東の茶屋街
国指定重要文化財 金沢ひがし廓「志摩」
最終更新日 H.17.2.15
ひがし廓(くるわ)は文政三年(1820)に加賀藩がこの近辺に点在していた
お茶屋を集めて町割りしたものである。今はひがし茶屋街と呼ばれ、国の重
要伝統建造物群保存地区に選定されている。「志摩」は文政三年に建てられ
たお茶屋の建物で、典型的なお茶屋の造りを江戸時代そのままに残している
(「志摩」パンフレットより)。





違い棚は春慶塗との記載があった。
春慶塗というのは、解説にそうあったので、実際には金沢や輪島の職人が携わったのかも知れません。
私の持っている漆の教科書には『飛騨高山が主産地ですが、秘伝として続けられた秋田の能代や、茨城の栗野にも一軒だけ春慶塗りが残っています」とありますから、金沢にも春慶塗りのできる職人さんがいたのでしょうか?
春慶塗りは透き漆を一回だけ上塗りしますが(染料を混ぜることもある)、上塗りまでの工程が多いらしく、素地が上手に仕上がっていないときれいに仕上がらないようです(佐々木英著「漆芸の伝統技法」より)。
のちの春慶塗りに繋がるのでしょうか?別の本には「奈良の法隆寺や正倉院の宝物のなかの赤漆文木観木厨子をはじめとした多くの器物に赤漆(せきしつ)がみられる。赤漆は木地を蘇芳(すおう)の染液で赤く染め上げ、透き漆を塗り重ねて仕上げている」とあります(小松大秀ほか「漆芸品の鑑賞基礎知識」より)(TERAI)。
一番単純に考えれば、溜め塗りの一種と言えるのではないでしょうか。
朱の上に透き漆を塗れば朱溜め塗り。
木目が見えるように透き漆を塗れば、木地溜め塗り。
木地に着色してかかれば、いろいろ呼び方をつける場合があるようですが、春慶塗とする。
塗り立てにするか、蝋色を取るかなど違いはあるでしょうが、大きく見ればおなじ仲間と思います(SUNATAさん)。
考えてみると、春慶塗の飛騨と金沢は近いから、当然交流もあったでしょうね。私は仙台で育ったので、家には能代の春慶塗もありました(HARUKOさん)。

七宝でつくられた襖の取っ手(引手)
ふすまの取っ手にまで気をつかって、感激しますね。取っ手は螺鈿のように見えますが、七宝焼きなのですね(HARUKOさん)。







帳場


台所


石室(食料などを保存する)

象牙や鼈甲(べっこう)を材料とした櫛や笄(こうがい)が展示されていた。


笄(こうがい)と櫛

簪(かんざし)と笄

鼈甲(べっこう)櫛(左)と象牙櫛(右)

根掛(ねがけ、女子の髪のもとどりにつける飾り)

拝見しました〜。赤い塗り壁がなんともなまめかしくステキですね。
私も行ったことはないです。笄、綺麗ですね。ウチの祖母の遺品にもありましたがまがいの練り物でした・・・(ははは)本物は良いですね〜。ウチのは片側キャップになっていて「かぱっ」てはずれるんですよ〜。挿しやすくするため、らしいです(はなはなさん)。
春慶塗りの違い棚だそうですが、使い込んであるようで美しいですね。棚にあった獅子頭がいかにも加賀の国という感じです。一昨年(平成14年)の秋、吟行で獅子吼高原に行き大きな獅子頭を見ました。恐いようなかわいいような。その他のお道具類もとても素敵ですね(こでまりさん)。
金沢には古い建物が残っていらっしゃるのですね。
およそ二百年前ですか。そこに実際に人々が暮らしていたのかと思うと、何か不思議な気持ちになります。
七宝の取っ手は珍しいものなのですか。綺麗ですね〜。
火鉢や煙草盆も当時のものなのですね。やはり、鼈甲などの小物に惹かれます(蛍さん)。
東廓のお写真も素敵でした(のばらさん)。
金沢。東の茶屋街!
さすが大大名の城下町,すごい物が沢山残っていますね!
ぼくは,美人画を描くてまえ,こんな小物を沢山見なくてはならないのですが,なかなか間近に見る機会が有りません!
「志摩」屋ですか!贅を極めていますね!
春慶の違い棚の獅子頭はここから運んでいただいたのですね!
「春慶」塗りはゆかり草さんのところで話題になっていましたね!
透し漆とは下地がそのまま見えるってことですか?膠やニスの感じにできあがる?そんな風に解釈していいのでしょうかね?
志摩屋の床の間の美人画がとても気になりましたが,アップできなくって残念でした!
金沢の茶屋さんなれば,京都に劣らぬ名品を見ることができるのでしょう!
いや凄いですね!
良い目の保養をさせていただきました。
有り難うございました(タキ爺さん)。
わ〜〜ほんと凄い! こんな素晴らしいもの見逃してなるものですか。
家へ帰ってゆっくり見なくては!
チョコレートのおこぼれでもないかしら??と覗いてみてよかった〜〜!
遅くなりましたが、もう一度拝見にきました!
素晴らしいですね。色のいい鼈甲の櫛、こうがい、かんざし。美人画をかかれるタッキーさまはもっと深いところでご覧になるのでしょうが、金澤の文化が偲ばれますね。
金澤の家並みのあの屋根瓦、とても美しいですね。忘れがたい景色でした。フィレンツェの街にも負けない景色でしょう。
飛行船に乗って、街の俯瞰を楽しんだらいいでしょうね〜〜(ぺグさん)
春慶塗は全国的ではないのですね。名古屋は高山が近いので、いつでも見ることが出来ますから。。。
またいろんなことをしりましたわね。
特に、櫛、笄。今時見ることは殆どありませんね。
さすが金沢!と感じ入りました(ゆかり草さん)。
いろいろと新しい写真がUPされていて、楽しませていただきました。それにしても、TERAIさんもかなりこまめにやりますね。いや、熱心なのは大変いいことだと思います(napoさん)。
能登に行ってきました
美味しい魚に海、温泉に入りリフレッシュしてきました
金沢では金箔を貼る体験をして、TERAIさんも書いて見える東茶屋を見学してきました
東茶屋は休みのところが多く時間も限られていたので中の見学は出来なくて残念でした(ぐりさん)
春慶塗について、松田権六の「うるしの話」(岩波文庫)から追加します。この本によると、「(春慶塗の)起りははっきりしない。一説には、後亀山天皇のとき和泉国の漆工春慶が考案したと伝えられているが、一説では道元禅師が中国からつれてきた工人僧の春慶が越前の永平寺にいて、創始したともいう。正倉院と法隆寺に、赤漆文欟木御厨子といわれる奈良時代にぞくする厨子や唐櫃が現存する。文欟木は特有の木目のある欅材で、これに蘇芳(草木染の黄の染料)を塗り、透漆をかけたもので、あきらかに春慶塗の前駆とみてよいだろう。・・・(中略)・・・堺春慶のほかに、飛騨春慶、能代春慶が今も栄えているが、その他各地でもやっている。春慶塗技法は、器胎に雌黄であらかじめ着色し、透明な春慶漆を塗立にする。それだけである。これを紅色で着色して塗れば、とくに紅春慶というが、黄色の場合は、たんに春慶といって、とくに黄春慶とはいわない」とあります(TERAI)。
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