SMOKE DREAM



WHITE DRESS



 ラークは目が覚めると白い霧で溢れた淋しい道にいた。
 この世界が『SMOKE DREAM』と言う、死神や闇の化物が跋扈する危険な世界である事を、彼はまだ理解していなかった。
 「おや、この剣はなぜ、ここに落ちているのだろう・・・。」
 手に取ると、随分と重みがあった。
 エクスカリバーのような宝剣だ。
 彼は襲って来た化物をその剣でぶった斬った。
 「・・・なんなんだ・・・、ここは・・・?夢にしては感覚が変だ。寒さを感じるし、時の流れも感じるし・・・。」
 そのうちに、カプリと名乗る森の妖精と出会った。
 「はぁい、ラーク君。まだ闇の化物どもの餌食になってなくてよかったぁ、間に合った。私は森の妖精カプリ、ここからニュージェード村まで貴方を連れて行く道案内をさせてもらうわ。よろしくねぇ。」
 「妖精?・・・か・・・。まぁ、何でもいいけどよろしく頼むよ。どうせ、夢なんだろうけど・・・。俺は俺で好きにさせてもらうよ。」
 「ふふふ、一人で何とかなればいいけど・・・。」
 『ズバァッ!!!』
 襲ってきた化物をまたラークが一刀両断した。
 彼と同じくらいの大きさの芋虫の化物が、真っ黒な血を流した。
 「・・・おぇ・・・、気持ち悪い・・・。カプリさんよぉ、一つ聞いていいかい?ここはどこなんだい?俺の夢の中なのかな?・・・まぁ、夢以外ありえないんだけどさぁ・・・。」
 カプリが得意げに応えた。
 「よ〜く耳の穴をかっぽじいて聞いて!ここは『SMOKE DREAM』、夢と現実の境の世界よ。ラークは今、非常に危険な所にいるの・・・。だから、私の言う事をよ〜く聞いて欲しいの。貴方はこれから、私の的確な誘導によって安全なニュージェード村までゆくの・・・。分かった?」
 「なんだかよく分からないけど、分かったよ。あんたの言う通りにするよ。」
 「そぉーそぉー、素直になりなさいねぇ。貴方を助けれるのは今は私しかいないからねぇ。」

 同じ頃、ラーク達より少し離れた所にも一人の女性がこの世界に落ちて来ていた。
 彼女の名はチャーミナ。
 チャ−ミナは襲ってくる化物に怯え、ただ逃げ惑うしかなかった。
 「ああ、ここは一体どこなの?私はなんでこんな奇妙な世界にいるのだろう?・・・確か私は何もかもに絶望して、沢山の薬をいっぺんに飲んだ・・・。精神安定剤、睡眠薬、風邪薬・・・、家にある薬、全てを。」
 逃げ疲れたチャーミナは岩陰に隠れて休んだ。
 髪は乱れ、着ている白いドレスは冷たい土で汚れてしまった。
 その岩陰に闇の化物が、獲物の匂いを嗅ぎ付けて地中からモコモコと現れた。
 巨大な芋虫で無数の牙を持っている。
 ミネと言う闇の化物である。
 「キャアァァーーー!!」
 チャ−ミナは小さく縮こまり、どうする事の出来ない。
 それでいて彼女の心の奥には、
 『もうダメだ、食べられる・・・。でも、これでいいんだ。楽になれるから・・・。』
 そんな諦めがあった。
 『ズバババーーー!!!』
 化物が一刀両断された。
 ラークである。
 「おぉ!大丈夫かい?危ねー、危ねー、危機一髪だったな。間に合って良かった。」
 ラークはチャーミアに、にかっと笑って見せた。
 チャ−ミアは野太く明るいラークの声に安心感を覚えた。
 ラークの年齢は20代半ば。
 彼女は20代前半、ラークよりは年下であった。
 「君も目が覚めたらこの辺鄙な世界にいたのかい?・・・たく、まいったよねぇー。僕もよく分からないんだけどさぁ、このカプリって言う妖精さんが安全な所まで案内してくれるって言うから一緒に行こうよ。俺の名はラークって言うんだ。」
 「・・・私の名前は・・・、チャーミア・・・。」
 彼女はか細い声でそう応えた。
 ラークは彼女の頼りなげな様子を見て、
 「どうした?心配すんなよ。これぐらいの化物だったら俺が全部やっつけてやるってば。」
 右腕に力瘤を作って見せた。
 それを見たチャーミアは、笑顔を見せた。
 その笑顔は無理して作っているようにも見えたが、ラークにとってはこれから先ずっと心の奥底に残る笑顔となるのである。
   
