2009年06月01日 04時31分09秒 | レビュー系
レビュー:ロストマジック
ニンテンドーDSのゲーム、『ロストマジック』です。
タッチペンで魔法陣を描いて魔法発動、攻撃が売りの、
リアルタイムシューティングみたいなゲームです。
クリアまでは17時間半でした。
どんなゲームかははっきり覚えていないのですが、
やりながら、スーパーファミコン版の
『魔法陣グルグル』を思い出しました。
ゲームの総評は、『いらつく』です。
ダメゲーム方面のひどさではないのですが、
決して良くはありません。
原因は、すべて『制限』にあります。
「ハリウッド映画なんかじゃ、
ドラマツルギーとして制限がありますよね。
制限つけるとはらはらどきどきして、
ナウなヤングにチョーばかうけですよ!」
なんていう開発の声が聞こえてきそうです。
とにかく、すべてにおいて制限があります。
このゲーム、イメージとしては、
戦略ゲームの『フロントミッション』っぽいシステムです。
でもプレイヤーは、一ユニット一ユニットで
コマンド入力することはできません。
味方キャラも勝手に動きます。
つまり、『フロントミッションオルタナティブ』です。
プレイヤーができるのは、移動位置を指定するだけ。
ここらへんもフロントミッションオルタナティブっぽいです。
さて、制限の話です。
●01 MP制限
主役は魔法使いで、使ったMPは時間がたつと回復します。
でも上限が決まっているので、ずっと待ったからといって
魔法が連続して使えるようにはなりません。
●02 MP回復制限
MP回復の量は、マップにある
クリスタルの数で決まっています。
でもこのクリスタル、初めは敵のものです。
それを奪って自分のものにしていくと、
回復量が増します。
数を増やすまでは、回復はとても微妙で、
全快までにやけに時間を必要とするのです。
●03 ミッション時間制限
このゲームの最悪な部分です。
このゲームがあくまでタクティクスシミュレーションに
ならない原因の一つでもあります。
基本的に、ノーマルバトルは1マップ5分。
ボス戦は1マップ10分です。
わたしがゲームをやる理由には、
理不尽な事だらけでどうにもならない世界で失った、
自己統制感を多少なりとも補完したいという
気分があるわけです。
たとえばスーパーでパックのお寿司を買って来て
家で食べる時は、それを自分の思い通りに
食べられるというところが好きです。
「まずは大して好きでもない、
タレつきのを食べちゃって、それからたまご。
イカは二個入ってるからその次に一つ食べちゃって……
最後はサケ? でもおいしくなかったら困るから
最後の前にサケを食べちゃって、
やっぱり締めは無難にイカかな」
なんて思いながら食べるわけです。
でもこのロストマジックは、
パックのお寿司を買って家で食べようと思ったら、
なにを考えたんだか、お店の人がついてくるんです。
そして家に入るとわたしの前にパックを置いて、
「さあ、食べてください! ただし時間は5分間。
その間に食べられなかったら、
お代はいただきませんが、全部戻してもらいます。
もちろん、すでにおなかに入ったものもね」
なんて言うのです。
……そんなこと言われながら食べて、
食事がおいしいわけないでしょう?
このゲーム、上記のように
主役のMPは時間回復制です。
つまり、実質的にMP回復回数は
限られているということです。
しかも基本的に、クリア時間はぎりぎりになるよう
ゲームバランスが設定されています。
そしてこのゲームの一つの売りだと思うのが、
敵を弱らせて捕獲して、
自分のユニットにするシステムです。
敵は叩きすぎると死んでしまうので、
弱い魔法でちょろちょろとダメージを与えつつ、
捕獲したいと思うのが人情です。
でもミッションの時間制限により、
そんなことはしていられません。
どちらかといえば、何も考えずに
全軍でとっかん(全軍突撃)していかなければ
時間内にクリアなんてできません。
そのため、みんなで戦っているその隙に、
最大戦力である自分が戦うことを放棄し、
その敵を捕獲するために、
捕獲魔法陣の準備をしているわけです。
そして敵のHPが、捕まえられるほど減ったところで
即座に発動して捕獲という
ぎりぎりの行為で敵を捕まえます。
それが。時間内にクリアできなかったら、
全部無効です。
普通に戦ったら勝てる相手でも、
自分たちの足が遅いせいで、火力が足りないせいで、
時間内に倒せずゲームオーバーなんてざらにあります。
そのため、敵を捕まえようとする行為も
「また今回も時間切れで無駄になるかもなあ」
なんて思ったらやる気がなくなってくるのです。
ちなみに、一番の敵は、
とっかん防止壁&集中回復をしてくる土の賢者でした。
仲間がぼろぼろとやられていき、
最後はボスと自分との一騎打ち。
自分はなんとか死なずに魔法を使えて、
回復しながら攻撃魔法を使ってみるのですが、
カベを貫通する魔法では火力がたりません。
向こうは壁をはり、ケアルガの連続魔で
HPを全快させ続けます。
それでも時間があれば倒せると思うのに、
いつも時間切れで終了。
まあ、ボス戦はほんとにいつもそんなものですけど。
1回10分を1時間以上繰り返して、
その時ばかりはさすがに限度を超えました。
一瞬DSを投げつけたくなったところをこらえて、
手を叩きつけたくなったところもぎりぎりこらえて、
手近にあった雑誌を床に思い切り投げつけました。
本当に不愉快なゲームです。
ここに時間制限がある意味が、まったくわかりません。
たとえば主役のマナが5分しかもたないとか
ストーリー上で設定が述べられているならまだしも、
ただ制限をつけたかったからつけたとしか
思えないようなところが腹立たしいです。
無駄に難易度をあげることに何の意味があるのでしょうか。
せめて、ボス戦闘では時間制限があっても、
ノーマル戦闘では敵を捕獲できるように、
時間なしプレイにしてほしかったと思います。
●04 レベル制限
レベルがあるゲームにおいて、
敵に勝てない時はこれ、という常套手段。
それはレベル上げです。
ゲームはこの腐った世界と違い、
努力すればするだけ報われるのがいいです。
LV1の主役でさえ、LV99になれば
ひとりで魔王を倒せたりする、それがゲームです。
でもこのゲーム、それができません。
そもそも前述のとおり、
バトルは雑魚戦闘でさえゲームオーバーになるという
ばくちのようなもの。
しかも上げられるレベルは50までです。
さらには自分のレベルが上がれば敵のレベルもあがり、
LV50でも勝てたり勝てなかったり。
……なんでしょうか、このゲーム。
●05 魔法レベル制限
魔力の最大値はLVが最大を迎えることによって
確実に決まってしまっています。
不思議な木の実のようにMPの上限を上げるアイテムも
存在しません。
でも、魔法を使い込んでいると、
『FF2』のように魔法レベルが上がり、
その系統に属する魔法の消費MPが下がります。
もしかすると、威力もあがっているかもしれません。
そこで使い続けてみたところ。
片方を使い続けると、反対属性の魔法のレベルが下がります。
たとえば火を使い続けると、水のレベルが下がります。
すごく、いらだちます。
●06 仲間制限
自分の強さが決まっているなら、
強い敵を仲間にして使役すれば?
