Your song is my song.

Your song is my song

〜for the pillows 20th anniversary〜






私がいつピロウズと出会ったのか。実は定かではない。

大好きなラジオ番組を通じて、何度も出会っていた。出会っていたのに、気付かなかった。

中村貴子がDJを務めていた頃の、「ミュージックスクエア」。

覚えてはいないのだが、出会いの曲が「ストレンジカメレオン」だったことは、おそらく間違いない。

1996年発表のこの曲。私は1999年に改めて聞き、確かに聞き覚えのあるこの曲に、その時初めて感動したのだ。





当時の私は、「ヒットチャート大好き人間」だった。

ミスターチルドレンが好きで、ちょうど彼らがミリオンセールスを連発していた時代。

音楽番組は毎週欠かさずチェックしていたので、当時売れた曲は、おそらく全て知っているであろう。

小室哲也の音楽を認めることができず、ドリカムやビーズもどこか合わなくて、ジャニーズなんて論外。

どちらかと言えば、スピッツ、ジュディアンドマリー、イエローモンキー。

当時から、バンドサウンド+キャッチーなメロディという嗜好は変わっていない。





私は当時高校生。部活をやっていたためアルバイトなどする時間もなく、音楽は大好きだったが、CDを買う金などそんなにはない。

そこで「ミュージックスクエア」は、私にとって非常に都合のいいラジオ番組だった。

一曲を、丸ごとかけてくれるのだ。しかも、イントロからラストまで、DJの曲紹介や解説はかぶらない。

私はその番組を毎日聞き、たくさんの音源を録り、好きな音楽を毎日堪能していた。

スパイラルライフ、フィッシュマンズ、グレイプバイン、スガシカオ、中村一義、ミッシェルガンエレファント、ブランキージェットシティー。

まだまだ。挙げればきりがない。テレビではそこまで日が当たらない、しかしかっこいい音楽を、私はたくさん吸収したように思う。





ピロウズは、その中の一つだった。

初めて彼らを意識したのは、1997年の初め頃。

「彼女は今日、」が、ミュージックスクエアのエンディングテーマになっていたのだ。

派手な曲ではない。テレビで流れてくるわけでもない。これと言って、ガツンとくる特徴のある歌でもない。

ただ、ものすごく綺麗な曲だと思った。

「僕には見せないその笑顔はなんて美しく可憐なんだ」

このメロディ、演奏、曲の展開、声。「いい曲だな」と、ストレートに感じた。





それから「ONE LIFE」が、同じくミュージックスクエアのオープニングテーマに。

そして「ハイブリッドレインボウ」「アナザーモーニング」がヘビーローテーションで回っていた。

(何故か分からないが、当時の私は「ONE LIFE」をスル―していた。本当にわからない。あり得ない)

