


| 10年くらい前から、インテリアとして愛用している“HUNDERT WASSER”の ポスターやポストカード。 ***HUNDERT WASSERのマメ知識*** 本名: Friedrich Stowasser(フリードリヒ・シュトヴァッサー) 改名: Hundertwasser(フンデルトヴァッサー) ※日本ではフンデルトワッサ−とも呼ばれる 日本名: 豊和百水 (frieden=豊かな+reich=平和な+hundert=百+wasser=水) フンデルトヴァッサーは、新しい出会い、出来事がある度に 自分に新たな名前をつけた。一般的にはHundertwasserで知られている。 国籍: オーストリア・ウィーン(芸術家として活躍し始めて後 ニュージーランドへ移住) 父: アーリア系オーストリア人 母: ユダヤ系チェコ人 時代: 1928年12月5日 〜 2000年2月19日 人柄: シャイ。シャイで内気だが、信念の人 29年に父死亡、43年に母方の親戚69人がナチスに連行・殺される。 ナチス占領下のウィーンでユダヤ人として迫害を受ける幼・少年時代を過ごす。 クリムトやシーレなどウィーン世紀末分離派や、ウィーン幻想派に関係が深い。 早くから絵画的才能に目覚めるが、ウイーン美術アカデミーは3ヶ月、 パリのエコール・デ・ボザールは1日で自主退学。 初期はパウル・クレー、ワルター・カンプマン、エゴン・シーレ、 ルネ・ブローなどの影響が大きかったようだ。 思想 自然との共存を訴え、渦巻や草屋根、オニオンタワーなどを多用した 独創的な色彩・フォルムの絵画、建築を手がける。 直線を嫌い、「直線に神は宿らない」と主張して近代合理主義建築の不毛さ、 非人間的さを厳しく批判。 日本文化にも多大な感心を持つ。とりわけ、北斎・広重の浮世絵に感銘をうける。 1953年作品に[うずまき]が出現し、直線の否定を言い始める。 1970年映画『雨の日』制作開始。72年一般公開。 1973年日本の版画職人と11年間の共同制作の末、初の木版画集「七百水」完成。 名前を和訳した「百水」等の印鑑が押されるようになる。 1986年「フンデルトヴァッサーハウス」完成。今もウイーンで一般住宅として普通にある。 1991年「フンデルトヴァッサー美術館」(=KunstHaus-Wien/ウィーン芸術の館)完成。 2000年ヨーロッパへ向かう船上で心臓発作の為死亡 フンデルトヴァッサーが手掛けたごみ処理場が 大阪舞州にあります。 中を見学したい場合は10日前までに要予約です。 見学ツアー、人気があるようです。↓ http://www.city.osaka.jp/kankyojigyo/sec04/kengaku.html こんなカラフル過ぎる公共施設を作れるのは大阪だけ? フンデルトヴァッサーおなじみの、屋上庭園と窓から飛び出す木も健在です。 ![]() ![]() ![]() フンデルトヴァッサーハウス: 1985年の作品、ウィーンの市営住宅です。 木が屋上はおろか、窓からも出ています。実際にひとが生活しているそうです。↑↑ |








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