チ リ    2000年4月25日より「まぐまぐメールマガジン」にて
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 プロローグ

 日本をナホトカ経由モスクワ、ヘルシンキと当時では、一番安い方法でヨーロッパに渡りました。西ヨーロッパをほとんど見て回り、スイス、イギリスで働き、アフリカからイスラエル、またヨーロッパに戻り、スウェーデンで仕事。その後、米国へ。ニューヨークで金を稼ぎ、憧れの中米から南米へ、旅をしていました。その旅先にチリという魅力的な国があったのです。
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 第1回(4.25配信)141

このたびは、旅日記の定期購読、ありがとうございます。
ぼくがチリの国をめざした動機は、結構不純です。なにしろもっているお金が、ブラック・マーケットで両替すれば10倍以上の価値をもってつかえる。おんなの子は、抜群に、きれいで心が優しい。メイク・ラブが簡単にできる。にわか成金で、優雅な生活、青春を満悦できるとの噂を入手していました。
しかし、政情不安で、軍事クーデターの危険がつきまとっていました。日本を出国したすでに2年以上過ぎ、足を踏み入れた国も50か国は超えていました。ときには、けっこう危険な目にも遭いました。危険は、できるだけ避ける。これが元祖バックパッカーとしての鉄則です。が、この国だけは、甘い蜜が盛んに呼んでいる、通過できない国でした。日記は、チリ入国、直前からスタートをします。


第2回(4.27配信)157
ボリビアのラパスからチリのアリカへ

1973年7月13日
(金)ボリビアの首都ラパスからチリのアリカ行きのキップを買った。午前10時に週1便の国際列車は出発。ファースト・クラス、100ペソ。どうも気分が落ち着かない。ほかの国の入国と違った緊張感におそわれる。 ぼくたちがチリに踏み込んだ理由は、チリは南米の中でもとくに女の子がきれいで、やさしい。その上、ヤミ市でドルを両替すれば、旅の資金が、数十倍になる。美女に囲まれた、にわか成金生活。豊富で新鮮な魚介類(えび、貝、魚)をたらふく食べ、最高級のチリワインを飲み、美女と語りあう。この世のパラダイスと旅仲間のあいだでは、あこがれの国であった。               
 しかし、政情が不安定。いつ軍事クーデターが起こり、大量殺人がおこるかもしれない。            
国境の警備も厳しく、ヤミ市での両替を取り締まるため、1日の滞在にたいして、5米ドルの両替証明書(銀行で発行)がなければ、出国できない。滞在日数分の米ドルがなければその場で逮捕。
アンデス越えでの脱出をはかり、射殺された旅行者もいるとの噂も数多く流れていた。

第3回(4.29配信)157 
 チリという国は、美女と優雅な生活という甘い蜜の影に、軍事クーデターと牢獄、危険な銃と黒い手錠が見え隠れしている。
食堂車で食事。スープ、ロモ(?)、コーヒーで15ペソ(50円?)安い。午後10時  ラパスをでてから12時間、ついにボリビアの国境についた。
「パサポルテ、ポルハボール」車掌がパスポートを集めに来た。国際列車のため、車内で出国の手続きが出きるようだ。
この国際列車には、ぼくたちのほか、アメリカ人のピッピーグループ(男4人女3人)、ドイツ人の若者(男2人)、同一車両の外国人はそれだけか? 他はインディオの人、ペルー、ボリビアの人で一杯。がやがやとスペインが飛び交っている。アンデス山脈をくだっているため、車内はすこぶる寒い。暖房はまったく効いていない。風邪が悪化しそう。
 ボリビアの国境を通過して、しばらく走ったところで、突然、蒸気機関車が、ガックンと音をたてて止まった。石炭の煙と臭いが飛び込んできた。アメリカ人のグループが、何か叫んでいる。彼らに聞きにいってわかった。なんということだ。ボリビアの税関が酔っ払っていて、車内で集めた旅行者のパスポートを車掌に返し忘れたという。これから車掌がパスポートを受け取るため、線路を歩いて引き返すらしい。何百回も同じことをやっているのにぼくたちの入国のときに限ってこんなへまを。暗雲の前兆なのか。
 チリとボリビアの国境緩衝地帯でまつこと1時間、アメリカ人の間で歓声が上がった。パスポートが戻ってきた。ちょっとほっとする。列車は、何事もなかったごとく動きだした。1時間おくれだ。