しかし、それでもまだ、私の中の一番はミスチルで、ピロウズの存在感は小さかった。

おそらく、本当におそらくではあるが、「売れていないバンド」だったからなのかもしれない。

この頃から彼らの音を素直に認められていれば、と思うこともある。今さらではあるが。





そして1998年、私は受験勉強のため、ミュージックスクエアをあまり聞かなくなった。

売れている音楽はそれなりにチェックしながらも、そうでない音楽からは遠ざかってしまった。

当然、それはピロウズも例外ではなかった。

私にとって、「いい曲がある」との認識に過ぎなかった当時、彼らはまだ特別ではなかったのだ。

受験シーズン、私のヘビーローテーションはやはりミスチルだった。

「終わりなき旅」「DISCOVERY」といった佳作を彼らはリリース。当時の私を支えてくれたと言ってもいい。





今は正直嫌いなミスチルだが、私の音楽嗜好に大きな影響を与えていることは確かだ。

そもそも、音楽そのものを本当に好きになり、CDを買い、ラジオを聴くようになったのは、彼らのおかげだ。

当時はまだ、ピロウズとの親交など知る由もない。ミスチルが好きだったからピロウズも、という流れではない。

実際、私はピロウズを本格的に聞きはじめてからは、ミスチルをほとんど聞いていない。

それまで何より一番だと思っていた音楽を、私は全く聞かなくなってしまったのだ。





そして1999年、私はピロウズに「目覚め」た。

サークルの先輩が偶然知っていたミュージックスクエア、そしてピロウズ。

それまであまり積極的でなかったピロウズへの興味が、ふつふつと湧いてきた。

大学生という自由時間の多い時期であったことも要因の一つだろうか。

私は「LITTLE BUSTERS」を借りてきた。幼児とライオンのコントラストが印象的なジャケットだ。





初めてそのアルバムを聞いた時の、私のテンションの上がり方は尋常じゃなかった。

一曲目から心を根こそぎ持っていかれ、聞き覚えのあった「ONE LIFE」「アナザーモ―ニング」でさらに熱狂。

最後の最後まで本当にいい曲で、素晴らしいアルバムで、飛び跳ねたいくらいの興奮状態だった。

「なんだこれ!」と思った。口から実際に出ていたかもしれない。

大袈裟ではなく、それまでの私の音楽に対する価値観を、常識を、根底から覆したアルバムだった。

それまで5年間、私にとってミスチルが最高のバンドだったのだが、この瞬間、実にあっさりと、ピロウズに入れ替わった。





そこから迷わず「LITTLE BUSTERS」「RUNNERS HIGH」「Please, Mr.Lostman」を購入。

ちょうどその頃、ピロウズは名作「カーニバル」をリリース。私は未だにこの曲が、世界で最もかっこいい曲だと信じて疑わない。

私の聴く音楽は、ほとんどピロウズ一色になっていたと言っていい。

朝起きる時、通学時、そして夜眠る時、私は音楽を聞きながら過ごしていたので、まさにピロウズ漬けと言えるだろう。

毎日毎日、何度聞いていても全く飽きる気配がない。今まで出会い、夢中になってきた音楽とは何かが違う。そう感じていた。





そして人生で初めての「ライヴ」を経験する。99年の8月だった。

仙台七夕のイベント「Starlight Explosion '99」。それにピロウズが参加。私は迷わず会場に行った。

無料のライブと言うこともあり、人がやたら多かったが、生で聴くサウンドの衝撃に、改めて夢中になってしまったのだ。

「Sad Sad Kiddie」「インスタントミュージック」「カーニバル」「Curly Rudy」「Come Down」「RUSH」「ハイブリッドレインボウ」「LITTLE BUSTERS」

その時披露された曲だが、私は今でも覚えている。私にとって忘れられないライブの一つだ。





そこから、CDが出るたびに買い、ツアーのたびにライブに行き、また次の新曲を待つ、というサイクルが始まった。

また、ピクシーズ、ヌードルス、チューイングガム・ウィークエンド、may way my loveなど、ピロウズをキーワードとして、聞く音楽の幅が広がりだした。

相変わらず閉鎖的な趣味の世界ではあったが、その中で最大限に音楽を楽しんでいた。



しかし、私には悩みがあった。理解者がいなかったのだ。

私の周りで、ピロウズをちゃんと聞いたことがあり、その音を気に入っているという人が、一人もいなかったのだ。

それどころか、私の聞いている音楽が「マニアック」だなどと嘲笑される有様。

本当にいい音楽かどうかを議論するのではなく、聞いている音楽の知名度でセンスを計られた気がして、非常に不愉快な思いをしていた。

どうしてこんないい音楽が売れないんだ。知らないみんなのほうがおかしいのではないか。

私はそう信じて疑わなかった。どうして知らない、聞いたことがないという理由だけで、その音楽を無視するのか。





今私は、それが間違いだと分かっていながら、自分の選ぶ音楽が最高のものだと信じて疑わない。

そして自分のセンスと合わないものは、否定してしまう傾向にある。

そのネガティブな傾向は、おそらくこの時のもどかしさから来ているのだろう。

自分の愛する音楽を、その本質とはかけ離れたところで否定されてしまった、屈辱とも言える感情から。





私は周りに理解者がいなくても、時には変人扱いされながらも、ピロウズの音楽を愛し続けてきた。

それは、そんな現実の不都合よりも、音楽そのものが私に与えてくれる快楽が上回っていたからに他ならない。

それに、もう彼らを好きになって10年も経つと、そのあたりの感情もすっかり開き直ってしまっている。

私は間違っていない。ピロウズの音楽を知らない人たちが間違っている。

さらには

お前らにピロウズを聞かせるなんてもったいない。

とまで思っていたりする。自分の感情が、もはや痛快にすら思えてくる。





今日、ピロウズは20周年を迎えた。

特別な感慨は、正直なところ、ない。

なぜなら、現在進行形のバンドだからだ。ここが終わりではなく、単なる一里塚にすぎないのだ。

私はもう、来月に発売となるニューアルバムのことで頭がいっぱいだし、その後のツアーが待ち遠しくて仕方がないのだ。





でも今日だけは、この日本史上もっとも偉大なバンド、そして私が半生をかけて愛し続けてきたバンドに、心から敬意を表したい。

「もしもすべてが嘘で ただつじつま合わせで いつか懐いていた猫は お腹すかしていただけで」

そんな世界であっても、そんな世界だからこそ、私は彼らの音楽を愛し続けるだろう。

力強さと切なさと、どうにもならないもどかしさと、消えることのない葛藤と。

希望も絶望も、夢も現実も、楽しさも悲しみも、感動も軽薄さも。

ピロウズは私の感情を歌ってくれた。私だけじゃないんだと、勇気づけてくれた。彼らの歌は、私の歌だった。

そしてそれはこれからも変わらないだろう。一生私はピロウズの音楽とともに過ごすだろう。





ピロウズの20周年記念日である今日、私は最大限の感謝と尊敬と愛情を持って、この文章を捧げる。

おめでとう。いつもありがとう。そして、これからもよろしく。



2009.9.16

Your song is my song!!




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