チリ その15   次ページ  前ページ  トップ    


第60回(11.18配信)463

 8月5日(日)・・入国23日目(交換義務金460ドル。所持金1400  米ドル)・・ビニア・デ・マルの海岸が一望できる高級住宅街の一画に着いた。街灯の明かりが国道と海岸線をわけている。漁船のかがり火が海面を照らし、バルパライソの丘の中腹まで窓あかりが点在している。美しい夜景は数多くあるが、ここはきらびやかな美しさでなく、ずっしりと沈んだ輝きを持っている。ひんやりとした空気の中、いつまでも見ていたい(いまでもその夜景が目に焼きついている)。
 サラジャー(?)邸の中は、笑いと音楽、踊りが渦巻いていた。
 どっしりしたソファーやツタの葉を彫刻した大型テレビが、窓ぎわに寄せられている。部屋の中は人で一杯。即席で作られたホールでは谷とクリスティーナが抱き合って踊っている。
 ぼくは、見知らぬ場所、興味のあるところに入ると、いやおなしに、部屋の周囲のものを見て回る癖がある。このときもそうだった。
 花の絵が彫られた大きな銅版画、ピューマの首の剥製、細長いガラス細工の水差し、数本の猟銃、箱型(?)の電話、大型テレビ。玄関の脇にも乗用車があった。
 この国の車、テレビ、電話の普及台数は千人あたり、車21台、テレビ54台、電話39台。せめてそのうちの一つだけでもと願っている人が大半なのに、それが全部そろっている。
 福岡さんにいわせれば、ここはクリスティーナの父親の遠い親戚の家。『うちは狭くてね』と父親は、さかんにせまさを理由にしていたらしいが、場所の広さだけが原因ではなさそうだ。
 奥から料理がつぎつぎと運ばれてくる。海に面しているから、さすが魚介類は豊富だ。カキ、メクラ貝、はまぐり、ムール貝、ほたて貝などが山積みされ、大皿からこぼれ落ちそう。別のいくつもの皿には、車海老のほか、甲羅が30センチはあるであろうカニがアグル(海草の一種)のうえで大きな鋏を閉じている。
 ブイヤベース風のコトリアード(アナゴ、イワシ、サバなどを煮込んで作ったスープ)が、銅鍋でグツグツ煮え立っている。クリームチーズ、トースト・ビーフ、タマゴ入りサンドイッチ、ミートパイのある。若鳥の骨付き肉が段上に盛り付けられている。料理もすごいが、隅にドーッと積み上げれれた飲み物の木箱の数もかなりのものだ。
 コーラ、ジュースの炭酸飲料水、ビール、赤・白ワインが詰まっている。カクテルも隅のテーブルで準備されている。
 高級避暑地、ビニア・デ・マルはドイツ系移民(ナチの逃亡者?)が多く、勤勉で金持ちと聞いていたが、この物不足の中でこれだけのものをそろえるとは・・・
 彼らの財力は、予想以上に豊か??
 クリスティーナの父親は工場閉鎖で賃金がカットされたと聞いている。遠い親戚というだけで父親の願いに、応えるほどサラジャー邸の人は懐が深い??
 そんなことを考えていると
 紫のドレスを品よく着こなしたセニョーラが『娘を写して!』と寄ってきた。いくえにもまいた金のネックレスが露出ぎみの豊満な胸もとで輝き、眩しい。


第61回(11.22配信)459

 きゃしゃな体つきの少女がステップを踏んでいる。首に巻いた黄色いネッカチーフ、真っ青なドレス、長い黒髪に白い花、若さに薄化粧が加わり、数多い女の子たちの中でひときわ目立つ。
「ブエノ(素敵よ)、マルガリータ!」
「ボニータ(きれいよ)」
 拍手とかけ声が飛ぶ。谷がすごく可愛い子がいると話していたのは、彼女のことか? ファインダー越しにマルガリータのくっきりとした涼しげな瞳、白い頬に愛くるしい笑窪が覗ける。動きまわるので、うまくとれたかどうか? マルガリータのスナップが終わると次から次に写真を頼まれる。
 一息ついたころ、チジリ毛の青年が、オンザロックを渡してくれた。
「ビバ、チリ」
「ビバ、ハポン」
 彼の名は、カルロス。国立大学の4年生で政治学を学んでいる。
「チリの生活は、いかがですか?」
 返事に戸惑った。いいと答えるべきか、悪いと答えるべきか? 日本人の仲間同志で話しをしているなら、政情不安で、危険、不便さは感じるが、圧倒的に面白い国だと言う。
 しかし、彼はチリ人だ。どんな考えの持ち主かわからない。
「景色はバツグン。人も親切」
 無難に手振りをまじえてこたえる。
「そうですよね? では、アジェンデをどう思いますか?」
 さあ、今度こそどう返事をするか? いままで、この政権がいいのか、悪いのか、考えて来なかった。風の吹くまま、気の向くまま、安くて、魅力的な場所だけを求める旅人の心だけだった。
 そのため、いまの政権がいいのか悪いのかを判断する資格はない。しかし、何か答えなくては・・・。返事によっては、実直そうなカルロスは、アルコールの勢いで怒りだすかも知れない。

