屋久島 〜雨と森に包まれて〜 2004.夏
2004年8月8日(日)から、14日(土)まで、屋久島に行き宮之浦岳に登ってきました。その報告を自由投稿の場をお借りしてさせて頂きます。
メンバーは、キャンピングクラブOBの
20代 渋谷氏
21代 松島
22代 増田氏
23代 青木氏
の4名、惜しくも21代沖津が来られなくなってしまったのは残念。
我々は自分たちのことをZパーと呼び、ここ4年くらい活動しています。
2000年:白馬縦走
2002年:旭−トムラウシ縦走・美瑛・太陽の里
2003年:焼石、早池峰
毎年、恒例になっていて、過去には21代大竹が参加しています。
とうわけで、今年は前々から合宿候補地として挙がっていた屋久島宮之浦岳に決定。
実は決定はしたものの、現実的に動きだしたのは7月下旬ということで、出発前までぎりぎりの準備を進めていました。
会社のメールも使いまくって、仕事中にも屋久島の調査をしているといった状態。ますだっちに至っては、机の半分に屋久島のエアリアを広げた状態で仕事をしていたというからすごいです。
さて、それでは、概要を紹介します。
面倒なので、今回渋谷さんが作成された企画計画書をほぼそのままコピペしてしまいます。個人情報は抜いておきます。
| 目的地 | 屋久島 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
| 期日 | 2004/8/8(日)〜2004/8/14(土) | ||||||||||||||||||||||||||||||||
| メンバー | 渋谷 知宏(L) 松島 崇 (SL&気象) 増田 哲也(食料) 青木 立志(会計・装備) |
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| ルート | ・8月8日(日) 晴れ 7番クロックタワー前集合[7:30] 羽田[8:00]→→→[9:30]鹿児島空港[9:50]=[10:45]鹿児島中央……ホテルジェネラス■《買出し・鹿児島城址・鹿児島水族館見学》 ・8月9日(月) 晴れのち曇り ※白谷雲水峡 ■………高見馬場−−(バス3min)−−鹿児島水族館……(徒歩5min)……鹿児島本港[9:50]〜〜〜[12:25]安房港《買出し》[??:??]==(40min)==[??:??]宮之浦[15:08]==[15:48](最終)白谷雲水峡……(1h10)……白谷山荘▲ 注1.鹿児島市電の所要時間は15分(バスでも15分) 注2.安房〜宮之浦は1便/1H程度出ている。 注3.白谷雲水峡行きは[13:08],[14:08],[15:08](最終) ・8月10日(火) 曇り ※もののけの森、たいこ岩、大株歩道、ウィルソン株、縄文杉 ▲……(5h45)……新高塚小屋■ ・8月11日(水) 雨、ときどきガス ※宮之浦歩道、宮之浦岳、花之江河 ■……(7h25)……淀川小屋■ ・8月12日(木) 雨ときどき曇り ※安房林道、ヤクスギランド ■……(4h30)……ヤクスギランド−−(バス40min)−−安房==前岳荘■ ・8月13日(金) 雨 ※レンタカーで屋久島一周 屋久島B.C.《買出し》………やくどん▲ ・8月14日(土) 晴れ ▲………安房港[7:00]〜〜〜[9:35]鹿児島港………鹿児島水族館−−鹿児島中央[13:40]===[14:40]鹿児島空港[15:30頃]→→[17:00]羽田《解散》 【登山ルートについて】 登山道は特に危険箇所、崩落箇所等はないそうです。ただ、白谷雲 水峡の駐車場は台風で使用不可になっているそうです。 (駐車場なので、バスはOKとのこと) |
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| 共装 | ・テント 渋谷、松島 ・バーナー 渋谷、松島、青木(←田中) ・コッフェル 渋谷、松島 ・チタン鍋 青木(←渋谷) ・ランタン 松島 ・EPI 小7現地購入(飛行機利用のため) ・調味料 増田 ・調理道具 増田(←包丁・松島) ・洗たわ 増田 ・穴あき 増田 ・Tセット 各自 ・カメラ 渋谷、 松島 ・チェーン 増田→番号忘れて使えない! ・細引き 所有者全員 |
