
「ここは一体どこなんだろう、真っ暗だわ。う・・・、お尻が痛ぁい。何でこんなにゴツゴツした石があるの?」
若葉は小柄な女性で22才、髪の毛はセミロングでパーマをかけている。
アクセサリーが首や手に幾つもあるのは、彼女がミュージシャンだからだ。
「私、まだ酔っ払っているのかなぁ?ここは夢の中なんだわ、きっと・・・。」
暗闇の中を注意しながら進むと薄明かりが見えて来た。
「・・・ここは洞窟・・・ね。夢の中にしてはリアルな感じ・・・。あ・・・、私のギターじゃないのこれ!」
彼女は愛用のギターを拾うとストラップで自分の肩に掛けた。
その時、
『キキ・・・キ・・・』
若葉の頭上で何か鳥のような鳴き声がした。
さらに、
『パタパタッ・・・パタパタパタ』
何かが飛んで行き来している。
「キャ!何・・・、鳥!?じゃないわ、コウモリ。いや!!やめて、近付かないで!!」
彼女は無我夢中で手で振り払った。
彼女の声が洞窟内に響き渡り、そして外まで達した。
その女性の悲鳴を聞きつけて、闇の化物がそこへ侵入して来た。
狼のような獰猛な姿をしているアカツキである。
アカツキは群れをなして行動する習性があるが、この時はたまたま一匹だけだった。
若葉は振り払う手を止めた。
狼のような動物のとても大きなシルエットが、自分の方へ近付いて来るのが見えたからである。
『ガル・・・ガルルルル・・・』
彼女は血の気が引いていく思いがした。
「・・・誰か・・・、助け・・・て・・・。夢なら早く覚めて・・・、お願いだから・・・。」
一匹のコウモリが相変わらず彼女の傍を飛び回っている。
が、彼女にとってコウモリの事はどうでもよかった。
若葉は狂犬の野性的な息遣いが迫って来るのを感じると、その場にへなへなとしゃがみ込んでしまった。
そのコウモリが若葉のギターのネックにちょこんとぶら下がった。
次の瞬間、何十匹ものコウモリが若葉を取り囲むようにして現れた。
「・・・・・・。」
若葉は恐怖のあまり声も出ない。
狂犬アカツキはコウモリの大群に遭遇して、身の危険を感じ洞窟から走り出てどこかに行ってしまった。
暫くすると、あれだけ居た筈のコウモリの大群がまた一匹だけになって、ギターにぶら下がって居る。
茫然としていた彼女が、
「あなたね・・・、あなたがやったのね・・・。」
そのコウモリに話し掛けた。
返事が返って来るわけない、そう思って質問したのだが、
「そう・・・。僕の名前はゴールデンバット、貴方を安全な所まで連れて行く・・・。」
油で揚げ物をする時の音のような、カラカラの渇いた声で返答されたのでびっくりした。
「あら、まぁ。コウモリがお喋りできるなんて・・・、いかしてるじゃん。いよいよ可笑しな事になってきたわ・・・、クスッ・・・。目眩が止まらないよぉ。で、ここはどこなの?ゴールデンバット。」
羽で顔を隠す仕草をして照れているのか、なかなか応えてくれない。
「ねぇ、ねぇってば!!ハァ〜・・・もぉー。」
少しして、ゴールデンバットはこう応えた。
「SMOKE DREAM、夢と現実の狭間の世界・・・。」
端座しながら、水晶を覗いている老人がいる。
ここはニュージェード村の最南端にあるチェリー宅だ。
チェリーは舌打ちをして、深い溜息をついた。
お茶を注いで持って来たヴァージニが彼の様子を見て、
「・・・おじぃちゃん、どうしたの?何かあったぁ?また、誰かこの『SMOKE DREAM』に落ちて来たんでしょぉ。」
ヴァージニはチェリーの孫娘で、年は13才。
グリーンのフワッとしたワンピース着ていて、頬がいつもプクッとしている快活な女の子だ。
「・・・む?いや・・・、何でもない。」
彼はそそくさと紫色の布を丸水晶に被してしまうと、嫌な事でも忘れる様に、
「ちょっと外に出て畑仕事をしてくる。」
ぶっきらぼうに言うと、出て行ってしまった。
「あれま・・・。どうしたんだろぉ・・・?覗いちゃいけないって言われてるんだけど、ちょっとぐらいいいかな・・・。」
ヴァージニは静かに紫色の布を解くと、水晶を覗き込んだ。
するとそこには、暗い洞窟が映し出され、女性が一人震えながらさ迷い歩いているのが見えた。
