イギリス ニュース 解説                      


過去のスポットニュース   (2005年1月31日〜2月6日)

その他のスポット・ニュース

最近のニュース


その他の過去のニュース
(トップに戻る)



メールマガジン バックナンバー 

盲目の内相、スキャンダルで辞任(2004年12月27日)

英国でキツネ狩り禁止法が成立(2004年12月7日)

地域政府創設に8割が「ノー」  イングランドの地域政府誕生はおあずけに(2004年11月14日)



閣僚紹介

ブレア首相

ブラウン財務相

その他(工事中)

「武装闘争回帰に断固反対」
北アイルランド危機でシン・フェイン党首

【2005年2月6日】北アイルランドのカトリック系過激組織、アイルランド共和軍(IRA)の政治組織であるシン・フェイン党のアダムズ党首は2月5日、報道陣に対し、「武力闘争への回帰に断固反対する」と述べ、IRAが武装解除案の撤回を表明したものの、同党はあくまで和平プロセスを推進する姿勢であることを明らかにした。BBCなどが報じた。
 IRAは昨年末、英・アイルランド両政府との交渉で完全武装解除を提案。しかしプロテスタント系最大政党の民主統一党(DUP)が武装解除の証拠写真提出を要求、IRAが拒否したため交渉は決裂した。これに続き12月中旬、ベルファストの銀行で大金強奪事件が発生し、警察はIRAの犯行と断定。ブレア首相も2月1日のアハーン・アイルランド首相との会談後、IRAの活動を和平への障害と糾弾した。IRAは2月2日、武装解除案を撤回する声明を発表したが、強盗事件にからむこうした非難への異議申し立てとみられている。
 IRAは2日の声明で暴力による闘争を再開する可能性には触れなかったが、翌3日には、「英・アイルランド両政府は我々の声明の重要性を軽視しようとしている。(中略)現在の状況を軽んじるな」と武装闘争への回帰を示唆するとも解釈できる新たな声明を出しており、予断を許さない状況だ。
 アダムズ党首は、武装闘争はアイルランド島のすべての住民に破滅的な結果をもたらすと述べるとともに、シン・フェイン党にとっての重要なのは、和平プロセスと1998年の和平合意を守ることであると強調した。また「英・アイルランド両政府は、現在の危機をカトリック勢力の中だけのもののように見せかけようとしているが、実際は和平プロセス全体が危機に陥っているのだ」と述べ、状況の深刻さを訴えた。


「真実語る」ベリタス党結成  右派の元テレビ司会者


ベリタス党結成発表記者会見でのキルロイ・シルク氏

【2005年2月6日】元テレビ司会者で今年1月に英国独立党(UKIP)を離党したロバート・キルロイ・シルク氏は2月2日、ロンドンで記者会見を開き、移民対策の強化や欧州連合(EU)からの離脱などを政策に掲げる新党「ベリタス(Veritas)」の結成を発表した。ロイターなどが報じた。同氏は同日また、今年5月にも予想される総選挙で、現在労働党の地盤となっているダービーシャー州の選挙区から立候補することを明らかにした。
 ベリタスはラテン語で「真実・真理」の意味。同氏は記者会見で、移民によって「英国は我々の手から奪われている」と述べ、大量の移民流入に反対する姿勢を改めて表明。また「多文化主義(マルチカルチュラリズム)」という概念のために、英国人は英国人であることや英国の文化を恥じるように仕向けられていると述べるとともに、ベリタス党は「英国民や英国の慣習、伝統」を擁護すると強調、党の右派志向を顕著にさせた。
 また、既存政党による「嘘や欺瞞、情報操作」の数々を列挙したとするリストを報道陣に示し、ベリタス党こそが真実を述べ、信頼できる唯一の党であるとアピールした。
 キルロイ・シルク氏は労働党議員からテレビ司会者に転向し、1980年代後半から17年間にわたりBBCでトークショーの司会者を務めた。しかしアラブ人に対する人種差別的内容を含む記事を新聞に寄稿したことで昨年1月に降板。同年6月には反欧州派のUKIPから欧州議会選挙に出馬して当選したが、党首の座を狙ってキャンペーンを展開し、党批判を行うなどして党上層部と対立。今年1月に離党していた。


