釣り人は絶え「静流」戻る
3月から8月まで、駆け足で渓流釣りのシーズンは通りすぎた。
高い年券を買っても、3〜4回しか使えば良い方だ。
瞬く間に季節はアマゴから鮎に移り、放流日だけ川原に釣り人が並ぶ。
けれど、その日以外は閑古鳥、行くだけ無駄が当たり前というのが「渓流釣りシーズン」と思って間違いない。
鮎釣りは金持ちの釣りやな。
4〜50万もする釣竿や車代はバカにならないし、2万円もする漁協の年券買うて、高いオトリ鮎もそのつ度買わな釣りでけしません。
俺なら破産しますわ。
それでも2回行けたから幸せと思うことや。
お盆過ぎたら網漁が解禁になり、もう竿の出る幕はない。
渓流釣りは、ほんまに金とヒマのある人だけの、しょもない遊びになった。
魚がおらんからビールで満足
特に今年の7・8月のゲリラ型集中大雨で、放流魚は下流に流されて魚影はまったくない川が多かった
。
写真のような静かな流れに戻ったが、魚は戻らない。
銀ちゃんは竿も出さずにやけビール、気持ちわかるわ、あんた年券まだサラやったのう。
残りものでよろしければ・・
朝から上流に入ったが、銀ちゃんの腕をもってしても、釣果は1匹でした。
今年はこれで打ち止めでんな。
われわれは、早めに街に帰り、ラーメン屋でギョウザと野菜炒めで生チュウを3杯半づつ飲んで引上げましたとさ、やれやれ・・。
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船渡御
大阪の天満天神祭りは、その歴史から規模まで日本の祭りでも
代表的な大イベントだと言われています。
千年を越える伝統と歴史を誇る祭りだけあって、数多くのエピソード
があります。
やはり豊臣秀吉が全国統一をめざして、市民総出の祭りにしたのが
巨大な規模になったのでしょう。
上方落語家の相乗り船
幕末には、14代将軍徳川家茂のために盛大な天神祭にしろと
新撰組から天満宮へ強硬な命令を下したことがありました。
しかし、太閤贔屓の上方人としては、徳川幕府の安泰のために神様に
お出ましを願うわけにはいかないと腹を決めて、断固拒否して祭りを
中止したという記録も残っています。
大阪にゆかりの深い西山宗因や井原西鶴、近松門左衛門といった
文化人も、おしのびで観覧していたそうです。
純金のお神輿
現在も門前町である天神橋通りは、各地の商店街が「シャッター通り」
となって廃れていくのに、ここの商店街は、その長さも日本一で平日
でも賑わっている街なのです。
時代の流れに応じて、新しいイベントを大阪らしく上手に取り込んで、
普通の市民も参加できるようにする懐の深さを持ち合わせているのも、
天神祭の魅力ではないでしょうか。
蛇足ですが・・一緒に来た銀ちゃんは、ウナギ釣りの屋台で動かなくなり
私は先に境内に行き、踊りを奉納していた新地のママさん連で足が
止まってしまい、ついに再会をはたせぬまま別行動になってしもた。
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