そこへ、畑仕事を手伝いにラークが訪れた。
「あ、おじぃちゃん、裏の畑にいるんだけど・・・。ラーク、ちょうどいい時に来てくれたわ。ちょっとこの水晶を覗いて見てよぉ〜。」
「ん!?何だよ?何か珍しいものでも映っているのかい?・・・ぉお、あららら、この女の人は何でこんなヤバイ場所にいるんだよ?よりによって、こんな闇の濃さそうな所に・・・。あぁ、見ているだけで胃が痛くなりそぅ・・・。チェリーは知ってるのか?この事を。」
「・・・うん、多分・・・。」
裏の畑で、ラークはチェリーの話しを懇々と聞いた。
その場所はここからレッド・アベンチュリン村を結ぶ西南の道の中頃から大きく外れていて、闇が濃くとても危険な所であると言う事。
助けに行く事は不可能で、何人も化物か死神の餌食になるだけだと言う事。
ラークもこの世界で暮らす様になって、だんだんとこの世界の掟のようなものを理解して来た。
しかしただ何もせず彼女を見殺しにするには、彼の性格上堪え切れなかった。
そんな彼を宥める様にチェリーは、
「気持ちは分からないではない。しかし、あそこに助けに入って帰らぬ人となったお前のような精悍な若者達を何人も知っている。わし自身もあそこに近付いて命からがら逃げ帰った・・・。」
一頻り畑仕事を終えると、2人は家に戻った。
ヴァージニがまた水晶を覗いていた。
「こぉれ、勝手に水晶を覗いちゃいかんとあれほど言っておるに!」
「ゴメン、ゴメェン。・・・でもこの女の人、凄いよぉー。洞窟から無事に出て、しかも真っ直ぐにこの村とレッド・アベンチュリン村を結ぶ白い道筋へ向かって歩いているみたいだよぉー。」
若葉はコウモリの姿をしたゴールデンバットが導く方向へと歩いていた。
彼女はゴールデンバットに何度か質問をしたのだが、どうも要領を得ないと言うか話すのが遅いと言うか雲を掴むような感じで困った。
彼女はだんだんと、彼が何かを隠そうとしているのではなくて、単に話すのが苦手なんだと言う事を理解してきた。
恐ろしい姿をした化物が現れても、ゴールデンバットが何十匹にも増えて彼女を覆い隠してくれたので、洞窟を出て今は湿地帯の中を歩いていた。
「ねぇ、・・・どこに向かって進んでいるの?もぉちょっといい道は無いの?ぬかるんでて歩きにくいわぁ。何とかならないのぉ?」
「・・・・・・。」
「もぉぅ・・・。頼りになるのかならないのか、さっぱり分からないじゃない。」
「村・・・、村に向かっているんだ・・・。」
「村ぁ?それはどこにあるのぉ?誰か住んでるの?人はいるのぉ?」
「・・・・・・。」
そのうちに地面がしっかりと固くなり始め、周りは草原へと変わっていった。
「はぁ・・・、随分と寂しい所ね。草は生えてはいてもぜぇ〜んぶ、グレー。何で緑色じゃないのかしら・・・?葉緑素は無いの?葉緑素は!グリーンガムを食べなさい、葉緑素が入っているから。・・・って訳分かんない事言っちゃった・・・、キャハッ。・・・無理してテンション上げるのももう無理だわ。あぁ・・・、私のお気にのブーツとジーンズが泥まみれになっちゃった・・・。でも長靴の代わりになったし、良しとしないと・・・。前向きに前向きに考えて行こぉ。ねぇ、ゴールデンバット、お腹減っちゃったね。」
うんうんと彼は頷いた。
薄気味悪い風が吹いて彼女はゾクゾクと身震いした。
黒いローブをまとい、近付いて来る男が一人。
若葉は声をかけようと思った口を慌てて押さえた。
異様な姿。
怪しい・・・、どう見ても怪し過ぎる。
若葉にはそう感じられた。
ゴールデンバットは再び分身して何十匹にもなり、彼女を覆い隠した。
その男は草原を滑るように移動してくると、彼女達の前で立ち止まった。
幾匹ものコウモリをじっくりと嘗めるように見ると、興味無さそうに顔を背けた。
コウモリの内側で彼女がホッとしたのも束の間、ぞっとするような低い声で、
「このまま去ってゆくと思ったかい?姉ちゃんよぉ、そんだけ女の匂いをプンプンさせといて我が気付かないとでも思ったか。」
若葉は結構、香水を付けていたのは確かだ。
