SMOKE DREAM



海賊の親父



 「やっちまった!」
 ダビッドソンは大破して燃え盛る大型トラックの運転席で、身動きが取れなくなっていた。
 彼は運送会社に勤めていている中年の男である。
 筋肉隆々で逞しく、鼻の下から顎にかけて不精髭がある。
 昨日はろくに寝ていない上に長距離の運転であった。
 積荷は最大積載量を超えていた。
 ダビッドソンは気付けにとついつい一杯酒を食らって運転していたのである。
 追突してしまったのは軽自動車だった。
 家族連れで、どこかに旅行でも行って帰ってくる途中だったのだろう。
 後部座席には子供が2人乗っていたような気がした。

 座っている座席がどんどん燃え始めた。
 トラックのフロント部分が内側に凹んで彼の両足を締めつけていた。
 「なんてぇこった・・・。これで俺の人生は終わりかよ・・・。家内と娘を残して先立っちまう事になるなんて・・・、こんな惨い事はねぇよ。多少、保険には入っているが、どれくらい足しになるかってんだい。前の自家用車まで巻き込んじまった。畜生!畜生、熱い・・・、熱い、焼け死ぬ・・・。う、わぁぁぁあ・・・!!!」
 『ゴトッ・・・』
 運転席の右側のドアが不自然に剥がれ落ちた。
 ダビッドソンは咄嗟に両足をずらして、炎の塊と化したトラックの外へ転がり出た。
 「うお、うおぉぉぉ・・・、やった、逃げれた、うぉっおおお・・・。」
 燃えている自分の作業着の火を消そうと、至る所を思い切り叩いた。
 しかし、衣服にはどこにも火が付いていなかった。
 「う!?お、あ・・・。何?火・・・、火は?火・・・。」
 今、自分が命からがら転がり出た、大破して炎上している筈のトラックがどこにも無かった。
 周りには、歪な形をしたゴツゴツとした巨岩。
 自分の骨の髄まで、なぞるように流れてゆく灰色の濃厚な霧・・・。
 「う・・・。なんだい?ここは・・・、夢か・・・、幻かい?俺は気が狂った?死んだのか?死後の世界って奴かよ・・・。」
 『ピタ・・・』
 彼の肩に冷たい物が乗っかってきた。
 「うげ!気持ち悪い・・・。何だ?こいつ・・・。」
 ダビッドソンは力任せにそいつを引き剥がして地面に叩きつけた。
 それは人の拳ほどもある大きな蜘蛛だった。
 その闇の化物の名をパールと言う。
 パールは一匹だけではなかった。
 今度は人の顔ほどもある大きさの蜘蛛の化物が巨岩の側面から、彼に飛び移ってきた。
 黒い胴体で牙の付いた赤い口を開き、首筋に噛み付いてきた。
 「うぉ、おぉぉ!こいつ、この!!」
 ジムに通っていた事もあるダビッドソンは化物に重い拳を打ち当て、またも力任せに自分の首から引き剥がすと巨岩に投げ当てた。
 「俺を襲って来るなんて、ふてぇー奴だ。」
 彼はこの気味の悪い場所から早く立ち去ろうとしたが、次に襲って来たパールは人間よりも大きかった。
 「な、何!?何てぇこったぁ・・・。」
 取っ組み合い、七転八倒。
 とうとう、その厳つい大きな8本の足がダビッドソンを上から押さえ付けた。
 化物が口を広げ彼を頭から噛み付こうとした時、ダビッドソンの右手に何か堅い物が触れた。
 咄嗟にそれを掴んで化物の腹を攻撃すると、化物の雄叫びが轟いた。
 彼が手に掴んだ物は妖しげに鈍く光っているサーベルである。
 大きく湾曲していた。
 「・・・海賊サーベル?が何でこんな所に転がっているんだ・・・?まぁ、いいや、正に鬼に金棒よぉ。かかって来い!」
 パールはまだ何匹もいたが、ダビッドソンがサーベルをぶん回し威嚇すると周りに散って姿を消してしまった。
 彼が掻っ捌いて地面に横たえているパールが、静かに再生を始めている。
 飛び散った体液が化物に流れるように集まってゆく。
 「・・・何なんだ?この生物は?早いとこずらかろう、この場から・・・。」
 ダビッドソンは巨岩の間を縫うようにさ迷い歩いた。
 そのうちに白く、うねうねと曲がっている道に辿り着いた。
 その道を更に歩いて進むと、周りに灰色の草原が開けてきた。
 霧が濃く、太陽が昇っているんだか分からない。
 彼はふと足を止めて耳を澄ました。
 「子供が泣いている声が・・・、したような気が・・・。気の所為かな・・・。」