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| 個装 | ・ザック ・電球 ・地図 ・ザックカバー ・水ポリ ・ライター ・シュラフ
・ホーロ ・ごみ袋 ・銀マ ・武器 ・新聞紙 ・銀シ ・食器 ・タオル ・雨具
・ルーロ ・常備薬 ・防寒具 ・軍手 ・保険証コピー ・着替え ・登山靴 ・ガムテープ
・ヘッドライト ・靴の換え紐 ・米(10合) ・電池 ・サンダル ・パー費 (以下推奨) ・フキン ・サブザ ・サブザザックカバー・輪ゴム ・洗濯バサミ ・筆記用具 ・ノート ・洗面用具 ・水着 ・携帯 ・ロウソク |
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| メニュー |
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| 連絡先など |
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それでは日記形式で屋久島紀行文を紹介させていただきます。長文で失礼します。
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8月8日 さあ、ついに屋久島に出発だ。どれほど夢に見ただろう。「もののけ姫」でイメージを膨らませ、同期や先輩のお土産話によだれをたらしていた日も昔。僕は今、屋久島に旅立とうとしている。 朝、まだ早いのに羽田は既に相当な混雑。新メンバー青木を加えた僕たちは4人のパーティーだ。今回は残念ながら大竹、沖津がいない。20代から23代各代一人ずつという組み合わせだ。 8:00の羽田発の飛行機にのるためには優先列に並ばざるを得ない状態。日本航空羽田発鹿児島便。昔は、目的地にあっという間についてしまう飛行機で旅立つのがすごく嫌だったけれど、今ではそれにも慣れてしまった。座席前のモニターに映し出される東京の街並みともしばらくおさらばだ。 ![]() 鹿児島空港に到着すると、そこからバスで40分ほどで鹿児島駅に着く。7年ぶりの鹿児島だ。大学1年目の九州合宿のときに立ち寄ったときの「西鹿児島駅」は今は新幹線の乗り入れる「鹿児島中央駅」となっている。駅の上には赤い観覧車が乗っかる奇抜な風景。それにしても暑い。登山用品店でEPIを7つ購入し、そこの兄ちゃんから屋久島の情報を仕入れてから、市電でいったんホテルにザックを置きに行く。鹿児島の街はそこそこ大きい。桜島をバックに市電が走り、駅から港までは市電でいける。 午後の空いた時間、我々は城山の麓の鹿児島城(鶴丸城)のお堀沿いにプラプラと歩いた。とにかく暑すぎて何もする気が起きない。自然と足は涼しげな海のほうへ、そして海に着く前に港にある鹿児島水族館へ。まさか野郎4人のパーティーでイルカショーを見るとは思わなかった。イルカを見たのは久々だと言っていたますだっちはしかし、となりで爆睡。久々に大きな水族館に入った我々は、時間も忘れて美しい魚たちに見とれて癒されることになる。実際、この水族館は見所の多い、大きな水族館である。鹿児島に行かれる方で暇つぶしをしたいなら、ここがお勧め。 夜、ホテル近くの繁華街、天文館裏手の「鹿児島の歌舞伎町」みたいなところで飲む。そしてホテルのロビーでしばらくくつろいで、部屋に帰って寝る。屋久島に向けての第1日目は、なんとも不思議な感覚の中に過ぎていく。 |
