第35回(8.23配信)437
7月23日(月)・・入国10日目。バルパライソは今日も晴れ。
「テレホーノ(電話よ)」ドア越しから聞こえるイザベルおばさんの声に起こされた。谷からだ。彼女と彼女の両親に会わせるから、一緒に食事に付き合ってくれという。ぼくと奴との仲、福岡さんもくるらしいから気軽にOKを出した。
歯を磨いていると昨晩のことが思い出される。
コレチネ通りのブロンクス、ニューヨーク、リオを立て続けに梯子した。どこもプエルトと似たりよったり、3、4人の女の子がひっそりと座っているだけだった。しかし、ブエノ・ベン・チェラは違っていた。ひっきりなしに音楽が流れている。肩をあらわにした女の子たちが「カモン」「ベンガアキ(こっちにきて)」とニッコリ微笑んでくる。ジュウタンを敷き詰めたフロアでは、黒人の水兵たちが入り乱れて女の子と踊っている。2人の女性を膝に乗せている男もいる。ずいぶん女の子が多い。
バー・カウンターに座り、水割りを注文する。
「今日は、客が多いな」
カウンターの中にいる女の子にヒロが話しかけた。彼女はノラといった。小柄で目が大きく、愛くるしい。ノラは、カウンターの後ろに貼ってある世界地図の中の国を指でそっと押さえた。
キューバ! なるほど、この男たちはカリブ海に浮かぶ社会主義国、カストロが支配するキューバから来たのか。砂糖を運んできて、銅を買って帰る。これが彼らの表向きの仕事である。
アジェンデ政権は、いまやキューバをはじめ、ソ連、中国、北朝鮮と経済的連帯を強めている。軍部や右翼、資本家たちはそれに反対。その勢力を押さえるため、アジェンデは、砂糖の名目でキューバから武器を買いいれたのではないか。
サンチャゴで会った照井さんから「バルパライソの港には、軍部のクーデターに対抗するため、大量の武器がひそかに陸揚げされている」との情報がなければ、こんな憶測など浮かばないのだが。
ともあれいま出国すれば、交換義務金は70米ドルくらいですむ。所持金の残高は1400ドル強、なんとか旅を続けられる。アルゼンチン、ブラジルなど素敵な国は、まだまだたくさんある。サンチャゴから一番安い飛行ルートでアルゼンチン側に飛ぼう。あえて危険を犯すこともない。水割りを飲みながら、こんなことを思っていた。
第36回(8.26配信)436
ストマヨア広場の近くにあるレストランで谷の彼女、クリスティーナ(色白の美人、18歳)と彼女の両親、福岡さんの総勢6人で食事。なにを食べたのか覚えていないし、記載もない。ただ、そのとき一番ふところ状態が豊かなぼくが食事の代金を払った記憶はある。
福岡さんは、結婚はまだ早いのでは、とくにクリスティーナは若すぎると反対したのだが・・・。2人とも一刻も早く結婚したいらしい。彼女の父親はちょっと心配していたが、母親は乗り気。
結局、2人の情熱に押されて、8月4日(土)午後7時、教会で式をあげることになった。
「式に出席してくれるよな」
谷が聞いてきたとき、悪いな、もうすぐここを出発するとは言えなかった。それどころかうなずいてしまった。谷とは、ニューヨークで6か月以上、一緒に暮らした仲だ。気の許せる親友だ。その思いが、気持ちとは裏腹の行動になってしまった。
結婚式は、13日もさきだ。そこまで滞在しなければならないのか? 彼らは、書類や式の手配などの具体的な打ち合わせてを始めたが、僕の頭のなかは、交換義務金と旅行残金の計算で一杯だ。
第37回(8.30配信)440
7月24日(火)・・入国11日目。午前10時、谷がホテルにくる。これからサンチャゴの日本大使館に来ているはずの戸籍謄本をうけとりに行くというので、30ドル、ヤミ市での交換を頼む。