という考えを叩き潰すのが、この制限です。
モンスターはあくまでモンスターですが、
いったん捕まえたモンスターは、
見えないところで主役が洗脳し、
常に洗脳しつつ戦わせていると思ってください。
主役には、その『洗脳力』というようなものが存在し、
たとえば洗脳しにくいモンスターは
必要洗脳力が5ポイント、
しやすいモンスターは2ポイント、など
固定値が割り振られています。
この洗脳ポイント、主役の最大値は11です。
ちなみにモンスターの特徴はこんな感じ。
・2ポイント……ゴミ
・3ポイント……ひやかし
・4ポイント……使える、という感じ
・5ポイント……戦力
ドラクエに置き換えるとこんな感じです。
・2ポイント……あそびにん
・3ポイント……LV10魔法使い
・4ポイント……LV30武闘家
・5ポイント……LV60戦士
この中から合計が11以内になるようにキャラを選び、
ラスボスと戦わないといけないということは、
つまり、すべてを戦力にして戦うことはできない
ということです。
しかたなくわたしが選んだのは、
5・4・2 の組み合わせです。
ラスボス相手に遊び人を連れて行かなければいけない、
この屈辱感がわかるでしょうか。
自分で選んで連れて行っているのではなく、
それ以外選べないからと
連れて行かされているのです。
もちろん戦力になるわけもなく。
戦闘中は後ろであそんだりくるくるまわしたり
転んだりしてるだけです。
●07 仲間能力制限
仲間には、固有の設定があります。
空を飛んでいるもの、遠距離攻撃ができるもの、
そして――クリスタルの浄化ができるもの、です。
前述のとおり、主役のMP回復力は
マップのクリスタルの数で決まります。
基本的にクリスタルは敵が守っているので、
その敵を殺しつくしてから自分の血をかけて
クリスタルを自分のものにするわけです。
となると、敵を倒すのには、
敵を倒せる強いモンスターをいかせるのが
妥当でしょう。
でも、5ポイント、4ポイントクラスのモンスターには
浄化能力がないものがかなりあります。
逆に、浄化能力があるものは
足がおそかったりなにかにかけていたりと
ろくでもないものばかり。
モンスターだけでクリスタルを浄化させたいと思えば
5ポイントの強いモンスターに、
2ポイントの遊び人を後ろにつけて、
倒し終わったあとで浄化させる、
という手段しかないわけです。
これで平均は3.5ポイント。
3ポイントのモンスター2グループいれているのと
同じ計算になってしまいます。
また、モンスターは、1キャラを捕獲したとしても、
自分が使役するときはグループになっています。
たとえば同じ5ポイントでも、
ドラゴンはフィールドでは1匹。
タコはフィールドでは2匹。
攻撃力が200の仲間一匹と、
攻撃力が100の仲間二匹と、どちらを選ぶか
といったような天秤もここにあります。
ここで問題となるのは、
クリスタルの占領と、敵の召喚陣の妨害です。
フィールドには敵モンスターが勝手に涌いてくる、
召喚陣のようなものがあるときがあります。
マップクリア条件が敵の全滅のとき、
召喚陣を塞いでいなければ、
いつまでたっても終わらずに時間切れ、
なんてこともよくあります。
この召喚陣を動作させないようにするには、
味方ユニットを一匹、その上に
置いておく必要があります。
たとえば仲間の数が3匹しかいなくて、
マップ上に召喚陣が4つあれば、
そのマップはもうクリア不可能です。
そのために、ボス戦では召喚陣をふさぐために
仲間を分散させて、
自分と仲間モンスター一匹で
ボスと向かいあわなければいけない、
なんてこともありました。
そのほかにも、戦闘開始から敵におそわれるとか、
始まってみれば仲間は別の場所にいて
自分ひとりで敵に惨殺されるとか、
製作者の悪意がそこかしこでにおってくるのが
本当に腹立たしいゲームでした。
●08 仲間の数制限
敵の全部の種類を自分の仲間に! というのはできません。
保持数に制限があります。
●09 アイテムの数制限
仲間に装備するアイテムしか存在しませんが、
このアイテムもちょっとしかもてません。
そもそも5種類くらいしかないのですが、
3グループある仲間に全部装備する予備をと思うと、
15個必要なのにそれすらもてません。
マップで付け替えるということもできないのです。
--------------------
その他のもろもろとしては、
・アイテムの種類がすくなすぎます。
加えて、意味がよくわかりません。
アイテムを装備することにしても、
仲間キャラを変更するにしても、
ステータスの変動が見えないのです。
まずは紙に手で書きつけて、
はずしてどうか、交換してどうかと
見ていかなくてはいけないのはすごく手間でした。
・モンスターグループが微妙
モンスターは一キャラごとだと思ったのに、
グループ単位で仲間になっているのが驚きでした。
それも、加えられるのは三グループだけなんて。
それよりも、一モンスター一キャラとして、
たくさんのモンスターを指示したかったです。
・バランスが微妙
ボス戦闘では、倒したはずの雑魚敵が
いつまでたっても死んでいないことにびっくりしました。
よく見ていたら、HPがかなり減ったところで、
ボスがHPを回復させていたのです。
そのため、攻撃力の低いキャラで戦わせていたら
いつまでたっても雑魚ですら倒せませんでした。
ボスもその手を使ってくるため、
うまくやらないと時間切れまで延々と戦わされます。
これがすごくいやらしく感じました。
自分は体力を回復しようとしても、
魔法陣入力画面を呼び出すまでに
タイムラグがあり、しかも魔法効果がだらだらと流れる間、
魔法陣入力画面も呼び出せず、
移動することすらできません。
自分を守るの壁がない状態で
敵に見つかったらほぼ死亡決定です。
・AIが微妙
マップによっては、はじめっから敵と遭遇しています。
または、敵が勝手にやってきて、戦闘を開始します。
こちらがマップを見回している間に戦闘が起こっていて
やられているというのもよくありました。
しかもその間、味方モンスターは仲間がやられているのに
何一つ行動しようとしないのです。
それとは逆に、敵の召喚陣をつぶすために
上に乗せているキャラが、周りの戦闘に加わろうと
その位置をどいてしまうこともすごくよくありました。
ほんとうにばかでばかでいらいらさせられました。
・システムが微妙
戦闘でそれはもう何度もゲームオーバーになるのですが、
コンティニューは、セーブからリロードと
同じようなものでした。
やり直しは移動→会話を全部やらせられます。
せめてその戦闘の最初からやりなおすくらいは
させてほしかったです。
また、戦闘中はソフトリセットも退却もないので
やりなおすのはすごく手間でした。
さらに戦闘では、魔法エフェクト中は
仲間にカーソルを合わせることも、
移動させることもできないのが納得できませんでした。
ついでに、新しい魔法陣をもらっても、
描けないことがありました。
上に小さく見本は出ているのですが、
下のタッチパネルでどうかけば正解なのかがわからず、
ミスで終わってしまうのです。
かといって練習モードがあるわけでもなく、
雑魚戦闘で練習しようと思っても
下手をすればゲームオーバーという仕様では
試している暇なんてありません。
まとめ。
ユーザーのことなんて何一つ考えられていないシステム。
一方、あくまで苦しめてやるよ、という
製作者側の悪意はそこかしこにちりばめられていて、
うんざりするほどにおってくるので
正直楽しんでプレイすることはできませんでした。
わたしの目の前で、製作者が
「いいゲームになったと思うので、
楽しんでプレイしてください」
なんて言っているのを見かけたら、
思い余って床に雑誌を叩きつけたのと同じように、
その顔面に力いっぱい雑誌を叩きつけたくてたまらない、
そういうゲームでした。
クリアしたあとは達成感でなく、
「これでもうこんなのはやらなくていいんだ」
と思って、ただほっとしました。
2009年06月02日 01時41分30秒 | イラスト(他・趣味)
ショートショート 1851本目
音楽の、和音のコードについて勉強していたのです。
長調だったら、どんなものでも
ドの基本形を上にずらしていけば
その調の形になるんじゃないかとも
考えたりもしていたのです。
でも気づいたら、一番熱心に考えていたのはこんなこと。
▼▼▼▼ここから▼▼▼▼
ショートショート1851
●音楽テトラリンガル
「さて」
と、黒板を鳴らしていたチョークを置いて、
音楽の先生はぼくたちに振り向いて言った。
「このように、ドミソの和音はハ長調で基本となるものです。
この和音を形としてはCメジャーと呼び、
役割としてはトニックと呼びます。
ここまではわかりましたね?」
目が合ったぼくは肩をすくめて答えた。
「イオ カン ニヒトゥ アンダースタン とつくに言葉にござる」
▲▲▲▲ここまで▲▲▲▲
……やっぱり文章を考えているときが一番楽しいです。
まあ、知らないことを知るところにこそ、
脳が変に刺激される、ネタの出る余地は隠れているのですけど。
2009年06月03日 01時43分26秒 | ちょこのひとかけ
世界の背骨とサビ
曲の方法論のようなものを見ていたら、
こんなようなことが書いていました。
メロディーはまず小さな山を繰り返し、
最高音はサビの部分で出す、と。
また、音楽をやっている人から
こんなことも聞きました。
最近はまず曲ありきで、それから詞があるのだ と。
それを知って、わたしなりにいろいろ考えました。
たとえば、サビにメロディーを盛り上げるとしたら、
盛り上がりに堪えうる言葉が必要です。
そこを盛り上げるとしたら、
そこが盛り上がるためのいきさつが必要です。
そして、言葉に必然性があるのとおなじように――
メロディもサビへと向かい、サビをもりあげるための
必然性をもっていなくてはいけません。
とすると、すなわち。