「闇の妖精、ゴールデンバット・・・。お前が人間の女の味方をするなんてなぁ・・・。どう言う風の吹き回しなんだ?おい、どけよ!!ヨダレが垂れて仕方ねぇんだ。喉が渇いて渇いてたまんねー、この女を吸いてぇーんだ。この女の魂をなぁ!!」
『バサバサッバサッバッサ!!!』
ゴールデンバットが一斉に怪しげな男に覆い被さった。
「キィーッ!!キー!キキッ!若葉!!逃げるんだ!そこから走れぇ!」
ゴールデンバットが甲高い声を振り絞って叫んだ。
その男は黒いローブの裾を大きく一振り・・・。
ゴールデンバットは冷たい地面に強く叩き付けられると同時に一匹に姿が戻ってしまった。
彼女の顔が恐怖で引きつった。
なぜならローブの中に隠されていた男の体、それは骨と皮ばかりで下半身は腐り落ち、顔は骸骨。
そして大きな銀色の鎌がその男の背から彼女の頭上まで伸び始めたからだ。
「いや・・・ぁ、いやーーーーーっ!!!」
チェリーはヴァージニに促されて白く輝く丸水晶を見た。
「ヴァージニ・・・、闇の領域へ行くための衣服を用意してくれ。」
そう呟いた。
「何をしているのじゃ、ラーク・・・。お前も早く用意をしろ。」
ラークは高揚して頬を赤らめた。
「へ、へへ・・・。そうこなくちゃ、さすがチェリー。」
「今回はカプリを連れて行く。マルボロとネクストはまだ、この間の乱闘の傷痕が癒えてないからの。」
マルボロとネクストはダビッドソンを救出しに向かった時、狂犬アカツキの大群を一手に引き受けた。
その為に深手を負って療養していた。
窓からポツンと明るい光の玉が入って来ると、森の妖精カプリが姿を見せた。
「今回は私もお供しま〜す。ネクストみたいに炎は作れないけど空を飛べるし、小さな傷だったらすぐ治してあげれるからね。」
彼女はブルーの衣を纏っていて、リスのように小さい。
3人はすぐに村を出て、若葉が到達すると予想される白い道筋へ足早に急いだ。
正に死神。
若葉は死神が三日月型の鎌を振り下ろすのを、かわす事が出来なかった。
『ガッ!キイィーーーン・・・』
若葉は咄嗟にギターを両手で頭上に掲げた。
受け切れる筈のない死神の鎌が、鈍い音を立てて静止した。
『えっ!?』
意外な衝撃に戸惑う彼女。
死神の鎌とギターがぶつかった振動で弦が揺れ、若葉のギターの音色が初めて闇の世界で響いた。
ユラユラと緑色の湯気のような煙が、そのギターから渦を巻いて広がった。
その緑色の煙に触れた死神が、
『ムッ!フ、フオ!!』
情けない声を出すと、その場から逃げるように後退さった。
「小娘ぇ〜・・・、許さん・・・。許さんぞぉおお、そのギター・・・、そのギターは・・・。」
死神の干乾びた身体の表面の一部が、硫酸を浴びたように溶けて爛れている。
剥き出しの憎悪を顕わにしながら、ドス黒い煙をその体から発散させ始めた死神は、
「ぬかったわ・・・。ただの小娘かと軽く見ていたが、そんな能力があるとはなぁ。全ての闇のエネルギーを結集させてやるぞ。地獄の苦しみを味わえぇ・・・。」
若葉は悟った。
『私のギターから発せられるこの音が作り出す緑色の煙は、こいつに攻撃するのに有効なんだ・・・。』
試しに若葉はピックを弦にスライドさせて鋭い音を一瞬作り出し、続いて得意なフレーズをかき鳴らしてみた。
『ギュワァーーーン!!!ポロロン♪ポロロン♪ポロロロ〜ン♪』
緑色の煙が渦巻いて、ギターから溢れ出た。
死神のドス黒い煙とぶつかり合い、混ざり合い、そして中和されてゆく。
「なぁ〜んだ、そう言う事か・・・。怖がって損しちゃった、最初から分かっていれば良かったのに。でもこれで、この訳の分からない変態親父に負けはしないでいられる。襲われはしないでいられる。」
死神の闇のオーラと若葉の美しい旋律が激しくぶつかり、拮抗した。
「我を誰だと思っている・・・、この闇の世界の頂点に君臨している死神JPS様だ。まだ分かっていないようだな、死神には逆らえないのだよ。この世界ではねぇ・・・、どんな奴でもな。」
若葉は空が薄く赤みがかってきたように思えた。
幻想的な空である。
若葉はギターを奏でながら、時折手を離して目を擦った。
「蝶?蝶の化物・・・?」
空を舞っている化物はFKと呼ばれ、ピンク色の蝶の化物だ。
