チリ その12   次ページ  前ページ  トップ    


第49回(10.11配信)439

7月29日(日)・・入国16日目(交換義務金160米ドル。所持金1450米ドル)・・まだ2週間少ししかチリにはいないのに、ずいぶん長い間滞在しているような気がする。朝早起きして、スペイン語に磨きをかけようとは思うのだが、どうしても昼過ぎに起きて、深夜まで遊ぶリズムになっている。
 午後5時過ぎ、ホテル・プエルトに出かけた。及川と尾崎は、最初に訪れていらい、もう常連客。行けば必ず、彼らは、イネスやグローリア、その他、数人の若い女性に囲まれて、わが家のように振舞っている。彼らに会って、情報交換をするのも、プエルトに行く理由だが、実はもう一つあった。それは、丸山がさかんに、プエルトにセシリアという女学生がくる。吸い込まれる瞳の持ち主で不思議な魅力をもっている。一度あったら忘れられない女の子だ。しかし、彼女はめったに現れない。出会えたらラッキーだと聞いていた。そこまで言われたら、会ってみたくなる。期待して行ったが、やはりいなかった。
 プエルトで軽く飲んだあと、ブエノ・ベン・チェラに移った。あいかわらずブエノ・ベン・チェラは混んでいる。ここの常連は、田中だ。こげ茶色の分厚いポンチョを被った田中は、カウンターで飲んでいた。彼は、経営者の娘(?)ノアと仲がいい。ノアは、20歳くらいなのに、30人ほどの女性を束ねているやり手。パドレ(お父さん)は、日本人で横浜に住んでいるらしい。ノアは、半分日本人の血が流れているのをなぜか誇りに思っている。
 田中とサン・アントニオに行く相談をしていると入り口が、ワーと騒がしくなった。
「花束なんか持ってくるなよ」
 田中が口を尖らせ、つぶやいた。カジノで見た男、シンジが女の子たちに囲まれている。
「カジノでもうけたぜ。おごるからな」
 彼は、カウンターの田中に近寄りながら、ノアに合図した。セルベッサ(ビール)の栓が、どんどん抜かれる。彼は女の子をとっかえ、ひっかえ、我がもの顔で、フロアを独占しだした。
 

第50回(10.14配信)439

 田中とブエノ・ベン・チェラをそうそうに抜け出し、ノース・ホークに向かった。ノース・ホークは、コラチネ通りを突き当たり、バスターミナル、広場を抜け、黒々とした湾を背に暗い坂道をしばらく登った丘の中腹にあった。
 花町で一番の美人を取り揃えている評判の店だけのことはある。フロアにいる3人とも、他のホテルに行けばトップ間違いなしだ。着ているもののセンスもいいし、若々しさの中に円熟した女ぽさを感じさせる。サンチャゴでも一流で通用する彼女ら。値段も他のホテルより1000エスクードは、高い。
 本当かどうかは知らないが、ホテルの女性の半数くらいには、ヒモがいるという。公園や映画館の前で男たちが、ブラブラしている。彼らがそうなのであろうか?
 ノース・ホークの素敵な女性たちに飲み物をおごり、適当に話して、そとに出た。
 これからどうするか、カジノでも行くかと話しあっていると急にパトカーのサイレンが聞こえた。聖マトリップ教会の前あたりに数台のパトカーが赤色灯を点滅させている。みるみる人だかりが大きくなった。電機屋のショーウインドが大きく割られている。店の主人らしい男が、なにやら大きなジェスチャーで、わめきちらしている。
 類推するに、電機屋の大半は、値上がりを見込んで、テレビ、ラジオ、その他の電機製品をしっかりため込んでいる。利益が大幅にでるまで、売り惜しみをするため、不満をもった人たちが、ウインドに石を投げて、うっぷんをはらしたり、ときには、トラックで乗りつけて商品を根こそぎ持っていってしまう。この店も、そんな不満分子の犠牲(?)者。
 これからは、たびたびこんな嫌がらせや事件が、新聞の紙面だけでなく、目の前で起こり、果ては、大略奪、大暴動に発展するかもしれない。街が秩序を失い、殺伐とした廃墟になる。そんな兆候、においが、以前より身近に感じる。

