ラ カレーラでの生活
第133回(8.1配信)438
9月16日(日)・・入国67日目(交換義務金1340ドル、所持金1240米ドル)・・ホテル・ヘラスコの滞在費を払い、マリッアおばさんに一応、お別れをいう。
バスで2時間、ラ・カレーラは、北に少し上がったところにあった。海べからは、10キロ以上もなかに入っているため、港町の雰囲気は、まったくなし。
グラディの家族は、なにしろ多いい。グラディが長女で、いったいその下に何人の兄弟、姉妹がいるのやら・・・。古い木造の2階建て、その唯一の2階の部屋、すぐしたの弟の部屋、ベットが1台おいてある4畳半くらいの部屋を当てがわれた。
2階からは、遠くに木々が見え、風も穏やかで、ここなら静かに静養できると思ったのもつかのま、小さな子供たちが、ひっきりなしに訪れる。まだ、小学校の4、5年生なのにタバコを吸うわ、ビニール袋にいれたシンナーを吸うわ、オイオイ、それは無いぜとの心境。グラディのすぐ下の妹、シルビア(17歳)が、時折、彼らをしかりに、2階に上がってくる。それを見越して、彼らは、まどから外に逃げ出し、彼女がいなくなると、また戻ってくる。その人数たるや5、6人。どの子がグラディの弟なのか、まったくわからない。おまけに、さかりついた猫どもが部屋の隅でニヤオと耳ざわりな鳴き声をあげる。これでは、休養しに来たのか、疲れに来たのかわからない。
でもいいこともあった。
夕食で、ブタ肉がみんなに振舞われた。これは、ぼくが来るというので、親父さんが、子豚の肉をわざわざ手にいれて来てくれたらしい。この時期、肉のかたまりを買うのは、とてもたいへん、ましてや、こんな田舎町では、なおさらのことらしい。
「これを食べて、栄養をつけてね」
グラディは、一番大きい肉の塊をぼくにくれた。
第134回(8.4配信)438
9月17日(月)・・入国68日目(交換義務金1360ドル、所持金1240米ドル)・・グラディの家族構成がわかった。親父、お袋、グラディ(25歳)、弟は9人、妹は4人、女中(ホッペを真っ赤に塗りたくったり、おかしな振る舞いが目立つため、みんなからちょっと馬鹿あつかいされている)の総勢17人の大家族。人数の多さにもビックリなのに、グラディがばつ1(?)で息子(1歳)がいるのにも驚かされた。そうか、いままで、バルパライソで付き合ったどの女の子も個人的なことは、何もしらなかった。
夜、親父さん(ときおり、近所の塀の壁を塗ったり、農作業を手伝ったり、定職がなく、失業中)に、当分の宿泊代として、5米ドルを渡した。親父さんは、突然の現金に驚き、ぼくの手を両手で握りしめ、とても喜んでくれた(僅か、5ドルにこんなに感謝されたのは、このとき以外はない)。
スザンナにドルの両替を相談する。どうもヤミドルの交換率は、この街では、ようす見らしい。大暴落しなければよいが・・・。
夜、家は比較的静か、今晩はよく眠れるぞと思ったのもつかのま、この部屋の持ち主、グラディの弟、セルヒオが酔っ払って、やってきた。寝るところがないから、とベットの半分を占領した。彼は、すぐに寝込んでしまったが、彼の大きなイビキに悩まされ、こちとら寝不足だーい。
第135回(8.8配信)438
9月18日(火)・・入国69日目(交換義務金1380ドル、所持金1235米ドル)・・今日は、この街で祭りがあるとの情報。祭りといえば、はしゃぎ、用意をするものだが、その気配は、彼らには見られない。子供たちは、タバコやシンナーを吸いながら、サイコロゲームをし、すこし大きな子たちは、空き地でサッカーをしている。祭りといってもただ踊るだけなのか・・・近くでサーカス団がテントを張り、公演しているというが、ほんとうなのか? なにしろクーデターがあったばかりだぜ。ぼくのスペイン語が怪しいのか、まったくわからない。
両手に花のワクワクした外出、グラディの2人の可愛い妹たち(ラルイサ19歳。シルビア17歳)を引きつれた祭り見物を期待したが、まったく、お呼びはまったくかからない。それどころか、彼女らは、ぼくは病気だから、人ごみの中を、歩きまわらないほうがいいとさえいう。