歌において一番の重要な部分はサビであり、
それまではすべてサビを盛り上げるためだけに
存在していると言えるのではないでしょうか。
ということは歌詞の必要条件とは、
一番の盛り上がり、言いたいことを後半部分に持ちながら、
全体としてその言いたいことを表しているもの、
ということになりそうです。
……まあ、そう思ったからといって
すぐ考え付くようなものでもないのですけど。
それでもそんな観点から、
わたしが今まで作った歌を見てみますが、
あきらかに盛り上がりなんてありません。
そもそもわたしの気持ちは、
『全体のまとまりこそすべて』であり、
『見せる(魅せる)一部分』など考えていないのです。
そこに思い至ったことで、
ほかにもいろいろ気づきました。
たとえばわたしの長い小説。
基本的にわたしの書くもののラストは決まっています。
『そして少女はほんのすこしだけ、
いつもと違う毎日を手に入れたのでした』
です。
結局繰り返される同じ毎日。
でも、それは今までとはほんのすこしだけ違います。
その理由は、主役の子にとっての世界の見方が
すこしだけ変わったからです。
わたしが目指すのは常にそこ。
そこに至るまでの道筋に矛盾がないように、
自然になるようにとひたすら考えます。
つまり、最初から、終わりだけを見て進んでいるのです。
これは思えば、ある意味わたしの人生観とも
まったく同じものです。
わたしの目はなにがあったって、
いつも最後の死ばかりをとらえてしまって
恐怖と絶望でいっぱいです。
でもほんとはそうじゃなかったんですね。
世界がのぞむ小説の形は、
最後に重点を置くのではなく、
中心のサビにむけて盛り上がる形だったのです。
そして、それは歌詞でも曲でもおんなじ。
そこでサビとはなにかを考えるなら、
それは『相手を喜ばすためのもの』です。
釣りで言うなら、『エサ』の部分です。
「ほーら、おいしいエサを仕掛けたぞ〜、さあ〜おいで〜」
と作る側がてぐすね引いて待ち構える仕掛け、
それがサビです。
でも魚釣りとは違って、
釣られたほうも釣ったほうも、どちらも満足。
ならわたしは? と自分の中を見ると、
わたしには他人を喜ばせるしかけはありません。
小説も歌詞も曲も絵も、
わたしにはすべて平面のものです。
どこまでいってもわたし、
なにをやってもわたしです。
わたしはなにをやろうと、全部自分のためでした。
他人のことなんて何も考えていないのですから。
もしかしたら、と今は確信めいたものを感じるのですが、
わたしの書くものにはことごとく欠けているという
『なにか』は実は『サビ』だったのではないでしょうか。
そう考えると、すべてつじつまが合います。
『なにか』がないから魅力的な文章にならない、
=『サビ』がないから魅力的な歌にならない。
意味が通ります。
それで思い出せば、
絵の人も言っていました。
『視点をひきつける流れを作れ』と。
これまでのわたしには意味不明でしたが、
わかってみればこれは、絵の『サビ』なのです。
たとえば躍動感を出したい、
跳ねる女の子の気持ちよさを出したいと思うなら、
今までのわたしだったら、
駆けるポーズの子を中心から
すこし左に寄せて描いたでしょう。
でも、そんなものじゃなくてよかったのです。
たとえば一番に顔を見せたいなど、
確かに思うものがあれば、
どんなに左に寄ったっていいのでしょう。
髪の流れ、体の流れ、そして空いてしまう右側には、
風でも雲でも、追っていけば自然と視線が
見せたいところに流れていくように、
オブジェクトや色を組み上げていけばよかったのです。
……基本的には、漫画のコマ割りと
同じだったんですね。
視線を妨げないように、視線が流れるように。
そして一ページにはひとコマ、
目を留める場所を作る、それはコマ割りの『サビ』。
物語文の基礎でもよく言われていました。
文章は小さな起承転結を繰り返しつつ、
全体として見たときにも大きな起承転結を
形作るようにまとまるのがよい文なのだと。
それ全部、きっとこういうことだったのでしょう。
もしかしたら、人が宝石類を身につけるのも、
そういうことかもしれません。
わたしは肌が弱いので腕時計や装飾品は
一切身につけないということもあって、
不必要なものは欲しくもなく
なぜ他人が宝石類を欲しがるのか、
身につけて外に出るのかなんて
まったく理解できませんでしたけど。
それを、服装の中で他人の目を引かせたい、
服飾の『サビ』の役目をさせているのだと
考えたら理解できます。
つまり、まとめるとこうです。
『世の中の多数の人は【サビ】を求めている』。
そして
『わたしは【サビ】を求めていない』。
あああ。
わたしと一般の人の感覚の差異は、
そんなことだったんですね。
……考えてみれば、わたしは
プリンにカラメルはいらない派です。
おそばに薬味もいれませんし、
おでんにカラシもつけません。
うなぎごはんに山椒もいりません。
うどんもラーメンも、素うどん素ラーメンが一番。
人生にお酒はいりませんし、
火遊びなんてしたくありません。
何もなく平凡に一生を終えたいのです。
でも一般の人は、きっとそういうのが好きなのです。
食べるものにはぴりりとした刺激を入れ、
酒は人生の刺激だとか言っちゃって、
プリンを食べればカラメルで口直しして、
紅茶を飲む時はレモンを使うのです。
こうなると、わたしの書いたものを
本気でおもしろいと思う人は、
きっと素うどんや素ラーメンを
おいしいと思うような人なのでしょう。
一方、一般に受けるものを作るには、
『サビ力(さびりょく・さびぢから)』とでも
言うものが必要です。
それは、他人がなにを求めていて、
自分がどう振舞えばそれを満足させられるものを
用意できるかを肌でわかる、
もしくは考えてわかる能力です。
かつてわたしはそれをまとめられずに、
攻める力・守る力という概念でとらえていましたが、
攻める力はこの『サビぢから』と
通じる概念でした。
そんなサビの考え方で過去を振り返ると、
大学でも、やけに短いスカートに
スリットの入ったものを着ている子を見て、
わたしは『そんなに肉感をアピールしたいのかな』と
全体的に見ていましたが、
その子が演出したかったのは、
自分の足だけだったのかもしれません。
自分の体の『サビ』、もしくは服装の『サビ』が
むき出しのふともも。
大きく胸元の開いた服を着るのは
服装のサビとして胸を注目させたいからで、
胸元の開いた服を着てネックレスをつけるのは、
絵のようにネックレスの石に注目させる、
視線誘導効果を狙っているのかもしれません。
水戸黄門が受けるのは、
印籠を出すところがサビで、サビが受けるから。
それをおもしろくするには、
そこへの話に緊張を入れて入れて、
そこでばっさりと弛緩すればいいはず。
『お約束モノ』が受けるのは、
『お約束』が安定したサビだからで、
逆に見る人はそのサビがあるとわかるからこそ
その間を楽しんでいるのかもしれません。
探偵モノなら、事件が起こり、
次に誰が殺されるかという緊張・不安。
それがサビで解決されるから弛緩になって解決。
恋愛ものなら、告白までに邪魔が入って、
緊張と不安をあおります。
そしてサビになり恋の成就で、解決。
その点ではどんな恋愛モノでも基本的なつくりは
同じなんですね。
そこを目新しくしようとしたりして、
あてつけに他の男と寝てみるとか
どっちつかずにいろんな女性とつきあってみるとかが
あるわけで、不愉快に見えるのは
方法論のせいだったのです。
……なんてこと!
文章にしろ曲にしろ歌にしろ
絵にしろ映画にしろ服飾にしろ、
世界にはそんな単純な背骨が通っていたなんて。
21世紀に生まれてようやく(嘘)、
そんなことに気づきました。
いま思い出せば、わたしが作る写真コラージュは
四角い写真を等間隔に並べただけ。
「つまらない」といわれても
それ以外には思いつかず、
『なら角を丸くしてみたり、
ほかの写真と重ねてみたりすればいいの?』と
考えたりもしました。
それはそういうことではなく、
絵とおんなじと考えて、見せるポイントと
そこまでの盛り上がりがなかったということだったのです。
いけばなも、きっとそう。
等間隔にまとめるのではなくて、
見せたい一本を見つけたら、
それが一番映えるように、
周りは『サビ』を自然に引き立てるように、
そして全体として調和しているように
作るのが大事だったのでしょう。
着物のきつけもそう。
すべてをぴしっと着るのではなく
えもんを抜くのは、
全体の緊張感の中でそこをサビとして視線を導き、
その上のもっとも大事なところ、
つまり顔を演出するための着こなしだったのです。
舞台で間を取れというのも、
間のあいだに緊張を高め、
次のセリフや動作で解放する、という
サビのテクニックだったのでしょう。
この世のすべて、他人に見せるもの、聞かせるものは、
『サビ』とその活かし方の点で
みんなおんなじだったのです。
目の流れ、耳の流れ、思考の流れと、サビ。
緊張感と解放、そして全体の調和。
文でも絵でも音楽でもいけばなでも舞台でも
映画でも着付けでも大事なものはみんなみんなおんなじ!
ああ、わたしはいま、世界の秘密の一端に触れた!
ただ、わたしがひたすらがんばってきた文章は
基礎にしてきた構造は小論文。
小論文には『サビ』・『転』なんてありません。
最初から最後までよどみなく流れることを旨とする、
起承結がその形です。
加えて何年か前から必死に書いている
ショートショートっぽいものも、
オチでそのまま終わる、起承結のかたちです。
どんなに書いても、書き続けていても、
『転』、つまり『サビ』の練習にはなっていませんでした。
……いいえ、むしろ……
理解していない『転』を使わずに書けるからこそ、
ショートショートでこういう形を無意識で選択していた
とも考えられます。
あたらしいことをいろいろやっているつもりだったのに、
結局どれも同じことの形を変えただけだったなんて――
絶望した! 結局同じことの自分に絶望した!
