チリ その6   次ページ  前ページ  トップ  上 


第29回(7.26配信)434
バルパライソの日本人

「よ、よ」ホテル・ヘラスコの部屋の前で、ばったりと谷に会った。ニューヨークで別れて以来、7か月ぶりの再会。あのときは、汚いジーンズにジャンパーだったが、いまは、プレスのきいた茶のパンタロンに真新しい茶のブレザー、かかとの高いコルクシューズ。髪はあいかわらず長いものの、とてもニューヨークで部屋が無くて野宿していたとは思えない。これぞヤミドルの効果か?
「偶然やな」
「いや、会いに来たんだ。オサムに聞いてな」
「ちょうどよかった。ちょっと付き合ってよ」
 谷は階段わきの206号室に案内した。中には5,6人。なぜかブラジルのサンバを聞き、ビールを飲みかわしている。知っている顔は、及川と尾崎。あとは、始めて会う連中だ。イザベルおばさんが、言ってはいたが、南米のチリで実際、こんな大勢の日本人に会うとは思わなかった。それだけ、チリには、若者を引きつける甘い夢がある国なのだ?。
「ラーメンがあるよ」
 谷が紙袋からマグロの刺身、お新香、梅干、インスタントラーメン、お茶、日本酒をだすたびに、「わおう」と歓声が上がる。
 港には、日本の遠洋漁業のマグロ船がよく入港する。大半は数泊したらすぐに出港するが、エンジン・トラブルで動けないのが1隻いる。谷はその船の船員と友達になり、日本食をご馳走になったうえ、お土産までもらってきたのだ。港町の利点というべきか。この海のはるか彼方に日本がある。

第30回(7.29配信)435

 イザベルおばさんにお湯をもらって作るインスタントラーメン。何ヶ月ぶりかの日本の味。(この日記を書いている、いまでもメン、一本、一本の味を思い出しそう)
 時間が経つにつれ、他の連中の名前がわかってきた。白と黒の格子模様のポンチョを来て、ギターを抱えているのが丸山。灰色の厚手のセーター姿が、ヒロ。褐色のポンチョを毛布みたいに羽織っているのが田中。ポンチョやセーター姿の中にあって、ネクタイを締めているのが福岡さん。チリ滞在3年。彼だけが、ぼくたちみたいな旅行者ではなく、生活者である。
 日本酒の酔いがまわってきたころであったと思う。誰かが谷がアンデス越えをしたと言った。このときまで、まさか谷が一度アンデスを横断して、アルゼンチンに抜けたことがあるなど思いもしなかった。
「いつ」
「一か月ほど前や。寒くて足がもげそうだった」
 谷とヒロは滞在が3か月以上になり、正規に出国すると1000米ドル以上も払わなければならない。そのため密出国して、数日、アルゼンチン側で過ごし、ふたたび入国してきた。
 税関では、前に入国したときのスタンプの上に出国スタンプが押してないからかなり入るに手間取ったらしい。
 チリは、そこまでして再入国したいほど魅力のある国なのか?
 女の子はきれいで親しみやすい。ワインは極上、ビールは1本、日本円で5円、1万円で2000本も買える。自然は素晴らしい。長く滞在できると彼らは、チリのよさを口々にいう。
「飲みものだけが豊富でもな。レストランは、休みが多い・・」
「あしたになれば開くよ」
 彼らは、ひらいている店を捜せばいいと、まったく気にしない。
 福岡さんによれば、アジェンデが政権をとるまでは、こんなことはなかった。いまは、トラック業者のストライキが激しくて、食料品の輸送がスムーズにいっていない。自前のトラックで材料を確保できるレストランはごくわずか。バルパライソは、海の幸の入手が容易だからまだいい方。サンチャゴは、もっともっと食材確保が厳しいらしい。

第31回(8.2配信)434

 ともあれ、彼らの生活は、まず昼過ぎまで寝ている。夕方になると近くの花町(プータホテルの密集地)に出かける。そこで気が合った女の子を見つけて、飲んで騒いで明け方まで。
 素敵な子が見つからなかったら、若い女の子が集まるディスコ・ティックもある。通りにだって、可愛い女の子が一杯。すぐに親しくなれる。
 バルパライソから2キロ離れたところには、高級避暑地、ビニヤ・デ・マルがひろがる。夏になれば白い砂浜でビキニ姿の娘たちが、おしげもなく白い裸体を露出している。知的で金持ちの女の子たちと友達になるのも難しくはない。避暑地には、カジノもある。一晩中、勝負に熱中できる。
 飲む、打つ、買う、のすべてが、すぐに満喫できる。
 そればかりではない。
「旅行もいいぜ。南は緑が多くて最高。バルディビアは、OK.大きな虹マスが釣れるんだ。それを薪で焼いたら、うまいのなんのって」
「サン・アントニオは乗馬ができるよ。100円で半日もかっこいい馬に乗れるぞ。日本じゃ、とてもとても」
「女の子を4人ほど引き連れてボルテロに行った奴が話していたよ。白一色の雄大なゲレンデを、まる一日キャッキャッいいながら滑る。その後で温泉につかる。美人4人を相手に湯の中で騒いだあと、山の幸をたらふく食べる。それでかかった金は、わずか2万円くらい。やっこさん、ここは知られざるハーレムだ、ハーレムだって騒いでいたけど、ついに金が切れて、出ていったよ」
 彼らの話は、とめどもなく続いている。
 作り話もあるだろう、誇張した話も伝わっているのかも知れない。でも、彼らから、かなりの情報が得られた。その中でも、《アンデス越えは、もう雪が深いから駄目、春まで待たないと密出国ルートには使えない》は、ちょっとがっかりする情報だ。

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