、幕府は、伊勢、美濃、尾張など七か国の大名にその業を課しその工を進めた。この間、彦根の周辺の古来の城郭石垣や建物を移築した。総指揮は本多忠勝が務めた(絵葉書の説明文に加筆修正)。
平成16年9月15日午前8時、友人の車で金沢を出発、友人の運転で、私がナビゲーター。北陸自動車道、名神高速道路を進み、滋賀県の八日市I.C.で降りる。ここから安土城址まで、地図片手に進むが、道に少し迷う。安土町内に入ると、案内標識が整備されており、安心する。天守閣址まで階段の勾配が急で、辟易するが、登っていくと左に羽柴秀吉邸址が整備されている(ちなみに降りるときに前田利家邸址も発見)。前に来たことのある友人の話によると、秀吉邸の址は最近整備されたもので、前は草ぼうぼうだったという。更に登っていくと信長の嫡男、織田信忠邸址や織田信澄、森蘭丸邸址がある。碑や説明文のほかには目立ったものはないようだったが、城の礎石が残っていた。天守閣址でしばらくダウンしていたが、琵琶湖が見える展望の良いところに登ってみる。戦国の頃は、琵琶湖が城の間近まで迫っていたというが、現在は遠くにしか見えない。かなり体力を消耗したので、ハ見寺には寄らずに石段を降りる。近くのレストランに入ると、「信長うどん」「信長ハンバーグ定食」などのメニューが並んでいる。資料館「信長の館」に入ったのち(天守閣の大きな模型や、宣教師が描いたという、最も信長に似ているという肖像画があった)、国道8号線を彦根へ向かう。
彦根では、時間の関係で彦根城にだけ立ち寄る。城の周りをぐるぐるまわるが、一方通行のためなかなか入り口に辿りつけない。堀の外から見た彦根城は壮観である。門の前の駐車場に停め、中に入ると俳遊館の投句箱があったので、「あっ観光俳句だ」と思い一句投句する。時間がなかったので途中で引き揚げて、駐車場の前の売店で「いと重」の銘菓「埋れ木」を買い、長浜へと向かう。
ちなみに私が彦根に関心を持ったのは、前に一度電車で訪れたことがあるものの、以下のサイトのお陰である(→「Straight Furrow・うねうね日記」、「はいくりんぐ・ミニオフin彦根」)。
長浜では、長浜城を遠目に見た後、友人は黒壁スクエアを見に行く。私は車の番。長浜I.C.から北陸高速に乗り(ちなみに長浜が米原より北にあるというのは初めて認識した)、午後6時金沢に到着した(平成16年9月29日記)。