――とはいきません。
落胆はしましたが、絶望はしていません。
わたしの道志は言います。『もなそす』と。
すなわち、
もんだいの
なにが問題なのかわかったら
その問題の半分は
すでに解けたと同じこと
と。
問題はいま見えたのですから、
いつか乗り越えられるのかもしれません。
そこには絶望でなく、希望があります。
もしかしたらわたしが自分で歌作りを
するようになったのは、今回のこの
『サビ』の重要性に気づかせようとする
運命の導きだったのかもしれません。
わたしの人生はすべて文章につながっている、
そんな気もします。
……なんでわたしはこんなに
文章が好きなのでしょう。
たとえ具体的な人間を好きになれなくても、
書くことが好きだというのはわかります。
だからこそ、下手の横好きで終わらせたくありません。
わたしはもっともっと、魅力ある文が書きたい、です。
2009年06月04日 03時24分10秒 | ちょこのひとかけ
ライヒとフロイトと性とわたしと
昨日からの話の流れです。
詳しくは前日分をごらんください。
わたしは心理学を学ぶ前から整体を学んでいました。
そもそもで、心とからだに興味があったのだと思います。
でも、『こころ』と『からだ』はそれぞれ別のもの、
そんな風にも感じていたように思います。
それが、心理学を学んでいて目にしたのが、
ウィルヘルム・ライヒとアレクサンダー・ローエン。
心理学の心の師ともとれるくらい衝撃を受けた二人です。
ライヒは、『筋肉の鎧』という概念をまとめます。
たとえば、
悲しみをこらえてしまう人は、おなかの筋肉を硬くする。
怒りをこらえてしまう人は、肩の筋肉を硬くする。
それは心を硬くしてダメージを軽減しようとする働きと
同じようなものだ、と。
でももちろんそれは不自然なことで、
心へのダメージは蓄積されていきます。
それが神経症などの元になるというのは
他の流派の考え方と同じ。
けれどライヒがすごいのは、そこからの逆の発想です。
怒りを防ぐために筋肉の鎧を構築しているのなら、
その鎧をほぐせば怒りの発露があるのでは。
もしくは、怒りを発散させれば、
筋肉の鎧が消えるのでは。
――そんな風に考えました。
このように、ライヒは極端な心身一元論の立場だったのです。
たしかそこで、『怒りの部屋』といったようなものを
作ったはずです。
部屋の中はなるべく安全に作った上で
いらいらするリズムの音楽をかけ続け、
中で被治療者は怒りのままに物を壊し、叫びます。
それが完了すると、筋肉の鎧も実際にほぐれていた、
という話だった気がします。
そしてもう一つ。
心が体を硬くしているなら、
体をほぐせば心もほぐせるはず、という考えで
マッサージ自体を神経症のセラピーの手法として
まとめあげたのです。
これがライヒとローエンの最も大きな業績だと
わたしは思います。
マッサージ(整体・あんま)が体だけでなく
こころもほぐしてしまう――
それは、わたしの学んできたものが
結合する瞬間を見たような、新鮮な驚きでした。
そもそも心理学やセラピーでは、
セラピストが相手に触れるのは禁じ手になっていました。
いまでこそ動物と触れ合うセラピーなど、
『触れあい』の重要性は言われていますが、
かつては赤ちゃんでさえ、抱き癖がつくから
こどもはこども部屋に引き離しあまり抱かないのがいい
というような考えがまかり通っていた時代もあったのです。
さすがライヒ! そこであえて触れ合うという
周りが思いもよらないことを平然とやってのけるッ
そこにシビれる! あこがれるゥ! わけです。
でも、そんなライヒは前期まで。
後期からは性にとりつかれたようになっていきます。
もともとフロイトの弟子だったのですが、
その『性』の部分だけを煮詰めて
濃くしたような感じになるのです。
後期ライヒは天才が行き過ぎてしまった奇行のようで
理解もできず、好きでもなかったのですが。
昨日のことで考え続けていたら、
フロイトもライヒもすこし理解できたような気がします。
さて。ここからが今回の本題です。
まず前提として、わたしは性とはなにか、
性の自己認知とはなにか、
他者に寄る性の認知との齟齬とは、などと
考えてきましたし、興味もあって、
基本的にフロイト寄りの考えであると
頭にとめておいてください。
そしてもう一つ。
『人はパンのみにて生くるにあらず』
という言葉を覚えていてください。
『パンだけ食べてたら飽きるし栄養が偏って生きられない。
人間はいろんなものを食べて生きるのだ』
という意味では、もちろん ありません。
文章を文字通りにしか取れない小中学生的な考えでなく、
文脈で読みます。
意味は、
『人は【食物など口腔から摂取する栄養源】だけで
生きるのではない』というものです。
それを一般名詞(食べ物・飲み物)ではなく、
具体名詞(パン・ごはん・たくあん)というものに
置き換えてしまったのでわかりにくくなっていますけど。
さて、それを踏まえて本題。
昨日の流れでサビについてひたすら考えていました。
サビについてまとめると、こんな感じです。
『音楽は、サビで最高音を使う』
『モノはサビに向かって緊張をたかめ、サビを越えて弛緩に向かう』
『サビは受け手を気持ちよくする』
これ、なにかに似てないでしょうか。
たとえば、音楽のサビ。
最高音とは、一番高い音のことです。
一番高い=最高。言い換えれば、『絶頂』です。
つまりサビとは絶頂のことで、意味を通せば
『高まった緊張は絶頂を迎えて弛緩に向かう』
『受け手は絶頂で気持ちよくなる』
と置き換えられます。
これ、どこかで見たことがないでしょうか。
つまり、性の絶頂とおなじではないでしょうか。
たとえばペニス。
性欲・快感の高まりで
ペニスは緊張状態になり、硬くなります。
緊張状態のペニスは絶頂を欲し、
絶頂に至って気持ちよさを得ながら射精します。
それが過ぎれば緊張は解け、
弛緩してやわらかくなります。
音楽の構成と一緒です。
でも、考えてみれば、
緊張→絶頂→弛緩 という流れは
いたるところで見られますし、
そこで人は喜びを得ています。
たとえば食事。
まずは空腹感があり、空腹感のテンション(緊張)が高まります。
そこで食事をすると、『食事、おいしい、最高!』と
絶頂を迎え、満足して弛緩を迎えます。
たとえば排泄。
排便欲求が起こると、人は緊張します。
「ああ、出そう!」という緊張を高めながら、排泄。
満足して体も心も弛緩します。
このように【緊張→絶頂→弛緩】という流れは
なんにでもあります。
そして、基本的にそれは気持ちのよいものです。
(月経は例によって例外ですが。)
その一番たとえやすい例が、性だというだけです。
生理以外にも、その例はいろいろなものに見られます。
基本的に、他者を相手にするものにはなんにでもあると
言えるのです。
くわしくは前日のを見てもらうとして、
たとえば文章の『転』。
それまでの文章で緊張させ緊張させ――
『転』で絶頂を迎え、結に向かいます。
たとえば曲の『サビ』
それまでは小さな山を繰り返しつつ、
音としても盛り上がりとしても、『サビ』で
絶頂を迎え、終曲へ向かいます。
そして、小説にしろ映画にしろ曲にしろ、
他人からよい評価をもらうものは、
【緊張→絶頂→弛緩】を上手に導いているものであって、
人が見たがるのもまさにそういうものです。
そう考えると、
『人は、【緊張→絶頂→弛緩】というものを欲している』と
言うことができるでしょう。
それを簡単に置き換えてまとめるならば、
『人はオルガスムスを欲している』と言えそうです。
オルガスムス自体は、性行為における絶頂ですが、
『パンのみにて生くるにあらず』の
パンとおなじ用法だと考えてください。
たとえば人が食事をするのも、
空腹という緊張から食事という行為で絶頂に達し、
満腹の気持ちよさを味わいたいから。
排泄を恣意的に行うのも、
排便感という緊張を排泄という行為で絶頂の間に解き放ち、
弛緩の喜びに浸りたいから。
人が映画を見るのも、
緊張から絶頂に達し、弛緩する流れを楽しみたいからで、
それをうまく満たしてくれる、
つまりうまくオルガスムスを感じさせてくれるものがいい映画。
いい曲は全体的にまとまっていながらも、
道筋でテンションを上げさせ、サビで絶頂感を味合わせて
その後に弛緩させてくれる曲。
直接的な性でないにしろ、構図としては性と同じ、
代理としての、代替物としてのオルガスムスを
求めているからと考えるととてもわかりやすいです。
すなわち、人が求めているものはオルガスムスで、
人がよいと感じるものは、オルガスムスを
うまく導いてくれるもの、とまとめられます。
緊張が高まれば、人はそれを絶頂に持っていき、
弛緩させたいのです。
もし映画がただ緊張させるだけで、
すかっとする解決もなく弛緩もなく、
そのまま終わってしまったら、
やるせない不満感が残るでしょう。
おもしろくて読んでいる漫画の連載が、
自分にとってはいいところなのに
いきなり打ち切りで終わってしまったら
やりきれなく思うでしょう。
それは、中途半端に盛り上がったまま
行き場もなくてもだえる性の緊張と
似たものがあるのではないでしょうか。
では、絶頂を迎えられないものが
そのままたまり続けたらどうなるのでしょうか。
たとえば、緊張→絶頂→弛緩のなかで
緊張だけをさせ続けられたら。
毎日の会社、毎日の罵り。
たまっていく緊張は、絶頂と弛緩を求めます。
でも、それはありません。
ただ緊張だけしつづければ、
精神も病んでいくでしょう。
でも、普段の仕事では絶頂と弛緩がないものなんて
山のようにあります。
営業職は緊張させられても
契約が取れれば絶頂を迎え、
いい気分でお酒なんか飲んで弛緩できますが、
コールで電話を取る人にはそういう絶頂も弛緩も
なにひとつ用意されてはいません。
では、そういった、緊張ばかりをためた人が、
それを解放するためにはどうしたらいいのでしょうか。
そこまで考えて、わたしが思い出したのはまたライヒです。
緊張を絶頂にして弛緩に向かう、
それはオルガスムスのようなものだと
先ほど述べました。
オルガスムスという言葉で思い出すのが――
後期ライヒの考案した、オルゴンボックスです。
オルゴンはオルガスムスのオルガから引かれた単語で、
オルゴンは性エネルギー、生エネルギーのようなものと
考えられています。
また、ここで初期ライヒの筋肉の鎧を考えてみてください。
発散できない感情・情動・エネルギーは体にたまり、
体を硬くします。
逆に、そのたまったものをほぐすのは、
体をほぐせばいい、という考えです。
であれば、緊張ばかりで精神を病んだ人は、
心が硬くなっていると同時に、
体も硬くなっているはずです。
そしてそれは、緊張が絶頂を迎えて弛緩へ向かうことが
できていないせいだと考えるならば、
体に絶頂と弛緩の行程をたどらせれば、
解消されるのではないでしょうか。
それを別の角度から見るのであれば、
緊張が高まると、人は絶頂と弛緩を欲する、
つまりオルガスムスを欲するということ。
オルガスムスというのは射精に見るならば、
たまったエネルギーを吐き出すという行為。
地面の緊張が高まって、マグマを吹き出すのも
地面のオルガスムスのようなもの。
自然には緊張により高まり、
オルガスムスで放出されるエネルギーがあるとしたら。
オルガスムスの前にはたまるエネルギーがあり、
それを放出するのが絶頂です。
そのエネルギー、オルガスムスを求める、
湧き上がるエネルギー……
それが、オルゴン と言えるのではないでしょうか。
そう思ったら、今までまったく意味不明だった
後期ライヒや、フロイト自体も
わたしなりに理解できた気がします。
人は、【緊張→絶頂→弛緩】を体自体、
心自体も常に求めている。
これが、緊張ばかりで絶頂→弛緩と迎えないとき、
解放して解消するはずのエネルギーが自分の中で暴れ、
神経症などを引き起こすのである。
これを解消するには、
【緊張→絶頂→弛緩】の行程を実際的、
もしくは観念的に辿る必要がある。
というのが、今までのことから導き出した、
わたしの結論です。
これを、すこし言葉をいじってみましょう。
すべての神経症の解決には、
【緊張→絶頂→弛緩】の行程が必要だ。
これまでに、【緊張→絶頂→弛緩】の行程は
オルガスムスとよく似ていると述べました。
そこでこう書き換えます。
すべての神経症は
オルガスムスによって解消する。
そしてこれを、原因と帰結とを
置き換えて書いてみましょう。
すべての神経症は
性のエネルギーによって引き起こされる。
ほーら、フロイトちっく、ライヒちっくな言い回しの完成です!
