チリ その38   次ページ  前ページ  トップ    


第153回(10.10配信)439


 10月4日(水)・・入国85日目(交換義務金1690ドル、所持金1100米ドル)・・午前9時起床。グラディの下宿に再度、電話。彼女はいない。ラ・カレーラにでも帰ったのか?向かいにできた新しいカッフェで、パンとジュース、コーヒーの朝食。銀行で40米ドルを両替する。ヤミドル崩壊後、ドルに羽根がはえたごとく、すぐに飛んでいってしまう。
 及川に電話、チリを離れることを告げたかったが、彼は出かけていた。電話口で、会う機会がとれなかったエレナのマドレ(母親)と話をする。
「アオラ、メ ボーイ ツ アルゼンチイナ(いまから、アルゼンチンに向かいます)」
「テンガ クイダード(気をつけてね)」
 母親の驚きとさびしさがまじった声が、聞こえた。
 及川には、今日、バルパラを離れることをはっきり言っていない。世話になった福岡さんにも連絡をしていない。もう1日出発を伸ばすかと一瞬迷ったが・・・。
 バス停に行くと、なんとリックを担いだ尾崎が、グローリアと連れ立って、ぼくを待っている。
「一緒にいかないと思ったぜ」
「迷ったんだけど・・・」
 尾崎は、一度チリを出て、また1週間ぐらいしたら再入国する計画らしい。
 正午少し前にサンチャゴ行きのバス(90エスクード)が、動きだした。見送りは、グローリアだけ。ちょっと寂しい。
 海岸線に沿って、ビニア・デ・マルを通り抜けるとき、カルロスの笑い顔、セシリアの悲しげな横顔が浮かんだ。胸が一杯になった。
 
 バスは、途中で何回も猛スピードをあげる軍用車両に追い抜かれた。すれ違いざま兵士たちが、銃口を向け、威嚇射撃のまねをする。ときには、10数台、連続でバスの脇を通過する。
 サンチャゴまであと30分ぐらいに来たとき、バスは突然停車した。検問だ。イヌが車内に飛び込んできた。兵士が数人、車内に乗り込み、荷物を持って全員バスを降りろと言う。荷物検査。リックを開けていると、突然騒ぎがした。若いおとこが、銃の台尻で殴られた。何が起こったのだろうか? 連れの若い女性までもが、バスの車体に両手をつかされ、もっと足を開けとばかり、太腿を小銃の先でこずかれている。
 唇から血をにじませた男と何やら叫んでいる若い女性を残して、バスは出発をした。クーデター後、3週間が過ぎたが、まだまだアジェンデ派の若者たちへの追跡はやみそうにない・・・。


第154回(10.13配信)439

午後2時過ぎ、バスは、サンチャゴに滑り込んだ。ひさしぶりに訪れたサンチャゴ、市内をすこし歩く。プラタナスの並木に沿って銅版画やハンドバック、革ベルトなどを売っている土産物屋が、ビルの1階のアーチ型の屋根の下一杯に商品を展示し、広場のマーケット街では、客引きが少ない客をうばいあっている。商店、銀行、旅行社もいつもと変らず営業をしている。
 アジェンデ大統領が、暗殺されたモネダ宮に行ってみた。
 警官が数人焼け跡を警備していた。上空から激しい攻撃を受け、跡形もなく破壊されていると思っていたが、そとからみる限り、宮殿の壁がボヤをおこした程度にくすんでいるだけ。激しく燃えあがったであろう内部は、周囲がベニアではり巡らされ、覗くことができない。
「クーデターのときは、すごかったよ」
 日本語が聞こえてきた。報道関係者なのか、3、4人の日本人がたち話している。
「向こうの上空から、ジェット機が何機もとんできた」
「戦車は広場を埋め尽くすは、野次馬は、大勢集まるは」
「なにしろ火柱が、10数メートルくらい昇った」
「撃ち合いもすごかったな」
 彼らが立ち去った後、すこしたって、装甲車がゆっくり街角から現れた。小銃やライフル銃をさげた兵士が大勢乗っている。一般車両が道を開ける。これからしばらくは、こんな状態が続くのだろうな。


