統失になるのは大概は我が子。その面倒を見るのは大概が親。
気力に溢れていた我が子が心の迷路をさまよい、社会性を失ってしまう。
親からすれば、我が子が不憫で不憫で仕方がありません。
そして、良かれと思い、気力の失せた我が子の面倒を見ようとします。
(それが不憫な病をえた我が子に対する親の罪滅ぼしであるかのように)
ところが、親が面倒を見れば、子供はそれにすがってしまいます。
話はちょっと違いますが、ある芸人が『ニートって親が死んだらどうなるの』と言いました。
統失の我が子にも同じ事が言えます。親は子供より先に死にます。
その時、囲い込んで生活技術を身に付けなかったら、我が子はどうなるのでしょう。
私は、我が子が統失になり職を辞しました。
そして、私が一番に始めた事は『私自身が女房に依存しない事』でした。
生ゴミ。粗大ゴミ。濡れ落ち葉。などとは呼ばれたくないので、家事を習いました。
女房の家事とかち合わない事を考えて、私はパンとケーキ作りに取り組みました。
パンは意外と簡単でした。でも、食事としてのパン作りは家族に受けませんでした。
今は、パン作りのチョット脇道、ピザが我が家に定着しました。
ケーキはパンケーキ、スポンジケーキ、チーズケーキ、生クリーム、カスタードクリーム。
このあたりは100%自信が持てます。
そして今は、私が作り始めると我が子も食べたさにつられて真似を始めます。
強力粉を捏ねてピザを作ったり、パンケーキを焼く様になりました。
まだそこまでですが『天才には欠けた所があって当たり前。家族は天才を支えて当たり前。』
そう言って、一番面倒くさがった食事作りの一角に小さな穴があいた気がします。
私達が死ぬまでに、生活の基本である衣食住の再訓練をしたいと思っています。