フロイトやライヒは、さらりと撫でただけだと
全部を性に絡めるので色気違いじゃないのかと、
一般的には思われているように感じます。
でも、言っている『性』の意味が、
『人はパンのみにて生くるにあらず』のように、
ただ単純化しただけだったとしたらどうでしょう。
……もちろんわたしはライヒやフロイトの研究者ではないので、
実際どうだったかなんて知りません。
でもそういう風に考えたら、方向性が変わっただけで、
ライヒの思想自体は一貫性を持っていたとも思えますし、
ライヒもフロイトも理解できる人物になります。
今までわけのわからなかった性の話が、
わたしの中で意味づけ、位置づけをできたことで
とても晴れやかな気分です。
せっかくなので、ライヒを心理学の心の師とするわたしも、
今回の話をそんな感じに知ってるつもりで
まとめてみたいと思います。
『人が他者の創作物に触れるのは、
それによってオルガスムスを擬似的に得たいがためである』
――きりきあまね
2009年06月05日 02時12分37秒 | ちょこのひとかけ
ごねんめ。とつぶやいた
「待って……待ってよ!」
「……もう待てない。ごねんめ」
ごめんねとごねんめは似ている、そんな気分で5年目です。
なんとなくで始めたこのブログだけに、
開始はなんとなく6月6日からだと思っていたのですが、
実は2005年の6月1日スタートで、
すでに4年間は終了して5年目に突入していました。
4年間といったらアレです。
ぴっちぴちの新入社員も、ぼろっぼろの旧新入社員に
なるような期間です。
よくまあ、そんなこんなで続けられてるなあと
ちょっとしみじみしました。
一年は毎日の積み重ねなんですねえ。
2009年06月06日 02時26分38秒 | イラスト(他・趣味)
イラスト:ペルソナ3:U(アンリミテッド)
ペルソナ4のクリア後にペルソナ3を始めたのですが、
最初に召喚を見たイメージはFF:Uでした。
マクロス7のバサラとFF:Uの黒き風だけは結構好きです。
FF:Uは
「おまえにふさわしいソイルは決まった!」
からのあのシーンが好きだったのですが、
結局は打ち切りで終わってしまったようです。
わたしの好きなものは周りが好まなくてがっかりです。
なおペルソナ3ではまだマーラの合体はできず、
ペルソナ4の合体素材を参照しました。
ペルソナ3は4とはアルカナもレベルも違うので
とまどうことしきりです。
経過時間
線画……6月2日 2時間くらい
彩色……6月2日 2時間
6月3日 1時間30分
6月4日 1時間30分
合計7時間くらいで完成です。
2009年06月07日 01時32分55秒 | HP更新内容
HP更新 ショートショート
ショートショート 775 まで追加。
すべてにリンクがはってありますが、
アップした分までしか見られませんのでご注意。
↓ 画像クリックで飛びます。
2009年06月07日 04時24分41秒 | HP更新内容
HP更新 おかし
お菓子 ノーマル 655 まで追加。
おかしの小松
・ロールケーキ
赤城乳業(株)
・ガリガリ君(ロイヤルミルクティー)
★お菓子評価の見方★
適当なアナログ評価ですが、
だいたいでまとめるとこんな感じです。
評価高
↑ おすすめ
↑ おいしい
↑ 結構おいしい
↑ おいしい感じ
↑ おいしい方向(方面)
| ふつう
↓ 微妙
↓ いまひとつ
↓ なんだかなあ
↓ 一度食べれば
↓ 二度と食べたくない
評価低
↓ 画像クリックでお菓子ページに直接行きます。
2009年06月08日 00時05分36秒 | ちょこのひとかけ
パズル
雑誌をばらしてはスキャンしていくという作業で、
また一箱、ばらしだけは終えました。
これをスキャンすれば
かつてのゲーム雑誌はすべて完了です。
とりあえずばらしてどうしようかというところで
まったく何もしたくないことに気づきました。
体はすごくだるいし、気分もたるんでたまりません。
でもなにかしないとと、つみっぱなしになっていた本を
とってめくってみますが、これが実は民話の漫画。
簡単に読み終わってしまいました。
もう一冊という気分でもないので
あたりを見回したところ、
昔にもらってそのままにしておいた
パズルが目に付きました。
箱からして小さかったので、
どうせ30ピースくらいの
こどもだましだろうと思って放置していたのですが
いまの気分ならそれもそれです。
というところで開けてみたところ――
中の袋にはごっさりとピースが詰まっていました。
……なんですか、これ。あの……なんですか?
とりあえずとまどってみつつ、
開けてみたからにはやるしかないと準備を整えます。
中に小さなピンセットも入っているというので
そんな適当なものではない自分のピンセットを二本用意。
まずは角の四ピースを選び、
端のピースをとりだします。
ここからが昔と違うのですが、とりあえず数を数え、
四辺で割ってみました。結果は、たしか一片14ピース。
こうして大きさがわかると、組みやすくなります。
そうして底辺を総当りで繋いでみたら、
なぜか17ピースが組み合わさっていて
すごいショックを受けました。
……が。箱を見てみたら、縦横が同じサイズではないとわかり
すこし安心。でも全部で204ピースだとか、
17ピース×12ピースだとか、
いらない情報も見てしまってちょっとがっかり。
そこから組み立てるわたしの旅がはじまりました。
でもやってみると、ピースがやたら小さいせいで、
ただしい場所がぜんぜんわかりません。
色味も微妙に違う気がする上に、
小さくて絵が読めず、しかもピースがぐらぐらで
いろんな場所にあってしまうのです。
本気でつらくて、肩もばきばき。
机の前でやるのも飽きて、
作業しているプレートを床においてみると、
パズル表面が光沢仕様のために
光を反射して色すらわからなくなる始末。
そのため同じ姿勢でひたすらやり続けるはめに
なってしまいました。
パズルなんて簡単だと思っていましたが、
こんなのになるとめげてたまりません。
絵があってもこんな調子なのに、
白いパズルで1500ピース、なんてあったら
作業は気違い沙汰です。
わたしも何度も投げかけましたが、
こんなのをやり途中でやめるというのは
わたしの性格上できません。
やり終わらなければ寝られないのです。
最後はほぼ総当りになりました。
色があたりそうなものをグループ分けして、
縦にしてはまるかどうか確かめ、
縦の逆位置にしてはまるかどうか確かめ、
次のピースへ。
それが普通に手でできればいいものを、
ピースが小さいせいですべてピンセットを
使わなくてはいけないため
作業の難易度が増します。
やりながら思っていたのは、
ギャラリーフェイクと考古学者。
絵の修復だの発掘した壺の組み合わせだのは
きっとこんな作業なんて比べ物にならないくらい
肩のこる作業なのでしょう。
もはや酔狂としか言えません。
さらにそこから数時間が経過して、ようやく。
魂が枯れかけたころに完成しました。
時間は計っていなかったのですが、
作り始める前に写真をとっていました。
その時刻で見てみると、
袋を開けてから完成までには
6時間がかかっていました。
ちょっとひまつぶしにとはじめたのに
すごい手間がかかりました。
……つかれました。
2009年06月09日 01時45分36秒 | ちょこのひとかけ
起承転結の中身
元となる話は何日か前のですので
詳しくはそちらをごらんください。
さて そのままぼちぼちと世界のサビ、
オルガスムスについていろいろ考えています。
もう一度それなりに今までの自分のものも
見直してみたところ、
サビ箇所を作ろうとしたところはありました。
歌でもなんとか盛り上がりを作ろうとしているところを
見つけられたのですこしほっとしました。
サビがあるからどう、ないからどうではなく。
そんな話以前の問題だったようです。
さて、起承転結です。
わたしも昔は国語やなにかの授業で、
起承転結は大事だと言われてきました。
でも確かそこでは、
『転』は、今までの話を転換して、
予想もしなかったものを出すのだ
というようなことを言われていた気がします。
でもいま、すこし変わった目でみると、
その説明は中途半端だったとわかりました。
というよりも、そもそも起承転結という言葉は
意味がすごくわかりにくいです。
悪即斬、みたいに一目見て、「ああ!」と
いうような直感的処理ができません。
そこで、起承転結を
わかりやすく言い換えられないかと考えて、
わたしなりに思いついたのがこれ。
【刺激→興奮→絶頂→弛緩】
以後の説明はこの単語を用います。
【刺激】フェイズ
対象者(読み手・聞き手・見手)の興味を刺激するところです。