 ニュージェード村では、チェリー爺が和服に襷を回して闇の領域へ行く準備をしていた。
 透明な丸玉の水晶が、ダビッドソン達がこの『SMOKE DREAM』の闇の領域へ落ちて来た事を知らせたからだ。
 その場所はニュージェード村から南南東の方角で、南方にはアラゴナイト村が存在している。
 チェリー爺は水晶で、アラゴナイト村の村長であるセイラム爺とも暫くの間、話し合っていた様である。
 チェリー爺はマルボロ、ネクスト、ラークを従えその場所へ向かった。

 「え〜ん。うっ、う・・・。」
 ダビッドソンは今度は確かに泣き声を聞いた。
 菖蒲の様な細長くて背の高い草の密集している所を割って入ると、奥には巨大な芋虫が幼子を2人、今にも呑み込まんとしているではないか・・・。
 彼は海賊サーベルをぶん投げた。
 『ギュルギュルギュル・・・ザパンッ!』
 サーベルは勢い良く回転して、化物の体を真っ二つに横から裂いた。
 「おぉ!お前ら、2人とも大丈夫か?怪我はないか?」
 ダビッドソンが駆け寄ると、2人とも泣きついて来た。
 「もう大丈夫だぞぉ、おじさんが来たからなぁ。おじさんは強いから、どんな化物が来ても一捻りしてやるさぁ。」
 彼が2人を軽々と両肩に乗せると、ピタリと泣き止んでしまった。
 男の子が口を開いた。
 「おじさん、ありがとう。もう、ダメかと思ったよ。凄い、力持ちだぁー。」
 女の子が、
 「おじさん、ここはどこなの?ママとパパと一緒に車に乗ってたのに、急に真っ暗になっちゃって・・・。」
 ダビッドソンは2人の話しを聞いているうちに、身体が震えてきた。
 『そんなバカな・・・、そんなバカな事はあるめぇ。俺のトラックが追突した自家用車には、確かに子供が乗っていたような気がしたが・・・。』
 男の子が話しを続けた。
 「後ろから大きなトラックがぶつかって来たんだよ!絶対そうだよぉ。」
 「そう・・・。そしたら、急に真っ暗になって・・・。おじさぁん!?どうしたの?寒いの?私達、重い?身体が震えてるよぉ・・・。」
 女の子が心配そうに尋ねた。
 「・・・ん?おぉ、いやいや。そんな事はないよぉ、ほ〜らぁ。」
 彼が肩を揺らして見せると、子供達は面白がって笑顔がこぼれた。
 しかし、彼の心中は穏やかな筈はなかった。
 『ガサガサガサ・・・』
 草原が不自然な音を立てた。
 狼のような強暴な動物のシルエットが一瞬、かいま見えた。
 『なんてぇこった・・・。とにかく何が何でも、この子達だけは守り抜かなきゃならねぇ・・・。』
 ダビッドソンは2人をゆっくりと地面に下ろすと、
 「おじさんから離れるんじゃぁないよ。」
 女の子に跳び掛かって来た化物に、
 『ザパンッ・・・』
 海賊サーベルが唸りをあげると、一刀両断にした。
 この闇の化物の名をアカツキと言う。
 狼のような姿をしていて、いつも群れを成している。
 彼らはアカツキの群れに既に囲まれていた。
 次々に襲い来るアカツキをダビッドソンがサーベルでぶった切った。
 『ズバァッ!!ズババーッ!!ザパァン・・・!!』
 強い。
 力技では、チェリー爺の愛弟子マルボロでも舌を巻いただろう。
 しかし化物の数は一向に減らない。
 しかも、やられた筈のアカツキがじわじわと再生し始めていた。
 ダビッドソンは元々、剣など扱った事などない、ただのトラックの運転手だ。
 息が乱れ、剣を振るのが鈍くなってきた。
 そこへ重い三日月型の鎌を引きずった、この世界で最も畏怖されている存在、死神JPSが音も無く近付いて来た。
 「ハァー、ハァー、ゼェー、ゼェー、お前は何だ?ふざけた格好しやがって!死神でも気取ってるつもりかよ。」
 『ズバァッ!!』
 ダビッドソンは再び襲って来たアカツキをぶった切って、死神を睨んだ。
 子供達は震えながら、彼の両足のふくろはぎに抱き着いていた。
 「血気盛んな男だな・・・。この世界でもう少し成長した姿を見てみるのもいいが・・・、面倒になる前にお前らの魂をもらおう・・・。」
 死神JPSの不気味な声が闇に響いた。
