チリ その25   次ページ  前ページ  トップ    


第100回(4.7配信)447

クーデターを呼びかけるアングラ放送

9月2日(日)・・入国52日目(交換義務金1040ドル。所持金1260 米ドル)・・昨晩、ホテル・プエルトに行くとセシリアから、遅くなってもプエルトに行くから待ってての伝言。しかしついに現れなかった。アジェンデ応援の活動で忙しいのだろう。
 バスターミナルの前でバッタリ、グラディ(2,3日前にディスコ・ホリブルで会った女の子)と鉢合わせた。スザンナというお友達も一緒だ。
 この先の山の手、ケーブル・カーで少し登ったところに住んでいるから寄っていかないかとのお誘い。若い女の子の部屋はどんなのか、興味が沸いた。

 グラディの部屋から見える景色は、最高。バルパライソの港が一望できる。日差しが波にキラキラ反射して、新鮮さを一層感じさせる。
「ブエノ(いいね)」
「シ(そうね)。でも・・」
 グラディは、景色の素晴らしさよりも不便さにまいっている。ケーブル・カーが動いているうちはいいが、いまはストライキで動いたり、止まったり。今回もここに登ってくるまで30分以上はかかった。食料なんか持って石段をあがるのは、結構、重労働になる。そのため、グラディは、引越しを考えているという。彼女が指さしたのは、ブランカ(白い)3階だてのビル。クレーン機がすぐそばにあるが、あそこだと船員が桟橋を渡ってくるのが、すぐわかり客を見つけやすいと説明してくれた。引越しにかかる費用も用意できたらしい。
「ジャパニーズ、アーミーから?」
「もちよ。日本人、最高!」
 彼女はパンフレットを取り出した。カトリとモチズキの船影が写っているパンフ、花町でかなり見かけたものだ。これからしばらくは大切に保存されるだろう。海上自衛隊の艦船が珍しいからではない。日本のバルコ(船員)と知り合ったとき、『おっ、自衛隊の戦艦だ。こんなところまで来たことがあるのか』『そうよ。きれいな船だったわ。私、日本の方、大好き。どう、付き合わない?』と、話の糸口をつけるための商売道具に使うのだろう。
 グラディの部屋はこじんまりしているが、十分くつろげる。
 ピンクのレースカバーのかかったセミダブルベット、本棚には料理の本とファッション雑誌が数冊。スタンドの脇にはクマの縫いぐるみ、藤を使った小さな椅子が2つ。若い女の子らしく、カラフルさにあふれ、清潔な雰囲気に満ちている。オルゴールやプレーヤとともに日本製のラジオがあった。なんとわなしにスイッチをいれる。
 ハイテンションの声が響く。何を言っているかよくわからない。グラディは、繭をひそめて、切ってしまった。
 クーデター(政府転覆)を呼びかけるアングラ放送で、30分おきにやっているらしい。グラディにとっては、うるさくてしかたがないようだ。
 しばらくして、白いビルに引越して一緒に住まないと彼女が誘ってきた。いまはスザンナと一緒に住んでいるが、スザンナはちかじか田舎に帰ってしまうらしい。彼女がぼくを連れてきた理由が少しわかってきた。部屋代は、割り勘でと言葉を添える。さて、あと3日ほどしたら、ここを離れるのに・・・・どうしたものか?


