CELIN EXPERIENCES
ファンによる「セリン体験」文集。メール/BBSで常時受付中!
「ドラム」 by たまいぬさん(CELIN BBS「狸穴」より転載) 2004/02/22
「やっぱりすごいよ」 by Tさん(CELIN BBS「狸穴」より転載) 2004/02/22
「ありがとうございました」 by (K)@モスクワさん(CELIN BBS「狸穴」より転載) 2004/02/22
「感動しました」 by Pさん(CELIN BBS「狸穴」より転載) 2004/02/22
CELIN 「はなへんろ」を聴いて考えた事 by (H)@モスクワさん *モスクワ・ワールド「ロシアより愛をこめて」より転載
「無題」 by i-maduさん
墓場のリズムですか
子等はええ 生まれてこの方聞いておりまして
A面SKINです
B面セリンでしょ
上野と船橋の往復
いつもそれですもの
たまーに休みの国か外道でしょう
思うんですけどね
昔の記憶がよぎるとき
ま、私がいなくなってからですけど
子等が思い出して
あの曲なんだったんだろって
調べようないですもの
あ、妻存命なら一発でわかりますけど
けけ、だれにきくのかな
くやしいだろな
「セリンの好きなところ」 by グラさん
はじめてセリンを見たのは新歓ライブでだった。
それまでも個性的で見ごたえのあるステージが続いてきたのに
はじまる前の客席の雰囲気が今までのと違ってた。
「居住まいを正す」ってかんじ。
メンバーを見回すと、ノーマルなのはボーカルだけで、あとはとっても
変だった。バイオリンをひいてる女の人は品がいいけど得体が
知れないし、ドラマーは美人で華奢なのにとっても力強いし、
(後にドラマーが男性と知って2度びっくりだ!)
ベースはただならぬ重い空気を背負ってるし、ギターはかっこよくて2枚目なのに
化粧がめちゃくちゃだし。はっきりいってみんなばらばら。
でも音楽は上手で決まってた、という印象がある。
実はメンバーに見とれて(?)いて、なんの曲だったか憶えてないのだ。
はじめて曲をじっくり聴いたのは車の中だった。
「狸の日々」のメロディーと歌詞がとてもおぼえやすくて
すぐにはまった。何回もかけ直して一緒に歌った。
あの頃ほどすぐに歌をおぼえることはできなくなってしまったけど
セリンの曲は今でも頭に入りやすくて歌いやすいと思う。
歌詞の意味が全然わからないのに、言葉の遣い方がきれいでじーんとする時がある。
私はセリンの「変で難しいけどおぼえやすくてきれい」ってとこが好き。
「CELINと私」 by Tさん
後にも先にも、アマチュアバンドに自発的に金を払ったのはCELINに対してだけである。そう、かつてCELINは有料だった。有料で、テープを
販売していたのだ。もっとも、ほぼ原価に近かったと思うが。
CELIN以外でライブのチケットを買ったりしたのは、すべて付き合いだった。この際白状してしまおう(!)
金を払うか払わないかは重要な基準だと思う。人間、口では何とでも言えるが、金はなかなか出さないものだ。文字通り、金を出してでも欲しいもの
以外には。つまり、CELINは私にとって、金を出してでも欲しいものだったということである。現在、CELINは無料だが有料でももちろん購入するだろう。
最初に、ライブを見た。そして打ちのめされ、テープを購入した。同じサークル内のバンドとはいえ、当時CELINのメンバーとの面識はなかった。
付き合いでの購入はありえなかった。
しかも、である。貧乏学生だった私にとって、音楽が唯一の楽しみであり、ひたすら音楽を聴いていた時代である。今よりもずっと、感性が鋭かったはずだ。
さらに、当時の私は四人囃子もロキシーミュージックも知らなかった。逆にCELINからそのルーツ(?)をたどったのである。
(CELINの音楽)
CELINの曲を聴いていると、そのメロディ?と言葉は「和」でありその演奏は「ロック」であると感じる。その「和ロック」的な不思議な感覚こそ、
私をとらえた最大の魅力である。和的な部分は、バンドの中心人物で、ほとんどの曲を作っている並木葉介氏の個性によるところが大であろう。
後に四人囃子を聴いたとき、「ああ、これか」とは思ったものの、パクリとかそういうことはまったく感じなかった。むしろ、CELINはCELINであると
再認識したくらいだ。
月光の下に咲く夜桜は、美しくも妖しい。CELINの音には、そんなイメージがある。
CELINのもう一つの顔は、パンキッシュなR&Rである。ストラトで刻まれる心地よいカッティングが特徴だ。こちらも、たまらなくカッコイイ。
(CELINの言葉)
CELINは「ベイビー、愛してる」とは歌わない。いや、歌っているのかもしれないがそんな言葉は使わない。
実は、私にとって曲の言葉の意味はほとんど関係ない。言葉も音としてとらえているからだ。だからといって「ベイビー、愛してる」じゃあしょうがない。
CELINの言葉は、私にとって永遠の謎である。しかし、それで良いと思っている。いや、だからこそ良いのかもしれない。
(CELIN in 21st CENTURY)
21世紀になって(実はその数年前から)、CELINは新作を発表している。しかも、かなり良質な作品を。かつての感動がよみがえる。もちろん、
旧作を今聴いてもまったく色あせていない。
素晴らしいことだ。
素晴らしい...