第4回(5.3配信)155
午前0時、チリの国境にきたようだ。あんなに騒がしかった車内が急に静まりかえった。いままで数おおくの国を出たり入ったりしてきたが、こんな息苦しい気分に襲われたのは始めてである。
 ドア付近に人影、突然、ブルーの制服と黒いコートがドカドカと踏み込んできた。青地に星の肩章、自動小銃、国境警備の兵士が5、6人。鋭い眼光に思わず目をそむけてしまった。小脇に書類入れをかかえたブルーの制服の税関員が2人、乗客に声をかけ始めた。通路に置かれた穀物の麻袋、リヤマ、アルパカの毛糸、毛布、網棚のトイレットペーパー、石鹸、歯ブラシ、歯磨き粉などの生活必需品、タバコ、ウイスキーの本数にもチェックがはいる。
「・・・レガロ・・・ムチャチョ・・・」セニョーラが突然、大声をあげた。ふくら脛に縛り付け、分厚いスカートの裾で隠した大豆袋が見つかってしまった。レガロ、レガロ(スペイン語でお土産)。これは、娘へのお土産。売り物じゃない、とセニョーラは訴えているのだろう。強引に没収されてしまった。つぎつぎと腰に縛ったもの、胸の谷間に隠したものまで見つけられる。インデオのおばさんたちは、チリとボリビア間を往復する国際かつぎ屋。チリで不足している日常品を持ちこみ、チリからは銅製の鍋、やかん、フォークなどを持ち出し、ボリビアで高値でさばく。すこしでも余計にもうけようとしている彼女らの苦労もつぎつぎと無になる。
 さきに入国手続きをしていたアメリカ人グループが騒ぎだした。なんということだ。両替義務は、学生は滞在1日につき5ドルのはずが、2日前に法律が変わって、学生10ドル、一般20ドルの倍になったのだ。このぶんだと1か月後には、いったい何ドルになっていることか?
 ぼくたちの番が目前に迫った。心臓の鼓動が聞こえそうだ。

第5回(5.6配信)277
 彼らは、サーと近寄ってきた。<このときどんな会話がかわされたのか、英語だったのかスペイン語だったのか、思いだせない。でもたぶんこんな様子?>
「パサポルテ、ポルファボール・・・・ハポネス!(日本人)」
「シー(はい)」
「ドンデ バー(どこにいくの)」
「アリカ」
「ほんとうにアリカだけですね。期間は?」
「ドス(2日)」最初の予定では、4日間であったが、急きょ、相談して半分に変更。アリカ、ラパスと列車の前後に手を向けて、すぐラパスにもどるジェスチャ。
「サンチャゴに行ってはいけませんよ。クイダード(危険)ですよ」
 税関たちは、明らかにぼくたちを疑ったいる。いつの間にか、黒く鼻の長い犬が、ぼくたちのリックの脇をうろついている。こんなところでハシシやマリファナなどが犬の嗅覚で捜されたら、一大事。死刑になってしまうかも。わかものたちが集まるラパスの安宿では、マリファナが見つかりそうになったアメリカ野郎が、列車から飛び降りたところ、銃弾で片足を吹き飛ばされたとの噂さでもちきりだった。
 彼らの姿が別の車両に消えたとき、車内はじょじょにあかるさを取り戻したように感じる。しばらくして車内がより一層暗くなり、列車がゆっくりと動きだした。お休みタイムがきた。石炭がらの吹きこみが激しくなった。
「豆,食べる? うまいぜ」はす向かいに座っていた若い男が、英語で落花生をすすめてきた。彼は、ボリビア人の学生で、休みを利用して、アリカにいる友達に会いにいくらしい。
「なぜ、チリなんかに行くだよ。なにもないぜ。日常品も品切れが多い。生活に苦労するよ」
「おもしろそうな国だから、とにかく行ってみる」まさか、彼には、美女に囲まれた、優雅な、にわか成金生活をするため、なんていえない。
「わからないな。どこが面白いのか? 危険だよ。クーデター騒ぎで、サンチャゴなんか夜間外出禁止かも」
 彼はさかんに不思議がっている。一抹の不安が覗く。本当に夢のような生活が待っているのだろうか? 