その羽からパラパラと落ちてくる鱗粉は、人や妖精の神経を麻痺させてしまう。
ピンク色の粉が、まるで桜吹雪のように降ってくる。
「あ・・・、あぁ・・・・・・。私、どうしたんだろ?目眩がする・・・、足がフラフラするよう・・・。・・・なんて綺麗なの・・・、桜の花びらがこぉんなに沢山・・・。綺麗・・・、なんて綺麗なの・・・。」
うっとりと陶酔し切った彼女の前に余裕綽綽で立つ死神JPS。
銀色に輝く三日月型の鎌が、若葉を貫いた・・・。
「う、うあ・・・、あぁ・・・。ギャッ!!あ・・・つ、い、痛い・・・。痛い・・・、痛いって言ってんの・・・。痛いって言ってるでしょうが!!!」
我に返った若葉はもう一度大きくギターをかき鳴らした。
思い切り吹き飛ばされた死神JPSは、草原の深い茂みに消えてしまった。
若葉の右胸の上の辺りから、止めど無く血が流れた。
若葉の周りの地面がモコモコと盛り上がり、芋虫の化物ミネが無数の牙を見せて現れ始めた。
「ハァー、ハァー・・・。負けてなるもんか・・・。ズキズキ痛い・・・、痛いよぉ〜。なんて夢なの・・・、夢なら早く覚めてよぉ〜。あたい・・・、もう挫けそう・・・・・・。」
若葉の脳裏には、ライブ会場で熱唱している自分の姿が見えていた。
バラードを歌うと最前列の女の子が泣いていた。
遠くの客席を見ても、しわくちゃのハンカチで目の辺りを押さえている人が見えた。
「歌わなきゃ・・・。あたい、こんなところで挫けて堪るかってんだい・・・。こんなところで・・・、こんな訳の分からない世界で・・・、骨と皮ばかりの死神のような変質者の餌食にさせられてなるも・・・の・・・か・・・。」
彼女は意識が無くなるまでギターを奏で続けた。
力無く、クタクタと若葉の膝が折れた時、空からは赤い鱗粉の他に金色の粉が混じっていた。
地面に倒れ込む前に抱き止めたのはラーク。
消していた姿を現して、金の粉を振り掛けているのはカプリだ。
若葉が弱って動けなくなってくるのを見て、ヘラヘラと悦に浸っていた死神JPSの前に立ち塞がったのはチェリー。
「今回は我々の勝ちじゃな、死神JPSよ。なぜなら彼女は洞窟からこの白い道筋の近くまで、自らの力で進んで来たからじゃ。ここまで来た彼女が死神の凶刃に奪われるなんて事があったら、それはわしらの落ち度となってしまう。必ずや村まで連れてゆく!火竜よ、炎を吹き上げろぉおお!!」
チェリーが呼び出した炎の竜が大空を焦がした。
次々とFKが焼けて地面にまで落下してくる。
桜の花びらが舞う幻想的な世界は、炎によって燃え尽くされた。
ラークは気を失っている若葉をそっと草の上に寝かすと、剣で彼らを呑み込もうとしたミネを一刀両断した。
その光景を目の当たりにした死神JPSは、それでも薄ら笑みを浮かべ、ローブの内側から伸びている鎌を大きく大きくしていく。
「その娘の魂はなぁ、緑色に輝いている・・・。極上の魂だ、フ、フフフフ・・・。この渇き切った喉を満たしてくれるに違いない。退くがいい!お前ら3人とも我の食事の邪魔をするなぁぁああ。」
『ブゥーーーーウン・・・!!!』
巨大な鎌が横殴りに振られ、空気を切り裂いた。
『ガッ!!!』
チェリーが死神に向けて解き放つ為に両手を合わせて作り始めていたホワイトリング。
彼はそれで鎌を受けた。
カプリの金の粉を受けて、傷口が閉じ始め血色も鮮やかになった若葉がうっすらと目を開けた。
彼女の双眸はカラーコンタクトでブルーに輝いていた。
ラークは、荒々しい海の底にある青い深海の静けさを思わすその瞳を、
『なんて美しいんだ・・・。』
と感じずにはいられなかった。
おぼろげに状況を理解していた彼女は、再びギターを奏で始めた。
若葉の情熱的な旋律がチェリーのホワイトリングを、より強靭なものとした。
チェリーは死神の巨大な鎌を受け切っただけでなく、さらにそのままホワイトリングを解き放った。
ホワイトリングは死神の胴体を締め上げた。
地面の上に動けなくなって転がった死神JPSに近寄ったラークは、
「この時をどんなに待っていたことか・・・。チャーミアはどんな思いをしてお前に魂を奪われたか分かるか!!」
