チリ その16   次ページ  前ページ  トップ    


第64回(12.2配信)461

 8月5日(日)・・入国24日目(交換義務金480ドル。所持金1400米ドル)・・午後3時ごろ目覚めた。ホテル・ヘラスコに帰ったのは、午前7時過ぎだったろうか、本当に結婚式の披露宴パーティは、朝まで続いた。豪華な料理、すてきな女性群、政治的な話、未来への夢・・・笑い声があふれ、温かく、楽しい時間だった。
 一人になり、天井を見上げる。交換義務金が値上がりしたこと、アジェンデ政権がいつまでもつのか、《エッ、なぜ日本から自衛隊の艦船が、バルパライソにやってきて、2,3日停泊するの》などのびっくり情報が、頭のなかを駆け巡る。
 午後7時過ぎ、久しぶりに日本へ手紙。書き終えたころ、丸山と福岡さんが、やってきた。カジノの誘いだ。ガボッともうけて、パーと遊ぼうという。同じホテルにいる田中を誘って、ビニア・デ・マルのカジノへタクシーで乗りつけた。
 このギャンブルの館は、大部分の人々が不況、生活苦にあえぐチリにあって、まったく遊離した空間。相変わらず勝負の掛け声、ため息、悲鳴、高笑い、グラスを合わせる音、ゲーム機が動く音、肌を露出した女性たちの色気、サイコロ、カード、チップなどが、ドルやエスクード紙幣の渦の中でひしめき合っていた。
 大勢の人が取り巻いているバカラの台に寄った。台には、緑色のラバーに白線の四角マスが描かれている。内側にはV字型に1から6までの番号、同じように外側にも1から6までの番号。内側が親、外側が子。どちらに賭けてもよい。ルールはナンバーに関係なく親と子に別れ、それぞれ2枚づつ配られたカードの合計(絵札はゼロ)の下1桁の数で勝負をする。オイチョカブと同じで9に近い方が勝ちだ。
 台の上では、山と積まれた赤、青、黄色のチップス、高額のエスクードや米ドル紙幣が目まぐるしく動きまわっている。チリの平均サラリーマンの年収がものの数分で消えていく。
 これでもまだ少ない方らしい。アジェンデ政権になる前は、この金額の数十倍が動いていたと福岡さんは言う。
 勝負は、勝ったり負けたり、1時間ほどできりあげた。結局、4人とも5千から1万5千エスクードの範囲での負け。
 コーヒーを飲みながら丸山と福岡さんが打ち合わせを始めた。明日、サンチャゴに行き、脱出計画を実行に移すという(1日前にも述べたが・・・福岡さんが、チリ在住の特権を生かして、切符を9ドルで購入《丸山が買えば、同じ切符でも90ドル》。丸山がその安い切符を使い、一気に南アメリカ大陸の最南端の町、テラル・デ・フェイゴへフライト。そこから脱出する計画のことだ)。
 身代わりが、ばれなければいいが。もし失敗すれば、数年は牢獄だ。この危険な賭けに丸山は、勝つか負けるか?


第65回(12.6配信)462

 8月6日(月)・・入国25日目(交換義務金500ドル。所持金1400米ドル)・・午前11時過ぎ、谷、クリスティーナ、カルロス、彼の男友達、マルガリータ、イボンヌ、リリーがホテルにやって来た。田中を誘い、みんなでリアカ(3キロほど離れたところ!)に行った。馬に乗るのが目的だったが、営業場所がわからず、断念。ビニヤ・デ・マルに移動して、町唯一の遊戯場へ入る。
 ボーリング場は、10レーンほどある。ぼくたち以外、客はいない。適当な重さのボールを探して、トライした。レーンの滑りが悪い。波打ち、ところどころにデコボコがある。まっすぐ投げたつもりが急に曲がる。2、3回投げて、驚いた。なんと、レーンの奥、ピンが置かれている場所から手が表れた。倒したピンを1本1本、手作業で並べている。機械化などなされていない。なんだかピンを倒し、仕事を増やすのが、悪い気がしてくる。結果は、点数58(普段は140以上)の最下位。数ゲームを投げたが、スコアはすぐれない。
 その後、卓球場に移ってもスランプは続いた。卓球台はところどころ色が変わっている。ラケットのラバーも穴があき、ぼくのようにうまい人(?)には、かえって難しい。
 ビニア・デ・マルに住む玲嬢たちは、16〜19歳。英語を片言話し、みんな明るいが、ちょっと恥ずかしがり屋。集団では、行動するが、単独は苦手のようだ。
 喫茶店でフルーツドリンクを飲み具のたくさん入ったサンドイッチを食べたあと、再会を約束してわかれた。9人で遊び、食事を2回もして、かかった総経費は、わずか、2500エスクード(ヤミドル換算で500円)。チリ人と一緒であったせいもあるだろうが、やっぱり安い。
 
ジャパニーズ・アーミー歓迎!