CELIN 「はなへんろ」を聴いて考えた事 by (H)@モスクワさん
客観的な評論でなく、主観的な感想でなく、なんだろう、聴いて考えた事を書きます。
「はなへんろ」は、明日を求める巡礼者の旅路あるいは巡礼者そのものだ。
老若男女問わず、肩書きや身分や地位とは無関係の、他人を求める感情が淡々と歌われる。
「はなへんろ」は、ハタチのラブソングだ。
世の中に氾濫しているのは、ガキ達のラブソング。
ハタチは、十分大人だろう。
ピュアでシニカルで情熱に溢れている。
俺はHP上のモスクワのバンド紹介もどきに、「人生はそれだけではないのに、なぜ世の中の大半はラブソングなのだろう」と書いた。
政治や環境や経済や医療や宗教や情報や家族や昨日の夢や社会の矛盾や、いろいろな事があって、その中の一つが恋愛だろう、というつもりで書いた。
もう一歩先を考える。
「いろいろな事について語る」というのは、結局、どういう事なんだろう。
やはり自分と世界との距離感を語る事ではないか。
それ以外に語るべき事などない、だろう。
他人を求める感情は、その距離感の確認。
ハタチのラブソングさえあれば、どんなうたもいらない。
「はなへんろ」は、ポジティヴなロックンロールだ。
必然的にロックンロールになったのだと思う。
他人を求める感情は、やはり前向きなもの。
前向きな気持ちで演る音楽は、もうロックンロールしかないよね。
うまく言えないけど、「恋愛中は人生が楽しいから前向き」とかいうのとは少し違う気がする。
他人の事を想ったり、夢見たり、考えたり、妬んだり、うらんだり、あるいは自分に対しての後悔の気持ち。そういう事が前向きなのだ。
何かを願いながら過ごす日々と目の前の事に追われながら過ぎゆく日々。
前者がポジティヴなロックンロール。後者は、そうだな、なんだろうねえ。
「はなへんろ」は、明日を求める巡礼者の旅路あるいは巡礼者そのものだ。
他人を求める感情がロックンロールに乗って心地良く鳴り響く。
「CELIN事始め」 by (K)@モスクワさん
CELINを初めて聴いたのは早大RockFanClubという音楽サークルに入って2年目の、たしか八ヶ岳泉郷の
貸別荘で行なわれた合宿のときだった。1年上の先輩がCELINのファンで、その人がカセットテープを
かけていたのを聴いたのだ。黄昏時、夕食の時間を待ちながらリビングでまったりしている時だったように思う
(いま思えばCELINを初めて聴くのにこんなに相応しいシチュエーションは無いかもしれない)。
CELINはその当時既にそのサークルの歴史の中の伝説のバンドだったわけだけれども、その頃バンド初心者
だった自分にとって信じられないクオリティで驚くと同時にいっぺんで好きになった。
印象としてはロックというより「アート」だなあ、と思った記憶がある。大人のバンドだな、とも。サウンド、歌詞、カセットの
ラベルのアートワークに到るまでどれをとっても高いレベル、自分たちがバンド活動を継続していったとしても到底辿り
着けないレベルのセンスを感じた。何世代も上の先輩たちのバンドだったのでメンバーは全く知らなかった(結局たぶん
大学を卒業するまで一回も会ったことはなかったと思う)が、「とてつもなく偉大な先輩がいたサークルなんだなあ」と
いうことをそのとき初めて知った。「今はプロになっているのだろう」と本気で思ったし、CELINがプロデビューしなかった
というのを聞いて「これでプロにならないとしたらプロになるバンドってどんなレベルなんだろう?」って思った。
何年か後に、その1年上の先輩がCELIN主宰の並木葉介氏に許可をとってくれて、持ってたアルバムカセットをダビング
させてくれた。そのときのカセット3本は今でも繰り返し聴いている。そしていつからかその葉介氏ともお近づきになれ、
飲んだりバンドの話をしたり旅行までしてもらえるようになり、また近年はおよそ1年に1枚のペースで新作を聴くことができる。
思えば長い年月の間に、自分の中で失ったものも数多いが、思いがけずこのような幸福を手にしていることはかけがえなく
すばらしいことだと思える(雲の上の存在だったミュージシャンと親しくしてもらえる喜び、というとこれを読んだ御本人は
照れるかもしくはずっこけるもしれないが)。
ちなみにCELINのアルバムの中から一番好きな1枚を選ぶとすると、「北の海岸で会いましょう」(ただし正確には秀玲