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8月9日 朝、部屋のテレビで気になるニュースを見た。日本のはるか南の海上で熱帯低気圧が台風に発達。台風13号となった。進路は沖縄北部、奄美大島方面。鹿児島により近い屋久島はこの時点では、それほど影響を受けないと思われたが、それにしてもちょっと気になるニュースだった。いくら今回、大竹氏がいないとはいえ。 バイキングの朝食を食べて、鹿児島新港へと向かう。今日も、桜島はよく見える。屋久島まではトッピーという高速船が運航している。種子島や奄美大島、沖縄の離島に向かう船の待合客で港も混雑していた。高速船はまるで飛行機のように静かにそして早い。ただ甲板にも出られないし、自由もきかず、はっきりいって面白くない。周りでイルカが泳いでいるらしいが、よく見えない。しばらくは薩摩半島や大隈半島が両側に見え、後半からは種子島の平たい陸地が長く続いているのがわかる。そしてついに前方に種子島とは全然違う盛り上がった島が見えてきた。屋久島だ。 1993年、屋久島は日本で初めて白神山地とともに世界自然遺産として登録された(同時に姫路城、法隆寺が日本では始めて世界文化遺産に登録)。僕が中学でワンダーフォーゲルをやっていたときから、この屋久島合宿案は出ていたがついに実現しなかった。大学のキャンピングクラブでも企画はあったが結局乗らず、OBとして社会人同士で行く今 回の企画まで持ち越されることになった。僕にとっては10数年越しの企画がかなったという訳だ。屋久島の東南側にある安房(あんぼう)港に上陸。安房は宮之浦港に次ぐ、屋久島の玄関町。といっても港の近くで目立った建物はAコープくらい。中心は坂を少し上ったところにある。Aコープで買出しをして、バスを待つ。日差しがすごく強くて暑い。これが毎日続くのかと思うとげんなり気味だが、この後、何度のこの日差しと暑さを懐かしく思い出すことになろうとは、このとき我々が知る由も無い。 バスに乗り込み、白谷雲水峡に向かう。そこは屋久杉ランド、荒川登山口とともに宮之浦岳登山のベースとなる登山口だ。バスは海岸線を離れ、ぐんぐん内陸に向かって登りだす。このときから島にいるという実感が薄らいでくる。屋久島は山だ。もう海岸線は見えない。標高800mの白谷雲水峡は、きれいな 清流と峡谷美、そして豊かな屋久杉の森で、ウィルソン株や縄文杉を見るハイカーたちでも賑わう。あの宮崎駿の映画「もののけ姫」の森の舞台も、この白谷雲水峡にあるという。登りだして、僕たちはたちまち屋久杉の森の不思議さにとりつかれる。清流に沿って、道は森の中を上っていく。すぐに気づくのは、この森は普通じゃないということ。生きている感じがする。何かの気配を感じる。それは、歳を経てはいるがここは自分たちの森だということを主張し、あきらかに自我を持った屋久杉のうねるような幹、枝、ねっこから伝わるように感じる。どの木々も苔に覆われ、切り株や倒木、石にも苔がびっしりとついている。森は全て緑色に塗りつぶされて、よりいっそう深みを帯びている。道自体はよく整備されている。これは江戸時代の昔から、伐採された木材を運び出すために整備されていたと言うから驚きだ。江戸時代の人も、この森を歩いていたかと思うとまた不思議だ。 今日の目的地、白谷小屋は雲水峡と呼ばれるエリアの端にある。コンクリートで作られた殺風景な小屋で、中も臭くてお世辞にもいい小屋とは呼べない。だが登山者はそこそこ入っている。学生がほとんどだ。普通の山にいるような学生とはちょっと違って、どこか一癖ありげな人たちに見える。豚汁と青木のやや芯飯が今日のディナー。山ではどんな飯でもよく食える。青木は、このとき飯炊き係に任命される。 結局小屋の中には泊まらずに、前の空きスペースにテントを張った。夜は頭上の森の切れ目から、星が良く見えた。そして、この星たちは屋久島の最後の夜まで姿を見せなくなる。 |
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8月10日 朝、4:00に起床。もちろんまだ暗い。朝食を作って、食べ終わって、ようやく少し空が白んできた。東京に比べて夜明けが遅いと言うことに今更ながら気づく。1時間くらい遅いのだ。取り立てて急ぐ必要も無いので、周りが充分に明るくなるまで待つ。6時過ぎに出発。白谷小屋から辻峠までは、「もののけの森」と呼ばれる。夜明け後まもない朝の冷気に目覚めたばかりの森が昨日に増して生気豊かに見える。今にもこだまたちがくるくると現れそうな気配が漂い、次はしし神様かな?