簡単な状況説明・世界観・人物などをここで示します。
【興奮】フェイズ
対象者の興奮(緊張)を高めるところです。
刺激フェイズと完全に分かれるものではありません。
簡単な状況説明に引き続いて、
状況や人物像を掘り下げるような事柄を描写していきます。
【絶頂】フェイズ
創造物はここがもっとも盛り上がるように構築します。
対象者はその処理によって今までからのカタルシスを得、
オルガスムスを味わいます。
【弛緩】フェイズ
気持ちよくまとめるところです。
----------------
だいたいこんな感じですが、
前回までで絶頂はよく言われているパターンのほかに
もう一種あることがわかりました。
いい用語が思いつかないので、
適当にタロットから単語を引っ張って、
<正位置>・<逆位置>とでも言っておきましょう。
よく言われる絶頂は、<逆位置>です。
思いもしないようなことをひっぱってくる、
というような解説です。
これは、【刺激→興奮→絶頂→弛緩】の
日常で言うならば、空腹の絶頂です。
おなかが減りはじめる→おなかがすごく減る→
と来て、絶頂になるのは
『おなかが減ってどうしようもない状態』ではなく、
『ものを食べておなかいっぱいになる状態』です。
空腹から反転しているのがわかるでしょうか。
こういうのが、対象者(簡単に言えば観客)の
予想を裏切る、典型的な『転』です。
たとえば悪者がお姫様をさらい、
別の世界から召喚される女の子たち。
お姫様を助けるのが正義だと、
悪者を倒すために奮闘しますが、
いざたどり着いてみると別の世界から呼ばれたのは
お姫様が殺して欲しかったから。
これは『魔法騎士レイアース』で、
見せ場で正義と悪とを反転させています。
一方、<正位置>の絶頂も、
これはこれですごく使われています。
日常で言うなら、排泄の絶頂です。
排便したい→出してしまいたい→だから出す→すっきり
という流れです。
ここでは絶頂フェイズで予想しなかったことは起こりません。
最初から出したいと言っていて、
そのまま盛り上がりで排泄するだけです。
たとえば、『射殺』というような劇でも作るとしましょう。
・刺激……冒頭、死んでいる男と銃を持って立っている女
・興奮……暴言を吐いたりする男と、憎しみを燃やしていく女
女は銃を手にして、撃とうか撃つまいか悩みます。
・絶頂……本当にどうしようもないところまで追い詰められて、
一発の銃弾が男を殺します。
・弛緩……冒頭の回想シーンから続いて、まとめ。
それでも愛していたと言ったり、
逆に笑ったりで殺すという行為が
どういうものだったかの意味づけをして、完了。
たとえば推理物でも同じ。
【刺激→興奮→絶頂→弛緩】は
殺人事件→調査。明るみに出る被害者の人物像と
周りの人間の過去→探偵などが犯人をあばく→
語られる犯人の動機
という構図です。
その他、勧善懲悪ものでも同じ。
事件が起こる→敵が出てきて追い詰められてピンチ→
→お前にふさわしいソイルは決まった→敵殲滅
シリーズ物になるのは、こちらの絶頂パターンが断然多いです。
セガールの映画もこういうものですね。
事件が起こる→迫る悪の手→セガール大活躍→悪の組織壊滅
……というよりも、ヒーローモノは基本的にこの形でしょう。
わかっているからこそ、そこが逆にたのしみ、
そういう流れです。
------------------
こうして、骨組みとその意味がわかったので、
どうすれば絶頂を絶頂らしく装えるかを考えてみました。
たとえば、わたしの好きな、調べものをする話。
かつて書いたものは、最後だけを見据えていました。
これを、なにもなく弛緩にもっていくのではなく、
絶頂の位置に据えるとしたら、どうすればいいのでしょう。
考えられるのは、調べなくてはいけないという状況。
調べること、答えがわかることが重要な意味をもつ場面。
簡単にわかっては盛り上がらないので、
調べるのを邪魔する存在が必要でしょう。
つまり、主役は邪魔されながら調べるわけです。
迫る追っ手。追われながら調査をし、
つかみかけては断念して逃走し、
かけらをつかんでは逃走しつつ、真実に近づいていく主役。
……あれ?
これ、すごく見たことある気がしません?
国の敵と言われて軍隊から追われながらも
世界の知恵を見つけていくお話……
『聖なる予言』そっくりです。
自分でも知らないうちに手にしていたものをめぐって
変な組織に追われる主役。
理不尽に追われながら、逃げながら、
その理由を知っていく……
これだと『エネミー・オブ・アメリカ』です。
『ダヴィンチ・コード』も確かそんな話でしたっけ?
あとはついでに、握っちゃった真実で、
自分を追ってきた組織を叩き潰せば
もうハリウッド映画の完成です。
――わかる! わたしにも話がわかる!
……の、ですけど。
あれってそういうことだったんですね。
調べものをする、というのを
万人向けの【刺激→興奮→絶頂→弛緩】パターンに
押し込んだだけだったなんて。
それならわたし、そんな話なんて書きたくありません。
たとえばどこかのだれかについて小説を書こうとして、
図書館やネットなどでその人のことを調べて。
そうして調べていくうちに、その人の考えや、
その人の軌跡がわかって はっとする、
その経験をそのまま書いたほうが
わたしにはよっぽどおもしろいです。
恋の話を書くとしても、
だれか好きな人に、その人を好きな人がでてきて
すったもんだをするよりも、
わたしはただその人を好きで、
その『好き』がとても大事で、
とても大事だからそのままの気持ちで
毎日の一歩を踏み出す――
そんなお話のほうがずっと書きたいです。
……なんでわたしはこう、かたっぱしから
地味なのが好きなんでしょう。
本当に、わたしはサビ、絶頂が要りません。
なにも起こらなくたって
日々の生活の事件のほうが
よっぽど事件のような気がします。
わたしと他人との観点の違い、
求めるものの違い。それはすごく難しいです。
他人の目を意識するというところでは
お化粧と似たようなものがあると言えるでしょう。
でも、お化粧しておしゃれしているらしいおばさんが、
そばに寄るだけでほんとに反射的に
胃の中のものを戻してしまいそうな、
すごい臭いの香水をつけている、という
ねじれも起こりやすいのは事実。
他人の気持ちを読み取って、
他人の好むような形にする……
言葉にすればそれはとても簡単なことですが、
他人の気持ちを汲むことが破滅的にへたなわたしには
とてつもなく難しいです。
他人の気持ちのわかる人、かぁ……
2009年06月10日 02時14分25秒 | ちょこのひとかけ
和音コードと言語との類似性
和音のコードとはどういうものなのか、
自分用に翻訳しながら勉強していたら、
ふと、一気に理解できました。
完璧にマスターした、という意味ではなく、
今までは何語で話しているのかすら
理解不能だったのが、
理解できる言語として伝わってきた、
というだけの意味です。
小難しいことを言っているように見せながら、
実はなにも大したことなんて
言っていなかったのです。
それなら、大したことないように
書いてくれればよかったのに。
たとえば、ド長調における『ドミソ』。
これはド長調の基本となる和音で、
音として見ると『Cメジャー』、
長調の中での位置を見ると、『I』と
言うことができます。
つまりそれってどういうことなの? と
疑問を持って置き換えを考えてみると、
これは動詞と同じだったのです。
●ド長調の『ドミソ』
ド長調の基本となる和音
音としては『Cメジャー』
長調の中の位置としては『I』
●動詞の『書』
動詞『書く』の語幹
活用はカ行五段
終止形では『書く』
こんなイメージです。
『ドミソ』を動詞としたとき、
『レファラ』も『ミソシ』も、
『書きます』、『書きたい』といった
活用形と同じものにすぎないのです。
そしてコードがつながるのつながらないのを
考えると、英語文法に似ています。
単語が変わると活用も
発音も変わってくるため、
それぞれに記号をつけます。
ド長調の最初の和音をI(アラビア数字では1)、
5番目の和音をV(アラビア数字では5)と
順序数をつけます。
このI、文章において主語と、
終わりの点の役割を持ちます。
Vは文章において動詞のような役割をします。
そう考えて、文章に当てはめてみましょう。
You eat.
=S+V+.
=主語 動詞 .
これをコードに置き換えると、
I→V→I
のこりのメジャーコード、IVは
副詞的な働きをすると考えると、
副詞なので動詞の前に入ります。
I often think. (わたしはしばしば考える)
=S+副詞+V+.
