チリ その22   次ページ  前ページ  トップ    



脱出ルートを捜そう

第87回(2.21配信)454

 8月23日(木)・・入国42日目(交換義務金840ドル。所持金1320 米ドル)・・朝8時過ぎ、マリッアおばさんの「テレホーネ(電話よ)」の声で起こされた。オサムからだ。
「アンデスの雪が溶けたぞ」
「いよいよだな」
「みんなの知らない安全な道があった」
「エッ、ほんと・・・?」
「間違いない。12時までには行くから皆に連絡しといてくれ」
 ホテル・プエルトでくすぶっていた尾崎とヒロ、ビニア・デ・マルからは福岡さんと及川、丘の上からは谷、隣りの部屋にいる田中、みんな次つぎと集まって来た。
「逃げ道が見つかったって!」
「脱出だ。行動するときが来たな」
「毎日、どうしようかと悩んでいたんだ」
 たちまちバナナやブドウで丸テーブルが一杯になった。誰となく、みんなが市場で買ってきたさし入れ物だ。これから長期戦になりそうだ。
 オサムがどんなルートを持ってくるかわからないが、いま入手している脱出ルートは3か所、アリカとプエルト・アイゼン、アントファガスタである。

●アリカ・ルート・・・・アリカからペルーの国境までは目と鼻の先、砂漠を7,8キロ歩けば国境に出る。境界線には鉄条網が張り巡らされ、それが海まで続いている。引き潮になれば、腰あたりまで水につかるだけでペルー側に抜けられる。パトロールの姿も見えない。夜明けとともに行動を起こせば成功率は高い。しかし、海底には地雷が敷いてあるとの噂があり、まだ決行した奴を知らない。

●プエルト・アイゼン・ルート・・・・プエルトモントから小型の貨物船に乗り込み、波の荒い海峡を南下する。2日後にフィヨルドの多いプェルト・アイゼンの小さな漁港に到着、そこから路線バスかまたは徒歩で30キロほど、マイハイキョに行く。そこで何百頭ものヒツジの番をしているヨセフ・ゴメスというじいさんを捜す。マイハイキョから国境まであと5キロほど、3万エスクード(約15ドル?)ほど渡せばアルゼンチンのパソ・リオに抜けられる獣道を案内してくれる。まずまずのルートだが、プエルト・アイゼンに行く船は1か月に1度、それとて流氷に阻まれて引返してくることがある。そのうえ、国境近くには空軍の基地がある。警備も厳しいだろう。

●アントファガスタ・ルート・・・・アリカとサンチャゴの中間に位置するアントファガスタ駅で貨物車がくるのを待つ。この駅からはボリビアへ抜ける貨物車が週に1回走っている。車掌室にうまくしのび込めば、税関員が調べにくる心配はない。国境を検問しているセニョール(おやじ)は新日家だからうまくいく。数人の日本人が成功しているから脱出できる。しかし、この情報は古く、いまでも通用するかどうかわからない。

 
第88回(2.24配信)454

「丸山はどうしているだろう」
「バルパラを出て、2週間は経つだろ?」
「その話が出ると思ってね」
 福岡さんが、封筒をだしてくれた。白アザラシの群れが印刷されている絵はがきと手紙が入っていた。

・・・福岡さんお変わりありませんか?
 飛行機の切符ではお世話になりました。プンタレナスまでは無事に着きましたけど、それからが思いどうりにいきません。レオ・ガレゴスまで人通りの絶えたツンドラ地帯を歩く予定でしたが、その気力も体が凍ってしまいそうな寒さに打ち砕けてしまいました。しかたなく飛行機の中で知り合ったアルゼンチン人の夫婦に便乗させてもらい、ジープでサン・セバスチャンへ向かいました。これは正規のルートですので国境には言うまでもなく検問所がそびえたっていました。アルゼンチン人の夫婦はこともなく出国しましたが、ぼくはその場で足留め。スペイン語が通じないふりをしていると数字を書いた紙を見せられました。両替金額1000ドル。そんな金額はないと一日中、黙ったまま待合室にいました。次の日に英語の話せる係官がやってきて700ドル払えば出国させてやると話かけてきました。外は猛吹雪、寝袋にくるまっても寒さがじわっとしみてきます。引き返すこともできず、もう一日居座りました。すると次の日、4分の1の250ドルに落ちたのです。もう1日頑張れば、もっと下がったかもしれません。しかし、もう限界でした。いまは、ブエノス・アイレスに着いて、ホッとしています。もうこんな思いは2度としたくありません。みんなが無事に脱出できることを祈っています。では、アデヨッス(さようなら)。
(注:文面は、覚えている内容を文にしたため、手紙の表現は多少違っています)・・・・・