「クックック、それは彼女自身が望んだ事だ。俺はあの娘の願望のお手伝いをしただけの事・・・。」
「何ぃっ!!ダビッドソンだって・・・。」
「あいつは自業自得だ、自分が悪いのさぁ。酒など飲んで運転して赤の他人まで巻き込んだ・・・。」
「何っ、こ、こいつ言わせておけば・・・・。皆の仇だ、この剣を受けてみろ!!!」
一瞬で砂と化してゆく死神。
剣は冷たい地面に刺さった。
取り囲んでいた闇の化物が姿を消してゆく。
「ち、畜生っ!!いつも後少しと言うところで逃げられてしまう・・・。何故なんだ?」
ラークは死神JPSが残した砂を蹴り上げた。
チェリーが、
「この娘を助けられればそれでいいんじゃよ、上出来じゃよ。この闇の世界では死神は不死身、その名の通り死神なんじゃよ。さぁ、この娘を村に連れて帰ろうじゃぁないか。」
そう言って若葉ににこやかに微笑みかけた。
「貴方達は一体、誰なの?この世界は一体、どうなってるの?教えて頂けないかしらん・・・?」
若葉はまだふらふらしながら質問を続けた。
聞きたい事は幾らでもあったからだ。
「私を助けてくれてありがとう・・・。あ!!そうだ、ゴールデンバット!ゴールデンバット!!一匹のコウモリがね、あたいをここまで連れて来てくれたんだよぉ〜。」
「大丈夫よ、ここにいるわ。」
カプリが草の茂みの内側に横たわっているゴールデンバットに、金の粉をかけている。
妖精同士の相乗効果でゴールデンバットは見る見る元気になってゆく。
すぐにパタパタと飛び交い始めた。
「キャッ、キャァ!もう、ったく、ゴールデンバットぉ。」
若葉の周りを何週もすると、ギターにぷら〜んとぶら下がった。
「ははぁ〜ん、なるほど。闇の妖精ゴールデンバット、お主が若葉ちゃんと一緒におったのかい。珍しい事もあるのぉー、人には滅多に懐く事は無いのにのぉ。」
チェリーが自慢の顎鬚を指で触りながら、ゴールデンバットを見た。
「私、・・・何か人の声が今聞こえているんです・・・。でもどこからか分からなくて・・・。あたいの友達の声が・・・、どこからか聞こえる・・・。あたいの家族の声も・・・、バンドのメンバー・・・、ファンの子達・・・。一体どうなっているの?」
若葉の問いかけに、チェリーは穏やかに応えた。
「そうか・・・、それは現実の世界から聞こえてくるものじゃろう。ここは夢の世界じゃからの、夢の世界『SMOKE DREAM』。そしてわしはニュージェード村の村長のチェリー、そいでこの男がラーク、森の妖精カプリじゃ。もうこの世界に若葉ちゃんは落ちて来る事は無いじゃろうし、あってはならないが自己紹介だけさせてもらった。」
若葉の身体は輝き始めた。
若葉はベッドの上で目を覚ました。
「う〜〜ん、ここは?どこ?病院?あ、あー、あたいまたやらかしちゃった・・・かな?お酒がぶ飲みして、急性アルコール中毒か何かで運ばれちゃったんだ・・・。」
彼女の枕の傍にMDウォークマンが小さなスピーカーに繋がれて置いてあった。
再生してみると、友達や家族、バンドのメンバー、ファンの人々の声が吹き込まれてあった。
「・・・この声が聞こえたんだ・・・。あたい、何日このベッドで寝てたんだろう・・・?こんなに皆に心配かけて・・・しまって・・・。う、ぅぅ、グス・・・。」
スピーカーから声がいつまでもいつまでも続く。
「若葉ぁ、目を覚ましてよぉーー。また一緒にいつもライブハウスでぶちかまそうよぉ。ねぇ、ねぇってば。」
「俺だぁ、俺だよ、分からないのか!返事しろよぉ、一緒にあの美味いラーメン屋に行こうって言ってたじゃんかよ。」
「若葉さぁーん、目を覚まして・・・。若葉さんの歌を聞けなくなったら・・・、私・・・、どうすればいいのよぉ・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
若葉の瞳に涙が溢れた。
廊下を足早に歩いてくるナースの気配がした。
「それにしても、私、何か長い夢を見ていたような気がする・・・。とてもとても長い夢を・・・。」
若葉は思い出そうとしたが、その夢を何も覚えていなかった。
