声劇用台本 

======================================================================
■タイトル

  振り返らずの坂 〜年来〜

======================================================================
■ジャンル

  シリアス・ヒューマン

======================================================================
■舞台設定

  振り返らずの坂:この坂には噂があった。この坂で強い後悔の念や
          昔の思い人へ気持ちを巡らせ過ぎると、それが
          現実になってやってくるという。
          だから、”この坂で過去を振り返ってはいけない”
          ということから、この名が付いたらしい。

======================================================================
■登場人物

  田中 清次[たなか せいじ](♂):青年期男性と老人。
  千葉 幸枝[ちば  さちえ](♀):青年期女性と老婆。

======================================================================
■配役(1:1:1) 所要時間:15〜20分程度

  清次(♂)(L48):
  幸枝(♀)(L39):
  N (両)(L27):

  ※L**:セリフ数

======================================================================
■台本


 清次(老) :「ふぅ。」

 N    :坂の中腹で、老人がひと息付いていた。

 清次(老) :「きついなぁ。流石に、年には勝てんか。」

 N    :夕刻の坂。見知らぬ人が横を追い越していく。
       その姿を目で追いながら、もうひと息付くと再び坂を上り始めた。

 清次(老) :「よし。あと半分か。」

 N    :背を曲げた小さな老人の長く大きな影が
       路面をゆっくりと揺れながら上っていった。

 清次(老) :「ん? 大丈夫かい?」

 幸枝(老) :「え、ええ。少し休んでいたところです。」

 清次(老) :「確かに、私らのような年寄りには、少々キツイ坂です。」

 幸枝(老) :「ええ。確かに、そうですねぇ。」

 N    :清次は、恨めしそうに坂の上へ視線を向けた。

 清次(老) :「いつもこの坂を?」

 幸枝(老) :「いいえ、初めてなんです・・・。」

 清次(老) :「そうでしたか。いやね、実は私もそうなんですよ。」

 幸枝(老) :「何か御用でもおありですの?」

 N    :夕日を背負った老婆が柔らかくそう尋ねた。
       清次は、まぶしさに目を細めながらも老婆と顔を合わせる。  

 清次(老) :「なんですかなぁ・・・気まぐれ、ですかねぇ。」

 幸枝(老) :「気まぐれ、ですか?」

 清次(老) :「ええ。思うままに歩いていたら。この坂に辿り着いたんですわ。」

 幸枝(老) :「あら、そうでしたか。」

 清次(老) :「こんな急な坂を何故上っているのか、私にも分からんのですよ。」

 N    :清次は、そう言いながら小さく笑った。
       歩いてきた道を振り返り、坂の下へ視線を落とす。

 幸枝(老) :「悲しそうな目をして。・・・何かあったんですか?」

 清次(老) :「ん・・・。そうですか、悲しい目をしていましたか。」

 N    :清次は大きく深呼吸をすると、質問を返した。

 清次(老) :「失礼ですが、お独りですか?」

 幸枝(老) :「・・・はい。」

 清次(老) :「・・・そうです・・・か。実は、私も独りでしてね。ずっと・・・・・・。」

 幸枝(老) :「ずっと?」

 清次(老) :「ええ。ずっとです。」

 幸枝(老) :「ご縁が無かったのですか?」

 清次(老) :「縁ですかぁ。」

 N    :清次は、しばし沈黙した後に続けた。

 清次(老) :「遠い昔にあった気がします。・・・あ、はは。これは失礼。
                こんな話をするなんて、私はどうしちまったんだろうなぁ。」

 幸枝(老) :「何十年も、どうしてお独りで?」

 清次(老) :「ははは、恥ずかしい話ですがね。
        どうしても、そういう気になれなかったのですよ。」

 幸枝(老) :「本当にごめんなさいね。」

 清次(老) :「いえ、お気になさらずに。
        尋ねたのは、私の方ですから。」

 N    :その時、ふわっと風が吹いた。
       微かだったが、懐かしいような匂いがした。

 清次(老) :「ん? 失礼ですが、どこかでお会いした事ありましたかね?」

 N    :清次は、ふと会話に違和感を覚え老婆の方へ振り返った。

 幸枝   :「面影、ありませんでしたか?」

 清次(老) :「あ、ああ・・・。」

 幸枝   :「清次さん。まったく気付いてくれませんでしたね。」

 清次(老) :「さ、幸枝?」

 N    :目の前に居たのは、老婆ではなく。
       若く綺麗な女性だった。

 幸枝   :「私も貴方と同じように歳を取ってみたくて。
        歳を取った私を見て欲しかったのですよ。」

 清次(老) :「これは、どういうことなんだ?
        ・・・私は、夢でも見ているのか?」

 N    :女性は、やわらかく微笑み、ゆっくりと清次に頭を下げた。 

 幸枝   :「お久しぶりですね。」

 清次(老) :「幸枝。本当にお前なのか?」

 N    :清次は、恐る恐る彼女の肩に触れた。

 清次   :「ああ・・・。本当に・・・。」

 幸枝   :「っ、清次さん?」

 清次   :「ああ。・・・逢いたかった!
        ずっと、ずっと。逢いたかった・・・。」