 夜になった。
 ラーク達と一緒に付いて行く事になったチャーミアだが、ずっと俯いたままだった。
 3人は枯れた葉や小枝を集めてどうにか暖を取った。
 そんなチャーミアにラークは、陽気に声を掛けた。
 「どうしちまったんだい?何か悩み事でもあるんじゃぁないかい?俺なんかでよければ話してみてよ。力になれるかぁどうかは分からないけど・・・、俺もたいしたぁ人間じゃないからさ。でも話すだけでもすっきりするよぉ〜。」
 チャ−ミアは心配そうに見つめるラークとカプリに、ポツリポツリと身の上話をし始めた。
 「私、男の人が信じられなくなってしまって・・・。私、とても素敵な彼氏が3ヶ月前ぐらいに出来たの。背が高くて男前で・・・、年上の人なんだけど一緒にいるととても楽しくて・・・。とても優しいし・・・。でも付き合い始めた時から、ちょくちょく私にお金を借りてたの。最初は返してくれたし、小さな事だと思って気にしていなかった・・・。けど・・・、そのうちに借りる額が高くなってきて・・・。何に使うんだろう・・・って聞いたら、会社の費用で使うって・・・。これだけの金があれば、これだけこの事業に投資できてどれだけ儲かるとか、そんな話をしてた・・・。」
 「あぁ・・・、よく聞く話しだなぁ・・・。でも好きな男だし、貢ぎたくなるかもね。」
 「私だって、だんだん騙されてるんだなぁ・・・って思っていた。でも心のどこかで、そんな事ないって彼を信じていたの。ク、クッ・・・、私ってバカな女よね・・・。」
 チャーミアは両手で顔を隠しながら泣き出してしまった。
 ラークは彼女の肩の上に手を置いて慰めた。
 「まぁ・・・、いいじゃねぇか。終わった事だろ?そんな男の事なんか、綺麗さっぱり忘れちゃえばいい・・・。」
 「ううん!それだけじゃぁないの・・・。それだけじゃ・・・、彼が私にした酷い事は・・・。それだけじゃ・・・。」
 彼女は強く首を左右に振って話し続けた。
 「・・・私、書面にサインをしてしまったの・・・。彼が今まで借りたお金を全部返せるからって、細かい文字がびっしり書いてあった・・・。でも・・・、これで終われるならって・・・。彼ともこれで別れよう・・・、そう思い始めてた・・・。そしたらその夜、私のアパートに何人も男が勝手に入ってきた。あいつらは、私の部屋の鍵を持っていたわ。彼しか持っていない筈の合鍵を・・・。いきなり殴られて・・・、彼が借金をしてるのにとんずらしたから身体で払ってもらうって。あいつら私の上に何人も伸し掛かって・・・、あいつら・・・、あいつら・・・。」
 チャ−ミアはいきなりラークの剣の刃を素手で掴むと、自分の首に近付けようとした。
 びっくりしたラークは無理やり引き離した。
 カプリが、
 「チャーミア!!貴方、何をやってるのっ!!」
 彼女の周りを飛び回った。
 チャ−ミアの指から血が流れていた。
 「貴方の綺麗な指が傷付いちゃったじゃないの・・・。」
 カプリが彼女の指先に止まると、不思議な事が起こり始めた。
 カプリの身体全体が金色に輝き始め、その粉がパラパラとチャーミアの傷口に付着した。
 血は止まり、元の細くて白い綺麗な指先に戻ったのだった。
 しばらく茫然と言葉も出なかった彼女だが、
 「・・・こんな事しなくていい・・・のに・・・。私の体は汚れ切っているから・・・、こんな事しても意味無いのよ・・・。」
 「そんな事はない・・・、そんな事は・・・。」
 ラークが彼女の瞳を見つめながら言った。
 『バフゥッ』
 そこへ、ピンク色の鱗粉をばらまいて近付いて来たのは人よりも大きな蝶の化物である。
 「ラーク!!剣を構えて!」
 カプリが叫んだ。
 立ち上がったラークは、飛びかかって来た化物を袈裟斬りした。
 その化物の名をFKと言う。
 FKは片羽がもぎれた。
 赤い鱗粉が霧のように視界を埋め尽くした。
 「ごっほ、ごっほっ・・・。大丈夫か・・・。」
 「この鱗粉をあまり吸わないで!身体が痺れて動けなくなるから・・・。」
 カプリがしきりに叫んだ。
 「とりあえず大丈夫だろ?ここから移動すれば・・・。」
 ラークがチャーミアの手を握って顔を見た。
 彼女の表情は今までの辛労が滲み出ていた。
 目は細く、疲れ切っている感があった。
 『そんな酷い事があったんじゃぁ、無理もない。・・・けど時間が立てば、彼女はきっと立ち直れる・・・。女は強いから・・・、時間が癒してくれる。』
 ラークはそう思った。
 彼女は自分の手を力強く何度も引っ張ってくれる彼をどう思っていたのだろうか・・・。