名義)になる。
「はなへんろ」感想文 by たまいぬ写楽さん
オリジナル曲が3/5なので、アルバムの感想といってもムズカシイかなーと思っていたら、存外そうでもありませんでした。
Vocal=声というのは、ものすごくバンドを左右する、重責なpartであると、バンド経験からもリスナー歴からも、私は
思っています。もちろんうまいほうが、ヘタよりいい。が、そのことよりも、バンドの音をしょって立つ声が不動の立ち位置を
持ちおおせ、聴いた人をからめとってしまう、抗えない力を持つような音楽の不思議…のほうが、私には大事です。
往々にして。CELINの「はなへんろ」にはこんなことを感じたのでした。ギターの“7弦目”なのかもしれない葉介さんの
はかなくて頼りなげな歌声が、3/5のオリジナル曲、わけても最新の「はなへんろ」「2000年の祈り」を、置き換えの
きかない要素同士がすごい確率で出会ってできた1曲にせしめている、と思いました。
「2000年の祈り」は、ロックと呼んでもフォークと呼んでもゴスペルと呼んでも聖歌と呼んでも、正解かもしれない。です。
これでこのアルバムが終わってゆくところに、このアルバムを作った意味が、自ずと出ていると思いました。ロックンロールの
アルバムがアコギの「祈り」で終わる。「墓場のリズム」が20年経ってなお赤い血でもて生きているように、「2000年の祈り」も
数十年後に何らかのアルバムに録音されるだろうか−、“祈り”は届いているだろうか、“祈り”は祈る人によって祈り続けて
もらっているかな−、そう考えざるを得ないような状況下にある現在に生きていて、昨年作られたこの曲に、奇妙に不思議で
少し恐くもある符号の合致を感じてしまいます。
「はなへんろ」。そのタイトルを小気味よく裏切る、確かなロックンロール。ロックンロールは−たとえばそのロッカーが死んだり
(殺されたり)した日に(自殺もあり?)、ロック喫茶で鳴らされたりしても、まちがっても泣きのバラードばりに化けたりせず、
やっぱり不敵でソリッドでビートを打ち、皮肉だろうが怒りだろうがヨロコビだろうが、最初のモチベーションを貫いて止まらない
(そこが追悼の場であっても)−と、私などは思うのですが、(それにそういうかまし方が、どんな楽曲であれできるのが、ロック、
ロックンロールだと感じる…)「はなへんろ」はギターが曲のアタマに流れ出してすぐに、あ、かましてくれる、とわかったのでした。
そして−案の定でした。
チベットに行ったことがあり、チベットが気に入った私には、この歌詞にひどく惹きつけられました。「花」「へんろ」という仏教
用語と、チベットというばりばりの密教の国・信仰が人生そのものの国。それが歌う詩は、けれど、おそらくはすごく個なる
ひとりの恋愛?の心情。これがアップテンポのこのビート、このリズムで、聴いていてすごく嬉しい。
ああ恋愛の歌のふりをして本当はそうじゃないな、と思っても納得がいったし、更にそのメタレベルに上ってしまって(いやいや
やっぱり…)とまた考え直しても可のように思え…という「考え考え聴き」も、このビート、このリズム&メロディで「一曲のロック聴き」
に収束してゆく気がします。解説不要になります。それで、嬉しい。
「墓場のリズム」。イントロ、こんなにかっこよかったのでしたっけ。このイントロの完璧さ。この地下室的、パブでのギグ的あるいは
抗議の晩的、導入。このイントロは、うかつにも記憶に刻まれてはいませんでした。本メロは一転して陽、になるのに全体に
流れる陰り。
よしだたくろうの「ともだち」は好きな曲です。吉田拓郎でない、よしだたくろう時代の歌は、私も好きです。CD選書なんて持ってます。
(「たどりついたらいつも雨降り」はモップスバージョンのほうが好きなんですが。)
ドラム。私がドラマーなので特に感じたことかもしれませんが、タテのりのリズム、アフタービートに対しての前に出るビート、という
ドラムのリズムを改めて味わった新鮮さがありました。私はリズ研(転記者注:早稲田大学にある音楽サークル)などで培われた
アフタービート、ヨコのりの黒人揺れドラムになじんだ人間なのですが、
♪
↑↑↑
ここらを叩く前ノリビート ここらを叩くアフタービート(私、なじんだ)
⇒「CELIN」
