チリ その29   次ページ  前ページ  トップ    


第120回(6.16配信)445

午後5時過ぎ、尾崎、グローリア、イネス、カルメンとお茶(コーヒーとクッキー)を飲む。相変わらず白目の部分は黄色、少しは食べれるようになったが、調子は悪い。
「キャー」
 突然、ドア付近で悲鳴がした。どうしたんだろう? 後ろを振り向くと兵士が見えた。アレと思った瞬間、ドタドタと小銃をかまえた兵士がなだれ込んできた。たっていた尾崎が、壁ぎわに突き飛ばされた。冗談だろ、一瞬思ったとき、2、3人の兵士に腕を捕まれ、座っていたソファから壁の方に引きずられた。なにがなんだかわからない。いつの間にか、壁に両手をつき、両足を少し開いてたたされていた。兵士がボディ・チェックを始めた。胸からつま先、ブレザーやGパンのポケットを裏返すほどの念の入れようだ。
「どこから来た?」
 兵士の下げた小銃が、腰のあたりにあたる。
「ハポン(日本)、日本人です」
「パサポルテ(パスポート)!」
 イネスかグローリアか、どちらかがショルダーバックを持ってきてくれた。兵士は、ぼくのパスポートを見ながらいった。
「なぜ、出頭しない」
「・・・・・・」
「この人たちは、簡単なスペイン語しかできないのよ」
「そうよ、何が起こっているのか、知らないのよ」
 うろたえる彼女らの声に反発するかのように兵士が早口で、がなりたてた。
ではなぜお前たちが連れてこない。ラジオであれほど何回も知らせていたろ。お前らも罪になるぞ。こんなことを言っているように聞こえる。
 兵士たちが次々とフロアに集まってきた。全部で5人いる。グローリアの部屋に連れて行かれた尾崎もやっとリックを下げて出て来た。部屋の隅から隅、ベットのシーツまではがしての家宅捜査。本当に夕べのうちにアジェンデ関係の書物やワッペン、ポスターを燃やしておいてよかった。ましてや、セシリアがいたらたいへんなことになるところだった。
 若い兵士が何かを言った。
「荷物はどこかって」
 誰かのわかりやすいスペイン語が聞こえてきた。
「ホテルです」
「どこの」
「ヘラスコです」
「よし、一緒に取りに行こう」
 そういわれ、肩をこずかれながら階段を降りる。ウワーと泣きはらしたグローリアが階段の下まで追いかけてきた。
 兵士、3、4人にこずかれながらコネチカ通りを歩くぼくらを女の子たちが遠巻きしながら見ている。これからどうなってしまうのか?

第121回(6.20配信)443

 2階にあるホテル・ヘラスコのフロントに入って、オッと声が出た。部屋につづく廊下の壁沿いに、数十人の男たちがたたされている。両手を壁につき、両足を少し開かされている。7、8人の兵士が、彼らを見張り、将校らしき男がひとり一人、尋問(?)している。踏み込まれたのは、ホテル・プエルトだけではなかった。彼らは、すべてのホテルや民家を捜索しているのでは・・・。
 ぼくの部屋に入るとき、兵士たちの顔に緊張が走った。なかに誰かがいるのを警戒したのか? ドアを蹴り開けて、なだれ込んだ。
 誰もいないことを確認して、今度は部屋の中の捜索。それも半端ではない。ベットのシーツをはがし、マットレスをナイフで突つく。戸だなに積み重ねた新聞紙の中を調べる。人民連合のパンフレットや雑誌『プーロ・チリ』など、アジェンデを支持するものを捜している。鏡の後ろまで調べあげて何もでないとわかると、今度はリックの中味をベットにぶちまけた。
 汚れた下着やセーター、単行本、雑誌、辞典、懐中電灯、薬袋などが散らばった。
「この本は?」
「ガイドブックです」
 英語がでてしまった。
「・・・・」
 若い兵士は日本語が珍しいのか、中南米のガイドブック、単行本、雑誌、辞書までも、何度もめくっている。
 やばいものはないはずだが? いや待てよ。ラパスで買った野球帽、たしかパイプをくわえたチェ・ゲバラ(カストロとともにキューバ革命を成し遂げた社会主義革命の英雄)のワッペンがついていた。あれは、どこに・・・見つかったら左翼分子とされてしまう。兵士の手がとまるたびに、頬の筋肉(緊張すると顔面神経痛のようになる)がビクつく。
「これは、もらうぞ」
 兵士は缶きりやスプーン、ホークなどが一緒になった便利ナイフ(スイス製)を取り上げた。武器の携帯は禁止されているという。こんなちいさなナイフが武器なにかになるものか、一瞬思った。旅行の必需品、グラディが欲しい、欲しいといっていた便利ナイフ。だがこのさいそんなこと言っていられない。オッケーをだすと兵士は、してやったりとばかり、ナイフをポケットに入れた。
 ゲバラの帽子は出てこなかった.。日本に他のものと一緒に送ったのか、それともどこかでおとしたのか?
 リックを担いで部屋を出るとき若い兵士がそっと寄って来た。
「お前のカメラ、売ってくれないか?」
 小銃をおさえながら仲間の兵士に気づかれないように小声でいう。
手には僅か200エスクード(日本円で400円)に握っている。へたに断ったら危ない。
「壊れているけど」
 とっさに嘘がでた。兵士は肩をすくめるとリックの背を小銃の台尻でこずいた。
 廊下には、入ってきたと同じ風景があった。大勢の男たちが、身動きもできず壁に両手をつき、震えている。彼らの前を通る。なんで犯罪者のように連行されなければならないんだ。立ち止まりぎみになるたびに、後ろから小銃で小突かれる。
「何かの間違いよ」
 ヘラスコのイザベルおばさんが、駆け寄って来た。
「すぐ帰ってこられるから」
 目から涙があふれている。
 兵士が荒っぽく、おばさんを押し戻すのを見て、体に震えがきた。
 事態はぼくが思っているほど安全ではないかも・・・。


