第54回(10.28配信)456
8月3日(金)・・入国21日目(交換義務金210ドル。所持金1450米ドル)・・あのとき田中が腹痛を起こさなかったら、ぼくの人生は大きく変わっていたかも知れない。ルレットに小旅行を誘われ、田中の意向を聞こうとしたとき、彼は腹を押さえている。顔色が青白い。返事もできず、慌ててホテルのトイレに直行。ハムがあたったと彼はいう。正露丸を飲ませ、一晩たつと田中の腹の痛みは消えた。ほっとしたがルレットたちに連絡するすべはない。
午前10時、バルパライソに帰ろうとするが、バスなし、汽車なし。しかたがないので、国道まで1時間ほど歩き、ヒッチハイク開始。南米でヒッチハイクをするとは、思ってもみなかった。2時間経過。同じようにヒッチハイクをしているチリ人の若者たちは、どんどんヒッチに成功していくが、ぼくたちは、まったく駄目。外国人は、敬遠されているのだろうか?
午後3時前、今日もバルパライソに帰れない。谷の結婚式には間に合わない。諦めて市内に戻ってくると、なんとタクシーが止まっている。奇跡だ。すぐに交渉開始。バルパライソへは行かないが、サンチャゴならOK。代金2500エスクード(普段の5,6倍?)。高い、もっと安く、なんていう立場ではない。乗り込んで1時間ほど、あっという間にサンチャゴに着いてしまった。
車をおり、バルパライソへの足を捜す。よく知っている町並みなのにどこか違う。警官の姿がめだち、ざわざわと騒がしい。
街角に群集の大きな塊が多数できている。
群集に取り囲まれ、車が5、6台とまっている。警官や運転手らしい男たちがタイヤを調べている。鉄びしが刺さっているものあれば、空気が抜けているのもある。
群集たちの話や状況から察するに、どうも少し前にアジェンデ政権に反対する一団が、トラックや乗用車で乗りつけ、あちこちの通りに、大量の釘や鉄びしをばら撒いたらしい。
犯人たちがつかまったのかどうかはわからない。ガソリン不足、ストライキに加え、こんな妨害がたびたび起こっているなら、すでに交通網はズタズタ。人々の胃袋を支える輸送手段、移動する交通機関は、もう死に体ではなかろうか。
第55回(11.1配信)461
貧しくとも輝く結婚式
8月4日(土)・・入国22日目(交換義務金220ドル。所持金1400米ドル)・・いやはや、昨晩10時過ぎ、サンチャゴからタクシーでやっとバルパライソに帰ることができた。ずぶの素人の乗馬、乗り物のストライキ、長時間の慣れないヒッチハイク。体のあちこちが痛い。こんなに交通事情が悪くなっては、気軽るに、この町から動けそうにない。
でもサンチャゴに寄れて、いいこともあった。ラッキーにもヤミドル交換所が営業していて、50ドル(交換比率1ドルで2000エスクード)ほどかえることができた。これで一息ついた。
午後4時過ぎ、福岡さんと丸山が、少し遅れて、田中と尾崎も来た。今晩は、谷の結婚式。教会で式をあげた後、どこかで踊りあかすらしい。福岡さんに言わせれば、日本人の仲間全員が招待されているという。まさか手ぶらではいけない。祝い金をいくらにするか、この国の相場は、福岡さんにもわからない。
福岡さんが経営している電機屋は、すでに開店休業状態。日本に帰る飛行機代を工面している最中。少しは余裕のありそうな丸山は、谷とはそんなに親しくない。田中も尾崎もこの港町ではじめて谷と出会っている。いちばん縁が深いのは、1年ほど前から(ニューヨークで一緒に住んでいた)ずーと知っているぼくになる。
けっきょくみんなが出せる範囲の金額をだし、福岡さんとぼくが端数を補ない丸くすることにした。
いざ集めてみると・・・なんと、地球の裏側に来て、金が生命線と痛く感じている彼らが、そろって2000エスクードづつ出したのだ。
お祝い金は、ひとり2000で、計1万エスクード(2万円)。金額的には、少ないが、その当時のチリの物価、ぼくたちが直面している現状からして大金に感じられた。