こういう前ノリ、タテ刻みビートのリズムが構築するバンド自体のエモーションというか色香というか、そういうものって、とても
大きい要因なのだなとしみじみ思いました。ドラムを聴くと、そのバンドのリーダーやフロントでリードするGの人や、そして
Voの人の考え方までわかるように思います。Bassはもう、いうまでもなく。
CELINのGはストラトですか? 60’Sの香りがあってゾクっとするフレーズがあります。音色(ねいろ)も。
私も本当は自分のバンド(転記者注:京葉Hip Shake Mama)で今でもやりたいな−と思っていますが、メンバーの地理的、
状況的散逸など、よほど強いモチベーションがないと乗り越えられない壁は、やはりあります。だから、CELIN@宅録でも
2000年版が出て、力というものを感じました。
ほんとうに。
「心技体」 by (H)@モスクワさん
いきなり全く関係無い話から切り出すけど、オリンピックで金メダルを取る条件は何だと思いますか?
柔道の小川に無くて古賀に在ったもの。
マラソンの瀬古に無くて高橋尚子に在ったもの。
女子の水泳で岩崎恭子だけに在ったもの。
単純な結論になってしまうけど、やはり心技体が完璧であった事。
そしてもう一つ、運が在った事だと思う。
心技体プラス運、最高のレベルというのはとても難しい。
小川の場合は「心」が弱かったと思うけど、瀬古とかは完全に「運」じゃないかな。
で、ロックにこれを当てはめるとどうだろう。
こじつけになるけど、曲のクレジットも作詞、作曲、編曲になっているし、
心=詞
技=アレンジ、演奏
体=曲
って感じでしょうか。
心技体の揃った良い曲ってのはありますね。
メダル候補がたくさんいるように。
でも、金メダリストが数少ないように、その上の名曲ってのは、なかなか。
プラスアルファの部分、メダル候補と金メダリストを隔てているように良い曲と名曲を隔てているもの。
心技体で表現出来ない部分。
なんというかその、一番重要だったりするんだけど、良い言葉が浮かばない。
ここでは「付随要素」としときましょう。
前置き長くなったけど、「狸の日々」は金メダル=名曲だと思う。
恋愛の次元のステップアップを表現し、何か突き抜けた感じの歌詞。
(作者の意図とは違う解釈かも)
芯がありながら、どこか浮遊感のある紛う事なきロックサウンド。
ギターの音。
イントロのかっこ良さとスリリングな中間部の展開。
シンプルで美しいメロディライン。
疑いありません。
そして忘れちゃいけない「付随要素」。
一つは、ラジカルプロシアンブルーとのつながり。
この曲のつながりは重要。
もう一つは、時代の音。
隙間に70年代じゃあない、80年代初期の時代の音が入り込んでいるような気がするんですよ。
「感動しました」 by Pさん(CELIN BBS「狸穴」より転載)
『1979/CELIN』只今到着しました。アビーロードスタジオにあったビートルズの新譜を聞けてしまった気分です。
こんなに良い音源があったとは感動しました。ジョン・フォックスとエディジョブソンがジャストミートな人も少ないと思いますが、
当時RFCにはそんな人が結構いたのでした。葉さんからブライアンフェリーとジョンフォックスの相似関係について教えて
もらったりしましたね。スタジオがコルグスタジオっていうのもマニアック。たしかこのほかにマガジンのコピーなんかも
あったでしょう。封印しないで聞かせてくださいね。ありがとうございました。(2004/01/03 23:06の書き込みより)
「ありがとうございました」 by (K)@モスクワさん(CELIN BBS「狸穴」より転載)
1979届きました!曲は全くもって知りませんでしたが、まずいかにも「リハーサルスタジオ録音」っていうかんじ、スタジオ内の
風景が見えるような録音で嬉しくなってしまいました。こういう、バンドができていく途中経過って大好きです。
そしてやっぱりすごいなあと思ったのはすでにCELINっぽいというかオリジナルへと続く道が現れている点ですね。
一つにはマスタリングの個性が強く出てる結果なんだと思いますが、それ以外でも例えば「Nothing Left」のギターソロ、
これなんてまさに(Y)さん節!CELINギターの萌芽がはっきりと見えます。他人の曲を演奏して個性が出るっていうのは
簡単な話じゃないですよねえ!