 次の瞬間、彼女は血を吐き出していた。
 ラークは青ざめた。
 なぜならチャ−ミアの腹に銀色に怪しく輝く鎌が突き抜けているように、目に見えたからである。
 気味悪い風が赤い霧を拡散してゆく。
 そこに現れたものは、巨大な三日月型の鎌・・・。
 真っ青になったカプリが歯をカチカチと鳴らして震えている。
 「・・・ラーク、逃げて・・・。死神が来てしまったわ・・・、あぁ・・・、こんなに早く私達の存在を嗅ぎ付けてしまうなんて・・・。」
 「うぉお!!こいつは何だ?この化物・・・、いや死神。・・・死神だとぉ?ふ、ふざけるなぁ!!!」
 チャ−ミアの遥か頭上に浮かんでいる死神にラークは剣を突き付けた。
 「はぁあああああっ!!!」
 死神の鎌の柄の部分とラークの剣の刃が重なり火花が散った。
 ラークの両手の力を持ってしても全く死神の鎌は動くことはなかった。
 「ぁあぁっ・・・つ・・・!!!」
 岸壁でも殴ったかような腕の痛みにラークは、呻き声を上げた。
 「この女の魂は柔らかそうで美味そうだ。今宵の宴には最高の獲物だ。ん?お前は何だ!?我の邪魔をしにきたのか?」
 身体の芯まで凍り付きそうな不気味な声が聞こえた。
 「離しなさい、死神JPS・・・。その娘はニュージェード村まで連れて行きます。今すぐここから消えなさいっ!」
 カプリが気丈にも死神に言い放った。
 「ク、ク、ク、これはこれはニュージェード村の森の妖精カプリじゃないかぁ。この女は見過ごしてやろう・・・、だがそれにはお前の魂が引き換えだがなぁ。妖精の魂は光輝いていて堪らないからなぁ、ク、ク。」
 「ふざけんな・・・、いいから早くこの鎌を抜きやがれ・・・。」
 ラークは歯を食いしばった。
 いつの間にかラークのまん前に死神JPSは立っていた。
 鎌はチャーミアに依然刺さったままである。
 チャーミアは気を失っていた。
 ラークはあっけに取られながらも、透かさず剣を横に振り抜いた。
 「・・・バ、バカな・・・。」
 焼けるような痛みがラークの右肩を襲った。
 死神の凶刃が彼の肩を斬り割ったのだ。
 倒れ込むラーク。
 地面に突っ伏した彼を何度も凶刃が振り下ろされた。
 「これでいいな、この娘の魂はもらってゆくぞ。フ、ハハハハハッ。」
 死神の言葉に何も言い返せないカプリ。
 チャーミアの身体がサラサラと砂となって崩れてゆく。
 死神の鎌には白く彼女の魂が巻き付いていた。
 死神JPSは闇空に吸い込まれ消えてしまった。
 カプリが表情も無く、ただ金の粉をたんたんとラークに掛け始めた。
 森の妖精が作り出せる金の粉は、自然治癒力を急激に高める事ができ、ある程度の蘇生力もある。
 口を開く事すら出来ないほどの重傷だったラークが喋り始めた。
 「あ・・・、あの娘は?チャ、チャーミアはどうなったんだ?なぁ、カプリ、何か言えよぉ。何か言ってくれよう・・・!」
 「私がニュージェード村を出たのは、ラークを助ける為だったの・・・。あの娘は水晶には映っていなかった・・・。水晶にはこの闇の領域から救出する事が可能な人しか映し出してくれはしない。でも私は彼女も助ける事が出来るんじゃないかって信じていたの・・・。」
 「・・・何言ってるんだよ、訳分かんねーよ。水晶なんてどうでもいい、チャーミアは?チャーミアはどこに消えちまったんだ・・・。」
 「彼女は・・・、彼女は・・・。」
 カプリの声は震えていた。
 カプリの大粒の涙が倒れているラークの背中に落ちた。
 「分かった、分かったよ、カプリ。それ以上何も言わなくていい・・・。」
 まだ血が流れ出るのが止まらないラークは、青ざめがら怒りに震えた。
 目の前にある少しばかりの砂の山が、彼女だったなんて信じる事が出来なかった。

 立ち上がり、身体を引きずる様にして歩いてゆくラーク。
 その背中に向けてチャーミアの声だけが聞こえて来た。
 『ラーク・・・、カプリ・・・、これでいいのよ。私の話をいろいろと聞いてくれてありがとう、楽しかった。私はあの人に騙されたかもしれないけど、ラークとカプリに会って、また人を信じてみようかなぁって思える事が出来た。・・・私、まだあの人の事が心のどこかに残っているの。彼と一緒にいる時は本当に楽しかったから・・・、あの人が笑うと私も嬉しかった。楽しかったの、幸せ・・・だった・・・。彼が私にこんな酷い事するなんて、なんかの間違いだったんじゃないかって・・・。ときどき思うのよ・・・。』
 ラークは血を拭いながら、
 「・・・チャーミア、バカな・・・。こんな事が・・・、あぁ・・・、済まない・・・、チャーミア・・・、チャーミア・・・。」
 カプリは涙を流したまま、何も言えなかった。

 
   
(H17.09.29)