第101回(4.11配信)444

 返事を濁していると、彼女は、読んでみてとエア・メールをよこした。
横浜から送られたものだ。
『愛するグラディ
 ぼくは今、ネオン街のした、とあるバーでこの手紙を書いています。ウィスキーをあおるにつれ、君のほっそりした体、やさしい笑顔、おいしい手料理が思い出されます。もう一度バルパライソに行ってみたい。でも今度の航海は、オーストラリアとニュージーランドへ寄港するだけで、チリには行けません。再会を約束していたのに、とても残念です。今度の航海で船を降りるつもりです。船を降りるともう君に会えるチャンスはありません。グラディ、日本で暮らしませんか? 航海は2か月で終わります。2か月後、日本に飛んできてください。エア・チケットを送ります
・・・』(注:内容はメモより再現、本物は文面どおりではない)
「グラディ、飛行機の切符は?」
「あれ、お金にかえたわ」
「なんで、日本への誘いだったんだぜ」
「わかっている。でも」
 オンブレ・デビル(弱虫?)と彼女はつぶやいた。
 たぶん、グラディが船を降りて、ここで一緒に暮らそうと誘ったのに、仲間に腕を取られて、船に引き込まれた。強引に抵抗すれば、いくらでも船から降りれたのに、彼は実行しなかった。グラディの情熱はそのとき冷めてしまったらしい。つい先日、出航していった第4海洋丸の桟橋でのわかれの場面がダブって思い出される
 もう1つ見てとグラディは、バックから折りたたんだ米ドル紙幣をだした。20ドル札だ。
「本物?」
「どこで手に入れたの」
「コロンビアのバルコから」
 コロンビアには、ニセ札の製造所があると噂されている。サンチャゴのヤミドル交換所の男も20ドル札を念入りに調べていた。折り曲げた後の印刷状態、紙の厚さ、白紙にこすり付けて緑の線がつくかどうかで識別できる。いま大量のニセドルが、ドルの需要が多く、かねになるチリめがけて押し寄せている。丸山もニセドルをつかまされて頭に来ていた。
 グラディの出したドル札は色が薄く、紙質も厚い。印刷も荒い。昼間だったらとても受け取れない札だ。
「ニセ札だね」
「デアブロ!(畜生!)」
 大損だとばかり、何やら叫び、グラディは、しきりにカレンダーを見つめはじめた。
 カレンダーには、入港日時、停泊期間、船名、国籍、乗務員数が書かれている。日本は◎、ギリシャは○、ソ連は×の印。金払いのいい順かな?。
 グラディはお湯が沸騰しているのに、今晩はどの国の船が入っているのかとばかり、カレンダーに見入っている。これでは、生活に追われ、とても政治問題を考える余裕などない。もう彼女の頭の中は、ドル、円、ポンド、マルクなどの札で一杯なのであろう。

第102回(4.14配信)446

9月3日(月)・・入国53日目(交換義務金1060ドル。所持金1260 米ドル)・・田中がいなくなり、谷もバルパライソを離れた。ホテル・ヘラスコにいる日本人はぼくだけ。新しい仲間もこの港町には来ない。入国が厳しいのか??
 ぼくの寂しさを察してか、福岡さんが前にもまして来てくれるようになった。彼からの情報だと、いまチリ全土で反人民連合の婦人集会が開かれている。つい先日のサンチャゴで15万人規模の動員があったらしい。彼女らブルジュアの婦人たちは、一方では国会議事堂の庭に何日もキャンプを張ってフライパン・デモを繰り返したり、地方のいくつかの放送局を占領したりの直接行動をとりながら、もう一方ではプライパンをペンに持ち代えてアジェンデ辞任の請願書集めに奔走している。あす9月4日はアジェンデ当選3周年記念日。左翼系の放送機関は人民擁護のための100万人デモを呼びかけ「アジェンデ政権支持」の叫びがモネダ宮殿前の広場を埋め尽くすだろうと報道しているらしい。
 この2つの婦人を主体としたデモの衝突は、激しいなじりあいをみせるだろう。この国は婦人が行動を起こしている。
 いつだったか、パンを買う行列の中から、『あなたたちがボヤボヤしているから、こんなことになったのよ』『苦労するのは、いつもわたしたち、女。デモでも参加したら』と男たちを罵倒する内容の声を聞いたことがある。
 あさって、いよいよ脱出、サンチャゴへ向かう。デモは少しは沈滞化しているだろうか。それにしても頭が痛く最悪のコンデションだ。


第103回(4.18配信)445

9月4日(火)・・入国54日目(交換義務金1080ドル。所持金1260 米ドル)・・プエルトのママに別れをいうため、ホテルを覗くと、いきなりセシリアが現れた。
「ポルケ(なぜ)、お金を置いていったの」
 すごい剣幕だ。
『もう会えないかも知れない、セシリアが来たら渡してくれ』とママに預けた金のことを言っているのだ。
「さあ、返すわよ」
 セシリアは金を投げつけてきた。
「ノ、とっておけよ」
 一度だしたものを、おいそれとは受け取れない。
「コンプラ、ボスタ(くつでも買えって)」
 彼女の靴がボロボロなのは、見てもわかる。
「駄目、私の勝手よ」
 彼女は、このようなことを大声で怒鳴り散らす。入り口の階段でこれ以上騒いでいたら、入ろうとする客まで逃げてしまう。いまは、あきれ顔で見守っているであろうママや他の女たちも、そのうち、いいかげんにしてよと言ってくるだろう。カルメンでも来たら、「あら、二人ともいらないの」と金を持っていくかも知れない。
「オーケイ、セシリア、レガロ(贈り物)だ」
 セシリアの手を引っ張ってなんとかプエルトの外に連れ出した。
「レガロね。わかった」
 セシリアは、今度は、ぼくの手を引っ張って、どんどん先に歩いていく。彼女が立ち止まったのは、コネチカ通りを横切ったところにある聖マドリップ教会の前だった。
 教会の入り口に続く階段の下で、二人のシスターが寄付金を集めている。

