第32回(8.5配信)432
7月22日(日)・・入国9日目・・目覚めたら午前11時過ぎ。昨晩は飲みすぎて、頭が痛い。
谷が昨晩「チリの女の子と結婚する」と言っていた言葉が思い出される。最初は冗談と思ったが、みんなが「あんなに若くて、可愛い子を捕まえて」と羨ましがっていたので本当であろう。チリの女性には、日本から遠く離れたチリにふらっとやってくる若者は、とても金持ちに見える。白馬に乗った王子のごとく感じられるらしい(現実は、貧乏人の集まりだが)。
彼女らが、外国人にあこがれるのは、この国の現状に関係がある。何しろ、生活物資は不足、銃撃戦が起こる危険性、落ち着かないイライラが彼女らを豊かな国、安全な国へと向けている。
福岡さんによれば、アングラ放送が、政府と軍部との対立がますます激化、クーデターが起こるのは、時間の問題とさかんに政情不安をあおっているらしい。
もし、クーデターが起きたら、ぼくたちにはどんな影響があるのか?
国境閉鎖? 外人狩り? 弾丸の嵐に巻き込まれる? まったく想像がつかない。
食事がてら、散歩に出かける。
午後4時すぎ、夜食代りに、ナランハ(バナナ)とウーバ(ブドウ)を買って、ホテルに帰ると及川と尾崎がなぜか浮かぬ顔をしている。
イザベルおばさんとトラブル? 部屋代が少しあがった?
日記には、部屋代の件としか書いていないので思いだせないが、たぶん部屋代の大幅な割引交渉が、失敗に終わったのあろう。
はやくいい子を見つけて、彼女の部屋に転がりこもうと彼らは、話し合っている。部屋代を浮かすのは、それがベストの方法である。
第33回(8.7配信)431
花町(プータ街)30数軒
男4人と花町に繰り出した。花町は、ホテル・ヘラスコから徒歩で4、5分。聖マトリップ教会から2条に伸びた通り、コラチネとセーラノにはさまれた地区にある。ヒロの説明によれば、店はプエルト、ブロンクス、ブエノ・ベンチェラ、ニューヨーク、ノース・ホークなど30数軒。そこで働く女の子は、1軒あたり20人ほど。大きな漁船が入港するとその人数は倍増。街はチリの各地からウワーと集まって来た若い女性であふれかえるらしい。
船員の姿が見え隠れする。女の子と肩を組み、酒ビンを片手にちどり足でやってくる。
「ピス、ピス(注意を引きつける擬声音)」
「オジェー(あなた)」
女が2階から身を乗り出して、投げキスを送ってくる。知らん顔で通り過ぎると
「コラ、馬鹿、日本人!」
ちょっとドスががった日本語を投げつけられ、ドキッとする。こんなに暗い中、日本人とわかっただけでも脱帽なのに、片言でも日本語を聞くと、日本の漁船がかなり入港しているのを感じる。
彼女らは、ぼくたちが戸惑っているのを見て、ゲラゲラ笑っている。くったくのない笑い声を聞いているとなぜか自然に笑みがでてくる。
第34回(8.10配信)435
どの店にするか、ネオンサインを見ているとヒロが、なじみの店に案内してくれた。ホテル・プエルト。ヒロによれば、コラソン(心)のある親しみ易い店らしい。古い木造作りの2階建て。きしむ床を気にしながら2階にあがる。
「ブエノス・ノーチェ(今晩は)」
ソファや椅子に腰かけたまま女の子たちが声をかけてきた。笑いがパッとはじけたように感じる。
入口のそばにあるバー・カウンターに腰をおろす。赤いスポットライトに浮かび上がったカウンター。3段に仕切られた棚のところ狭しと並べられているウィスキーやジン、ウォッカなどのリッカー類、その後ろにある化粧鏡がきらびやかな光りを放っている。
「飲みものは?」
ママがグラスを洗う手を休めて聞いてきた。花町での記念すべき夜、少し高い酒を飲みたい気分。カウンターの隅に置かれたナポレオンを指差す。籠に大切に入れられているから、この店で一番高い酒なのだろう。ママは、瓶を取りあげて、まゆを曇らせた。
中身は10分の1も残っていない。ナポレオンだけではない。壁の棚に並べてあるブランディー、ウィスキーなどの瓶にもそんなにアルコールは、入っていない。ラベルがはがれたり、消えかかっているものもある。ニューヨークでバーテンをやっていたからアルコール類には自然と目がいく。
レジスターの上の壁に銀ぶちの古びた額がかかっているのに気がついた。ケネディ、アメリカの元大統領、ジョン・F・ケネディの写真が飾ってある。チリはアジェンデ政権になってから、アメリカの圧力で経済封鎖に近い状態になっている。なんでまたこんな写真が・・・。
「この写真は、???」
「昔のように景気よくなりたい。彼女らの縁起ものだよ」
ヒロが教えてくれた。なるほど、昔は、どの店も入りきれないほど水兵がきた、通りには、紙吹雪や色テープが飛び交っていた。若者たちのエネルギーで沸きあがっていた。それが、ケネディ時代か??
ママは、さかんに早口のスペイン語で話しかけてくる。昔はよかった。でもいまの政権になってからは、まったく駄目。アメリカの船がよりつかない。ギリシャやイタリアの船員には金がない。西ドイツの水兵はお得意だけど、ケチでしつっこい。その点、日本の船員はグッド、気にいった子には、気前がいい。彼女は、もっといろいろなことをいったのだろうが、ぼくの乏しいスペイン語では、このように理解(間違っているかもしれないが)した。
気がつくと及川は、イネス(背が高く北欧的な雰囲気がある)、尾崎はグローリア(アズキ大の泣きボクロが男心をくすぐる)、ヒロは、カルメン(大きなバスト。ちょっと太めだが、とても気さく)と、それぞれ笑いながら何か話している。
女の子たちにビールをおごり、まだいたそうなヒロをせかして、店を出た。彼とは、始めて会っていらい、なぜか気があう。
他の店も見てみたい。期待が高まってくる。