夕方、誰かが近所の家のテレビで見てきたニュース、アジェンデ婦人と、子供たち、取り巻きの人たちが、特別機でメキシコに送られ、そこで、軟禁状態になるの話題でもちっきり。
彼女らへの同情は、かなりなものだったが・・・・なにもできない。
軍事評議会(?)は、ながくおいておけば、抵抗派の象徴になりそうな人たちをまず追放し、災いの種を取り除いたのだろう。クーデター後、軍部が政権を確実にものにしつつある。
第136回(8.11配信)438
9月19日(水)・・入国70日目(交換義務金1400ドル、所持金1235米ドル)・・午前9時過ぎに起床。気分はいい。これなら脱出できるかも・・・グラディに相談するが、どうもバルパライソで、銃撃戦があり、午後6時以後、外出禁止らしい。国境もまだ封鎖され、誰も通れない。船も港には、寄港できない状態だから、もうしばらく様子を見たほうがいいという。クーデターが起こって、まだ1週間しかたっていない。混乱は、まだまだ続くのであろう。
グラディとスザンナ、シルビアたちと街の公園に行く。大きな池があり、木々の手入れもゆきとどき、なかなか綺麗な公園だ(写真で見せられなくて残念)。
帰りしな、洋服店に寄る。グラディがコールテン(アメリカ製で6米ドル)のズボンを欲しいという。スザンナ、シルビアは、何も言わなかったが、彼女たちにも、色ちがいのスボンをプレゼントした。帽子、ハンカチを含めて、25ドルの出費。まあ、お世話になっているからしかたがないか・・・・。
スザンナが、明日、バルパライソに帰るというので、ホテル・プエルトにいる尾崎への手紙を預ける。(手紙の文面の記載は、日記帳の原文にはないが、たぶん、内容は、あと1週間もしたら、バルパライソに戻るから、それまで脱出は、しないように。逃げるときは、一緒に国境を越えようであったような気がする)
第137回(8.15配信)437
9月20日(木)・・入国71日目(交換義務金1420ドル、所持金1210米ドル)・・午前9時に起床。新鮮な空気のもと、規則正しい生活をしているせいか、体が前よりも動くようになった。瞳の黄ばみも薄くなってきた。無理はできないが、早寝、早起きを守っていれば、なんとか旅を続けられそうだ。
グラディの親父さんが、急きょ、バルパライソの病院に2週間ほど入院することになった。腎臓が悪化したらしい。グラディにお見舞い金10米ドルを渡す。
出費は、それだけではすまなかった。お袋さんにも、食事代として、5000エスクードをわたした。一家に働き手(失業中でも、ときおりバイト費が入る)が、当分、働けないのだから、しかたがない。
夜11時ごろか、突然、セルヒオが男友達3人と窓から入ってきた。彼らは、ピスコ(チリのどぶろく)をがぶ飲みし、わけのわからないラテン音楽をがなりたて始めた。セルヒオや仲間の男たちは、みんな無職。シルビアやラルイサが、掃除、洗濯、小さい子供も世話と休む暇もなく、働いているのに、この馬鹿ちんの男どもは・・・
「俺、船乗りになるんだ。兄貴のように」
セルヒオのかすれた声が聞こえる。
そういえば、彼の兄は船員でときおり、封筒に現金(米ドル)をいれて、送ってくるとグラディが話していたのを思い出した。
彼らの飲みップリはすごい。酒飲みだけだったら、セルヒオは、立派な船乗りになれるぞ。
少したち、だれでもすぐに仕事にありつけると思っている彼らの話を聞いていると、その甘さに、なぜか、すこしづつ腹が立ってくる。
とくに彼の友達の一人が、サッカー選手になると言い出したときは、笑ってしまう。彼は、ぼくより背が低く、その上、太っている。どう見ても足が速そうに見えない。
ピスコが無くなったころ、彼らは、ベットや床の下でごろ寝を始めた。イビキがすごい、まるで競い合うがごとく、大きくてうるさい。彼らのイビキを避けるため、寝る位置を反対、頭と足を逆にして、寝袋に頭まですっぽり入れて寝た。そのかいあって、前よりもよく眠れた。これも前回の反省が役だっている。