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「神無月の小さな喧騒」
なにか慌ただしい。 足摺アジトに到着したとたんに感じた違和感に、直江はふと形のよい眉をしかめた。 と、バッと廊下から飛び出してきた楢崎が、入り口で立っていた直江を見て、ア、と口を開けた。 「た、橘さん来ました……ッ!」 なに?と聞き返す間もなく、中からバタバタと見知った人間の顔が出てくる。 「ちょうどよかった!橘!早くこっちに来い!! 「一体なんだ――」 「とにかく入って!仰木さんが大変なんです!!」 何!?と、口より先に体が動いた。いきなり鼓動が早くなり、自然、口元が厳しく引き締まる。 (高耶さん……!) 10人程度の人がつめかけた部屋に直江が着くと、待っていたとばかりに、皆がサッと道を開ける。 荒くその身で割って入ると、その中心に、布団で上半身を起こした高耶がいた。 問うより先に自分の目で、彼の身に外傷がないのを確かめる。 少しして、心の中でそっと安堵の息を漏らした。 「……なにかありましたか?」 「橘さん、それが――」 中川が言いきるより先に、 「フィレオフィッシュとコーラのMが食いたい」 高耶がはっきりと告げた。 「後、肉マン。中にすき焼きが入ってるヤツ」 「……は?」 「実は仰木さんがちょっとおかしくなってて――」 まったく場違いなセリフに目を丸くする直江に、しかし高耶は倣岸に言い放つ。 「聞いてるのか、橘。オレは今食いたいんだ!早く買ってこい!!ついでにおまえの坊主姿が見たい。着替えてこい」 「坊主……僧侶姿って、袈裟、ですか?」 固まった直江に、すみません、と中川が詫びた。 彼が言うにはこうだ。 「さっきからこうなんです。あれが食べたい。これをしたい。 とにかく早く橘を呼べと言うので、私達ではどうしようもなく、あなたを呼びに行こうか言うてたがです」 「一体何があったんだ……!」 「血液中からおかしな菌が見つかりました。それで、いろいろ調べた結果、どうやら彼が朝食べたキノコが原因だったようなんです」 「キノコ?」 「ええ、別名ワガママツタケといいまして――」 分かった、と直江はたまらず遮った。 「もしかしなくても、食べた人間は我侭になるとか――」 「ええ、さすが橘さん。話が早い」 というか当たり前だ。そんな手の抜いたネーミング、説明がなくとも分かる。思わず高耶のほうを見やった直江は、 「坊主でも僧侶でも袈裟でも夕方でもいいから早く着替えてこいってんだろうが!いつまでもオレを待たすな!!」 激しい叱責を受けて、思わず眩暈を感じた。 屋形船の前で言われたときと同じセリフのはずなのに、両手をバタバタさせながら尖った口ですねたように言う高耶からは、凛々しさの欠片も見当たらない。 「あのキノコ、橘さんが一緒に仰木さんと取りに行ったんですよね?」 「彼が言ったのか?」 「ええ、だから橘さんが指名されるのも、責任を取れってことじゃないかと……」 と言いつつも、中川も詳しいことは分からないようだった。 しかし彼の言っていることは本当だ。実はこっそりと訓練の間を縫って、昨日松茸狩りと称して高耶を裏山まで連れていったのだ。 何かいろいろ袋に楽しそうに放り込んでいたようだったから、きっとそのときのものだろう。にしても、そんな怪しいのを口にしなくとも……とげんなりした直江だったが、 「……。とりあえず着替えてくる」 肩を落として出ていく橘の背に透明な白羽の矢を見て、皆は同情的な目線を一心にそこに注いだ。 *** 「お〜!も一度見てみたかったんだよな〜、おまえの坊さん姿」 「坊さんって……」 ふたたび部屋に戻ってきた直江に、手放しで高耶は喜んだ。 長身の体に、さすが違和感なく馴染む紺色。裸足なのはこの際仕方ないとして、ゆるやかにまとった法衣は思わず全員からため息を誘った。 「そのまま仰木に憑いたものとか祓えんのか」 「原因がキノコではな……」 嶺次郎もそうじゃったな、と顎に手をやる。 「とにかく、聞けるだけは聞いてやれ。胃の浄化剤は飲ませたから、毒素が抜けるまでじゃ」 「……分かった」 「直江〜!」 「はいはい」 「そのまま腰に手ぇあてて〜」 「はいはい」 「うん、モデル立ちよりこっちのほうが偉そうだな」 「何の話ですか」 「最近見たビデオの話。主人の前なのに、いっつもモデル立ちしてる臣下」 「はぁ」 「数珠持って」 「はいはい」 「木魚叩いて」 「そんなのありませんよ」 「そのまま『誕生日おめでとうございます』って言って」 「なぜ」 「なんとなく」 「誕生日……おめでとうございます?」 「アノ声で」 「どの声ですか……」 「いつものやらしー声」 ぎょ、と周囲の視線を背中に受けながら、ごまかすようにコホン、と咳を一つ。 