第43回(9.20配信)433
「あいつ、シンジというんだ。あまり気があわない」
ヒロは、チョビ髭をたくわえ、背広姿の男のことをいっている。シンジは3人の日本人とブラックジャックをしている。
ヒロによれば、シンジもぼくたちと同じ旅行者。ただ彼は、周りにいる日本人(たぶん昨日ついた貨物船の乗組員)相手に商売をしている。船員たちは、ヤミドルの存在は知っていても、どこで両替できるかわからない。そこで公定レートの5倍で換えてやる。ヤミドルは公定レートの10倍以上、わるくみても半分は懐にはいる。船員たちがカジノでスルとまた換えてやる。ヒロは日本の裏側まできて、商売気をだすシンジが許せないらしい。
シンジの前に積みあげられた赤や黒のチップの多さが気になった。
「あれか、イカサマさ。勝たせてもらっている。後でディラーと山分けさ」
「ハウスにばれたら、やばい!」
「なあに、助け合いさ。客を連れてくるからな。それより、もっと始末が悪いのがいる。ほら」
「あのでっぷりした奴らか?」
「そう、彼らは、アジェンデを殺す相談をしている」
「えっ、まさか!」
「冗談だよ」
ヒロは、よほど僕の真面目な顔が面白かったのか、ふきだした。
だが、もしこのカジノがアジェンデ政権を転覆する陰謀を練るために使われているとしたら、笑いごとではない
第44回(9.23配信)432
ルーレットの玉の動きを見ながら気になった。
アジェンデ政権を倒すにしても、国民に支持されているうちは、武力行使は危険を伴う。そこである国際組織がチリの通貨・エスクードを買い占める。すると当然、国際通貨においてチリの貨幣価値は実力以上になる。エスクードが上がりきったところで、いきなりすべてを売り飛ばす。もともと力のないチリの貨幣価値はきりもみ状態で下降、諸外国は不信を抱き、チリの国際収支は、悪化。おまけに値上がり分の差額を支払わなければならない。このことは政府の財政をより一層圧迫し、経済はますます窮乏する。
国際的な孤立をはかると同時に、国内でもまだ国営になっていない中小の主要産業企業を買い占め、作為的に倒産させる。失業は増え、生産は減退する。生産が減ると生活必需品をはじめ、物不足が激しくなる。そして、すべての物価がジリジリ上がる。労働者は生活が苦しくなるから、いきおい賃上げを要求して、ストライキを起こす。反対派はマスコミをつかって現政府反対のキャンペーン運動を起こす。国民はマスコミからの情報と生活苦からますます政府不信におちいる。
この騒がしいカジノ、勝負に気が取られるところは、さりげなく政府転覆の計画を練るのにうってつけの場所といえる。
(あとでチリの友人に聞いたのだが、カジノや高級レストランでは、実際にたびたび、転覆計画が練られたらしい)
第45回(9.27配信)431
7月27日(金)・・入国14日目(交換義務金140ドル。所持金1450ドル)・・1週間ぶりのサンチャゴは、グレーの空に染まり、やけに寒々としている。バルパライソが暖かかったせいか、葉を落とした裸の樹木ばかりが目立つ。
ビニヤ・デ・マルのカジノで、勝利の女神が微笑んでくれれば、こんな寒いサンチャゴにくることもなかった。谷に換えてきてもらったエスクードはあとかたもない。
しっかりと記憶してあるヤミドル交換場所(アルメダ通り、宝石店の前のビル、378号)に行く。当然すぐに交換できると思っていたのになぜか、休み。ドアはクローズされている。さあ、どうするか?
枯れ葉色に塗りこめられた通りを歩いていると、マルコス公園に突き当たった。騒がしい。噴水の周りにぞくぞくと人が集まっている。
彼らのほとんどは、汚れた軍手にプラカードを持ち、胸にプレートを吊下げている。その数100人前後。プラカードには、パン(日本語と同じ)とか、ディネロ(金)とか、トラバッホ(仕事)などの文字が無数に書いてある。
多分、<賃金をあげろ><パンをよこせ><仕事をくれ>とのアピールなんだろうが、ぼくの貧弱は語学力では、想像の域をでない。
「アジェンデ、オポジション!(アジェンデ、反対)」
「ビバ、チリ(チリ万歳)」
アジェンデ下ろしのアジ演説が始まった。何を言っているのか、早口でよくわからないが、ボルテージが上がっているのは感じられる。
ひときわアジった後、デモ隊が移動を始めた。カメラのシャッターがバチバチ切られる。デモ隊は、「ビバ!」「ビバ!」とひときわ派手にプラカードを振りまわし、プライパンを激しく叩く。
他の野次馬とともに、少し離れた歩道を歩き、デモ隊についていく。
デモ隊が、モネダ(大統領官邸のある広場)にさしかかったとき、突然、装甲車と警備隊がデモ隊の行く手に立ちふさがった。
間髪いれず、シューと催涙弾が数発、デモ隊に向けて撃たれた。ワーと野次馬の連中が逃げてきた。なんともいえない酸っぱい臭い。目に強烈にしみ、涙があふれる、目を開けていられない。
デモ隊は、あっという間に、ちりじり。警備隊に向けての投石や火炎瓶を投げるなどの反撃もなく、デモは終わってしまった。
ぼくには、真っ赤に腫れた目が、残っただけだった。