第155回(10.17配信)438 

 手紙と情報を得るため、日本大使館に向かった。メキシコやキューバの大使館の前には、アジェンデ派の分子が政治亡命を求めて逃げ込むのを防ぐため、軍部のジープが見張っていると聞いていたが・・・。日本大使館の前には、そんなジープは止まっていなかった。
 ビルの3階に行く。
「モネダ宮には行かないでくださいね。危ないですよ」
「2週間も滞在されているのですか? はやく出国してください」
「撃たれて死んだ人が、大勢いますから、夜は外出しないでくださいね」
 2人の女性職員が、大使館を訪れた人に声をかけては、何回も注意を繰り返している。
 閲覧棚にあった新聞を読む。
 気になっていた諸外国の反応が出ていた。

・・・メキシコ市では、学生グループがアジェンデ支持のデモ。同国チリ大使館には約千人の学生が集まり、メキシコ政府に軍事政権を認めないように要求・・・
・・・ボゴタで警官隊とデモ隊が衝突。20人の学生が逮捕・・・
・・・コロンビア上院は米独占資本を非難し、アジェンデ大統領を追悼して1分間の黙とうをささげた。・・・
・・・アルゼンチンでは、2万人の反米デモ隊がブエノス・アイレスを行進。左翼学生グループは、アンデス山脈を越える用意があると語る・・・
・・・ペルーでは、帝国主義者は、まずボリビアで、そして今度はチリでクーデターを行った。今度は、わが国に手を伸ばそうとしている・・・

 ことの真偽は別にして、チリ国内では、まったく入手できない情報が、新聞、雑誌のタイトルとして、踊っている。

 しばらく読んでいると尾崎が、大使館員につかまっているのに気がついた。
「この国はもう長いんですか?」
「いや、そんなには」
「それならいいのですが、これからどちらに?」
「南に行こうと思っているのですが」
「南ですって。いけません。南部はテロ活動が激しくて危険です。ここからメンドウサへ飛びなさい」
 メンドウサか。サンチャゴから一番近いアルゼンチンの都市だ。飛行機だとたったの1時間でアンデス山脈を飛び越えてしまう。料金も20ドル(4800円)ほど。できることなら、ほんとうにそうしたい。


第156回(10.20配信)436

 別の新聞にも手を伸ばす。
・・・コスタリカの国会では、クーデターを全員一致で非難・・・
・・・ソ連のタス通信は、国際独占資本を攻撃・・・
・・・キューバは、在チリ大使館が軍によって包囲されていることを抗議・・・
・・・スウェーデン政府は、軍事政権誕生により、チリへの開発援助協定を凍結・・・
 その他、ローマ、パリ、ロンドンなどでもクーデターに対する抗議の渦が巻き起こっている。
 世界の世論の中で、アメリカでは沈黙を保ったままだ。クーデターはアメリカのCIAが軍部を焚きつけた。クーデターの勃発する数時間前に訓練と称して、米海軍の駆逐艦3隻と潜水艦1隻がチリ海軍と合同練習をしていた。すべてアメリカが操っているとの噂が流れていた。雑誌に書かれていたことは、ほんとうか・・・。
 雑誌を読んでいると大使館員が、ついに寄って来た。そのうち話かけてくるなと感じていた・・・。

「注意してくださいね。いまも旅行者が一人、国立スタジアムに収容されて、命が危ないんですよ」
 オサムのことだ。大使が連日、軍当局に出向き、政治的背景はないことを当局に納得させている。早期釈放、交換義務金を払わせ、国外追放をするように交渉しているが、なかなか大変らしい。 
 大使館員は、まだ北に1人、南で2人つかまっているという。確認できない人を含めて、数人は自由を奪われているような口調である。


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