美の殿堂への誘い〜日本芸術院所蔵作品展(平成16年7月9日〜8月29日、石川県輪島漆芸美術館 

この記事はStraight Furrow掲示板への書き込みを再構成して作成しました。


「日本芸術院所蔵作品展」に行って来ました。書の作品のなかに万葉集の舒明天皇の歌を書いたものがありました。田中塊堂(明治29〜昭和51年)という人の作品です([平和」、昭和43年日本芸術院賞)。この歌や万葉集全般について、Straight Furrowの、ゆいさんに解説していただきました。まず田中塊堂の作品に書かれた文面は展覧会のパンフレットによると下記の通りです(TERAI)。


や万と爾盤(やまとには)
無羅
山あれと(ど)
登里よろふ
天の可く(かぐ)

の本里多ち(のぼりたち)
國みをす連(れ)
盤(ば)
く尓(くに)
者良八(はらは)
希ふり(けぶり)
立ち
多つ(たつ)
海原

か万免(かまめ)
堂ち(たち)
多つ(たつ)
うましくに
楚(ぞ)
阿きつ
し万(しま)
やまとの

盤(は)
(「万葉集」舒明天皇)


TERAI様が書き写されたものは、おそらく変体仮名と言われる
もので、田中塊堂が書家なのでそれで字の流れからその漢字を選んだので
しょうね。『万葉集』の本文ではそれらは異なる字になってます。

万葉集巻一・2番歌 天皇登香具山望國之時御製歌

山常庭 村山有等 取與呂布 天乃香具山 騰立 國見乎為者 
(やまとには むらやまあれど とりよろふ あめのかぐやま のぼりたち くにみをすれば)

國原波 煙立龍 海原波 加萬目立多都 怜○國曽 蜻嶋 八間跡能國者
(くにはらは けぶりたちたつ うなはらは かまめたちたつ うましくにそ あきづしま やまとのくには) (塙書房『萬葉集 本文篇』より)
   注)○は立心偏に「可」字


万葉集巻頭三首(+反歌一首)はかなり意図的に編纂されていると考えられており、
万葉集のありかたを探る上でも重要な歌となっています。

「盤」が「は」または「ば」の仮名として用いられているのは、やはり変体仮名
すよね。『万葉集』では「盤(ものによっては「磐」)が仮名として用いられている
場合には「ハ」(巻六ー922「床盤(トキハ)」、巻十一ー2522「思狭名盤
(オモヒテセナハ)」)と清音になるようです(ゆいさん)。




万葉仮名を拝見してとても懐かしいです〜。
短期間、それも高校生だったから、ということでお目こぼししてもらっていた「万葉研」を思い出しました。
もう全く記憶の彼方に消えているので、ぜひ解説を拝見したいです♪
あ、でもお忙しいと思うので〜ぼちぼちとお願いします(私もゆっくり拝見したい〜)

和歌とか古文で濁音や撥音のない書き方をしますよね〜、雰囲気があってとても好きなのですが、上代はそうした発音をしていないのでしょうか。
またテレビドラマで「てにをは」がないしゃべり方をしている時代モノがありますよね?
(NHK大河の「風と雲と虹と」がそうだったような気が…)
とても不思議な感じがしました。本当にそうだったのだろうか〜と。文語体・口語体がきちんと分けられていた時代のお話ですからはっきりと残っている訳ではないし…わかることではないと思いますが…。
ちょっと気になっています〜(はなはなさん)。



こんばんは。てにをはと濁点の話を、手持ちの資料だけでさせて
いただきます。マンションにはもうちょっと資料あるんですが、
今は数冊しかないので、見解が偏るかもしれませんがご了承下さい。

時代劇の「てにをは」省略、「武田信玄」などは顕著でしたよね〜。
私も照明は暗くて辛かったけど、でも思わず全話見てしまいました(笑)。
「てにをは」は言うなれば助詞の代名詞みたいなもんで、簡単に言うと助詞のこと
なんですが、たしかに昔は助詞の種類が少なくて、今から考えると省略、当時では
無いんだからそないなこと言われても〜(笑)、という状態になるようです。
それに卑近な例で考えると、関西弁はてにをは省略が多いことばなので、
めちゃくちゃ違和感を感じないのです。

あと、濁点なんですが、上代は万葉仮名があるおかげで、濁点を表記する
漢字というものを読めばよいだけで済みますが、中古になると、平仮名の
成立により、「は」なのか「ば」なのか、それを判断する必要が出て来ます。
これは字の流れで判断するしかなく、○字の場合は「ば」、△字の場合は「は」
などという規則性はあまり見あたらない、ということです。文字の前後、ことば
の意味合いから、当時の人がそれを理解しながら読んでいた、ということになる
ようです。私も、院入試のために変体仮名を読む込む訓練しましたが、最初のうち
は濁点や半拗音など読みとるの、困りましたが、慣れてきたら前後でわかりました。