 幸枝   :「清次さん、そんなに強くされたら痛いですよ。」

 N    :感極まった清次は、幸枝を抱きしめずにはいられなかった。
       まるで想いを伝えるように強く、しっかりと抱きしめていた。

 清次   :「ご、ごめん。つい・・・。」

 幸枝   :「ふふ。そのクセ、直っていなかったのですね。」

 清次   :「え、あ。ああ。これか。」

 N    :眉をかく手をどこに持っていけばいいか戸惑った。

 幸枝   :「変わらないですね。」

 清次   :「それを言ったら、幸枝の方がまったく変わっていないじゃないか。」

 幸枝   :「そうですね。」

 清次   :「あ・・・いや、すまない。」

 幸枝   :「どうして謝るんですか?」

 清次   :「なんとなく。そんな気持ちになって。」

 幸枝   :「謝らないといけないのは私の方ですよ。」

 清次   :「なんで? 君が謝るようなことは、何も無いよ!」

 幸枝   :「折角、私なんかを・・・妻にと、言ってくださったのに。」

 清次   :「そんな風に言うんじゃない!
        私には、幸枝しかいなかった。君以外なんて考えられない。」

 幸枝   :「・・・。」

 N    :清次が、うつむく彼女の肩を揺する。

 清次   :「また君に逢えたのは・・・。これは、夢かもしれない。
        それでも・・・・・・それでも、私はもう一度誓う!
        幸枝のことを愛していると。
        私は、幸枝のことだけを愛して生きると!」

 幸枝   :「・・・それが、きっと私が犯した罪だったと思うんです。
        出会ってしまったから、貴方は何十年も独りで・・・」

 清次   :「それは違う!」

 幸枝   :「自惚れかも・・・いえ、きっと自惚れ。
        私のような女にそれほどの価値があるなんて思えなかった。
        ・・・清次さんに出会うまでは。
        いつのまにか、清次さんの優しさやいろいろなものが
        私に自信をくれたのです。」

 N    :彼女は、清次から感じる温もりを避けるように坂を上り始めた。

 清次   :「幸枝・・・。」

 N    :清次も、その後姿を追いかける。
       二人は少し離れた距離でゆっくりと歩いていた。
       しばらく続いた沈黙に耐え切れず、声を発したのは清次だった。

 清次   :「そのせいで。私のせいで、君はここに戻ってきたのか?」

 幸枝   :「・・・戻ってきたわけではありません。」

 清次   :「また、行ってしまうのか?
        また、離れ離れになってしまうのか?」

 幸枝   :「・・・・・・。」

 N    :清次は、一気に彼女に詰め寄り
       強引に自分の方へ振り向かせた。

 清次   :「なぁ、また離れ離れになるのか!?
        私はもう、離れたくない!!
        これは、夢なんだろう? 夢なんだよな?
        だったら、ずっと一緒に居よう。いいだろう?」

 N    :彼女は清次に抱きつき、か細い声で言った。
       その体から小さな震えが伝わる。

 幸枝   :「長い間、ごめんなさい。」

 清次   :「いいんだ。」

 幸枝   :「私が病気なんかにかかったせいで。」

 清次   :「私だって、傍に居てやれなかったんだし。
        やっぱり謝るのは私の方なんだよ。」

 幸枝   :「出会いは沢山あったでしょう?
        素敵な人だって居たでしょうに。」

 清次   :「君以外に誰を?」

 幸枝   :「・・・ありがとう。清次さん。
        そして、ごめんなさい。」

 N    :清次の胸の中で静かに泣いていた彼女は、
       頬の涙を拭うと、清次の手を取りゆっくりと坂を上り始めた。

 清次   :「でも、どうして今日だったんだい? 突然現れるなんて。」 

 幸枝   :「・・・・・・。」

 清次   :「もう、いいか!
        なんだか、今まで過ごして来た独りの時間が
        夢だったんじゃないかって思えるよ。」

 N    :彼女は、少し振り向いて穏やかに微笑んだ。
       それからすぐに、二人は坂の頂上へ辿り着いた。

 清次   :「ふう。やっと上りきったな。
        夕日が大分落ちてきた・・・すぐ暗くなりそうだ。」

 N    :彼女は何も言わず、ひっそりと佇んでいたベンチに腰を下ろした。
       清次は、それにならい彼女の隣に座る。

 清次   :「・・・どうしたんだ、幸枝?」

 幸枝   :「きちんと謝らせて欲しいんです。」

 清次   :「いや、だから・・・」

 幸枝   :「お願い。」

 N    :清次は何も言えなくなり、うつむき、無言でうなずいた。
       彼女は姿勢を正し直して話始めた。

 幸枝   :「ずっと、独りにしてごめんなさい。
        私に逢ってしまって、ごめんなさい。」

 N    :清次は、口を開いて何かを言いかけたが
       言葉を噛み締めるようにして、口を結んだ。

 幸枝   :「そして、私を想っていてくれて。ありがとう。
        ずっと一緒に居たいと言ってくれて。ありがとう。」

 清次   :「幸枝。」

 幸枝   :「過ごせなかった分、これからお願いしますね。」

 N    :日が落ち、辺りが薄暗くなった坂の上。
       清次は、彼女の膝枕に頭を預けるようにベンチの上で横になった。
        
 清次   :「・・・・・。」(無音)

 N    :とても幸せそうな顔で、そのまま眠りについた。


======================================================================
<おしまい>

Copyright©2009-2011 chaya_mode.All Rights Reserved.

(2009-06-19 up)