アルマス広場 灰色の街角
第19回(6.21配信)434
7月17日(火)・・入国4日目・・朝11時起床。中央郵便局に行く。ラパスで買った木製の彫り物(インディオの顔)を航空便(2100E)で日本に送る手配。重さ3キロ。航空便は1キロまでとの制限があるらしかったが、粘って送ることができた。無事に日本に届けば良いが。
サンチャゴで一番華やかな場所、マルクス広場に来た。広場を囲んで三、四階の低いビル。軒先には露天がところ狭しと並んでいる。アーチ型の天井に届くほど高く飾った革製のベルト、コート、バック、ベスト。その前の店先には、タバコ、絵葉書、ハンカチ、シャツ、靴などが並べられている。店の周りには小さなリックを背負った中年の旅行者たちがが、ぽつりぽつりと見える。彼らは店員と値段の交渉している。
ガイド・ブックによれば、サンチャゴの人口は約200万人。ペルーの首都リマよりわずかに少ないだけなのに人の動きが少ない。パンやニワトリの丸焼き、アイスクリーム、ホップコーンなど人を集める食べ物屋がないから???
社会主義政権になってそれまで統制された??? そんな馬鹿な。
第20回(6.24配信)433
及川と尾崎、3人連れだって市街で一番広く、美しいといわれているアルメダ通りを歩く。トムが教えてくれたブラック・マーケット(カテドラル通り、720番地。オフィスビルの2階。サン貿易商)は、看板さえ見つけられない。情報が古くなったのか、それとも摘発されたのか?
マグスティナス通り、975番地。オサムがおしえてくれた場所が黒いビルのプレートに刻まれている。右側にレストラン「コミダ」、左側にはナイト・バー「アモール」、車道寄りにキョスク。茶色のショールを羽織った老婆が歩道にたたずんでいる。アンデス山脈から吹きつける風が強くなった。早くかたずけよう。よし、行くか。あっ、やばい。警官がやってきた。キョスクを覗きこんでいる。ヤミドルの交換現場を押さえられたら、罰金刑ではすまない。ひとしれずどこかの孤島にある刑務所に送られてしまう。かといって銀行で正規に両替していたのでは、とても生活できない。
警官が角を曲がったのを見計らってビルにはいる。
正面にエレベーターの赤いドア、脇に薄暗い2階に続く階段。4階から下がってくるエレベーターの階表示ランプをみていると背中がウズウズする。『あの、ちょっと』と呼びとめられそう。振動の多いエレベーターを3階で降りる。めざす303号室は、右におれた廊下の突き当たり。【国際貿易】の看板がかかっている。廊下には、誰もいない。すりガラスの小窓がついたドアをノックした。なかからは、何も聞こえない。誰もいないようだ。このぶんだとヤミドルの交換場所は、見つけられそうにない。
夜、咳が止まらない。寒さがこたえる。
第21回(6.28配信)435
7月18日(水)・・入国5日目・・午前9時起床。風邪があいかわらずすぐれない。この調子だといつまで滞在するか? 食事をしに及川と外にでた。あい変わらず空はどんより曇っている。アルメダ通りの宝石店を覗いていると見たこともある顔に出会った。ニューヨークの紅花で働いていたK夫だ。
「久しぶり」
「サンチャゴはいつ?」
「おととい。ヤミドル交換所知らない?」
「いま代えてきたばかりだよ」
「おっ」思わず声がでた。情報は、まさにカネ。あきらめかけていたヤミ市へのドアをつかんだようだ。
K夫の案内で、目の前のビルに入る。3階まで一気に階段を駆け上がる。トイレの前の部屋にKは、まるで我が家のようにはいった。
「セニョール、ドルを売りたい仲間を連れてきたけど」
「ハポネス、OK。いくらチェンジ?」
「1ドルのレートは?」
「キャッシュ1700エスクード。チェック1600」
情報では、1ドル1500エスクードだった。一日ごとにドルの価値があがっている。
「1ドル紙幣、OK」
「ノー、10ドル紙幣、50、100は最高」
セニョールは、100ドル紙幣の現物を見せてニッコリする。
なぜヤミドルが存在し、そのとき1ドル札の価値が低く扱われるか。
チリのように資本主義路線をとっていた国が急に社会主義あるいは共産主義にとって代わる。そうすれば政府が、いずれは大地主の土地や大会社を国有化するのは、目に見えている。資産家たちはむろん浮き足立つ。宝石や貴金属ならいざしらず、広大な土地や建物を国外に持ち出すわけにはいかない。
そこで土地や邸宅を売り払い、金をあつめるが、他の諸国で通用しない自国の紙幣では役にたたない。ドルのように国際通貨にかえる必要がある。ドルの国外持ち出しには、制限があるから、ドルを手にいれるには、このようなヤミドル交換所をとおして、旅行者から銀行より数倍高いレートでドルを買うしかない。
政情が不安定な国ほどドルを欲しがる人は多く、ヤミドルの交換レートは上昇する。このようにして集められたドルを密かに国外に持ち出すのだから、百ドル札のようにかさばらない紙幣がいいに決まっている。
「たくさん交換したほうがいいよ。何回もくるのは、危険だよ」
第22回(7.1配信)440
貿易商の男のいうとおりだ。ヤミドルの交換は、この国では違法。密告、手入れ、おとりなど、なんでもあり。危険はできるだけ避けた方がいい。