昼食は、ホテルの1階にあるチャイニーズ・レストランで海老ピラフ(何を食べていたのか、よく覚えていないが、このレストランは、毎日のように使っていた。ボーイが専用の席を用意していたほどだった)。
谷が紹介してくれた洋服の仕立て屋へ。背広とズボンをオーダーメイドする。あげぞこのコルクシューズ(いまでいう厚底サンダル。もう25年以上も前に、チリでは、流行していたんだぞ!)を2200エスクード(440円)で買う。なぜか、ガタガタと音をたてて歩くのが、とても粋で、日本人の仲間は、みんな持っていた。
午後3時、プラザ・ビクトリアにある映画館に行く。ジェームス・ボンドの007サンダーボール作戦を上演していた。館内は、席がほとんど埋まっている。仕事をしているように見えない若い男たちがチラホラ目立つ。
そういえば、この港町は、女性の方がはるかに存在感がある。男性の影がまったく薄い。ぼくが男性なのでとくにそう感じるのを差し引いても、通り、街角、店内、どこも女性が圧倒的に目立つ。エクアドルの男女の人口比率は、男性1にたいし女性8らしい。これほどのアンバランスではないだろうが、かなり女性の方が多いいのでは。
第38回(9.2配信)443
不安なんか吹っ飛ばせ、ディスコ・ホリブル
夕方7時ごろプラザ・ビクトリアから5分ほど離れたディスコ街に出かける。ヒロに言わせれば、ジャコ、ソールなどディスコはあるが、ここホリブルが一番人気があるらしい。
ボンゴの軽快なリズムに乗って熱気が吐き出される。ギター、ピアノ、小太鼓、笛、女の子たちの笑い声が渦巻き、ウワーと耳もとに押し寄せてきた。
入り口あたりに群がっている女の子たちをかき分け、前の方のテーブルにつく。赤と青の小さなランプが無数にあり、それらがチカチカと点滅を繰り返している。目がなれるにつれ、周囲がはっきりして来た。フロアを中心として外側の椅子に大勢の女の子たちがぐるりと取り巻いている。その内側にはテーブルが2,30台。大半は白い船員帽をかぶった水兵たちに占領されている。残りのテーブルでは、みるからに裕福な男たちが若い子に取り囲まれて酒を飲んでいる。ホリブルは、ディスコというよりもナイト・クラブに近い雰囲気である。
ホールが一段と明かりを落とした。中2階が浮かびあがる。濃赤色のビロードのカーテンをはさみ、色鮮やかな草花の図柄をあしらったポンチョを被った楽団員たちが立ちあがった。
風の音が流れる。サンポーニヤの自然に語りかける音色だ。長さの異なる何本もの竹を束ねたパンとよばれる笛の音が響く。聞きなれたギターの音より、軽快でちょっぴり憂いを秘めた音色が南米らしさを募らせる。
「セニョリータ、アマンダ〜」
司会の重いバリトンが響く。手拍子のリズムにのって、シースルー衣装の、魅力的なスタイルの踊り子が出て来た。フロアをバレーリーナのように踊り回る。
ボーイが酒とつまみ(キューリ、サラミ??)を運んできた。
サンタ・カロリナ(チリで有名な地酒、白ワイン)。ヒロがソーダ水で割ることを勧める。軽い甘さが増し、口あたりがとてもいい。酒は弱いのに、これならぐんぐんいけそう。
ステージでは、ガウチョ(牛追い)姿の3人娘が、ギターをかき鳴らしながら歌いはじめた。しきりにからだをくねらせ、玩具の拳銃を振り回す。そのたびにガウチョ・パンツの割れた裾から、白い太ももが覗く。歌は別にして、若くてきれいな子たちだ。
「後ろの子が一緒に飲みたいらしいけど」
ヒロが、耳もとでささやいた。気軽るに応じたところ、ドカドカドカと女の子たちが、テーブルに移ってきた。総勢6名。彼女らは、なにやら、ボーイにつぎつぎと注文を始めた。あまりの人数と注文の多さに唖然、。そのうえ、なんと、隣りに座った子が、あの子も呼んでいいと、さらなる人数をもとめてきた。