第150回(9.29配信)442
10月1日(月)・・入国82日目(交換義務金1640ドル、所持金1190米ドル)・・朝8時30分起床。夕べは、カルロスとセシリアの顔が浮かんでは消え、春に向かう暑さも加わり、よく寝れなかった。トーストとスープの簡単な朝食を取る。これからは、ヤミドルがどんどん下がってくるため、泊まって食べるだけで1日2米ドル(480円)は、最低かかるだろう。前は3米ドルもあれば、花町で十分遊べたのに・・・このままだとチリが南米で一番物価の高い国になってしまう。はやく逃げなければ・・・。チリには、素敵なところ(温泉、森林、氷河、山々)がたくさんある。回って見たかったが、いまとなっては、すべて駄目になってしまった。
午前11時過ぎ。福岡さん、及川、尾崎が連れ立って来た。4人で会うのは、クーデター勃発いらいである。及川は、ショックから立ち直っていた。
みんなで、バルパライソのインベス・テ・ゲーション(移民局?)へ行く。
うまくすれば、出国許可書が手にはいるのでは・・・甘い期待を込めていったのだが、やはり両替義務は、しっかり残っていた。銀行の両替証明書を持ってこいの1点ばり。しかし、いい情報もあった。チリ国内に親戚や親しい友人がいると、多少、滞在日数に手加減が、くわえられる(移民局員の私案?)かも知れないとのことだ。
夕方、ホテルで、『・・・チリを訪れて、4、5日で出国する予定が、病気をしてしまって、友達のところで、静養していました。どうやら動けるようになりましたので、これから旅を続けます。両替義務日数を減らしてください・・・(日記に内容記載がないので、思いおこしです)・・・』の原案を作る。
ちょうど書き終えたところ、スーシーがオリエットと現れた。彼女らに原案を見せ、手直しとサインを頼むと、心よく引きうけてくれた。彼女らは、2人で話あいながら、完成させてくれた。明日、コピーして、それに2人とも、私のところに泊まっていたと住所と名前、サインもしてくれるらしい。ほんとうに彼女らは、美しくて、親切な心の持ち主だ。
第151回(10.3配信)439
10月2日(火)・・入国83日目(交換義務金1660ドル、所持金1140米ドル)・・ブラック・マーケットは、壊滅状態になってきた。銀行での両替が、1ドル850エスクード(前は、350)になり、ブラックだと1ドル950エスクード(最高時は、2400)。銀行とブラックとの差は、もはやほとんどない。チリ人にいわせれば、これは一時的なもので、また前のように、ヤミドルが復活するとはいうが・・・ぼくらには、それを待っている余裕などない。
及川は、エレナの親父さんに頼んで、ビザを取ってもらうらしい。両替の義務金がどうなるかは、不透明だが、とりあえず彼は、急いで逃げることは、なくなったようだ。
午後3時過ぎ、脱出のうち合せでプエルトにいる尾崎のところに向かう。
花町の入り口で、
「おい、日本人か?」日本語で呼びとめられた。
鉢巻を締めた男たちが、3人いる。福岡さんが、言っていた。いま、花町に行くなよ。がらの悪い日本のマグロ船員が、荒し回っている。花町の女の子たちは、彼らを心よく思っていないから、なおさら雰囲気は最悪だと。
「日本人だろ」
「どこかにいい女いないか」
「紹介しろよ。やすくていい女を」
「騙すなよ」
取り囲まれてしまった。これでは、日本のやくざが、マグロ船に船員になったのではと間違えそう。
「いや、知らない」
しったかぶりをして、案内でもしようものなら、とんでもないことになりそうだ。それとなくサーと彼らから離れた。
リッチな生活も、どことなく心が和む雰囲気も、花町では、もはや、過去のものになりつつある。クーデターは、完全にぼくらのパラダイスを破壊してしまった。
第152回(10.6配信)440
10月3日(火)・・入国84日目(交換義務金1680ドル、所持金1140米ドル)・・新聞『ラ・シオン』に両替の記事が、でていた。それによれば、旅行者18歳以下は、1日5ドル、18歳より上は、1日10ドル、親戚(血縁のみ)がいれば、1日5ドル、大使館関係、宗教家は、両替の義務なしと新しい法律が決まったことが書いてあった。
しかし、それはこれからのことで、それ以前の入国者に対しては、前の法律が、生きているらしい。ということは、いままでの交換義務金1680米ドルは、半分の840米ドルにはならない。現状は、なにも変わらない。いぜんとしてピンチなことには、なんの代りのないということだ。
午前11時過ぎ、尾崎が来た。どことなく複雑な顔をしている。
「俺は、あしたサンチャゴに向かうけど、尾崎は、どうする」
「俺か・・・・迷っているんだ」
「両替する金なんか、ないぜ」
「わかっている。逃げるしかないんだけど・・」
「いつまでいても、同じだから、俺は、一人でもいくよ」
「あのな、実は、グローリアに赤ん坊が、できたらしい」
「そう・・・・」
かなりショックであとは何も言えなかった。言葉がみつからない。よかったなというべきか、それとも・・・。
昼過ぎ、バルパライソの海岸を歩く。この海岸は、いろいろな人と一緒に歩いた思いで深い場所だ。こことも今日1日でお別れ。尾崎には、もし一緒にいくなら、明日、11時半ごろバス・ターミナル来てくれと言っておいたが・・・たぶん、ひとりで逃げることになりそうだ。心細いが、それもしかたがない。
ホテルに帰るとグラディが、ぼくを捜していたとマリッツアおばさんが教えてくれる。グラディの下宿先に電話をしたが、彼女どこかに行ったらしく、連絡はつかない。寂しい、少し話をしたかった・・・。