サマール島は、「苦悩の島」、「フィリピンで一番貧しい島」などといわれ、 実際に所得水準や教育、医療なの指標の多くはフィリピンでも最低だそうです。 (北上田 毅氏の「フィリピン・幸せの島サマール」 参照) 私はここサマール島で暮らしてもうすぐ2年になろうとしています。陽気で 世話好きで優しいサマールの人々と一緒にいると「貧困」という言葉とは無縁 な感じを受けますが、長くここに住んでいると、多くの問題を抱えている人が 多い事に気が付きます。例えば、お金がなくて骨が折れても病院にいけない人や、 女一人で子供5人と父母の世話をしている人、お金がなくて学校に通えない子供達、 などなど。 そもそも資源が豊富なサマール島がなぜ「フィリピンで一番貧しい島」と呼ばれるよ うになってしまったのか、一つには自然災害が挙げられます。今では良くなったもの の、10数年前までは、台風の通過点で、年に10回ほど台風に襲われていたそうで す。その結果、農作物が被害を受け、深刻な飢餓に苦しんだそうです。友達の話によ ると、彼女がまだ高校生だった頃は、ほとんど毎日ドンヨリとした天気で、太陽はあ まり見なかったそうです。 二つ目には、大企業の介入です。大企業がサマール島の豊かな資源に目をつけ、森林 を伐採し続け、結果、土壌が海に流出しさんご礁を破壊させ、漁業などに大変な影響 を及ぼしたそうです。さらには地下資源の乱掘などにより川の汚染をもたらせました。 三つ目には、NPAの存在です。NPAの存在により中央政府から見捨てられ、NGOグループ もほとんど寄り付かないという事態が起きました。そして四つ目には、政治家たちによる汚職問題です。働けど働けど 生活が豊かにならないサマールの人々は自分達の生まれ故郷を捨て、職を求めにマニラや海外に流出してしまいます。 よって、サマールには働き盛りの30代、40代の人口が少なく、子供と老人が多く目立ちます。マニラへの人口流出 は、サマール島、レイテ島からなる東ビサヤ地区の人々が特に多いそうです。ちなみに私の任地の西サマール島は全国 でもマニラ首都圏への人口流出が最も多い州だそうです。昔からサマール島は「移民の島」と呼ばれていたくらいです。 流出していった人々はマニラでメイドとして働いたり、夜の歓楽街ではたらいているそうです。マニラにスモーキーマ ウンテンというその名の通りゴミの山があるのですが、そこでも多くのサマール出身者がごみを拾い生活しているそう です。(北上田 毅氏の「フィリピン・幸せの島サマール」 参照)。 私が勤めている大学の生徒達も将来はマニラやセブに仕事を求めて出て行ってしまうでしょう。サマールから優秀な人 材が流れてしまうことは悲しいことですが、せめてマニラに仕事を求めて行ったのなら、安定した収入が得られる職に ついてほしいと願うばかりです。 サマール島についてもっと知りたい方は、北上田 毅氏の「フィリピン・幸せの島サマール」明石書店を読んでみてく ださい。サマール島の歴史や人々の暮らし振り、そしてサマール島と日本の関係もこの本から見えてきます。