チリ その34   次ページ  前ページ  トップ    


第138回(8.18配信)437


9月21日(金)・・入国72日目(交換義務金1440ドル、所持金1210米ドル)・・午前7時に目が覚めた。散歩して帰るとシルビアが、食事の用意をしていた。お袋さんは、心臓の具合が悪くて、そんなに働けないらしい。家族の中でも、とくに色じろの彼女は、ほんとうによく働く。洗濯代として渡した僅かな金にも、体全体で喜びをあらわした。いままで出会った女性の中でも、群を抜いて純粋さに満ちている。

 尾崎から手紙が来た。オリベットという名の女の子が届けてくれた。
「おーい、元気かい。いなくなって寂しいよ。俺はあいかわらずプエルトにいるよ。ヤミドルが前よりも簡単に両替できなくなった。いまや、グローリアの世話になっている有り様だよ。外出禁止令が厳しく、夜になると街は兵隊の天下だ。プエルトにも、毎晩、押しかけてくる。金も払わず、飲み食いして、女の子と遊んでいく。これは、犯罪だよ。花町全体が、いま重く沈んでいるよ。
 そうそう及川が、たいへんだったらしい。電話でしか話さなかったが、拷問を受けたんだって。俺たちよりも格段に、ひどい目にあったようだ。いまは釈放されているけどな。及川もチリを離れるようなことを言っているから、10月になったら3人で一緒に逃げよう。それまでに元気になってな」(文面は、日記より、少し手直しをして再現)
 こんなときに友からの手紙は、本当に嬉しい。ぼくが、バルパライソを離れて、この名の知れない街、ラ・カレーラにきたのは、いろいろの面で、よかったようだ。

 久しぶりに新聞を買った。床屋の店さきに列をなしている若者たちの写真が掲載されている。長髪禁止令か・・・、軍事政権になると必ずおめにかかる法律だ。サンチャゴ、ビニア・デ・マル、バルパライソでは、とくに厳しいようだ。いま、肩までたれている長髪、後ろからみると女性と間違えられそうな姿、このスタイルとも、お別れが近い。ちょっと気にいっているが、しかたがない。長髪にさらばか・・・・。


第139回(8.22配信)439


9月22日(土)・・入国73日目(交換義務金1460ドル、所持金1200米ドル)・・朝7時起床。すこし腹が重たいが、ほかには体の異常は感じられない。
 階段下では、さかんに雛のさえずりが聞こえる。昨日、シルビアが、ニコニコ微笑ながら見せてくれた雛たちだ。ダンボールの中で4羽がさかんに口を開けていた。近所からの預かりもので、しっかり育てて、また別の雛が生まれたら、それをもらう約束らしかった。

 昼過ぎ、グラディが、足を引きずってやってきた。膝を白い包帯で巻いている。転んで膝をひどくうち、医者に行ってきたらしい。
 グラディは、ティトォから来た航空便を持っていた。船員をやっている兄からは、生活の補助として、いつもは40米ドルほど送ってきていたが、今回は、半分の20ドルしか入っていない、生活が苦しいとぼくに言う。おきまりのおねだりの理由づけか、それとも本当の話なのか? どっちにしても、あまりいい気持ちがしない。
「もう金がないよ」
 ちょっとムッとして、10ドル札を渡した。
「もうちょっと駄目?」
 現金は、あと50米ドル残っているかどうか、返事をあいまいにする。
「がっかり、じゃあ、日本に帰ったら、お金を送ってね。お願いよ」
 日本には、いつ帰れるのか、まずこの国を無事に出国できるのが、先決だが・・・
「努力するよ」
 こんな言葉で、やり過ごした。
(いま思えば、もう少しお金を渡してあげればよかった。彼女にとっては、当時は、ぼく以外頼る人がいなかったのだから・・・)
 手持ちの現金もだんだんなくなってきたから、いつまでも世話になっている訳には、いかない。
 あさってバルパライソに帰ろう。
 街は、ときおり早い外出禁止令(午後1時)がでて、まだまだ混乱しているようだが・・・ どんな表情で港街は、ぼくを迎えてくれるのだろうか?


第140回(8.25配信)441


9月23日(土)・・入国74日目(交換義務金1480ドル、所持金1190米ドル)・・この家は、いったいどうなっているのか? 昨日は、20人近く人がいたと思えば、今日は僅かに5人しか夜はいなくなるという。チリの人々は、ケセラセラ(なるようになるさ)の楽観的な気持ちが強く、平気で友達のところを泊まりあるくようだ。

 午後3時すぎ、シルビアが、マリアとマレナの双子の妹を連れてやってきた。チリの学制は、日本と同じ、6,3,3制。マリアとマリナは、小学5年生。算数を教えてくれという。小数どうしの割り算。解くのは、やさしいが、これをスペイン語で教えるとなると・・・
この地球の裏側に来て、小学生の算数に苦しむとは、おもいもかけなかった。
 ぼくのあまりよく通じないスペイン語が面白いのか、2人とも、よくわらい、無邪気で、とても可愛い。教えていて心がなごむ。
 ひょっとして、チリにはいって一番楽しいときを過ごしているのでは、ないだろうか!

 夕方、街のチャイニーズ・レストランに両替を頼みに行く。スザンナの口添えが効いたのか、あるいはクーデター後の政権に不安があるのか、ヤミドルは、現状価格維持、ラッキーにも10ドルを2万エスクードで代えることができた。
 


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