 このコースは成功率が高く、しかも安全だと評判が高い。しかし、現状は、かなり大変みたいだ。


第89回(2.28配信)454

「そうだ、ヒロ、一度、密出国したことがあったろ、谷と一緒に。そのルートは?」
「あれはね」
 ヒロは指で地図の上をたどっていく。
「まずサンチャゴから南下、テコムで下車し、バスでリライマに向かった。急に雪が降り始め、バスが途中でストップ。しかたなく徒歩で進んだが、行けども行けども山ばかり。やっと一つ越えてもまた向こうに大きな山がそびえたっている。さらに運の悪いことに道に迷ってしまった。食料は少しは持っていたが、腹は減る一方、足に豆もできちゃって、引き返すわけにもいかず、なにしろ東を目指して進んだ。野宿を3回ほどした。朝起きると寝袋が数センチほど霜柱で持ち上がっている。ドキッとしたよ。へたしたら凍死だ。谷なんか寝袋を持っていなかったから最悪、俺の服を全部かしてもガタガタ震えていたよ」
「あのときは最悪、ここで死ぬかと思った」
「そうしたらひよっこり国道に出たのさ。すぐそばにチリの国旗を掲げた建物が見える。迷ったあげくアルゼンチンのロス・ラジャスに抜ける国境にぶちあたってしまった。検問所では、当然のごとく銀行の両替証明書の提示を求められた。なくした、いま持っていない言ったら、ここから10キロほど戻ったところに銀行があるから、そこで証明書をもらってこいの一点ばり。このままだと国境を越えられそうにない。かといって引き返す気力もなければ両替する金もない。そこで夜になるのを待って国境破りを計ったのさ。悲惨だった。斜面で足を取られるは、小枝が顔にあたるは、全身雪と泥でべとべと。いつ国境警備隊に撃たれるか気がきでない。
 検問所を迂回して再び国道に降りたときは、もうあたりがうっすらと明るくなっていた。500メートル先にアルゼンチンの国旗がなびいている。もう嬉しくて無我夢中で走った。アルゼンチンの国境についたときはもうくったくた。
 『アルゼンチンにようこそ』若い国境警備隊員がにっこり笑って、ホットコーヒーとクッキーを出してくれた。あれはうまかった。あの味は忘れられない」
「ほんま、生きかえった。タバコも1箱くれたんや」
「でもあのルートは、もう二度とごめんだね」

 その後、このルートはフランス人たち5、6人が密出国に失敗して、刑務所に送られたり、銃で撃たれて大怪我をしている。ヒロたちは、ただ運がよかっただけでは・・・。

第90回(3.3配信)453

 オサムが午前11時を回ったころ現れた。
「さあ、見てくれ」
 紙に“ピューラ・ルート”とかかれている。
 これはバルローチに抜ける観光ルートだ。サンチャゴのツーリスト・オフィスで入手したパンフレットをもとに作成したのであろう。ていねいに書かれている。これだとたった2泊3日でアルゼンチンへ抜けられる。
「安全の保障は?」
「国境の警備は?」
「心配ない。全部こちらの希望どおりさ」
 少し前にこのルートを通過したブラジル人からの情報によれば、国境には掘っ立て小屋のような検問所があり、腰の曲がった老人が一人で出入国スタンプを押している。パスポートもろくに見なければ、出国する人の顔にも注意を払わない。その上、国境警備も手薄だから、万が一の場合でも山道をあるけばいい。たった十キロ、2,3時間も歩けばアルゼンチン側に出てしまう。
「湖を3つ横切る小型船と山道を走るマイクロバスだけど、本当に動いているのか?」
「ストライキで運行中止なんていうことはないだろうな」
「それはない。このルートは4か月も雪に阻まれていた。おまけに会社はストライキの影響で財政的にピンチ。少しでも稼がなければならない状態だ」
「通過したのがブラジル人か・・・。なんとなく気がかりだ」
「心配したらきりがない」
 日本列島を2つ、縦につなげたほどの細長いチリ。アンデス山脈に沿った国境は60か所はくだらない。1か所くらいは、もっと安全なルートがあるはずなのに見つけられない。どのルートを取るか、もう個人個人が決断するしかない。

次ページ  前ページ  トップ