MZ-80K2の思い出話
その昔、シャープの有名な8ビットコンピュータを使って、大学で遊んでいた。
自分も大枚はたいて買ってしまった。定価で198千円。MZ-80K、MZ-80Cという
機種も研究室にありました。Kは半キット状態で発売されていたシャープのパソコン
第一号。Cはキーボード、標準メモリ仕様が異なる上位機種で完成品で発売されてい
た。K2はKを完成品の状態にしたもので、中身は同じだった。
(機能に無関係だが、1度CPU基板は変更になっている。)
クリーンコンピュータ、ALL IN ONE(CRT、キーボード等全て一体)で盛んに宣伝
していたこのコンピュータ
主なスペックは以下のとおりであった。
CPU:ザイログ Z80(2MHz)
メモリ:32KB(48KBまで増設可能)
記録媒体:オーディオ用カセットテープ(テープレコーダが本体に組み込み)
CRT:10インチ。モノクロ
プログラム言語:シャープBASIC SP-5030
{さらに、詳しく知りたい方は、こちら}
*BASICはカセットから読み込ませる
*フロッピドライブ装置は別売(5インチ)で、本体のパソコンより高くて
買えなかった。研究室にはあったが今と比べると、とてつもなく遅いが
テープと比べると、とてつもなく速かった。
"リセット回路は無し。ほしい場合は自分で改造できるよう、CPUボードに
電子部品をつける穴はあった。(取説にはしっかりした説明がしてあるのに
あくまで参考図であり、保証はしないと書いてあった)
電源を入れると、ROMに焼いてあるモニタープログラム(SP-1002)は起動して、
LOAD、SG等、数種のコマンドのみ受付られる程度のもので、OSなんて言葉も
一般的でなかった。はっきり言って聞いたことがなかった。
とにかく、BASICにしろマシン語にしろ、プログラムを入れてやらないと
なーんにも動かないパソコンなのである。
当時、NECのPC-8001は世に出て間もないころで、疑似グラフィックと言えども
カラーというので、他の研究室が買っていた。また、他の研究室では計算の鬼
と呼ばれた教授がいて、あのAPPLEUを使って一晩中計算させていた(らしい)。
また、日立がベーシックマスターレベルUというパソコンを発売していたが、
性能はなんといっても、APPLEUがピカイチだった。
APPLEUはともかく、PC-8001に負けたくないと言うことで、優劣を争っていた。
PC-8001はROMBASICだったので、電源をいれるとすぐプログラミング可能状態に
なり、使いやすかった。しかもCRTはカラー。
しかし、MZはPCより優れていたのだ。
データ、プログラムの保存をテープでできるが、転送速度がおそろしく遅かった。
MZは1200ボーなのにPCは300ボーであるからだ。さらに、ふつうのテープレコーダ
とつないでいるため、信頼性も低く、SAVEしたらVERIFY(なつかしい)は欠かせない
とされていた。ところが、わがMZはシャープ独自のPWM方式によりVERIFY無しでも
エラーの出たことはほとんど無かった。
PC-8001の弁護をすれば、基本的にFDを使う前提のシステムであったため、逆に言えば
テープでもできますよ、程度の仕様になっていたと思われる。
いまでこそ、FDはただみたいに安いけど、当時はとんでもなく高い代物だったので
テープとのデータ転送の信頼性の高いMZは重宝した。
次は、CPUクロック。PC-8001はNEC独自の80系CPUを採用。クロックは4MHzであり、
MZの2倍だった。しかし、BASICで簡単な計算プログラムを作って、走らせ比較する
とかかる時間はMZとほぼ同じで、「なーんだ4MHzのくせに」とか言って、MZ軍団は
PC軍団を馬鹿にしていました。
もっとも、CRTとの同期等でPC-8001のCPUはインタラプトにより、遅くなっている
という噂があり、POKE、PEAK命令を使うとCRTでノイズがのるMZは、その辺の同期
という面は無視していたような気がする。
でも、速さ一番、シンプルイズベスト、のMZの良さを改めて知ったのであった。
さらに、MZユーザーが泣いて喜んだ、MZ倍速基盤というものが巷で発売された。
これは、CPUにZ-80A(4MHz)を採用しており、ほんとに倍速になった。
(NH-MZD1という型式でニデコという会社が発売していた)
メモリのデータアクセス速度(当時は250nsだと思う)ギリギリのこれ以上ない
という速さに、最強のMZにすべく15000円払って基盤を買って改造した。
2MHzの信号がきている基盤上のパターン線をカットし(失敗するとMZを捨てることに)
CPUが直接基盤にはんだ付けしてあるので、慣れないはんだごてを使ってなんとか
CPUを取り去り、ソケットを代わりにはんだ付けして、そこに倍速基盤の足を差し込んだ。
いよいよ、電源ONして、モニター画面がでるか緊張の一瞬。電源ON・・・・・・
「でないよー」奈落の底に突き落とされた気分になって、しばらくボーッとした。
気を取り直して、はんだ付けが悪いのではと、はんだ付けをやり直し、電源ON・・
画面が出たときには、感激してしまった。次に、メモリが速度についていけるか
テストするメモリテストプログラムが取説に書いてある(アセンブラニーモニック)
ので、それをシコシコ打ち込んで、RUN。次々にメモリ単位にOKが表示され、最後
までOKになった時の嬉しさといったら・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
当時、パソコン雑誌と言えば、I/Oかマイコン誌(当時はパソコンというよりマイコン
という言葉の方がポピュラーだった)そして、通好みのASCII誌だったが、内容は
MZかPCの記事がほとんどで、投稿プログラムの説明とプログラムリストでいっぱい
だった。プログラム言語はBASICかマシン語がほとんどで、当時巷ではやっていた
インベーダゲームあたりはしっかりマシン語なので、16進のダンプリストをシコシコ
打ち込んで遊んでいた。はじめはチェックサムプログラムもなかったので、打ち間違え
があってもどこが間違っているかさっぱりわからず、目で16進数を一つずつ見ていく
しかなかったのでした。RUN>暴走>電源OFF>打ち込みミスチェック>修正>SAVE・・
のくりかえしで、毎日、遊んでいたのでした。
そうこうしているうちに、シャープはMZ-80B、MZ-2000、NECはPC-8801、富士通はFM8
FM7、日立はベーシックマスタレベルVがでできて、カラー表示、グラフィック機能
が当然となってきていたが、MZはALL IN ONE、カセットテープにこだわり続け
カラー化が遅れ、PCに大きく差をあけられるようになっていった。おくれてセパレート
タイプのターボという名のセパレートタイプのパソコンを出したが、すでに時遅しで
パソコンと言えば、PC-8801、そしてあのPC-9801の黄金時代となっていった。
OSといえば、CP/Mしか知らなかったのだが、ある日、MS-DOSという16bitのOSが
パソコンの標準になりつつあり、マイクロソフトという会社のOSだと知ったあたりから
私はパソコンから遠ざかっていった。MZ-80K2も実家でほこりが積もるようになった。
会社に入って数年がたっていた。MZの時代は遠い昔話になっていった。
追記
シャープのBASICSP-5030は最終バージョンであって、MZ-80Kの時にはSP-5001というのがあった。
大学にはいろんなバージョンのBASICのテープが転がっていて、SP-5020、5010なら動くソフトがSP-5001
だと、遅くて使い物にならないってこともあった。
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