第6回(5.10配信)368
 クーデター騒ぎのニュースは、ボリビアですでに聞いていた。そのときは、おおげさに報道していると思っていた。しかし、あとで調べると
***チリでクーデター騒ぎ、陸軍の一部が政権転覆をねらい決起。戦車八台で大統領官邸を包囲し、発砲。このニュースが流れるや現政府支持の労働者たちは、”アジェンデを守れ、大統領を軍に渡すな”と何千にのぼる職場を占拠した。人民の支持を得やれなかったクーデターは、他の軍部によって鎮圧***
写真いりで大きく報じられている。
こんなけっこうやばい状況であったのだが、ぼくたちは、クーデターの詳細などまったくわからなかった。
わからないどころか、ぼくは、不安を振り払って、こんな歌さえのんきに作っていた。
♪♪♪ もしもチリに行ったなら、可愛い娘の住む故郷を訪ねよう。
      ヤミドルで10数倍になった金を持って
       きらめく川のほとりで 恋をかたろう 
        小鳥のさえずりに耳をかたむけよう
         人民が選んだ大統領が治める民主的な国で  ♪♪♪

第7回(5.13配信)368

ユーカリが繁茂する白い町、アリカ        

7月14日(土)朝8時、アリカに着いた。身の丈ほどの荷物を担ぎあげたインディオのおばさんたちが一斉に出口に向かう。「アットン、アットン(ちょっとごめんね)」の波に押されながら、もみくちゃになって列車を降りた。うしろを降りかえる。(そのときの何か言葉にならない光景をいまでも鮮明に覚えている。)
 片側だけのプラットホームに蒸気機関車が横づけになっている。人のざわめき、シュウシュウと力強い音をあげて吐き出す機関車の水蒸気。薄く立ちこめた朝霧、白い水蒸気をとうして、淡い青色のアンデス山脈が見渡せる。万年雪で真っ白にかたち作られた冠雪がくっきりと青空にくいこんでいる。上り始めた太陽がまぶしい。あの山脈の反対側はボリビアか。列車でいけば一日とかからないのに、アンデスが屏風のごとくたちはだかり、とても遠くに感じられる。
「ハポネス(日本人かい)」
駅員が、微笑みながら話しかけてきた。写真を撮っていたので、日本人とわかったのか? 彼は蒸気機関車をさして、さかんにグッドグッドという。この蒸気機関車は、日本製。力もあるし故障も少ない。大変すぐれていると説明する。なんで日本の蒸気機関車がこんなところに?
 ともあれ日本製と聞いただけでとても機関車に親しみを覚える(これもあとでわかったことだが、すでに日本では使用しなくなった蒸気機関車を開発途上国の援助の一環として無償提供している。なかには太平洋戦争当時のものもあるらしい。彼らはアンデス越えに馬力のある機関車を修理しながら大切に使用している)
 駅前はインディオのセニョーラたちを迎えるトラックや荷車が集まっていた。まだ時間が早いせいか、人かげはまだら。とりあえず海岸に向かって歩こうと及川がいう。