これをコードに置き換えると、
I→IV→V→I
なんてことはありません。
音楽って結局、言葉と同じようなものだったんですねえ。
コードは何かといえば、英語で言うグラマー。
日本語で言う文法。それだけでした。
それをあんな暗号みたいにわけのわからない単語で
さらさらさらさら流すから理解できなかったのです。
コード進行が気持ち悪いと言うのは、
日本語で文法をいいかげんにして話していると
言うのと似たようなもののようです。
でも、どれだけ日本語が正しくても、
流暢に話していても
内容がなければつまらないというのも、
言葉とコード進行とは同じ。
どれだけコード進行が正しくて、なめらかでも
メロディとして見た場合におもしろくなければ
いい曲にはならないのです。
……という感じに
うまく自分の中で整理できて、すっきりしました。
なお、同時進行で考えたもう一つは
明日にまわします。
2009年06月11日 00時59分31秒 | イラスト(他・趣味)
イラスト:和音コードの解説漫画
和音のコードとはどういうものなのか、
自分用に翻訳しながら勉強しているときに
考え付いたもののもうひとつです。
コード進行って、格闘ゲームの
連続技と同じようなものじゃないの?
そんな感じで、ゲーム攻略雑誌風に
コードの基本をまとめてみました。
……どうでしょうか?
わたしなりに理解したものを説明してみたのですが、
働きやなにかはあっているでしょうか。
音楽にくわしいかた、
ここらへん違うよー、など気づきましたら
ぜひ教えてください。
その他、こんなテクニックあるよ、なども
お待ちしております。
その他:
簡単にネタとしてさらりと描きあげるつもりだったのに、
絵の完成までには12時間近く(もしかするとそれ以上)
かかってしまいました。
キャラ絵の線画と彩色はそれぞれ40分くらいで、
約1時間半でできたのに……。
文章をまとめるのと、文字のレイアウトに
意外と時間がかかりました。
加えて五線譜の作成もつらかったです。
プレイヤーキャラ(光側)
ドーハ・C
レニー・D
ミホ・E
ファッヘ・F
ソート・G
ライ・A
シロ・B
闇側は後ろに『マイナー』を追加。
基本技コマンドも全部変わります。
2009年06月12日 02時35分21秒 | ちょこのひとかけ
みず うみ
そんな……ッ
わたしが宍道湖だとしんじこんでいた湖が……ッ!
2009年06月13日 03時36分08秒 | ちょこのひとかけ
みんなの鉄道
みんなの鉄道というテレビ番組があるらしいです。
一度終わったあと、最近復活してるのだとか。
旧シリーズの一本を見せてもらいましたが、
これがなかなか地味におもしろいです。
その番組では、一駅一駅 駅ごとに止まって、
その間の風景も全部映していました。
特におもしろかったのは整備のようすで、
普段見られない姿が見られるのは、
結構わくわくしました。
自動車の車検なんて三年だか五年だかに
一度くらいですが(持っていないので知りません)、
電車は一週間に一度とか、一か月に一度とか、
ぼちぼちといろんな検査や修理をしているそうです。
この、みんなの鉄道、
結構長いシリーズらしくて、
全国のいろいろな路線を取り上げているのだとか。
それは楽しそうだと訊いてみました。
「中央線はどうだった?」
答え。
「中央○線かな」
ここでわたしは中央本線だと思ったのですが、
実は中央東線なのだそうです。
そんな線があったことを初めて知りました。
とりあえず、わが立川駅はどうだったのかと
訊ねると、
「出なかった」
と。
……おかしいです。
1889年に中央線が甲武鉄道として開通したときの
片方の始発駅、立川が。
中央特別快速でも通勤快速でも
乗換えで止まるはずの立川が。
愛すべきこの立川駅が出ないなんて
ばかな話があるわけありません。
するとさらに追加情報が。
なんと、番組では、
おなじみオレンジ色の電車どころか、
青系の特別電車しか映していなかったのだとか。
くわしくは忘れましたが、そんな電車のため、
新宿の次は高尾停車かなにかだったらしいです。
――絶望した! 中央線なのに立川駅を映さない
みんなの鉄道に絶望した!
でもふと思い出します。
立川はなにも中央線だけが売りじゃありません。
なによりも始発駅になっている路線があるはずです。
そこで訊ねます。
「青梅線は?」
『やってない』
「南武線は?」
『やってない』
「モノレールは?」
『やったことないんじゃない?』
――絶望した! 立川駅をことごとくとりあげない
みんなの鉄道に本格的に絶望した!
その後、自分が乗った電車の話なら
おもしろそうだと思って、
東西線や井の頭線、京王線も訊いてみましたが、
そこらへんはなにひとつとりあげていないのだそうです。
なかなかがっかりですが、
したり顔の邪魔人間が得意げなやらせ話を垂れ流しもせず、
見どころではおだやかなナレーションも入り、
番組自体はとても好感がもてました。
番組は有線か衛星からしいので
うちでは見られませんが、
普通にやっていたら見てみたかったです。
そしていつか、立川駅がとりあげられるのを
期待したいです。
なぜなら――
私たちは時計台の鐘が鳴る立川の市民です から。
2009年06月14日 03時30分04秒 | ちょこのひとかけ
キャッチできなさマックス
既存曲をアレンジするために、
曲の譜取りに挑戦してみました。
まずは尺を合わせながら
メインメロディーをとっていきます。
ここらへんは聞きながら弾いていって
それを音符にあてていく作業です。
それでもどうやって割っているのか
わからない音符もあって
一日かかってしまいました。
次。伴奏です。
カセットデッキでひたすら
再生と巻き戻しをしていたころとは違います。
いまはパソコンにデータさえあれば
簡単にリピート再生ができるのです。
いい時代になったものです。
――が。音がとれません。
わたしは決して耳は悪くありませんが、
絶対音感なんてものは、
近いものすら持ち合わせていません。
わたしの耳取りは、伸び続ける音の糸をほぐして
目的の一本をつまんだら
それをひっぱりだしてたぐっていくような感じです。
でも最初のほぐしとつまみあげ自体も
かなり集中していないとできません。
……まあ、文章を書くのも絵を描くのも
それぞれ集中が必要な行為です。
集中状態にもっていくのはとても疲れるので
集中開始までにだらだらと
無駄に時間がすぎていくこともよくあります。
そんな苦難を乗り越えて本日の集中。
精神を研ぎ澄ませて音を捕まえようと
身構えます。
再生→ミス。
再生→ミス。
再生→ミス。
以後何十回と繰り返しますが音がつかめません。
自分の耳がおかしくなったかとぞっとします。
なにがどうなったのかと考えたら、
漫画の一シーンが浮かんできました。
野球のキャッチがいやにうまい少年が、
サッカーでキーパーをやることになったら
普通のシュートはとれるけれど
カーブにはまったく対応できずに
ゴールを奪われてしまうという場面。
そしてもう一つ。
これはテレビですが、いわしなどの小魚が
大きな魚に襲われた時に
集団でかたまりになってぐるぐるまわる場面です。
大きな魚はどれを狙ったらいいかわからず
襲いにいけないのだそうです。
こんなもの、口を開けて突撃すれば
勝手に入ってるんじゃないかと思いましたが
そうではありません。
いま思いついたら、こんな感じです。
ラーメンの食べ終わりになると、
長いラーメンは汁の中からすくえますが、
短いラーメンはすくえない、といったような。
わたしが投げられたボールをキャッチできるのは、
そこに軌跡があるからです。
『あそこから飛んで、今はここまで動いているから
手の届く未来にはそこにあるはず』
そんな処理を頭は半自動で行い、手をのばします。
でも現代の曲は切れたラーメンです。
目の前にいきなりとんでくるボールです。
軌跡も読めないものなんて
わたしにはつかめません。
たとえば一番上のメインメロディーをとり、
次は真ん中をとろうと集中するのに、
耳に入ってくるのは断片の音だけ。
メインメロディーがピアノで、
真ん中がフルートというものではありません。
ただそのとき、ワンフレーズだけを
冷やかすだけに入ってきた楽器の音が流れていきます。
どれを聞いていいのか、
どれをとればいいのかがぐちゃぐちゃにからんでいて、
聞けば聞くほどちんぷんかんぷんです。
さらにそこからリズム楽器が入ってくるのです。
リズムはわかりますが、音符にできません。
どんな符割りになっているのかわからず
楽譜に置けないのです。
加えて、それがなんの音なのかわかりません。
どんな太鼓なのか、それともなんなのか。
聞こうと耳を澄ます頭の中で、
だかだかだかだか どんどんどんどん
鬱陶しい音が響いてきます。
そんなのを聞いていたら
本気でいらだってきました。
きばらしに他の曲でも聞いてみようとすると、
聞く曲聞く曲、太鼓太鼓。
なに流してもリズムリズム。
ずんどこずんどこうんばばんばんば
めらっさめらっさです。
手近なところに何かがあれば
投げつけたいくらいの苛立ちです。
……リズム楽器がそんなに大事ですか。
あまりに不愉快でもう集中もできず、
現代ポップのリズムにもうんざりして、
世の中からピアノ類と管弦楽器以外
なくなってしまえばいいとも思いました。
楽器も楽器です。
なんの主義主張も持たずにふらふらしていて、
言えるところだけ口をはさんであとは黙ってるなんて、
文句だけ一人前な高校生ですか。
現代音楽だけに現代っ子の精神そのものですか。
……断片には辟易です。
人も楽器も正体不明につぶやくのではなく、
きちんと立って、誇り高く謳っていればいいのに。
2009年06月15日 01時34分41秒 | HP更新内容
HP更新 ショートショート
ショートショート 780 まで追加。
すべてにリンクがはってありますが、
アップした分までしか見られませんのでご注意。
↓ 画像クリックで飛びます。
2009年06月15日 02時08分25秒 | HP更新内容
HP更新 おかし
お菓子 ノーマル 656 まで追加。
銚子電気鉄道(株)
・ぬれせんべい(甘しょうゆ)
傾いた銚子電鉄の財政を立て直した
という伝説のお菓子をお土産にもらいました。
★お菓子評価の見方★
適当なアナログ評価ですが、
だいたいでまとめるとこんな感じです。
評価高
↑ おすすめ
↑ おいしい
↑ 結構おいしい
↑ おいしい感じ
↑ おいしい方向(方面)
| ふつう
↓ 微妙
↓ いまひとつ
↓ なんだかなあ
↓ 一度食べれば
↓ 二度と食べたくない
評価低
↓ 画像クリックでお菓子ページに直接行きます。
2009年06月16日 01時47分35秒 | ちょこのひとかけ
だMIDI
はっはっは! 見ろ! 日がゴミのようだ!