言文一致のことですが、上古の古い時代はだいたい言文が一致していたであろう、
書き言葉と話し言葉はほぼ同じであったと思われるのですが、だんだんとそれが
不一致となっていき、一番両者がかけ離れていく状況が如実に出て来たのが、
中古U、つまり院政以降と言われています。

万葉集巻頭四首ですが、構成としては、一番歌が「言」、二が「見」、三が
「聞」ことがテーマのようなものになっており、いずれも天皇が関わる、
儀礼的なものとの関連を示唆する見解があります。言うなれば、国土支配
者としての天皇を讃える意味合いが込められた、意図的配列であると
考えられるということです。

一語ずつの説明などはまた後でさせてもらいます(ゆいさん)。



少しだけでも、舒明天皇歌の説明をし始めておきます。
「山常庭 村山有等」(やまとには むらやまあれど)
  この部分での問題点は、「有等」の訓が写本によって「アリト」となっています。が、今では仙覚という人が注した「アレト」の改訓に従う人が多く、理由はさまざまですが、国見歌の定型的発想からの判断が多いと思われます。近年では「アレト」の訓で解釈する論も出て来ています。この初二句と結句あたりが呼応しています。「ムラヤマ」は沢山の山々の意味です。

「取與呂布」(とりよろふ)
  ここでの問題点は「とりよろふ」の意味、解釈です。契沖が最初「村山の取りつつめるかく山」と解釈し、次に「よろふ」を「具足したる義」とし、「そなはりて、円満したる山とほめたまふ歟」と解釈しました。で、最後に「村山のかこむにはあらて、草木のうるはしくおひしけりて、山を取よそふ心なり」と解釈しています。その後「具足」系統の解釈をする注釈書が多くなったのですが、それに対する批判論も出まして、いろいろあるんですが、絶対的結論には至っていないようです。ただ、稲岡耕二氏の見解に「青山四周」(神武紀)などの考えが根底にあるとして、「群山を周囲にめぐらせている香具山」として、訓も「ありと」にするという説があります。または「ヨロシ」と関連するという考えがあり、「山としての属性をとりそなえており、よろしい(素晴らしい)」と解釈する論もあります。

「天乃香具山」(あめのかぐやま)
  ここでは「あめ」という訓みがふられています。後世よく「あまのかぐやま」と百人一首などでは間違われていますが・・・。「あめ」と「あま」とでは意味が異なります。「あめ」は高天神話などと関連することばであり、「あま」は、一般的な「空」の意味合いが強くなると言われております。詳しい解説があった論文を失ったので、適当ですいません(ゆいさん)。


以下の続きは、ゆいさんよりメールでいただきました。お忙しいなか、どうもありがとうございました(H.16.9.12)。

騰立 國見乎為者(のぼりたち くにみをすれば)
 
国見の場所に香具山が使われていることについては、高天原神話などに始まる、天孫降臨、王権の正当性などに深く関わる「天(あめ)の香具山」の性格を如実に表しているといわれています。記紀に関しては「天」とつくのは高天原神話において由来を持っていることが条件だそうです。つまりこの場合でも舒明天皇が登り立った香具山は高天原と位置づけされ、眼下に見下ろす世界は葦原中国(あしはらのなかつくに)になります。
 
國原波 煙立龍 海原波 加萬目立多都(くにはらは けぶりたちたつ うなはらは かまめたちたつ)
 
天皇が国見をすることによってこれらの吉兆が現出したと、前句からのつながりで解釈することが多いです。「国原」「海原」の「原」は広いところを指し、はじまりの「大和」に呼応するかたちで大和の国の広さを表現していると言われています。「煙立龍」の「龍」は写本によっては「籠」となって「タチコメ」と訓むものもありますが、対句であることなどいろいろ考察すると「タチタツ」が適切であろうと考えられています。この「タチタツ」という表現は空間上、時間上にもまたがった、生き生きとした表現として素晴らしいものであると評価されています。
 
「国原〜」の部分でよく引き合いに出されるのが、仁徳天皇紀の炊煙であり、「海原〜」は香具山西麓にあった埴安の池とされるのが一般的解釈です。そして煙やかまめなどは本当のスモーク、鳥などと解釈するのみならず、地霊・水霊的なものとして儀礼的な歌の場で表現されるものと考えることが多いです。その地霊水霊などが煙りや鳥の形をとってあらわれた、というような解釈の方法です。それらが天皇が見ることによって現出した、天皇の国土支配者としての力を表すということになります。
 
怜○國曽 蜻嶋 八間跡能國者(うましくにそ あきづしま やまとのくには)
ここまでは57のリズムであったのが、いきなりここで崩れていますが、これは葦原中国を賛美することばが「ウマシ」であったことなどから、国見儀礼において唱えられるべきことばを入れた、という考えになっています。
 
次は国ぼめ歌や国見歌について書きます。
 
   参考文献 川口勝康「舒明御製と国見歌と源流」『万葉集を学ぶ 第一集』
            (伊藤博・稲岡耕二編 有斐閣選書)


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