第66回(12.9配信)460

 8月7日(火)・・入国26日目(交換義務金520ドル。所持金1400米ドル)・・半信半疑であったが、数日前の『ラ・ナイオン』紙に、日本の戦艦が、バルパライソに停泊するの記事は、ほんとうであった。
 食事をしに街にでるとビクトリア広場、繁華街のエスメランダ通り、チリと日本の国旗を掲げた市庁舎の前に、白い帽子に紺の制服の一団を見かけた。「ウエルカム、ジャパニーズ・アーミー」の張り紙をショーウインドーに貼っている店も数多くある。
 眠っていた街が突然、目覚めたようだ。大型商船の7隻分にあたる740名以上の日本人がやってきたのだ。この機会を生かそうと土産物屋、レストランは活気ずき、そして若い女性たちも各地からどーっと集まってきた。
「船が入港すると、俺たち旅行者は、まったくお呼びでなくなる。女の子にもてるのは、船がいないときだけさ」
 いつかヒロから聞いたことがある。それからすると、ここ数日は、同じ言葉、同じような体つきをしている同胞の天下である。
 ともあれ、・・・数隻の軍艦で、政府転覆を計る陰謀が発覚。未然に反乱を防いだ・・・この重大な海軍の発表など、日本の海上自衛艦の訪問ニュースでかき消されてしまった。
 しかし、なぜ、こんな時期に、こんな日本の裏側の国に海上自衛隊の艦船が来たのだろうか?


第67回(12.13配信)463

 いつもより遅れて、花町に出かけた。及川と尾崎がいりびたりのホテル・プエルトを覗く。座る椅子がないほど混んでいると思っていたのに、これはどうしたことか。自衛官は、たったの2人、カルメンとグローリアを相手にカウンターで静かに飲んでいる。窓際には、見なれない女の子たちが立ち話をしたり、フロアでは、女同志で踊っている。
 奥のテーブルには、客とはいえない及川と尾崎、それに谷が元気のない顔で座っていた。
「谷よ。ここに来ていいのか? クリスティーナに怒られるぞ」
「だいじょぶ。日本人に会うといったら、出してくれたんや」
「それはよかった。ところで空いているね」
「なにいってんや。さっきまで凄かったで」
 そう言われてみればカウンターの隅には飲み干したグラスが乱雑に置かれている。カウンターの奥では、ママと助っ人のおばさんが、口もきかずにグラスや皿を洗っている。
「何人くらい来た?」
「わからない。大勢さ。百人くらいは、出入りしたとちゃうか」
 百という数字を聞いて、すこし安心した。最近は、とくに船の入港が少なく、女の子たちが生活ができないとボヤいていた。彼女らの懐が少しでも潤えば、心がより穏やかになり、美しさも一層輝いてくる。
「谷さん、今晩はどうもありがとう」
 カウンターの自衛官が立ち上がった。
「着いたばかりでよくここがわかりましたね」
 若い自衛官に話しかけた。
「簡単ですよ。ほら見てください」
 彼は市内地図のコピーを広げた。コラチネ通りとセーラノ通りが赤ワクで囲んである。危険地帯、はいるべからずと赤い矢印もついている。
これでは、まるでここには夜のアバンチュールがあると教えているようなものだ。料金をべらぼーに、吹っかけたり、ぼったくり(多少はあるかも、それも許せる範囲?)は、ないのに。
「あしたでもカトリに遊びに来てください。艦内を案内します」
 彼らは、帰艦時刻まであと15分と、慌しくホテルを出ていった。
 ときを同じくして、客と外出していた女の子たちが、ゾロゾロ、ホテルに戻ってきた。その子たちの中にひときわ瞳の大きい子がいる。長い黒髪に白い肌、黒っぽい服装(よく覚えていない)。彼女が、セシリアではないのか? テラル・デ・フェイゴに飛んだ丸山が言っていた女の子・・・。
 ママさんが、セシリアと彼女を呼んだので間違いない。丸山から初めて彼女の名前、彼女の神秘さを聞いてから、興味をもっていた。その女の子がいま目の前にいる。

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