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●世界に対しても責任がある
土地の名は、日本人にだけでなく、世界に対しても責任がある。外国へ行って、私たちはパリやローマをめぐり、トルコやギリシャで古い文化や歴史をたどる。ギリシャ神話を探る人は「トロイの馬」をたどって、シュリーマンが発掘したトルコのそこを訪れるだろう。そのときまちの名が変わっていたら、フォローできない。
日本で斑鳩の名が失われていたら、外国から聖徳太子を調べ、法隆寺に来る人は、行き着けない。斑鳩は合併をしないことに決定、町名が地図にも残ったのでほっとした。法隆寺は世界遺産になっている。それは建物だけでなく、斑鳩という町の名までふくまれてると、考えるべきだ。日本の歴史と文化の幕開けの地、明日香村も同じだ。
天寿国曼荼羅で有名な當麻寺のある當麻は、最近、葛城市になってしまった。もし地図に當麻Taimaという字が消えたら、外国から来る人は困るだろう。歴史、文学、芝居に現れる修善寺の名もとっくに消えた。
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■おかしな命名をしていると、日本人はオポチュニストと思われる
合併の大義名分があるからと、歴史や文化を無視して、好き勝手に名前をつけると、「トクになれば何でもする日本人」「地元のトクになれば、どんどん名前を発明する」というご都合主義者のイメージができてしまう。そうでなくても、世界で日本人は、お金儲けなら何でもする人々、そして、自分の意見をいわない卑怯な人々」と思われているのに。
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●合併じゃなくても、企業は勝手に名前をつくってきた
地図にない地名や、歴史的必然性のない町名を、企業が勝手につくって名付ける例もある。奈良市の北にある新興住宅地には、神功、朱雀などの町名ができてしまった。朱雀は都の南にある門の名ときまっているから、奈良の北にあるまちにこの名はおかしなことだ。
田園調布が高級住宅地だから、それを真似て、同じ名前で新興住宅地を売り出した東北の町があり、本物の抗議で、後半の「調布」を「町府」に変えたけど、宅地は完売したそうだ。これからはうっかりすると、日本にリンゴ市やパリ市が出ないとも限らない。
JRがどこにもない地名を駅名にした例もある。
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●自然条件から生まれた名は災害を防ぐ
理由はほかにもある。自然災害からニンゲンを守ってくれるのだ。福浦という名は、福をもたらす海岸、つまり天然の良港で、嵐に遭ったらこの名の港へ逃げ込めば助かる目印になる。これが夕日町にでもなったらたいへんだ。竜水(リュウガミズ)なんて名のついた土地は、急の激しい雨で崖崩れしやすい土地をあらわす。鹿児島の海岸際にあり、実際、土砂崩れで列車が海に流され、人が死ぬ災害が起きた。
サルディニアは、いわし(サーディン)が大量に獲れる島だったから名付けられた。イタリーのサーディン料理がおいしいのも、うなずける。島の名ひとつだって、安直に変えてはいけない。
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■平成の大合併とは?
日本にはこれまで2つ、いまのを入れて3つの市町村合併があった。
1)明治の大合併
自然発生的にあった町や村80,000を、明治21年、市町村制をしいたとき、1/4の20,000近くまで減らした。このときのスローガンは「1村1校」つまり「小学校を各村に置けるように』として規模をまとめた。明治憲法制定は明治22年(1889)。
2)昭和の大合併
昭和28〜32年にかけて(1953-1957)国の命令で強権的に町村の合併が行われた。問答無用だったため、多くの自殺者を出したという。スローガンは「エリアに中学校を」で、義務教育になった「中学校を維持できる規模にする」(人口8,000人)、15,000の町村の数を、1/4に減らし、約4,000にした。
このときに片仮名のマキノ町が、滋賀県の琵琶湖の畔、湖北に生まれた。
3)平成の大合併
1996年に始まった地方分権、これは永年つづいた中央集権から、地方が自立する改革といわれ、市町村合併は「地方自治の受け皿のために」というスローガン。国は、3,200ほどの市町村を1/3に、だめでも2,000ぐらいに減らしたい。この合併の弱点は、スローガンが抽象的でピンとこないこと。もしこれが「高齢者に高福祉を」なら、納得性が高いのに。
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