第123回(6.27配信)442
「ノ、シュガロ(タバコを吸うな)」
兵士が老人の横つらをはたいた。タバコをくわえていた尾崎が、あわててもみ消す。しばらくして、その兵士が近寄ってきた。
「お前らは、OKだ。吸っていいぞ。1本くれないか」
「はい、どうぞ」
とっさに箱ごと差し出す。
「バルコ(船員か)?」
「いいえ」
「なんだ、違うのか。じゃあ、中国かソ連送りだな」
兵士は、やけにチノ(中国)、ソヴェエチカ(ソ連)を連発する。彼の様子から冗談なのは明らかだが、不安だ。フィンランドの船員たちは、いつの間にかいなくなり、尋問を受ける男たちも少なくなって来た。
いつまでこんな状態が続くのだろうか? 1年ほど前にキューバでサトウキビ刈りの奉仕活動を終えた日本の若者たちが立ち寄り、コンセプションで記者会見.。社会主義の発展をアピールする様子がテレビで放映されたという。ひょっとして社会主義派の若者と間違えられているんでは・・・・セシリアとの関係もあるし、ホテル・プエルトだって。アジェンデ派として前からマークされていたのかも知れない。
「ハポネス」
デスクから担当官が手招きをしている。やっと尋問か?
「この国にいる目的は?」
「観光です」
「なんでこんなに多額の金を持っている?」
「・・・遊ぶため・・・」
口ごもっていると、突然、デスクの電話が鳴った。担当官の顔色が変わった。慌てて、小銃を握ると部下を引き連れて、暗闇の市内に飛び出していった。アジェンデ派がゲリラ戦を展開し始めたのであろうか?
「やばいな。今晩は、ムショかも?」
「まさか」
尾崎に応えたものの、気持ちが落ち着かない。この国はいまクーデターだ。何が起こっても不思議ではない。
留置所の中で・・・
第124回(6.30配信)443
その後、待てど担当官たちは、帰ってこない。もうとっくに外出禁止の時間、戒厳令のときが来てしまった。取り調べの途中だから、今晩は泊まっていけ、と若い兵士が言う。 リックは、机の上にあった金は・・・気になったが、しかたがない。地下に通じる階段を降りていくと何やら騒がしい。シュピレヒコールが伝わってくる。
「ルッチャンド(闘いとろう)」
「クレアンド(つくろう)」
「ボデール・ポプラール(人民の力を)」
なぜかとんでもないところにまぎれ込んだようだ。
「やっぱり留置所だぜ」
「なにかの間違えじゃないか?」
両側に並んだ鉄格子の間から髭もじゃの男たちが顔をだす。奥にも人がうごめいている。クーデターからまだ2日もたっていないのに、こんなに大勢の人がつかまっている。薄暗くて彼らの表情は読めない。目だけが光っている。
「ここだよ」
地下道のつきあたりで彼は止まった。格子から顔をだしていた数人が奥へ引っ込んだ。なんてこった。牢屋だ。うっそだろー・・・。
この警察署の中で一番いい宿泊所だというが、どこが・・・汗とカビ、小便の混ざった臭い、すぐにでも逃げ出したい。
「どこの国から?」
「なぜつかまったの?」
数人が寄ってきた。尾崎が質問に答えている。暗闇に目が慣れるにつれ、なかの様子がわかってきた。10畳ほどの広さに5,6人の男たちが壁によりかかったり、コンクリートの床に座り込んだりしている。ぼくたちの座る場所、ベットの脇をすぐに空けてくれた彼ら、とても過激な抵抗分子とは思えない。
第125回(7.4配信)441
時間がたつにつれ、彼らがつかまった理由がわかってきた。
外出時間を少しオーバーしただけで送り込まれた老人、キュービズム(ピカソ、ブラックを中心とした立体派)の美術書を持っていただけで連行された青年(どうも名前の響きから、キューバの宣伝物と間違えられたらしい)、パトロール中の兵士にベロを出した少年。日ごろから仲の悪かった隣人に根も葉もないことを密告された男。ゲリラ活動、デモ、禁止された3人以上の集会でつかまったのは、この中には、いないようだ。
「小便がしたいな」
うつろな目でタバコばかり吹かしていた尾崎が、たち上がった。
「どこでやるんだよ。ここにはトイレはないぞ」
「呼ぶしかないな」
鉄格子の扉から、できるだけ顔を出し、おーいと日本語で叫んだが、わかってくれない。
「ポルファ ボール(誰か!)」
のスペイン語に、気がついてくれたのは、だいぶたってからだ。
尾崎と一緒にトイレに続く通路を歩いていて、何かが見えた。来るときは、わからなかったが、通路の端には、新聞紙からはみ出した糞の山、水溜りは、小便か・・・鉄格子から通路に向けて放尿したのであろう。
どのくらいたったのだろう。尾崎にこづかれた。数人の人たちが、やって来た。台車に大鍋とパン、アルミの器が乗っている。汚物の臭いに混ざって煮物のにおいが漂う。
「コミダ、コミダ(食事だ、食事だ)」
男たちが、先を争って、鉄格子にすがりついた。器がこすれる音、スープをすする音。
しばらくして、誰かが、器を渡してくれた。煮豆とヌードルのスープ、パン一切れ。口に含む。生温かいお湯の中に溶けかかったヌードル、芯のある豆、パサパサのパン。とても食べられたものではない。
「ああ、シャワーを浴びて、グローリアの手料理を食べたいよ」
尾崎の悲痛な声がする。
少し寒気が走った。こんなところにいて、肝炎がいっそう悪くならなければいいが・・・・・。