**恵まれない子供に愛の手を**
英語とスペイン語で書かれたこんな内容のポスターが、脇に立てかけてある。
 
 セシリアは、なんの戸惑いもなく、1万エスクード全額を寄付金箱に押し込んでしまった。

第104回(4.21配信)442

9月5日(水)・・入国55日目(交換義務金1100ドル。所持金1260米ドル)・・今日はパルパライソを出発する日、セシリアに別れもつげず、こっそり出ようと決めた日なのに体が動かない。ほとんど数分おきに寒気が襲ってくる。頭がずきずきときしみ、腹もときおり刺すような痛みがくる。どうなってしまったんだ。風邪薬も胃薬も数日前から飲みつづけているが効き目はない。残るはボリビアで手に入れたコカの葉のみ。
 ボリビアのインディオはいつもコカの葉を噛んでいる。これは胃の神経を麻痺させて空腹や苦痛を忘れさせる作用を持つ。革命の異端児、チェ・ゲバラがなぜボリビアをキューバ革命以後の活動の拠点に選んだか? ブラジル、アルゼンチン、パラグアイの国境に囲まれて作戦がたてやすい利点とコカの葉にあるといわれている。ひどい喘息持ちのゲバラはコカの葉が豊富なボリビアは魅力的な活動地点であったと・・・・。
 期待を込めてコカの葉を噛む。
 チリに入国して以来、ヤミドルのおかげで、毎晩ディスコや花町、カジノで遊び、寝るのは朝方、起きるのは昼過ぎ。中南米をかなり無理して南下してきて、休養すべき国で不規則な生活、アン・バランスな食事。そのつけが現れた。チリ脱出を直前にして何んということだ。
 また寒気が襲ってきた。毛布を二枚かけ、寝袋に包まっていても震えがとまらない。風邪には何回もかかったが、こんなひどいのは初めてだ。体をクの字に曲げ、頭を両膝につける。母親の子宮に入っているような、この状態が一番やすまる。

第105回(4.25配信)439

9月6日(木)・・入国56日目(交換義務金1120ドル。所持金1260 米ドル)・・どのくらいウトウトしていたのか、汗だくだくで目が覚めた。寝袋のチャックを開けると白い湯気が立ち上った。下着は汗でぐたぐた、滴がたれおちる。なんとか着替えてトイレに立った。小便が真黄色、鼻水のようにネバネバしている。下腹が痛い。下痢だ。すこしでも出してしまえば楽になる。便を見てびっくりした。真っ白だ。大便が牛乳を流したような色になっている。とてつもない病気にかかってしまった。医者だ、はやく病院にいかなければ。でも大半の病院はストライキ中、いったいどうしたらいいのだろうか。

9月7日(金)・・入国57日目(交換義務金1140ドル。所持金1260 米ドル)・・今日こそはとおき上がるが、あいかわらず体は鉛のように重い。小便は黄色からビール色の薄茶色に変わり、大便も灰色がかってきた。少しは良くなったみたいだけど、寒気は襲ってくる。間隔は若干広がったものの、一度襲われると奥歯を噛み締めて耐えるしかない。
 この3日間、口にしたものといえば、マリッツアおばさんが持って来てくれたオレンジを少しかじり、水で渇きを潤した。なんとか、ホテルの下にあるレストランに出かけ、コーンスープに豚肉とアロス(米)、トマトの盛り合わせを注文、無理やり胃に積め込んだが、後で吐き出してしまった。とにかく静かに寝ているのが一番だ。
 アジェンデ大統領がこの港町に来るというので、午後から店という店はすべて閉鎖(なぜかわからない。治安維持のためなのか?)されるとの情報をレストランで聞いた。まいった、はやく逃げ出したいのに体が動かない。



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