と思っていると、目の前に突如現れた。ヤク鹿だ。2頭いる。静かに音も無く、そして優雅にすらっと立っている。我々が近づいても逃げようとはしない。人には慣れているようだ。この後も、何度もこのヤク鹿を見た。屋久島の森の主のようだ。ま だほんの少ししか歩いていないけれど、屋久島の森の素晴らしさに完全に魅せられてしまった。辻峠から、たいこ岩と呼ばれる森の展望台があることを大竹から聞いて知っていた。もののけ姫にも山犬たちが住む岩として出てきている。ザックを置いて駆け登る。既に先客がいたが、そこからは広大な森と宮之浦の奥岳が遠く連なっているのが見渡せた。空は曇っていて、山々の頂は雲に隠れているけれど、そのせいでここが島だって言う気が全くしない。屋久島は山だ。深くて大きい。眼下には一筋の川が流れているのが見える。安房川の源流だ。ひとときの展望に満足し、我々は先に進む。少し下ると荒川登山口からのトロッコ道に合流する。現役のトロッコ道だ。ここからは「もののけ姫」の世界から「スタンド・バイ・ミー」の世界にシフトする。歩きやすい道なので、一般観光客は荒川口からこの道を通って縄文杉まで歩くのが普通だ。気持ちよく軌道の上を歩いていると、沢山のトレッキングツアー客たちとすれ違う。追い越される。いつも思うけれど、こんなに大勢で列をなして歩いていて楽しいのだろうか? このトロッコ道の途中にも名前の付いた大きな杉がいくつかある。三代杉はその中でも特に大きく、特に樹高は屋久島でも一番で38mあり、約1200年前に倒れた杉の上に杉が生え、その杉が約350年前に伐採され、更にその切株の上に杉が生えているので、三代杉と言われているようだ。森の中には倒木や切り株の上に大きな杉が生えている「切り株更新」と呼ばれる姿が良く見られる。こういう辺りが、屋久杉の生命力はすごい。 トロッコ道にもさすがに飽きてきたなという頃、この大株歩道は終る。そこから再び山道の急登になる。第一の急登が終ると、目の前に沢山の人がいる場所に着く。なんだろうと思うと、小さな家くらいの大きさはある大きな株がある。ウィルソン株だ。それは本当に異様な姿で、ちょっと「切り株」と呼んでしまうにはあまりにも大きすぎて、何か1つの太古の生命体の化石でも見ているような気分だ。中は空洞になっていて水が流れている。昔は飲めたそうだが、今はちょっとそのまま飲むのはきついようだ(と、鹿児島の登山ショップの兄ちゃんが言っていた)。とにかく人が多いので、落ち着いていられないのが残念。 さらに登ると、幹が巨大で枝が王冠のように上に幾筋も伸びている大王杉や、手を取り合っているかのように見える夫婦杉、ロード・オブ・ザ・リングのエントみたいな翁杉など、様々な名の付いた老大木がその姿を現す。しかし、荷物の重さと急登でだんだんバテてきて、朝みたいに元気に撮影が出来ない。適当に1枚ずつパシャっと撮っておしまい。屋久島の登山道はかなり整備されていて、特に木造の階段が多い。規則的に並んだ階段は、20kgの荷物を背負った我々には精神的にかなり辛い。普通の石がごろごろした登山道の方が疲れないのに。 なんて考えていると、再びざわざわと人の集まる場所へ。縄文杉だ。屋久島で一番有名な杉でありヤクシマを世界に知らしめた杉。杉から3mくらいまでしか近づけず、専用の展望デッキが設けられている。確かにすごい巨樹で、今までのどの杉に比べても堂々とした姿の杉ではあるが、こんな特別扱いされているのを見ると、少し幻 滅してしまう。多分、杉の方だって同じだろう。さて、ここからが本格的な宮之浦岳登山になる。一般観光客も普通はここまでしか入らない。といっても標高は1200mくらいはあるので、縄文杉に来るだけでも、それなりの装備は必要にはなるが。ここから今日の宿泊予定地である新高塚小屋まで1時間。再び急登をクリアして、白谷小屋とは打って変わってきれいな木造の小屋に辿り着く。小屋の周りには木のデッキが広がり、テントを張るにしてもかなり居心地が良さそうだ。まだ時折日が差して、デッキの上で日焼けをする。しかし、少しすると今度は雨が降ってくる。干していたものを引き上げて、小屋の中に入る。屋久島の空は明らかに、森の木々たちにもっと水をやりたそうな感じだ。 そういえば、山に入って意外だったのは、水の量がすごい少ないということ。屋久島を知る人はたいがい、今年の水量が少ないことを口にする。今日、淀川から入ってきた人に聞いても、稜線上はほとんど水無いですよ、と言っていた。この小屋の水場も、水ポリをいっぱいにするのに10分以上かかる。そんな貴重な水で今日のディナーはキムチ鍋となかなかレベルアップした御飯。小屋は、夕方には人でいっぱいになる。しかし、我々みたいに本格的に料理しているパーティーは見当たらない。 |
