旅行記
〜各地でのちょっとしたエピソード集〜
学生時代の旅行中の体験を少しずつ思い出しながら加筆する予定


イギリス編

ホームステイ

大学4年の春から交換留学生のような形でイギリスの北部にあるとある大学に1年間留学(遊学?)した。
ロンドンからその大学のある北部の町まで特急列車で3時間。車窓から見える左右の景色はずーっと”なだらかな丘と羊たち”。
所々に民家や工場などが見えるが、それ以外目に入ってくるものは灰色(イギリスのどんよりとした空)と(なだらかな丘)と(それしかやることがないのかってぐらいずっと地面の草を食べている羊たち)だけであった。
そしてたどり着いた私の留学先の町。特別観光名所でもなければマンチェスターのような商業・工業地域でもないごくごくフツーの町である。
私が留学した大学は世界中からの留学生の受け入れに積極的で規模もそこそこ大きく、その町の多くの住民がその大学にある豊富な仕事で生計を立てているとのことだった。

最初の10週間は一般家庭にホームステイしたのだが、私のホストファミリーは比較的若い夫婦・10歳と7歳のやんちゃ坊主で構成され、雰囲気は実にビジネスライクなホストファミリーであった。
ホームステイといえば、「私のもう一人のお母さん!」と言えるぐらいに自分をわが子のようにかわいがってくれるホストマザー率いる超暖かい家庭に仲間入りさせてくれるものと勝手に思い込んでいたもんだから、実際自分のホストファミリーが思い描いていたものとはちょっと違うと分かったとき、少なからずショックだった。尋ねればなんでも教えてくれたし、毎日夕食とシャワーを与えてくれたのだからとてもお世話になったといえばお世話になったのだが…
留学が決まったらどんなホストファミリーがいいか希望を出すのだが、例えばペットアレルギーがある人は”動物のいない家庭”だとか日常的に子供と触れ合いたい人は”小さな子供がいる家庭”だとかを申し込み用紙に書いて提出する。で、私は”動物のいる家庭”と書いて希望を出したと記憶している。
だがしかし…私と同じ留学プログラムで一緒にイギリスに来た友達は、”動物がいなくて子供がいる家庭”を希望していたにもかかわらず”デカい犬と猫とお年寄りの女性一人”がいる家庭へ、”動物がいる”家庭を希望していた私は”動物がいなくて小さな子供がいる家庭”へ、割り当てられた。
「できれば小さな子供はいなくていいよなぁ」とも内心思っていた私だけに、その友達とそれぞれの割り当てを知って「なんで〜!逆じゃん!」と二人で陰でぶーぶー文句をたれていた。
 
ホストマザーはフルタイムで平日は働いており、仕事で忙しい上に小さい男の子が2人もいて世話が焼けるためかどうか知らないがいつもカリカリしていた(ように見えた)。
朝からホストファーザーと口論をしていて、私はコソコソっと朝ご飯を食べてささっと家を出て大学へ行ったりなんてことも少なくなかった・・・。
そんなことより何よりホームステイをしていて参ってしまったのは、子供の遊び相手をさせられたこと!! 10歳に満たないぐらいのブリティッシュボーイの扱いなんて検討もつかず、しかも相手は聞き取りにくいエイゴをしゃべるししかも私の苦手なフットボールテレビゲームで対戦をやらされるし、正直言って他の何よりも苦痛な時間だったことは否めない。 たまにお母さんに叱られちゃって泣いているところをなぐさめてあげたりなんてこともしたなぁ。あれから5年余り経つけど彼らはどんなイギリス紳士に成長したかしら?ってまだ紳士の年齢じゃないな。

やれやれなホームステイ10週間も今日で終わりという日の夜、最後の夜だから家族全員と私でゆったり家でディナーかなぁ?なんて想像していたのに、その期待もホストマザーの「今夜はディビッド(ホストファーサ゛ーの名前)と映画を見に行くから、適当に夕食済ませてね」の一言で打ち砕かれた。しょうがないからチビッコたちと夕食するかと覚悟を決めたのも束の間、彼らは知らぬ間に食事を済ませていてまた外へ遊びに行ってしまった。しょうがなく私は一人で出来合いの冷たーいキッシュとレタスをほおばって、ホームステイ最後の夕食を済ませたのであった。
「ああ、やっと明日から一人暮らしできる・・・」と思いながら。


 

フランス編

ニースでのとほほな体験

イギリス留学中の夏休みに今こそヨーロッパ旅行と思い、約3週間をかけてスイス・フランスを旅行した。
フランスではまず最初にニース海岸を訪れたのだが、ここではとんだ災難に遭った。ニースといえば誰でもビーチと海で思いっきり遊ぶことを考えるだろう。私ももちろんその一人だった。
海外ということで気分も多少大胆になり、恥ずかしげもなく生まれて初めてビキニを着て海岸へ出た。
ニース海岸の日差しはきついとは聞いていたものの、日焼け止めはテキトーに薄く塗っただけで海の上で浮き輪にうつ伏せになり1時間ほどぼーっとしていた。
夕方ホテルに戻ったら・・・首・背中・太もも・ふくらはぎが真っ赤になり、ヒリヒリなんてもんじゃないほどヒリヒリしだした。ベッドにあお向けに寝ることができないのはもちろん、なんと立って静止することもできないのだ。
それは歩いていて立ち止まると、途端に足全体に皮膚が破けるような痛みが走りにっちもさっちもいかなくなるので、ベッドにうつ伏せになっているもしくはイスに座っている以外のとき(つまり立っている状態のとき)は必ず歩いて移動をしているか足踏みをしていなくてはならなかったのだ。
これはひどい日焼け(やけど)をしてしまったと思い、街の薬局へ行き薬を買い求めた。帰りに八百屋に寄ったとき、棚のフルーツを選んでいる間もずっとその場で足踏みをしている私をみたお店のおばさんが、「あんた、うちのトイレそこだから。」と親切にも案内しようとしてくれた。フランス語でそんなこと言われても事情を説明できるはずがなく、「ノーノー!」と足踏みをしたまま必死に首を横にふり、選んだフルーツを棚に戻し、そそくさとその場を後にした。・・・恥ずかしかった。
買ってきた薬を塗っても症状はおさまるどころかひどくなり、ついにホテルまで往診にきてもらうまでに。
診てくれた医者は私のやけどを見て「あーあ。体中に火花が散ってるような状態だね。かわいそうに。ちゃんと日焼けクリーム塗って海に出ないとだめだよ。」と言い、街の薬局に再度行って自分で買ってきたのとは別の薬を買うように処方箋をくれた。
苦痛は限界にまで達していたので、すがるような思いでまた薬局へ歩いて行った。処方されたのは飲み薬と塗り薬。やけどなのに飲み薬?と思ったが医者を信用して飲んだ。のが運の尽き。途端に気分が悪くなって吐き(汚くてスミマセン)、しばらくトイレから出てこられないような状態にまでなってしまった。 ・・・こうしてせっかくのニースでの5日間が初日のやけどでおじゃんになり、ニースの日差しを甘くみたことを悔やみながら・もう二度と日焼けなんてするもんかと思いながら、ニースをあとにしたのだった。
 
ニースから向かった先はパリだったが、パリでも相変わらず立ち止まれない状態で、せっかく入ったルーブル美術館でもモナリザを見ながらその場で足踏みをしていたのだった。
美術館賞に集中できないし、何となく視線を感じて恥ずかしいし、とほほなフランス旅行だった。