病気・障害者への就労不能手当を改革へ
再就職へのインセンティブ盛り込む

【2005年2月6日】ジョンソン労働・年金相は2月2日、より多くの人に労働の機会を与えることを目指し、疾病や身体的障害などで働けない人が受け取る「就労不能手当(Incapacity Benefit)」の改革案を明らかにした。「インディペンデント」紙などが報じた。
 労働・年金省の「5カ年戦略計画」の中で示した。就労不能手当は、病気などで半年以上、働けなかった場合に支給され、週当たりの支給額は最低55.90ポンド(約1万1000円)。受給が半年または1年を超えると増額され、現在の受給者は約270万人。いったん受給資格を得ると仕事に戻る意欲を失う者がいる現状を是正するため、今回の改革に踏み切った。
 改革案では、受給者を2グループに分け、重度の疾病や身体的障害のために働けない者には、週90〜100ポンドの「身体障害・疾病手当」を受給する。
 受給者の大半であるそれ以外の者には、再就職に向けた職業安定所との面接に参加する、就労のためのトレーニングを受けるなどの条件のもと、「社会復帰支援手当」を受給する。支給額は週80〜90ポンド程度になるとみられるが、条件を満たさない者は失業手当と同額の週55ポンドに減額し、再就職へのインセンティブを高める。どちらのグループも受給年限はない。新制度は2008年までに開始の予定で、新規の申請者のみに適用する。また、「就労不能手当」という名称は廃止する。
 就労不能手当は1999年、改革案が下院で否決されて廃案になったことがあるが、今回の案は下院議員のほか労働組合からも、バランスの取れたものとしておおむね歓迎されている。一方、障害者の支援団体からは「厳し過ぎる」との声が上がっているほか、改革が十分でないとの批判もある。



英兵7人、イラク民間人殺害容疑で軍法会議に

【2005年2月4日】ゴールドスミス法務長官は2月3日、イラク戦の大規模戦闘終結直後にイラク南部でイラク人の民間人を殺害したとして、英軍兵士と元兵士の計7人が軍法会議に訴追されたとの声明を発表した。「デーリー・メール」紙などが報じた。
 犠牲者のイラク人男性は、同国に駐留していた7人が2003年5月、バスラの検問所近くでカーチェイスをした際に死亡したとみられる。男性が銃などで殴られたとする目撃談もある。7人はいずれも事件当時、落下傘連隊の第3大隊に所属しており、暴力騒擾罪でも訴追されている。
 法務長官は声明で、7人のうち3名の名前を公表、うち1人はすでに除隊している。軍法会議や予備審問の期日は未定。
 イラク戦開戦後、イラク人を殺害したり虐待したなどとして英兵が訴追された件はこれまでで5件に上る。昨年9月には、戦車部隊所属の兵士1人が2003年8月にイラク南部でイラク人弁護士を銃殺した容疑で起訴され、昨年10月、中央刑事裁判所で初公判が行われた


イラクで空軍機墜落、犠牲者10名  反米組織が撃墜か

【2005年2月1日】フーン国防相は1月31日、英空軍C130輸送機が同月30日、イラクの首都バクダッド近郊で墜落した事故で、「英軍兵10名が行方不明で、恐らく死亡したとみられる」との声明を発表した。
 30日の現地時間夕方、バグダッドから中部バドラに向かう途中で墜落した。イラク戦開始以降の、単独の戦闘や事故での英軍犠牲者数は今回が最大とみられる。声明は英米軍が原因を調査中であるとするとともに、「撃墜された可能性があるという報道は認識している」と述べた。
 イラクの武装組織「アンサール・イスラム」を名乗る組織が30日、「ミサイルで撃墜した」とする犯行声明をイスラム系ウェブサイトに掲載したほか、カタールの衛星テレビ「アル・ジャジーラ」は31日、武装組織「1920年革命旅団」の一部である「緑旅団」を名乗るグループが、同機を撃墜した場面を映したとするビデオを放映した。ビデオには、ミサイルが発射される場面や飛行機の残骸などが映されているが、撃墜場面は映っておらず、また機体の残骸がC130輸送機であるかどうかも確認されていない。
 犠牲者のうち、オーストラリア人のポール・パードエルさん(35)のみ31日、名前が公表された。パードエルさんは元オーストラリア空軍兵士で、3年前から英国に在住、英空軍に入隊していた。オーストラリア人兵士がイラク戦で死亡したのはこれが初めて。残りの犠牲者の名前は2月1日、発表される。



元閣僚がHIV感染を告白  元文化相のスミス議



HIV感染者であることを公表したスミス議員

【2005年1月31日】第1期ブレア政権で閣僚を務めた労働党のクリス・スミス議員(53)が、1月30日付「サンデー・タイムズ」紙とのインタビューで、エイズウィルス(HIV)感染者であることを公表した。
 スミス議員は1983年に国会議員に初当選、84年には同性愛者であることを明らかにした。97年のブレア政権発足と同時に文化・メディア・スポーツ相に就任、同性愛者の事実を公表した英国初の閣僚となった。HIV感染が分かったのは87年だが、同相就任時にブレア首相に打ち明けなかった理由を「仕事に支障はなかったので、ごく少数の人以外には打ち明ける必要はないと思った」と語った。
 マンデラ前南アフリカ大統領が先ごろ、エイズに対する偏見をなくしたいとの思いから息子の死因がエイズであることを公表したのに触発されたという。同議員は同日出演したテレビ番組で、感染公表により、HIV感染に対する偏見を解消し、正しい知識を広めたいと語った。  
 スミス議員は2001年から平議員に戻っており、2003年には次回総選挙に出馬しない意思を明らかにしている。


 

当サイトの内容の無断転載・利用を禁じます。