2016年の俳句 | 2017年の俳句
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君が代のページ
古今和歌集巻第七にある賀歌(がのうた)で題しらず、読人しらずの歌と
思われます。
(わが君は千世に八千世にさざれ石の巌となりて苔のむすまで)ここに
あるわが君とは(君)君は広い意味で用いられる言葉で天皇をさすとは
限らないとあります。
又、わが君は新古今和歌集巻第七にある賀歌、(題)祐子内親王家にて、
桜を。(読人)土御門右大臣(君が代にあふべき春のおほければちるとも
桜あくまでぞみん)にある君が代は、わが姫君とあります。
君が代は古今和歌集にすでに君が世を祝うとありこの頃にあったと
思われます。
賀歌にある千代という言葉について千代とは(千年)、非常に長い年月を
表しています。
伊勢物語八四段で周知の通り、母である伊都内親王の長寿を願った歌ですが、
必ず直面しなければならない死を意識して歌いあげており、
切実さがにじみでているとあります。
(世の中にさらぬ別れのなくもがな千代もと嘆く人の子のため)
この歌の中で歌われている「さらぬ別れ」は「避けられない別れ」
つまり運命に似たような死別を意味しているとあります。
私はこう歌っています。
(わが姫君は千代に八千代にさざれ石のいはおとなりて苔のむすまで)
私の姫君は千年八千年数限りなく小さな石が巌のように大きくなり
苔が生えるまで続きますように。
君が代は、
(わが姫君の代は千代に八千代にさざれ石のいはおとなりて苔のむすまで)
私の姫君の代は去りし子でも数限りなく生命(いのち)の有るものが大きく
なって外に見えてきますように。
新古今和歌集巻第七の賀歌では。
二条院御時・・・・、
刑部卿範兼(君が代にあへるはたれもうれしきを花は色にもいでにけるかな)
おなじ御時・・・・、
参河内侍(身にかへて花もおしまじ君が代にみるべき春のかぎりなければ)
君が代の歌にあるさざれ石を考察してみましょう。
岐阜県の春日村にあるさざれ石は天然記念物となっているようです。
又、付近にはさざれ石公園等もあるようです。さざれ石にまつわる
郷土の伝承では平安時代文徳天皇の皇子惟喬親王に仕えた
藤原朝臣石位左衛門(歌人)が江州(滋賀県)君ケ畑
(君ケ畑は惟喬親王がこの地を住居としたため以来里人は小松畑を
君ケ畑と呼ぶようになった。)
から木地椀の良材を求め春日村に移り住み君ケ畑へ通う途中苔むしている
珍しい石の状態を見てありのまま「わが君は千代に八千代にさざれ石の
巌となりて苔のむすまで」と詠んだのがさざれ石であるとあります。
君が代の研究では現在君が代の源流というページには九州地方で作られた
歌であるとありそれは福岡県にある字地名や神社等の祭神が読まれている
からだとあります、字地名では千代や(博多湾では八千代)糸島にある
細石神社等がその理由だと思われます。

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