第122回(6.23配信)442

    取り調べ室

 警察は、ホテル・ヘラスコから山手に十分ほど登ったところにあった。こんなに近かったら、捕まる前にくればよかったとちょっと後悔。
 取り調べ室には、壁にそってくくりつけられたベンチにすでに10人ほどの男たちが腰をおろしていた。重苦しい沈黙、鎖でつながれたごとく、みんな下を向いている。ここへ連行される途中、尾崎が、俺たちどうなるんだろう? サンチャゴへ送られるのかな、それとも国外追放かな、とつぶやいた言葉がやけに、耳に残っている。
 突然、取り調べ室が、騒がしくなった。
 大柄な2人の白人が、
「なんで捕まえる。俺たちは、スオミライネン(フィンランド語で、フィンランド人の意味)だ」
「船員だ。はやく、釈放しろ!」
「船は、明日出てしまう」
 フィンランド語まじりの英語でわめいている。どこかで飲んで連れてこられたらしく、顔が真っ赤に光っている。
「カラッテ(黙れ)」
 兵士が小銃の台尻を振りかざした。フィンランド人が、額を押さえた。彼らは、息抜きに上陸した港町でなぜこんな目に会わなければならないんだと当惑している。
 静まりかえった取り調べ室に泥まみれの少年が引きずられて来た。10歳くらいか? なぜ連れてこられたのか? 兵士から渡されたモップで、ベンチの下、壁の隅、ストーブの周りと拭き始めた。ひととおり拭き終えても、やめていいとの合図はこない。何回も同じところを磨いている。もう少年の顔は涙でグチャグチャ。肩を震わせ、しゃくり上げ、休みなくモップを動かす少年、尋問を待っている男たちの不安が伝わってくる。
「見ろよ。あいつ血を流しているぜ」
 尾崎が小声で言った。金髪の男の額から血がにじんでいる。
「俺たちどうなるんだろう?」
「わからない。不利になる物は・・」
 そういえば、・・・頭に不安がよぎった。尾崎もゲバラ帽を持っていたな。
「・・・帽子は?」
「グローリアが、クーデターが起こった夜、ワッペンを破り捨ててくれた。助かったよ。お前のは?」
「わかんない。無くしたか、日本に送ったか?」
「なくてよかった。あったら、その場で銃殺かも」
 尾崎のいうとおりかも知れない。。
 警察署についたとき、すぐに3万エスクードと米ドル、パスポートは取り上げられた。それは正面の高いデスクに置かれている。命が助かるなら、金なんか諦めなければならない・・・気になる。
 しばらくして不吉な予感が芽ばえてきた。このまま、サンチャゴに送られるかも知れない。サンチャゴでは、次つぎと人々が捕らえられ、急ごしらえの金網がはり巡らされた国立スタジアム(サッカー場)に押し込められているという。
 標高520メートルの盆地にあるサンチャゴはまだ冬、強制収容所に変貌しているのでは、と思わせる国立スタジアムの野外観客席で過ごすことにでもなれば、肝炎がひどくなって、それこそ終わりだ。


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