第62回(11.25配信)459

 なにやら複雑な話しになりそうで、カルロスを、福岡さんのいるテーブルに連れていった。この機転は、大正解。案の定、わけのわからないスペイン語が、ぼくを挟んで飛びかう。
 意外だった。カルロスは、アジェンデが好きだという。大統領は民衆の真の幸せを考えていると言葉を添える。貧乏人の味方ばかりして、無能な政策、国を崩壊させるのかと新聞に書いてあったとの福岡さんのつっこみにも、目の前の見方しかできないとアジェンデを擁護する。さらに
「この国にどれだけの日本人が住みついているか知っていますか?」
 と質問をしてきた。
「日本人? わかりません」
「5000人ですよ(数字は福岡さんが教えてくれた)」
 多いいと思ったが彼の考えは違っていた。
「少ない」、たいへん少ないという。アルコールの勢いもあってか、カルロスは熱弁をふり、福岡さんが、受け答えしながら、日本語に出きるだけ訳し、ぼくが類推するの構図になった。
 日本人は、ブラジルでは80万人、アルゼンチンは3万人、ペルーは7万人いる。チリには10万人必要。そうすれば、技術水準も上がる。
 いまのままでは、金持ちが財産を持って逃げていく。優秀な人材が、他の国に移っていく。みんな目先のことに走り過ぎる。もっと長い目で、考え、努力しなければ、10年間力を合わせて頑張れば、麦や大豆、オリーブなどの農産物であふれる国になる。銅を始めとする豊かな地下資源で外貨を稼ぎ、近代化を進める。日本から技術を導入する。国が安定すれば、海外からの投資も増える。富を分配し、豊かで心のかよった国をみんなで作りあげる。理想国家の実現も夢ではない。
 酔っ払いながら、大声で、何度も同じようなを会話を繰り返しているぼくたちに興味を持ったのか、やせて青白い顔をした青年が話しに加わってきた。カルロスの兄だという。彼らは、口論を始めた。もう早口でなにがなんだかわからない。
 兄(ペトロ?)・・・アジェンデに任せておいたら、国が滅びる。
 カルロス・・・みんなが協力すれば、よくなる。
 兄   ・・・アメリカに見捨てられたから経済が崩壊した。
 カルロス・・・キューバ、ソ連、中国の援助を頼めばいい。
 軍服姿の弟も話に加わった。彼らは、弟も巻き込んで、もっといろいろなことを言い合ったのだろうが、福岡さんの訳を頼りにしても、この位しかわからない。
 ただ、ちかじか、アジェンデは、優秀な人材、有能な企業、必要な資金が、外国に流失するのを防ぐため、国民の出国を制限する厳しい法律を発布する予定だ。それを恐れて、ペトロは、数日後、アメリカに渡るという。ただでさえ、交換義務金が倍に上がった。そのうえこんな出国規制の法律が施行されたら、この国をすんなりでるのは一層難しくなる。

第63回(11.29配信)460

 大声で、ときのは喧嘩ごしになるカルロスたちの話は、クリスティーナの父親の声で打ちきられた。
「みなさん、今晩は本当にありがとうございます。このパーティは新しい門出となる2人にとって一生の思い出になると思います。ここにいる6人の日本の若者から我が家にたくさんの祝い金をいただきました。私たちは、それをそっくりヨシオとクリスティーナに渡します。私たちにできることは、これくらいしかありませんので。みなさんからの祝福を心より感謝しております(福岡さんの同時通訳)」
 ぼくたちに向けて盛大な拍手が起こった。祝い金は、1万エスクード(日本円で2万円)、6人のパーティ経費の方が高いのでは・・・彼らのおおらかな気持ちに乾杯!
「バイラ(踊ろう)」
「バイラ(おどりましょう)」
 またダンスが始まった。時計の針は、まだ午前1時を少し回っただけ。空いた皿が片付けられ、新しい料理が運ばれてきた。一部が中庭に運ばれる。気がつかなかったが、外には人影が一杯。ここで結婚披露パーティがあるのを聞きつけて、集まってきた人たちであろう。喜びを少しでも多くの人とわかち合おうとのサラジャー邸の気配りを感じる。
 即席のホールでは、2,3組の男女が入れ替わり踊っている。ルンバやタンゴ、ゴーゴーなどと決まった踊りではない。みんな好き勝手にステップを踏んでいる。ダンスに自信のある尾崎はホールの中央でときおり女性を代えて踊っている。田中は、クリスティーナの姉にしがみつかれ、結婚を迫られている。丸山は4、5人の女の子たちに取り囲まれ、得意のギターで日本の曲(?)を披露している。ヒロは、料理の皿を両手に持って庭に出て行った。赤ん坊を背負った人たちが気になったのだろう。
 料理を食べているとき、音楽を聴いているとき、あばさんたちが話しかけてくる。
「ここにいる娘さんは、みんな良家のお譲さんですよ」
「16から18歳。若くてきれいでしょ」
「純情ですよ。結婚相手には、最適ですよ」
 マルガリータ、イボンヌ、リリー、ソーランジ、ルイサ・・・。どの子も色白で、はっきりした顔だち、スラリとした細身、なによりも美しく、若さがあふれている。
「日本に興味ある」
「ある。行ってみたい」
 彼女らは、きまって眼を輝かせる。純粋で素朴、そして新鮮。日本の若者の大半が、彼女らの虜になってしまいそう。
 ぼくらにとっても、結婚すれば、両替の義務は自動的になくなると聞いている。危険を犯してまで、国境破りをしなくてすむ。
 ラテン音楽に混じって、アメリカのロックやポップスが流れる中で、チリにはいったときに即席で作った詞が浮かんできた。

〜もしもチリに行ったならば、
   可愛い娘の住む故郷を訪ねよう
     ヤミドルで十倍になった金を持って
       きらめく川のほとりで、恋をかたろう〜

 ルレット(サン・アントニオであった女性)と連絡がとれなくなったいま、まさに別のチャンスが、訪れているのかも知れない。


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