第8回(5.17配信)446
 広いアスファルトの車道、生い茂るユーカリの葉に包まれた赤い屋根の家、低いビル(3階だてはなかったのでは)。ここがチリ! 人民の作った社会主義国家? 見たところまったく隣りのペルーの海岸の町とかわらない。そのとき重大なことに気がついた。
 いままでチリを、どんよりと曇った空のように重苦しい空気、物はなく、人びとに明るさがない。街はどことなくくすんでいる。ソ連のような思想統制された国、東欧諸国に見られる自由を制限されたところと思っていた。なんという思い違い。この国は2年前は、日本と同じ資本主義国家。急にすべてが変わるわけではない。ましてやここは、南北4200キロ、幅はわずか170キロしかない細長い国の最北端の町、首都のサンチャゴよりペルーの方がはるかに近い。中央の政府が変わろうが、影響は少ないのでは。
 通りに面して、ホテルの看板があった。旅人が見知らぬ街に踏み入れたらまず1番にする。それは、その日のねぐらを確保すること。荷物を置いて身軽になってから街を探索する。その鉄則どおり2階に上がった。
さきにいった及川と尾崎が木の階段を降りてきた。
「いっぱいだってよ」
予想外の返事。いままでアカプルコを除いて、こんなことなかった。
 通りの向かい側にものホテルがあった。聞くまでもなく、入り口を掃除していた男が、部屋はないよと手を振った。朝がまだ早いからチェックアウトする人が少ないのだろう。
「夕方には、部屋がありますよね」
「たぶん、だめだね」
つれない返事。ラパスやペルーからの旅行者が多いのか、お祭りがあるのか、元来この街には、ホテルがすくないのか、あるいは僕たちが、招かざる客なのか? 皮製のメキシカンハット、赤と青の縞模様のボンチョ、ジーンズに運動靴、髪もボサボサ。怪しげなスペイン語をあやつるとなれば、ホテルとて腰がひける?
 理由はわからないまま、少し駅から離れたところのホテルなら空きがあるかもとリックを背負いなおす。

第9回(5.20配信)446
 白い砂浜の見える海岸にぶちあたった。おおきなユーカリの下で少年たちがたむろしている。彼らは、僕たちをみるとすぐに駆け寄ってきた。
「タバコ、くれない」
一様に髪が長く、ビニール袋を口にあてている。瞳は、シンナーの影響でうつろ。
「いいけど、・・・」
歳は、と言おうとして言葉を飲んだ。聞いてどうする。年齢は、たぶん十ニ、三歳。シンナーもからだによくないと注意したかったが、つぎからつぎへとやってくる。
「マルボローだ」
「ブラボー(やった)」
「アメリカのシュガレットだ」
一、二本あげるはずがあっという間に一箱からになった。少年たちは、寄ってくるのもは早いが去るのもすばやい。警官の人影でも見たのか、さーと散っていった。

第10回(5.22配信)448
 ホテルとブラックマーケット(ヤミドル市)の誘いを求めて歩く。日差しが強くなった。道路の照り返しで暑い。少女の一団とすれ違った。おいしそうなフーゴ(ジュース)を飲んでいる。
「ドンデ コンプラ(どこで買ったの)」 
少女たちは、ユーカリの生い茂った幹の方を指さした。生い茂った緑りのしたで屋台が店をひらいている。
「クワント コスタ(いくら)?」
「セイス(6)よ」 6エスクード(チリの貨幣名)。ここの物価はまだわからないが、6(日本円で約12円)とは安い。喉も潤うし栄養もある。歩くのも疲れたし、屋台の横で休むのもいい。
 山積みにしたオレンジの籠がいくつもおいてある屋台では、背中に穴のあいた白シャツ姿の男がいた。客が注文すると、彼は手早くオレンジを半分に切り、丸い金具にはさんでつぶす。水道の蛇口に似た口から、黄色い果汁が流れでる。
 セニョーラやニニョ(子供)たちにまざって、フーゴ(ジュース)を受け取る。コップの中でジュースが、甘く新鮮な泡を立てている。6エスクードを渡そうとすると、男は、「ノ、ノ」と手をふった。
「デエス、デエス(10)」
 男は紙幣を見せた。これと同じのをだせということだ。
「セイス」
 ぼくたちは、6エスクード払ってジュースを買ったセニョーラ(おばさん)を指さした。
「6はチリ、ウステ(あなたたち)は10」
ここにきて、やっと男のいうことがわかった。外国人は金を持っている。おまけにヤミドル市で何十倍にも化ける。だから値段が違う。なるほど、男のいうことにも一理ある。
 でもぼくたちは、ヤミドル市の場所もしらない。及川がさかんにアメリカ人に聞いておけばよかったと嘆いている。(尾崎はこのときどんなリアクションをしたかは思い出せない) ヤミドル(正規の交換レートの十数倍)の恩恵に、まだあずかっていない。このぶんだと国際列車の中で両替(残ったボリビアの貨幣20ペソとチリの1000エスクードをチェンジ)してきたエスクードなんかすぐになくなってしまう。
 暑さと思いがけない展開に、どっと疲れを感じる。


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