2006/09/23
シカゴ桜友会の歩み
井口道生
1975年1月に東京へ行ったときに、桜友会事務局の方にお目にかかった。そのとき、北アメリカにお住まいの桜友会会員の消息についてのお訊ねとともに、1974年秋に刊行された桜友会名簿を北アメリカで頒布する方法についてのご相談にも与った。この問い合わせに応じて、学習院関係者の名簿を作ったのが、その後、シカゴ桜友会を始めようとした、私の動機になった。シカゴ近郊に在住・滞在される学習院関係者の「親睦会」を開催しようという具体的な呼びかけを配布したのは、水田幸直氏であった。こうして1990年9月5日にWilmetteのMichigan Shores Clubで会合が開かれた。
「シカゴ桜友会」という名称が採用されたのは、1991年11月1日に再びMichigan
Shores Clubで開かれ、14名が参加した「第一回会合」であった。1991年?92年の会長として、井口道生、幹事として高瀬英子、武田正明、水田幸直、原嶋正孝の各氏が選ばれた。東京の桜友会事務局にシカゴ桜友会の発足を報告することを、私が引き受けた。また次の三つの方針が決められた。第一は、シカゴ桜友会には、桜友会会員と限らず、シカゴ付近に在住・滞在されるすべての学習院関係者、なかんずく常磐会、草上会の会員も参加して頂くこと。第二は、ここでいう「シカゴ付近」はごく広い範囲に解釈すること。第三は、一年に二回、春と秋に会合を開くのが望ましいこと。この三つの方針は現在も生きている。
第二回の会合は、1992年4月26日にやはりMichigan Shores Clubで開かれ、参加者30名に達した。次の会合は、1992年11月20日にシカゴの中心部にある有名なドイツ料理屋Berghoffで開かれ、引き続いてMusical
?Miss Saigon?を鑑賞した。25名が参加した。ちなみに、Berghoffが2006年夏に廃業したのは、残念なことである。
1993年は、シカゴ桜友会にとって記念すべき年であった。3月6日には、アメリカ大使としてワシントンにご滞在中であった、桜友会会員の栗山尚一(くりやま・たかかず)氏をゲストに招いてMichigan Shores Clubで会合を開いた。参加者は32名に達した。6月9日には、国連大使としてニュ−ヨ−クにご滞在中であった、桜友会会員の波多野敬雄氏を招いてシカゴのRestaurant
Suntoryで会合を開いた。20名の参加を得た。波多野氏はご帰国の後、3年余り学習院女子大学学長をお務めになってから、2006年4月に学習院院長に選任された。
1994年1月15日には、再びRestaurant Suntoryで、新年会を開き、19名の参加を見た。3月27日には、桜友会会員で東洋美術史家の徳川義宣氏がArt
Institute of Chicagoなどを訪問の機会を捉えて、ゲストに招いてMichigan
Shores Clubで会合を開き、参加者17名で「美術の観点から見た日米の比較」に関する講演を聴いた。残念なことに、私の初等科以来の親友であった徳川氏は2005年に亡くなった。9月9日には、吉村伸章氏の送別会を開き、15名の参加を得た。
1995年3月11日には、シカゴ総領事西村氏を招き、Michigan Shores Clubで会合を開いた。14名が参加した。7月29日?30日には、高安正子様のお招きに応えてBloomington,
Illinoisへの旅行会を行なった。この種の企画は当会として初めてであったが、18名の参加を得て盛会であった。11月19日には紀宮内親王がBaraboo,
WisconsinにあるInternational Crane
Foundationをご訪問になるので、当会の会員のうち4名が同行した。12月20日には、再びRestaurant
Suntoryで、藤咲達也氏の送別会を開き、9名の参加を見た。
1996年3月3日には、高瀬英子氏のご尽力により、頴川隆晴氏の送別会が開かれ、16人の参加者があった。1997年9月28日には、私が勤める、エネルギ−省のArgonne National Laboratoryに当会の会員をお招きするという企画を試み、12名の参加を見た。
その後しばらく、会の活動が休止したが、2002年から再開した。2002年11月17日にWestmontで、参加者10名の会合をもった。2003年に4月12日には、曽我道敏氏ご夫妻のお招きにより、Kalamazoo,
Michiganで会合を開くことができ、18名が参加した。そのときアメリカ旅行中であった、桜友会会員の三野祥彦氏も参加した。三野氏は現在、桜友会理事で組織委員長を務めている。
2004年9月22日には、桜友会会員でアメリカの政治に詳しいジャ−ナリストの松尾文夫氏が取材旅行の途中にシカゴに見えた機会をとらえて、Countrysideで会合を開いた。参加者14名で、現在のアメリカの政治に関する講演を聴いた。2005年11月6日には、Arlington
Heightsで会合を開き、18名の参加を見た。この席上、新たに参加された佐藤美季氏が、シカゴ桜友会のホ−ムペ−ジを開設することを提案なさっただけでなく、その仕事引き受けて下さるとのことで、私は直ちにお願いした。僅か二日後の11月8日に、私はそのホ−ムペ−ジを見ることができた。それから数ヶ月のうちに、このホ−ムペ−ジを通じて、新しい会員が数名増えた。こうして2006年9月24日のHoffman
Estatesにおける会合には、26名の参加を見ることになった。