 死神は銀色に光る巨大な鎌を振り上げた。
 そこへ、どこから現れたのだろうか、大きな氷の竜が遮るように姿を見せた。
 周りの空気が張り詰めて凍り、キラキラと光っている。
 「間に合ったのぉ・・・。」
 南に伸びている白い道から姿を見せたのは、樫の木の杖を持った痩せた白髪の老人。
 その杖の先端には水晶が付いている。
 「わしの氷竜が泣いておるよ。死神にくれてやる魂は無いとな。」
 死神JPSが低音の声でそれに応えた。
 「アラゴナイト村の村長・・・、セイラム爺か・・・。ちっ!随分と早く嗅ぎ付けたものだ・・・。だが、どうかなぁ?いつも連れているお前の右腕、ベベルはどうした?このアカツキの群れを相手に苦戦しているのだろう・・・。お前のこんなちっぽけな氷の竜で、我を押さえようなんて何か勘違いしているんじゃぁないか?」
 『ゴワアァァァーーー!!!』
 もう一匹、今度は反対側から炎の竜が空間を泳いで現れた。
 「一匹ではないぞ。わしの竜も仲間に交ぜてもらおうか!」
 のそのそと現れたのは大福餅を2つくっ付けた様な体型のチェリー爺だ。
 彼は右手をオレンジ色に輝かせて、火竜を作り出していた。
 和服の至る所が破れたり千切れたりしている。
 「この狂犬どもに手間取ったが、なかなかどうしたものか・・・。これからが本番と言うとこじゃなぁ。じきにマルボロ達も来るじゃろう。」
 ダビッドソンと子供達の周りを悠々と2匹の竜が周遊している。
 ダビッドソンは何が何だか分からないが、ただ味方が現れたという事は理解出来た。
 それでも死神は冷たく呟いた。
 「この男と子供2人の魂は欲しい・・・。」
 死神JPSは轟音と共に大鎌を振り回した。
 氷の竜はいとも簡単に砕け、炎の竜は煙となってしまった。
 死神の鎌は想像を絶するほどの大きさになり、次の瞬間、ダビッドソンの胸を凶刃が貫いていた。
 草陰から走り出たラークが、死神の後ろから大剣で迫った。
 「くらえーーっ!!チャーミアの仇だ!!お前の思いに通りなんかぁ、させない!」
 死神は刺した鎌を引き抜いて、くるりと宙返りをして避けると、ダビッドソンに縺れそうになったラーク目掛けて鎌を振り下ろした。
 『ガキンッ・・・』
 鈍い音が響いた。
 ダビッドソンが海賊サーベルで、死神の鎌を受け止めたのだ。
 「へへへ、てやんでぇ、バカヤロー・・・。死神の鎌がなんだってんだ・・・い・・・。」
 口から血を吐き出しながら、片膝を付くダビッドソン。
 そこへチェリー爺とセイラム爺の繰り成す2匹の竜が、再び死神に突進して来た。
 死神の腕は凍り付き、被っている黒いローブはメラメラと燃え始めた。
 「むぅ・・・、海賊の親父が我の鎌を受け切るとは驚きだ・・・。」
 闇の化物アカツキがよだれを垂らしながら、隙を見付けて子供達に跳び掛かって来た。
 ラークは振り向き様、エメラルド・グリーンに煌く剣でそいつらを横殴りに振り払った。
 しかし、他のアカツキがラークの後ろ首を噛み付き覆い被さって来た。
 死神JPSは上空に逃れながら、
 「幼子2人の魂だけにするか・・・。」
 ヒュルッと巨大な鎌の切っ先で、子供達を引っ掛けようとした。
 『ギュルギュルギュルッ!!!』
 ダビッドソンが投げた海賊サーベルは死神の左腕を切り落とした・・・。
 が、鎌の切っ先は子供から逸れて、ダビッドソン自身を横腹から引っ掛けた。
 闇の天空に逃れようとしていく死神を2匹の竜が追ったが、どうにもならない。
 ラークは狂犬に組み伏されながら、三日月型の鎌に引っ掛かっているダビッドソンの魂が闇空へ吸い込まれて行くのを見た。
 「二度と・・・、二度とこの光景を見てなるかと・・・、思っていたのに・・・。」

 その後、チェリー爺達に保護された幼子2人は、数時間も経たないうちに身体が虹色に輝き出し、この『SMOKE DREAM』の世界から無事に逸脱出来たと言う。
                                          





 
  (H17.07.26)