またうかつにもいまさらながらこのCDで気がついたんですが、(Y)@CELINさんのギターっていうのはいわゆる「ブルース直系」と
全然違うところで構成されてるんですねえ。「ロックギター」としてはある意味お約束のペンタトニック無しビブラート無し。
なんて禁欲的なギターなんでしょう。生意気を言わせてもらいますと、いわゆるギタリストのスタイルとしては初めから敢えて
難しいフィールドで勝負する、という高い志が感じられますね。
それとバイオリン松井さんによるという「Young Savage」のコーラスが特筆もんにメチャクチャかっこ良かった、というのも
付け加えておきます。
ホントすごいものを聴かせていただきました。
この後の新譜、最も古い過去とリアルタイムという「両端」を聴けるという点で楽しみが増えました。(2004/01/07 01:45の書き込みより)
「やっぱりすごいよ」 by Tさん(CELIN BBS「狸穴」より転載)
Out of the Blueのギターはマイ・オリジナル・サマーに受継がれてますねぇ。この曲、ベースが弾くべき箇所で弾いてないような
気がしたのですが、VIVA ROXYの同曲を聞きなおしたら、オリジナル通りだったことが判明しました、ははは!
バズコックスのギターってなんか東洋人ぽい人でしたよね。関係ないか。CELINヴァージョンではギターソロがよりアヴァンギャルドで
カッコいい!ピートシェリー、今は何をしているのか...カッティングのカッコいいギターに勝る快楽はありません!
JOHN FOXX。なぜFOXでなくFOXXとXがダブっているのか?二回離婚したのか?そんなことより、(CELINの)ギタリストと
ヴァイオリニストは改めて天才ですね。
若い野蛮人。このギターもたまらん!パンクなコーラス、たまらん!!このクールでいて底知れぬ哀愁をふくんだ感覚は一体...
(2004/01/08 22:26の書き込みより)
「ドラム」 by たまいぬさん(CELIN BBS「狸穴」より転載)
ドラムはなるほど、ヤマハですか。ヤマハは安価ながらマルチ対応の音が出ますが、やはりソウル/ブルース系ではない向きの
ロックに向いてるなと私も感じていました。スネアのピッチをぴちぴちに張ると、ラディック、タマ、まあパールも(私の持っているスネアは
パールです)、アル・ジャクソンみたいな典型的なソウル/ブルース系の“跳ね”るリズムが生まれるのですが、ヤマハの置いてある
スタジオだとそのように跳ねた微妙な泥臭さが出ず、タイトな感じの「京葉」になったりしました。それがこのコピーCDセリンでは見事に
合っているような感想を持ちました。ドラムの人の持ち味もよく出ているのがわかります。それと、このドラムを聞いていると(ドラマーなので
どうしてもドラムに耳がいってしまう)、元々体内に持っているとでもいえるリズム志向が、好き、とセレクトしたコピーの数々により幸福に
再確認され再定着され、やがてオリジナルのセリン楽曲へと繋がっていったんだということがしみじみ感じられます。そして(Y)さんの
ギターとこの人のドラムとの出合いも、出したい音・求める音が重なりあうのは口で言うほど簡単なことではないと私は思うので、非常に
幸福なことだったんだな、と感じられます。
オリジナル曲をどれも聞いたことがないので、白紙の状態で聞きました。バイオリンはフィドルと呼びたい野生が宿るような弓さばきが
印象深い。ボーカルとベースを聞くと、毎回「疲れきって新宿から代々木公園まで歩いている1975年頃の夜明けの線路沿い」が
浮かんでくるのです。(2004/01/12 14:29の書き込みより)