第51回(10.18配信)443

7月31日(火)・・入国18日目(交換義務金180米ドル。所持金1450米ドル)・・サン・アントニオ、バルパライソから約80キロ南の港町。ちょうど運(?)よく、バスが来たので、乗ってしまった。午後5時(2時間ほどのバスの旅)で、第2の港町に着いた。
 サン・アントニオの規模は、バルパライソの5分の1くらいに感じる。何しろ港が小さい。そのぶん田舎ということだ。
観光客が少ないのか、ホテルがあまりなく、宿泊料が高い。常宿、ホテル・ヘラスコの3倍以上する。なにしろ手持ち金の少ない田中と一緒のため、安宿を探すのに手間取る。
 でも捜せばあるものだ。平均1500エスクードはするのに、200(400円)のところを見つけて、もぐり込んだ。
 夜、飲みに出かける。ドリンク・バーは、20軒はあるだろうか。バルパライソで会った女の子がたくさんいる。聞いてはいたが、彼女らは、入港する船の国籍、数、大きさにあわせて本当に移動している。
 75というネオンが点滅する飲み屋にはいったときだった。体重が80キロ以上はありそうなママが、こぼれそうな笑顔で歓迎してくれた。えらくポンチョ姿の田中が気にいり、彼には、飲み物のサービスや取って置きのツマミ(魚と野菜の佃煮風?)がどんとつく。おこぼれを期待しているぼくには、全くつかない。目の前の差別に、オイオイ、それはないぜと思わず言いたくなる。
 彼女は、ぼくたちが長くいるのを察すると、早くこの国を出たほうがいいと親身になって心配してくれる。どうも、1日滞在当たりの交換義務金が、ちかじか値上がりするという情報が流れているらしい。
 もしそれが、実施されると、ますます、税関を通って堂々(?)と出国するのが難しくなる。

第52回(10.21配信)447

8月1日(水)・・入国19日目(交換義務金190米ドル。所持金1540米ドル)・・正午過ぎ、海岸に行くと観光客を待っている馬が5、6頭、木陰につながれている。1時間250エスクード(500円)。ヤミで両替しているから日本円で50円くらい。乗馬好きなら、こたえられない値段。
 ちょうど若い女の子の二人づれが乗馬を始めた。ふたりとも背筋を伸ばし、さっそうと馬を乗りこなす。こちらも負けじと馬にまたがったが、うまれて始めての乗馬。その上、たづななど誰もとってくれず、馬が歩くたびに尻に馬の背中の骨が当たる。
 女の子2人に教えを乞うことにした。いやはや難しいものだ。内股で馬のわき腹をはさみ、中腰になる。この基本動作さえなかなかできない。馬も乗り手が素人とわかったのだろう。右に向けようとしても、拒否をする。ときには、左回りで一周して、右に進む。海岸線に沿った小道、白い砂浜をトロット(並足)しているうちに1時間が過ぎた。
 お教えを乞うたお礼に彼女らをお茶に誘った。
 垢抜けた若さと美を漂わせる彼女たちは、サンチャゴから遊びに来ていた女子学生(ルレットとマリソール)。乗馬は、小さいときからやっているから慣れたもの。学校は、休み(閉鎖?)のため、二人で南に向かって旅行をしているという。滞在ホテルもぼくと田中が高いと避けたホテルより、もっとランクが上。これから10日間くらいは、温泉にはいったり、白いゲレンデでスキーをするらしい。彼女らは、ぼくらが日本人だからお茶の誘い応じてくれたような気がしてきた。彫りの深い整った顔立ち、白い肌、細身の体からほとばしる若さ。彼女らは、チリという貧苦にあえぐ国にいながら、まったく別の地域に住む人種のようだ。
 
第53回(10.25配信)453

8月2日(木)・・入国20日目(交換義務金200米ドル。所持金1450米ドル)・・谷の結婚式まであと2日。それが過ぎたら交換義務金を払って、正規のルートでアルゼンチン側の一番近い町まで飛ぼう。危険は、できるだけ避けた方がいい。そんなことを考えながらバスの発着場に向かった。
 なんとバスが今日は運休という。タクシーもない。ガス会社のストライキと石油ぎれ(外貨不足で輸入ができない?)。これではバルパライソに帰れない。今日は諦め、明日にかけて、乗馬の場所に向かった。約束もしていないのに、ルレットとマリソールが来ていた。
 4人で山の麓に向かって進む。馬の背が高いのと心地よい日差しのお陰で、しばし平和を感じる。このままアルゼンチン側に抜ければいいのだが、そうもいかない。2時間ほど、乗りまわし(?)、海岸の砂浜に着いたときだった。突然、馬が海に向かって、疾走しだした。もうコントロール不能、ただただ馬の背にしがみつくだけ。オイオイ、海に飛び込むつもりか。まるで下手な乗り手をあざ笑うかのごとく、海にドドドと踏み込み、ひずめが波に洗われるほどで止まってくれた。みんなは、ぼくがわざと海に向かって進んだと思っているようだ。癖のある、意地悪な馬。こちとら、もう腰も尻も太股もパンパンにはって、痛くて動くのも不自由だ。
 乗馬を終えたとき、ルレットが、明日、南に行くんだけど一緒にいかないと誘ってくれた。
「どうやって? 汽車で? バスもタクシーも動かないよ」
 彼女は、にっこり笑って、首を振った。どうも、運転手つきの自家用車で移動しているらしい。ラッキーな話しだ、誘いに乗ろうか、いや南に行ったら谷の結婚式に間に合わない。しかし、友情より恋。ひょっとして今が、金、地位、恋をトリプル・ゲットする最大のチャンスかも。


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