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8月11日 朝から雨。屋久島に入ってからは気象情報を手に入れていないので、台風がどこにいるのかもわからない。分からない以上、これは台風の影響が来たなと思うしかない。だいたいこの雨の降り方は屋久島らしくない。しとしとと降る雨。人に聞くと、この島の雨は、スコールのようだと言う。晴れていても、午後にはどかっと降る雨。気を取り直して、雨具を着る。ここから下山するまで雨具をずっと装着することになる。ということを私は予感する。 新高塚小屋付近はまだ屋久杉の森の中を進み、時折ヤク鹿に出くわしながら高度を上げていく。急登、少し下り、急登というアップダウンの連 続の稜線に出る。第一展望台のあたりからは、ようやく植生が本州の1000m級程度のものに変わってくる。それでも、展望が開けると言うほどでもない。第一、雨で展望など期待できないし。途中でいくつかの大岩にぶつかる。坊主岩や、平石の岩など。この大岩が点在するのも宮之浦岳の特徴らしい。今回、これらの岩は絶好のレスト場所となった。そう雨宿りにはかっこうの岩。結局、僕たちは宮之浦岳の本当の姿を一度も目にすることなく、ただ宮之浦岳の上を歩いているんだという精神的な支えと、明らかに地図上に乗っているコースが宮之浦岳を通っていると言う事実に支えられて、宮之浦岳に登頂した。もちろん何も見えない。今日の皆は口数が少ない。頂上でもあまり余裕が無い。ますだっちは風邪気味っぽいし。青木の靴のソールは剥がれるし。たまたまもう一人、そこに居合わせた登山者にとにかく来た証拠を残してもらおうと写真を撮ってもらう。何故か連射モードになっていたので、しつこく4枚も頂上の写真が残されることになる。あれほど憧れていた宮之浦岳の頂上の印象はこんなものだった。期待していたかっこいい永田岳はけっきょくその姿を見せてはくれなか った。天よ、何故そんなにわれらを苦しめたもうのか?屋久島の神よ、静まりたまえ!われらは、何もこの森を荒らしに来たものにはあらず!静まりたまえ!祈りもむなしく降り続ける雨。ときおり、ガスが薄くなり雨が降り止む。日差しさえ見えるときもある。フェイクだ。まさにフェイクな天気だ。 宮之浦を後にして、しばらくすると水場に着く。ここは昨日からの雨で水量が多い。しかもうまい。相当に雨水が入っているはずだが、それでもうまい。ここで青木のソールが完全に剥がれて、仕方なくスニーカーに履き替えてもらう。何故か、我々の企画では誰かのソールが剥がれやすい。奥山、ますだっち、そして青木と続く。黒味岳をすぎると、再び道が木造の階段へと変わり、これが花之江河(ハナノエゴウ)まで続く。花之江河は、屋久島でも珍しい高層湿原で木道が敷かれ、池が点在する。 我々はここで1つの決断をする。当初の予定では石塚小屋経由で安房歩道をヤクスギランドに下る予定であったが、これを淀川小屋に下るコースに変更すると。理由は、雨、石塚小屋が汚くてねずみがでると脅かされたこと、途中の沢がこの雨で増水してそうだったこと、青木の靴、ますだの調子、、、加えて淀川小屋の方が一般的なルートであるということ。結局はモチベーションが低下していたということ。淀川小屋までも、とにかく道が良くて、ほとんど木造階段が続く。 淀川小屋は、淀川という安房川の支流の脇に立っている。この川がまたすごいきれいだ。苔に覆われた木々や、石を水面に映し出して、さらさらと流れていく。