「OK。では、80ドル」
40ドルの予定を急きょ50ドルと10ドル3枚に変更。
男は、引出しを開けた。エスクードの束に混ざって、10ドル、50ドル、100ドルの紙幣。ぎっしりつまった紙幣の影に、拳銃が見える。客とのトラブル解決、それとも護身用? とにかくいい気持ちがしない。
「こんどは、378号においで。ここは閉めるから」
まだまだドルは必要だ。友達にも声をかけてね。日本人は、安心だから。男は、このような意味のこともつけ加えた。せかされて、エスクードを数え、取引はあっという間に終わった。男は、笑みを浮かべて、ぼくたちを出口にみちびき、バタンとドアを閉めてしまった。
この間の時間は、5分もかかっていない。してやったり。50ドルと10ドル3枚、わずか4枚の紙幣が1000エスクード136枚になった。銀行での両替の11倍。
そのとき、及川がとつぜん叫んだ。3階のラセン階段の手すりのところで金を数えていて、財布にはいっていた20ドル(パナマで購入)コイン2枚、5ドルコインを4枚、1階に落としてしまった。ぼくは、誰にも盗られないように階段の手すりから身を乗り出して、下を覗き、及川は1階まで駆け下りてコインを拾い集めた。
ハッときがつくとK夫が、及川の財布をもっている。及川がとっさに彼にあずけたのか? ぼくは、あわててK夫から財布をとり、及川のバックにいれた。
コインは1枚を除き、あとは回収できた。そこまでは、まだ被害は少なかったが、及川がやけに沈んでいる。彼の財布にあった65米ドルがいつの間にか紛失している。コインと一緒に落としたのか、あるいは? 及川は、通りをでるとあわただしく別れたK夫を疑っている。
ことの真相は、もうやぶの中。なぐさめる言葉も見あたらない。
第23回(7.5配信)442
7月19日(木)・・入国6日目・・この間、銀行で正規に両替したのは、40ドル。いまなら、あと20ドル分のバンクレシートを入手すれば、堂々と国境を通過できる。でるか、もっと滞在するか?
日本大使館で雑誌を読んでいると
「日本から」と、革ジャンの人に声をかけられた。ぼくと同じ旅行者と思ったが、彼は、チリ大学の大学院生。なぜ日本からチリへ留学? 不思議な気がしたが、チリは日本と同じ火山国、地質を勉強しているといわれて、なんとなく納得。
「物価がどんどん上がってね。とてもじゃないが、まともじゃ生活できない」
日本からの送金はすべて銀行をとおすから、価値は減少する。それで彼は、違法とわかっていながら日本からの手紙にドル札をはさんでもらい、それをヤミで交換しているらしい。
「この国は、いつクーデターが起こるかわからない。早くでたほうがいいよ」
美女に囲まれたにわか成金生活なんて、いったいどこにあるんだ。危険だし、物価も高いのか安いのかわからない。なんといっても、いつもどこか緊張し、心が休まらないのがきつい。
第24回(7.8配信)439
午後10時過ぎ。及川、尾崎と一緒に、ホテルのボーイから聞いた女の館に出向く。そこは、歩いて30分ほど(タクシーだったのか、どうやって行ったのか、いまは思い出せないが)、静かな住宅の一角にあった。
ドアをノックする。覗き窓をとおして、なかから外をうかがっているようす。外国人とわかったのであろう。ドアはすぐに開いた。
「ブエノス、ノーチェ(こんばんわ)」
ドアマンが、微笑んでいる。中にはいって驚いた。南米のどことなく汚らしさは、見当たらない。床は、赤ジュータン、壁には絵画、廊下の隅々にあふれんばかり花が、飾られている。
微笑みで出迎えてくれた支配人は、ぼくたちが日本人(ハポネス)とわかった途端、彼の笑顔は、はじけんばかりになった。
この館は、いったいどうなっているのか? 部屋や廊下の片隅、ソファ、いろいな場所で女の子が誘ってくる。15〜6人はいるのでは。みんな若くて、とても洗練されている。背丈は、大柄でなく、日本人には、ちょうどいいサイズ。そのうえプロポーションは抜群。色白の子も多い。チリといえば、スペイン系だけと思っていたが、そうか、第2次世界大戦で破れたドイツ人の多くが、チリに亡命したことを思い出した。その血が流れている子が多いいのだろう。
親しみやすく綺麗、他の南米では出会わなかった知的な雰囲気。おとなしく、純粋さと新鮮さを感じる。旅仲間の多くが、この国の虜になってしまう理由がわかってきた。
女の子に「ボニータ(綺麗だね)」と声をかけているときだったと思う。
突然、館が騒がしくなった。ドカドカと5、6人の男たちが入ってきた。女の子たちは、男たちの方にいってしまう。どうも政府の高官(経済界の大物?)ご一行らしい。ここは、映画などでよく見る高級コールガール、富と地位を築いた男たちの遊び場なのかもしれない。
夜のアバンチュールは、3500E(日本円で7000円、ヤミで700円)より。あとは成り行きしだい。ぼくたちが、その後、どうしたかは、秘密。
日記には、「・・午前4時ごろ、迷いに迷ってホテルに帰った。戒厳令?なのに、なんと危ないことを。・・ああ、疲れた・・」と赤い文字で書いてある。