今日の『私』を形成してきたものたちとの関わりの小史

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1947

新潟県・栃尾市に生れる。

1953

初舞台「オオカミと七匹の小山羊」で主役オオカミ役を好演。

1958

「杜子春」の閻魔大王役を熱演。

1959

昆虫採集に明け暮れ、収集癖を身につける。

1962

ある挿し絵画家の構図を反転拝借し制作した版画作品が、県ジュニア美術展に出品され、特選を受賞する。その後自戒の念に強くうちひしがれる。画家として背徳の時代からスタートする。

1963

蝶の管状の口を眺めている内に、日増しにその形状に嫌悪感を抱き、以後一切昆虫世界から遠ざかる。

1964

詩をつくり始め、ミニ詩集をつくる。エルビィスの「GIブルース」を聴き、洋楽に芽生える。

 

美大受験の為に、「木炭デッサン」を新潟大学の諸橋教授に師事。夏休み期間新潟に泊まり通う。

ビートルズに出会い髪を伸ばす。

1966

金坂健二の「アンダーグランド・シネマ」に出会い、ルナミ画廊で先導的ハプニングを数回直接体験する。

1968

古美術・骨董などに興味を持ち、鎌倉八幡通りの骨董屋やゲテモノ屋にあししげく通う。来日したビートルズを武道館で見る。レコードとコンサートの違いを知る。

 

奈良・京都の古美術研修旅行で、「邪鬼」の魅力と出会う。

1969

「佐藤秀治・青年詩集」をまとめ、失恋とともに、詩を封印する。

1970

前山忠・堀川紀夫と出会い、ア―ス・ワ―クやメール・アートを始める。

 

新潟現代美術家集団GUNに加わり、同時に現代美術世界に踏み入れる 。

 

前山・堀川と大阪万国博覧会を見学し、物量文化に落胆する 。

 

回想録『煙の出ないエントツ』限定 500部(自費出版)発刊

1971

「ケンダマ」のテクニックに凝る。遠藤賢司のコンサートを見る。

1972

菊池寛原作「あの世とこの世」で主役を好演。一日2ステージで表現の温度差を感じ、以後演劇から退く。

 

「亡霊の供養と撮影の会」を主宰。日本のエジソン橋本研究所の橋本健博士が参加、超現象レクチャーを受ける。

1973

高橋一栄に師事し、アルペンスキーに熱中する。

1974

『軽井沢茨木童子伝承語り絵巻』の制作指導を行う。

1975

『軽井沢茨木童子名場面』の掛け軸の制作指導を行う。

1976

一年間に一度上京して個展をするという「出稼ぎ発表」を開始する。

 

経済力が伴わないが遅ればせながら結婚する。

1977

30歳の手習いとして囲碁を学ぶが、気短で基礎もなく、楽しみの境地に至らず断念。『四本指・鬼の腕』の制作指導を行う。長女誕生。

1978

『鬼倉洞窟』の制作指導を行う。学生全日本第二位の選手からアーチリーの手ほどきを受ける。

1979

『軽井沢茨木童子伝承関連絵地図』の制作指導を行う。へら鮒釣り大会に参加し、一度で辞める。

1981

長男誕生。

 

スペインを目指して「NHKスペイン語講座」を密かに始める。

1982

バスケット・ボールの指導に再び熱中する。

1984

憧れの国、スペインに行く。 (パリ、マドリード、トレド、セビリア、コルトバ、グラナダ)

 

「大島十号画廊」を開設し、主宰。独学で「書」を始める

 

20年間の喫煙を絶ち、自らの意志の強さに驚く。

 

桜井兵治に出会い、郷土史研究への関心が芽生える。

1986

「一般公募展」への出品を開始する。

 

佐藤 正に出会い、文筆活動の世界に入る。

1987

処女小説『最後の舞踏』を書き下ろし、文芸誌に発表する。

 

妙高寺の蔵王堂の天井画「三光の松」(杉板100枚に彩色)の制作をする 。

 

海釣りに興味を抱き用具を揃えて開始したが、2度の船酔いで断念する。

1988

「少年時代に使っていた言葉集」の編纂を開始する。

1989

「コンピュータ・アニメーション」の制作指導に熱中。

1990

メゾチント始める。

 

ドクターストップで飲酒を絶つ。

1991

アメリカに娘と旅行。 (ワシントンDC、ニューヨーク)

 

ペルー人デルガード氏のスペイン語の講座を受講し、終了する。

1994

小説『線香花火』を発表する。

1995

再び、古美術に興味を覚え、時代屋や骨董展などを回り始める。

 

右目、網膜剥離にて手術入院する。

1996

小説『遠い花火』を発表する。

1997

両目を網膜剥離にて二回目の手術で入院する。

 

山田友明に出会う。思考ヒントを得る。

1999

バーチャルカンパニー「ハイド出版センター」を開業、代表となる。クラシックコンサートに挑戦するが受入れられず断念する。

 

研究資料集『軽井沢茨木童子伝承』限定 500部(自費出版)

2000

ホームページを開設する。

2001

ヤフー登録される。

 

9/11、TVを通して「米国同時多発テロ」を同時体験する。

2002

娘が結婚。

2003

池坊の師範であった母親から伝授された華道に本腰を入れる。井上陽水の生コンサートに行き、改めてCDとコンサートの違いを思い知らされ、落胆する。

2004

7・13水害と10・23新潟県中越地震のダブル被災を受け、創作意欲減少、長距離移動億劫・対人機会拒否など考えもしなかった内面変化に軽いうつ状態と診断される。

 

ブルーリボン運動を支援する。『鬼の系譜』初版・第二刷り(文芸社)

2005

『鬼の系譜』第四回新潟出版文化賞で優秀賞を受賞。

2006

古川柳の研究に入る。

FAST・アルバム『「視る」ことのエンパワーメント 2006』

2007

定年退職。古美術「水の器」を開業する。「夢現工房」にて陶芸入門。古文書講座受講。茶会デビュー。

「一枚文学の会同人」並びに「長岡ペンクラブ同人」となる。

2008

古物露天商として神明神社の祭事に出店。トチオレトロ館を開館。娘の出産でジジイになる。

再度スペインに赴く。 (バルセロナ、マドリード、トレド、セビリア、コルトバ、グラナダ)

2009

石川雲蝶と小林源太郎の研究に入る。

タイ・韓国へ

とちお地域ボランティアガイドの活動開始

2010

韓国へ 半跏思惟像に惹かれて

県歴史博物館の古文書解読講座を受講、2地区で古文書研究に参加

『鬼で読み解く江戸川柳』(パレード)(自費出版)

香港へ歴史博物館 西安へ兵馬俑

2011

北京へ天安門・北京原人・万里の長城

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