チリ その36   次ページ  前ページ  トップ    


第146回(9.15配信)


9月27日(木)・・入国78日目(交換義務金1560ドル、所持金1190米ドル)・・午前8時に起床。ラ・カレーラに向かう。ブスタマンテ(グラディやシルビアの姓)家族に会う理由ともう一つ、両替が、1ドル2000エスクードからすでに1400まで落ち込んでしまった。ひょっとしてラ・カレーラの方が率がいいのではの、判断があった。
 運良くバスがすぐ来て、ラ・カレーラに向かったはいいが、うっかりして、その町を通りすぎてしまった。気がついたのは、30分以上たってから、かなりアンデスの麓まで来てしまった・・・。
 強引にバスを臨時停車させて、降りたはいいが・・・。まわりには何も無い。遠くの方で、牧場が見えるだけ。道路ぎわに座りこみ、ひたすらラ・カレーラ方面に行くバスを待つが、はるか先の道路には、それらしい車体が見える気配はまったくない。
 待つこと1時間。昼近くなってきた。このままバスがこないとこんな道の脇で、軍部に追われたアジェンデ派が、銃を持って逃げまわっている国で、野宿だ。それこそ命の補償がない。寝袋もなく、本当にやばい。太陽が急に早く動いて行くように感じる。
 ときおり来るトラックや車に何度もヒッチハイクの合図を送るが、まったく止まってくれない。焦る。
 どのくらい合図を送っただろうか? なかば諦めていたとき、なんと行きすぎた乗用車が、バックしてくるではないか! ラッキー!
「プリーズ(どうぞ)」
 ドライバーは、40代の男性。彼は英語が通じる。そしてうまい。
「旅行中?」
「そうです」
「中国人、日本人?」
 彼は、ぼくの前を通過してから、外人とわかり、わざわざ引き返してくれたのだ。このときは、わが顔つきに感謝。
 チリでも大手の会社の重役らしく、この政変については、歓迎とのこと。
 しばらくすると検問にぶつかった。若い兵士が、車内を見渡し、ぼくにパスポートの提示とボディー・チェック、ショルダーバックの検査を求める。危ない物(銃もドラッグ)もないからすぐにOK。再び車に乗せてもらい、しばらく行ったところで、ハッとした。なんとパスポートを返してもらわなかった。なんということだ。こんなところで、パスポートを失ったら、すぐに殺されてしまう・・・。


第147回(9.19配信)


9月28日(金)・・入国79日目(交換義務金1580ドル、所持金1190米ドル)・・

 いやはや昨日は参った。慌てて検問を受けた場所に引き返してもらい、パスポートのことをいうと何とショルダー・バッグのポケットの中に入っているではないか。兵士は、返すとき気をつかって、バックの中に、しまってくれたらしいが・・・。チェックしなかったぼくが悪かった。反省。
 こんなに苦労して来たラ・カレーラ。ヤミドルは、なんと1ドル当たり1300エスクードまで落ち込んでいた。このレートならバルパライソの方がよかったかも・・・・。シルビアは、あちらこちら、当たってくれたが、どこも同じ。結局、両替を少し待つことにした(上がることはないのに、なぜためらったのか、たぶん、気持ちの整理ができなかったのでは・・いま日記を見ていてそう思う・・・実際3日後はもっと下がった)。

 いつのまにか滞在が79日になってしまった。もはや交換義務金と所持金とのは大きく逆転してしまっている。
「せめて両替義務金でもなくなっていればな・・。クーデターでヤミドルが消滅しても、それだけが残っているなんて、まいっちゃうよ。アンデス越えは、ますます危ないし」
 尾崎が言っていたことが思いだされる。
 いまこうしている間にもチリのどこかで人が殺されている。軍部に追い詰められたコミュニストたちが、続々とアンデスを越えているらしい。国境では、動くものを見つけたら、即座に弾丸をぶち込まれるという。逃げるのも命がけだし、このまま滞在するのも財布がもたない。いったいどうしたらいいんだ。


第148回(9.22配信)


9月29日(土)・・入国80日目(交換義務金1600ドル、所持金1190米ドル)・・ラ・カレーラに来ると時間が止まった錯覚に陥る。
 銃弾、爆発音、車のタイヤがきしむ音、道を歩く人々の緊迫した顔つき、緊張感、圧迫感、すべてがない。
 たんたんと流れる空気、どこでもある田舎町にただ滞在している感じ。チリ革命に無縁な社会が、ここにある。ときの政権がどう変わろうが、彼らの貧しさには、何の変化もなさそうだ。これが、町と都市の差なのであろう。
 スペイン語で、エクアドルのマーラ、英語でテキサス州のシーラに手紙を出す。チリのクーデターに出会い、いま足止めを食っていると書いたが、現状を知ったら、驚くだろうな。
 夕方、子供たちに日本の折り紙を教える。鶴や兜、とくに兜は、男の子に人気があった。
 シルビアの母親に6米ドル(食事と部屋代)を渡す。母親は、冗談まじりに、8人も女の子がいるのだから、一人ぐらいもらってくれない。シルビアなんか、とてもいい子よという。シルビアは、17歳。家族の中でもとびっきり色が白く、明るい子だ。家族の中でも自慢の娘だと母親が一番に押すのは、わかるのだが・・・。

 
第149回(9.26配信)


9月30日(日)・・入国81日目(交換義務金1620ドル、所持金1190米ドル)・・朝7時30分起床。ラ・カレーラ発9時10分の汽車に乗る。2時間ほどでバルパライソに舞い戻った。ちょうどヒロが、ヘラスコの隣りの部屋にいたので、2人で久しぶりにビニア・デ・マルのカルロスの家に行くことにした。
 市場で、手土産に、ウーバ(ブドウ)やナランハ(オレンジ)、バナナなどを買う。
 タクシーで乗り付けたのは、いいのだが・・・。
 いきなりセニョーラに、「カルロスが、カルロスが・・」と抱き付かれた。カルロスが、クーデター勃発以来、姿を消して、その後、何の連絡もないという。兵士たちも彼を捜しに家に来たが、金を渡して追いかえしたらしい。マルガリータやイボンヌにも会い、チリを離れることを言いたかったのだが、とてもそんな雰囲気ではない。セニョーラの涙には、何も答えられない。
 カルロスもセシリアも、アジェンデ派だ。彼らは、クーデター発生後、姿を消した。その後、19日も経つのに、生死がわからない。
 帰りぎわ、兄のペトロが、珍しくタクシーが拾える場所まで送ってくれた。
「お袋の前では、言えなかったけど・・・、カルロスは死んだ!」
「えっ」
「銃で撃たれた」
 衝撃だ。目の前が、真っ白になった。
「どこで?」
「サンチャゴ」
 もう何といっていいのか、言葉を捜せない。
 

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