第161回(11.7配信)440
窓の外には、カンテラの明かりが点在し、兵士に見張られた人夫たちがツルハシやスコップを振り上げ、線路わきの穴を埋めている。車内をひっきりなしに兵士たちが行きかい始めた。
「ここが山場だな」
「コンセプションに来たぞ。見ろよ。兵士だらけだ」
手前の駅・シランを発車したときからこの瞬間が気がかりでならなかった。
コンセプションといえば、ブラッツ将軍が軍事政権打倒の義勇軍を募ったと噂される、人民連合の拠点ともいうべき街だ。いまだに山岳地帯では激しいゲリラ活動が続いている。そのため、軍政府は森の奥深くまで警察犬を繰り出し、壊滅作戦を展開している。
窓越しに明るい照らされた駅前広場が見渡せる。ジープや軍用車のライトが無数に輝き、焚き火の炎がゆらいでいる。
「おっつ」思わず声が出てしまった。
ホロをかけたトラックに労働者がつぎつぎと乗せられている。10人以上の男たちが、線路脇の柵に両手をつけさせられ、小銃で小突かれている。悲鳴のような叫び声も聞こえてくる。
「ノ、ミラ(おい、見るな)」
前座席の男が、見まわりに来た兵士に怒鳴り散らされた。思わず車窓ガラスから離れる。見てはいけないのだ。たとえ目の前で何が起ころうとも。
十分ほど停車しただけで、列車は何事もなくホームを離れた。コンセプションの明かりが遠くなる。ヒロは、無事に降りたのであろうか?
第162回(11.10配信)439
やっと急行列車らしくスピードが上がった。車内が薄暗くなった。ささやき声も聞こえなくなった。乗客はみんな眠りはいったようだ。目をつぶる。たえまない緊張でかなり疲れているはずなのに頭がキーンとして、眠気が襲ってこない。まぶたにバルパライソやビニア・デ・マルの出来事が次々と思い出される。
「銃をもって一緒に戦って」
セシリアの白い顔が浮かんできた。うしろにカルロスもいる。
「そんなことできないよ」
「逃げるのね」
「ぼくは旅人さ。争いは駄目。セシリア、君もやめろ、危ないことを」
「話しても無駄ね」
深い森の中から自由を求めるパルチザンの旗が押し寄せて来た。
突然、体を前の座席に激しくぶつけた。夢を見ていたようだ。
車内の電球がせわしく点滅し、兵士たちがドタドタと通路を走っていく。後ろの席の赤ん坊が、泣き声を上げた。
「何が起こったんだ」
「わからない。でも止まってくれて助かった。上下にバウンドするんだもん」
尾崎は、突然の急ブレーキで列車が転覆するのではないかと感じたらしい。
列車を降りた兵士たちが、大声を上げて線路を行き交っている。もしこの先の線路が破壊されていたら、やばい。プエルト・モントまでたどり着けるのかな・・・。
車内アナウンスがはいった。どうやら何ものかが線路に岩をおいて列車の進路を妨害したらしい。
岩を取り除いた線路を、列車は徐行しながら進む。
緊迫していた車内の空気が和らいだ。
尾崎は床に落ちたタバコを拾い上げる。通路に散らばったバックや紙袋が網棚に戻される。これから何回こんなことに出くわすのか?
朝方、列車がバルデビアを通過した。胸がうずいた。
バルデビア、ここは、セシリアの生まれ故郷だ。
〜私を忘れないで
私を忘れないで
花のような私の名前を
セシリア 〜
彼女の白い顔、神秘に満ちた瞳、甘い声、やさしい心、すべてが感じられる。
第163回(11.14配信)438
10月5日(金)・・入国86日目(交換義務金1700ドル、所持金1000米ドル)・・午後1時50分、やっと列車は、プエルト・モントに着いた。天候は最悪、どしゃぶりの雨のお出迎え。おまけにゾクとする寒さ。
強風から傘を守りながら、駅前のホテル・プトバラスにかけ込んだ。
プトバラスは情報どおり概観は宮殿を思わせる最高級ホテル(一人700エスクード)だ。駅の周りには、もっと安いホテルもあるが、安全性の面で不安(安宿は、警官に踏み込まれる危険が多いとの情報)があった。
バックパッカーの身としては、これから先、こんな豪華ホテル(晴れていたらホテルの部屋から、澄みきった美しい湖が見える)に泊まれることは、ないのでは?・・・もし密出国に失敗したら、豪華ホテルでの滞在など、夢の世界になる。それなら記念にとの意味もあった。
ホテルの部屋にリックを置くとすぐに外出。
交通オフィス・01で切符を購入(アルゼンチンの国境まで1710エスクード)。銀行で20米ドルを両替(1ドルあたり600エスクード。1エスクード、0.4円)。いままでの交換比率では、最低である。
ホテルに帰り、1階のレストランで遅い昼食(なにを食べたか記載なし)。
その後、ビニア・デ・マルの及川に電話するが、彼はまたもエレナと外出中、バイバイを言いたかったがしかたがない。
福岡さんとは、ラッキーにも電話がつながった。彼の話では、どうやらサンチャゴの国立競技場で捕まっているオサムは、軍事裁判にかけられ、罰金を払った後、日本に強制送還になるらしい。
「注意して行けよ。もし2週間しても、お前らから無事の連絡がなかったら、日本大使館に、捜してくれとお願いしてやるよ」と、冗談まじりに電話口で言われる。
彼の気配りを心強いと感謝すべきなのだろう・・・。
夜、尾崎と相談をして、所持金の半分を小分けして、Gパンの裾のところに縫い付けたり、薬箱の中、リックのポケットにテッシュで包んだりして隠した。
もし国境で交換義務、強制両替を迫られたら、これしかないと粘るつもりだ。うまくしたら4〜500ドル払っただけで国境を抜けられるかも知れない。そうしたら手元に500ドル程度残り、旅を続けられる。だが、計算どうりに行くかどうか・・・
外は、いつの間にか雨から吹雪に変わっている。
明日、バスが国境に向かうだろうか・・・・。