「……誕生日、おめでとうございます……」 「そーそーその声!成仏できそーだよな〜!!」 「生まれた日に死んでどうするんです……」 きゃっきゃ、とはしゃぐ高耶に、さすがの直江も疲れの色が濃い。 「マクドナルドのほうは今頼んでいます。もうすぐデリバリーが届くと思いますから」 「タイガース優勝したんだって?」 「え?ああ、そうらしいですね……」 「オレ、道頓堀飛び込んでみたい」 「いっ、いけません!あそこだけは絶対に駄目です!大腸菌やらなんやらいるんですよ!」 「だってだっておもしろそーじゃねーかっ!!」 「それだけはぜっっっっったいにやめてください!!」 「じゃ――日本リーグ、生で見たい」 「分かりました」 と、携帯をフル稼働させて、入れ替わり立ち代り(?)する電話越しの相手に、頼んだり脅したりすること約5分。あらゆるコネと金を使って、 「取れましたよ……なんとか」 「マック遅い!」 「さっき頼んだんですから」 「じゃあおまえが出て買いに行け!!ならば往け!!」 「高耶さ――……いえ、いいです。行ってきます」 「あ!腰痛ぇからマッサージして」 「さっき買いに行けと――」 「あぁ!?さっき出ていけっつったのは橘義明!今ここにいるのはただの直江信綱だろうが!!一度死んだ人間ならそれくらい同時にやりやがれ!胸の銃痕は飾りかよ、バーカバーカ!!」 (バーカバーカ……) あまりにもひどい言い様に、呆れた直江と高耶を交互に見て、直江信綱って?と首をかしげた隊士に、「仰木さん今混乱してますから」と、中川が慌ててフォローを入れる。横目でそれに感謝の意を示して、 「そんな無茶苦茶な……」 呟くと、 「無茶苦茶やったのはどこのどいつだ!何が『俺は松茸よりあなたのかわいい茸が食べたい』だ!オレは純粋に松茸が食いたかったのに、全然探せなかったじゃねーか!一体どこの発情犬のせいで腰痛いと思って――んんっ!」 途中で怒鳴り声が消えたのは、さすがにこれ以上はまずい、と直江が咄嗟に駆け寄り、口を押さえたからだ。それでもふがふがと高耶はもがく。 あなたのかわいい茸?と首をかしげた隊士に、「仰木さん今錯乱してますから」と、中川がぎりぎりのフォローを入れる。 (ただしどっぷりと疲れたように目を潤ませている) 直江の胸のうちにすっぽりと収まって、しかしなお暴れる高耶に、直江も途方にくれる。 そんなこんなで――仰木高耶ご乱心の夜は更ける――……(合掌)。 *** 「う……?」 騒ぎ疲れていつのまにやら寝てしまったらしい。 朝起きると、すぐ近くに直江の顔があって、半寝ぼけの高耶の頭はその瞬間、水をぶっかけられたようにクリアになった。 と、同時に昨日のことも思い出して、高耶は大丈夫ですかと聞いてくる直江の顔をまともに見れず、 「サイテー……」 自分を恥じる気持ちでいっぱいに吐き出す高耶の言葉で、彼が元に戻ったことを確認した直江は、立ち上がってカーテンを開けた。 日差しがもう昼過ぎを示していた。 「みんなは……?」 「それぞれの持ち場に。私は特別に残してもらいました」 と、そっと微笑む。 「……すまなかった」 やったことは全部覚えている。皆はどれだけ迷惑がっただろう。まるで子どものように駄々をこねて、この忙しいときに…… それでもいいんです、と直江が言った。 「あなたの本心なんでしょう?」 「オレは、別にあんなことして欲しかったワケじゃあ……っ!」 子ども扱いの誤解を受けた、と、高耶が慌てて否定しようとしたが、 「だって、あなたがワガママを言うのは俺だけだ」 「……」 意外なことを言われ、静かに目を見開いた。 (そういえば……) あれもこれも全部。 カァァッ、と腰から体温が急にあがり、高耶の頬を綺麗に染めた。自分でもそれが分かって、たまらず毛布をひきよせ、さりげなく顔を隠した。 「高耶さん」 呼ぶ声に甘さが滲み出ている。「高耶さん」 後ろ頭を撫でる手から愛しさが伝わる。自分の考えが正解ということを知って、動かない高耶に、ふ、と直江の口が優しく微笑んだ。たまらずお願いする。 「他は?」 もっと、あなたのワガママが聞きたいのだと。 自分だけに許された特権を。 高耶が他の誰にも見せれない部分を。 ……もっと。 「……に」 堪えるような高耶の背中が、声と同時に小さく震えた。 「もう少しだけ、このままそばに……」 覗く耳のつけねが、薄く染まっているのを確認して、直江は喉元に込み上げる感情にじっと耐えた。少しだけ止まり、また一段と優しく髪を梳き始めた。 「……これ、きっとまだあのキノコのせいだからな」 顔を埋めたまま、それでも言わずにおけない高耶の体を、直江は噛み締めるようにそっと包んだ。 「――御意」 作 * ヒナタアオ さま『少年ボーイ』
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