この小屋の周りも、今ままで一番というほど屋久杉が鬱蒼と生えていて、もののけ姫の雰囲気がたっぷりだった。たちまちこの小屋が気にいった。小屋自体も新高塚並みにきれいだし、人も少ない。雨が降っている中、小屋でお茶をして(暖かいお茶がこんなに嬉しいとは!)、大富豪に興じて(今回も僕が敗者になるのだが)、そんなこんなしていると雨が止んだ。少し日も差している。写真撮影する。今回は森の写真集ができそうだ。山で最後のディナーはウォー!じゃがいもや玉ねぎは素晴らしい。ただ、えのきはかなりやばくてNG、しめじも少し如何なものか的な臭いを発していたが、これはOK。やっぱり山の鍋ってうまい! |
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8月12日 朝起きたときは止んでいた雨が、出発するときにはまた降り出していた。もう見慣れてきたこの雨。屋久島と雨とは切っても切れない関係だと言うことを体が理解してきた。ただ、参っているのはザックや服が生乾きでいい感じに臭いを発してきていること。下山して、まず行きたいところは、コインランドリー。そして風呂。まだぐしょぐしょの靴と濡れた雨具を着て、最後の山道を歩き出す。1時間もしないで、安房林道へ出る。雨脚がひどくなる。ここからヤクスギランドまでは、2時間あまりの車道歩きだ。激しい雨に打たれながら、もくもくと道を歩く。ただ、ひたすら歩く。雨脚はさらにひどくなり、豪雨と言っても全く差し支えない状態だ。そんな中を歩くのに、ある種の快感さえ生まれてくる。 1時間半くらい歩いて、ヤクスギランドへ着く。雨具を脱いでも全身びしょぬれ状態だ。バスの運転手にさえ敬遠される。それでも、バスの中で一息ついて、ようやく我々は再び安房の街に帰ってきた。「森の陽だまり」というバックパッカーズサポートの店にザックを置かせてもらい(ここはとりあえず、バックパッカーにはお勧めのお店です。安く泊まることも出来るし)、昼食を食べて、街を散策する。散策すると言っても再び振り出した雨でどうすることもできず、「Smily」という喫茶店に入る。安房川河口に面したこじんまりとした感じの居心地の良い喫茶店でコーヒーを飲みながらまったりする。 ここに至って、ようやく少しずつ台風の状況が分かってくる。どうやら聞いている限りでは、台風は奄美南海上を西へ逸れて行ったようで、屋久島あたりはぎりぎり影響下に入ってしまっていたようだ。ただ、この程度の雨は、屋久島では雨のうちに入らないらしい。屋久島の「雨」の定義はとにかく「すごい音がする」のが条件だそうだ。「サーッ」とか「ザーッ」とかはだめで、「ゴォォォーッ」というくらいじゃないと雨じゃないらしい。めちゃくちゃだ。さすが年間200日以上雨の降る島。そりゃあ、森にも生命が宿り、苔も繁栄するわけだ。タクシーで、今日の宿まで行く。このタクシーの運ちゃんも同じようなことを言っていた。こんなの雨じゃないって。 前岳荘という民宿は、本館と別館に別れていて、別館は木造コテージ風?テラスが着いていて、皆、とにかく濡れているものを干す。でも、相変わらず雨が降っているので、全然乾く気配も無い。本館には岩風呂も着いていて、これに入って本当に体が休まった感じだ。ビールを飲んで、まったりする。テレビでは甲子園が佳境に入ってきている。そういえば、沖縄も鹿児島も今日の試合で負けたみたいだ。特に鹿児島は東東京に負けたみたいで、複雑なところだ。夕食も、なかなかうまかった。屋久島はとびうおが名物らしくて、とびうおの揚げた料理が出てきた。身がしまっていてかなりいける。デザートのパッションフルーツもなかなか美味。部屋の空調だけが不満だ。 |
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8月13日 1日、屋久島で過ごす日。でも、今日も朝から雨(ToT)。濡れている色々なものをまたザックに詰めて、宿を後にする。屋久島最後の宿泊地は、安房港のすぐ近くの番屋峰キャンプ場。芝生のきれいなキャンプ場だ。屋久どんというレストランが併設されている。とりあえず、このレストランでコーヒーを飲みながら雨の状況を見る。近くでレンタカーが借りられるか調べて、数件当たってみてようやく空港近くのトヨタレンタカーで確保する。テントを張ってから、バスで空港まで移動する。 屋久島は周囲約130Km。普通に運転すると3時間程度で周ることが出来る。ヴィッツに乗り込んで、雨の中、走り出す。トップドライバーはますだっち。宮之浦まで運転。ますだっちかなり緊張。でも、問題なく宮之浦へ。ここで、おみやげなどを見て昼食。なんか微妙に勢いの無い炭火焼肉を食す。みんなで竹筒をふーふーやって火を起しながらの食事。セカンドドライバーは、青木。こちらはリラックスな運転。屋久島の北側を走る。このあたりは特に見所もなく、北西のいなか浜までノンストップ。いなか浜はウミガメの産卵地としても有名で、屋久島の数少ない白砂のビーチが広がる。雨だけれど、屋久島に来て海に触れないのもどうかとおもうので、降りてみる。台風の影響か波が高い。波打ち際でしばらく波と戯れて、再び車へ。思えば、ずっと雨ならばここで1日を過ごしても良かったかもしれない。どっちにしろ濡れるんだから、それがベストだったかも。 サードドライバーは私。ここからは、大川の滝近くまで西部林道と呼ばれる細い車線になる。途中で屋久島灯台に立ち寄る。何しろ車線が細いので、対向車とすれ違う場合は慎重を要する。なるほど、だからヴィッツが多いのかと納得。特に難しいすれ違いはなく、雨で薄暗い林道を進む。この辺りは、海岸まで屋久杉の森が広がって、世界遺産地域に指定されている。また猿が良く出るらしいのだが、今日はあいにくの天気で猿も出てこないみたいだ。屋久島一の滝大川の滝も雨で水量が増して豪快だった。平内海中温泉は、海岸に沸いている温泉だが満潮で海面下に沈んでいた。行ってみたかった喫茶店「モッチョム庭園」は見つからないし、時間は迫るしで後半はなかなかしんどいドライブになったが、とにかく島を1周は完了。 再びテン場に戻った我々は、屋久どんで飲み、山で会ったヤクシカの鹿刺を食す。かわいい鹿の顔がちらつく。こうして屋久島最後の夜が更けようとする頃、ようやく長く降り続けた雨が止もうとしていた。空には、星が煌きだした。酔った我々は、テントの中で波の音を聞きながら、眠りにつく。 |
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8月14日 とうとう屋久島を出る日になってしまった。朝早い船で出るので、早起きする。テントをたたんで、パックを終える頃、水平線に日が昇る。まだ薄い雲が広がっていて、海面と雲を明るく照らしながらの日の出。屋久島最後の日になって、こんな感動的な日の出も無いだろうに。まるで、我々が出て行くのを歓迎しているかのように荘厳な日の出をちょっと二日酔い気味で芝生に寝転がりながら見ている。昨日の夜から雨が止んで、風も強かったみたいでテントが乾いているのが救いだ。ザックは微妙に湿っている。 安房港まで歩き、船を待つ。テレビでは、アテネの開会式の模様を映し出している。アテネ五輪が始まったのだ。船の2時間は爆睡していた。3時までに鹿児島空港に行けばよいので、鹿児島でもしばらく空き時間がある。パーティーで初めての個人フリー時間で、鹿児島中心街をふらふらする。維新ふるさと記念館で薩摩の明治維新の感動的な映像を見て、駅に戻る。暑い。6日前が思い出される。あの日も暑かった。鹿児島空港へ。帰りの飛行機はやっぱり楽だ。空港の近くに霧島の連山を眺めながらそう思う。僕はもう学生ではないんだということを身に染みて感じる。自由な時間がありあまる程あった、あの頃であれば、きっと霧島の山に寄っていくだろう。開聞岳にも寄るかもしれない。 屋久島にはまた行きたいと思う。今度は、時間を気にせずに来たい。ほんとはどんな旅だってそうしたい。でも、屋久島は特に時間には余裕を見たい。 雨と森の屋久島、万歳!本当に、屋久島の森に癒された旅でした。 *ほんとは、もっと写真を載せたかったのですが、HPの容量もあるので、これだけに留めました。 |
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