はっはっは……は……
4日間。
ただひたすらに既存の曲をMIDIにする作業に
かかっていました。
……でもすべてはごみとおんなじ。
家内に冷たくあたり続け、ある日その家内は出て行った。
娘を連れて言っちまった……
なんて弁護士シャノン風に続けたくなるほどの
がっかりっぷりです。
昔、ゲームの音をピアノで弾けるように
譜面にしていたときは、
『それがどの音で』
『何本目の旋律なのか』
というのを考えるだけで済みました。
でもいまどきの曲は、
『どの音階で』
『何本目の旋律で』
『楽器はなんなのか』
というところまで聞かないといけません。
いままで二次元でやっていた処理に、
三次元が要求されるのです。
それでもなんとか最初のほうは
楽器も音もわかったので
組み合わせて聞いてみたのですが、
どう聞いても同じ感じになりません。
よくわからない楽器がさらに入っているのか、
それともなにか謎手段を使っているのかも
わたしにはわかりません。
スープを飲んで、それに使われている素材をあてて
同じものを作ってみろと言われている気分です。
わたしにはたぶん、材料が書かれていても
同じものを作るのは無理でしょう。
そもそも絵だって、
同じバストアップを描くにしても
絵心のあるひとが描いたものと
わたしが描いたものとでは天地ほどの差があります。
うまい人のはバストアップ絵でも、
画面になにかひらめきのようなものがあります。
なのにわたしのはただのっぺりとしているだけ。
なんでわたしはいつもいつもこんななのでしょうか。
絵も描けなくもないし、文も書けなくもない。
全部『なくもない』。二重否定ばっかりの人生です。
あまり寝ていない上に根もつめすぎて
行き着いた先は結局挫折。
情けないやら悔しいやら悲しいやらで
胸の下のほうがぐるぐるしていて
なんだかもう吐いてしまいそう……というよりも
吐いてしまいたい気分です。
お酒でも飲めたらこんな気持ちから
逃げられるかもしれないのに、
わたしには行く道も逃げる道もないなんて。
2009年06月17日 02時16分02秒 | ちょこのひとかけ
アクアと水の語形変化
アクアマリン。水+海。
海の水、という名前の宝石です。
そこからも引けるように、アクアには
水という意味があります。
さて。このアクア――と行く前に、
省略形の音便について見てみましょう。
適当に音便と言っていますが、
国語学として見た場合には
音便とは言わないようです。
でもわたしは他に相当する単語を知りませんので
音便と、ここでは呼びます。
では、『赤穂』。
これはなんと読むでしょうか。
あかほ、とも読みますが
あこう、とも読みます。
こういう読みは人名に特に多いように思います。
それは、口当たりの問題です。
もちろん、もともとの読みは『あかほ』です。
なぜそう言えるか、それが語形変化です。
あかほ。見やすくアルファベットで書くと、
『akaho』。
このあかほを、ひたすら早く言おうとしてみてください。
発音は、最後の『o』にひっぱられて
だんだんと『あくぉ』に近くなるはずです。
これを逆にはっきりといったものが、『あくぉー』。
すなわち、『あこう』です。
その他も、そういう変化はよくあります。
『甲田』で『こうでん』さんの
『こう』がちぢまり、『くでん』。
『乙幡』で『おつはた』さんの全体が変化し、
『おっぱた』さんや『おばた』さん。
どれも口にしているうちに穏便化が起こったものです。
人名なんてそんな変化なので、
基本的に読めなくて問題ありません。
ほんとにそうなの?
ただのこじつけじゃないの?
そう思われる向きもあるかもしれません。
では、こんな問題です。
次の発音は語形変化を起こすと、どうなるでしょうか?
『うい』
『あい』
なんとなくドイツ語にも通じますが、
それぞれ、『ぃいー』、『ぇー』となります。
たとえば、単語自体で見てみましょう。
『あつい』=『at+ui』=『あトゥ+うい』
『だるい』=『dar+ui』=『だる+うい』
ういの音便化は、『ぃいー』ですので
おきかれば『あちー』『だりー』です。
語尾『あい』の変化は、たとえば
『うるさい』、『うざい』。
『うるさい』=『uru s+ai』=『うる ス+あい』
『うざい』=『uz+ai』=『うず+あい』
これの変化は、『ぇー』になるので置き換えて、
『uru s+ai』→『uru s+e:』=うるせー
『uzu+ai』→『uzu+e:』=うぜー
となるわけです。
特に規則だと覚えなくても、
日本人で日本語なら、口にすればわかるでしょう。
さて、そこで本題の『アクア』。
基本的に外国語だろうと語形変化は起こせます。
『アクア』をとにかく早く連続で言えばわかりますが、
この発音で弱いところは『ぅあ』部分です。
ここに変化が起こりそうです。
変化後は『ッア』もしくは弱い『ぅ』が
吸収されて『ア』でしょう。
『ak+ua』→『ak+a』=アカ
このアカ、水を表す言葉で聞いたことはありませんか?
水アカ、ではありません。
たとえば徒然草の11段目。
『閼伽棚に菊 紅葉など折り散らしたる
さすがに住む人のあればなるべし』
閼伽棚(あかだな)。
仏壇の、お水を乗せる棚です。
言い換えれば、アカを乗せる棚です。
さらに次。
このアカをさらに変化させてみましょう。
発音が近い『ばか』で見ればわかりやすいでしょうか。
「ばかばかり」
「ばかじゃないの?」
これを語形変化させるとどうなるでしょう。
答えは、促音便化して、
「ばかばっか」
「ばっかじゃないの?」
どちらの意味でも発音でも、
『ばか』は『ばっか』になります。
二つは同じものです。
これをアカにあてはめると、
『アッカ』。
アッカを水として使う言葉、ごぞんじでしょうか。
たとえば、こう書いてみます。
アッカ・ナイ
カムイ・アッカ
もっと変えてみるなら
ワッカナイ
カムイワッカ
すなわちアイヌ語で、
水(飲める水)の川
神 of 水
の意味です。
――アッカとワッカは違うんじゃない?
そんな疑問には、これです。
『三位一体』
これ、なんと読むでしょうか。
たぶん、辞書で引いても、さん『み』いったい と
読みが振られているはずです。
現代日本語では言霊が失われたため、
『三』はただの『さん』として読まれてしまいます。
スペルにすると『san』ですね。
でも、本来の読みは『sanm』。
野暮ったく書くなら、『さんっむ』です。
これに『いったい』を続けるので
単語の結合部が音便化されて、
『san m+i ttai』→『サンミッタイ』→『さんみいったい』
になるわけです。
また、『を』はどう発音するでしょうか?
『かにをたべる』『どんをりー』を読むと?
答えは、『uo』=『ぅお』です。
『かにぅお食べる』
『どん ぅおりー』(心配するな)。
今の日本では『お』と『を』が同発音されていますが、
同じ『お』に聞こえても、
頭に『w』の音、すなわちこもった『ぅ』が
隠れているのです。
アッカもそれとおんなじ。
ぅアッカ=ワッカ
基本的には同じものです。
さらに。他言語において ぅアッカ(ワッカ)で
水をあらわすものをごぞんじでしょうか。
日本語では『気違い水』と書くアレです。
『ぅアッカ』→『ゥオッカ』。お酒ですね。
さすがにこれはこじつけじゃない? と
思われるかたは、ウオッカについてお調べください。
実際に『水』から派生した言葉だと
たぶんすこし詳しいものになら書いてあるはずです。
『あ』と『お』の揺らぎは、
外国語だと結構まざります。
英語の発音記号に多少親しんだ方なら
わかるでしょうが、『アー』や『ォー』『ぅー』は
一つの発音記号で表されることもあります。
たとえば日本人発音でたまねぎの『オニオン』。
これ、現地ではどんな発音になると思いますか?
……カタカナだと適当になりますが、
感覚としては『アーニャン』、『アニャン』。
むしろ、はっきりとした『オ』では通じません。
『オ』なのか『ア』なのか確信がもてないから
はっきり言うのはごまかしたくて
口の中でぼそぼそ言う感じに発音すると
結構近くなると思います。
なおこのウオッカ、ロシア語では
ヴァッカ、ヴォトカ に近い発音をします。
この『ヴァ』『ヴォ』、なにかと言えば
『wa』です。
たとえば車でおなじみの『Volks wagen』。
ドイツ語では『フォルクス・ヴァーゲン』
と読みます。
これが英語だと『folk wagon』。
『フォーク ワゴン』、民族車です。
つまり、ロシア語の水は、
waをヴァと読むだけで、
アッカの一派生と言えるのです。
このウオッカをさらに見ていきましょう。
ヴァッカ、ヴォトカの発音を同じ語の中に
持つことからニセスペルで表すとこんな感じでしょう。
watka
『t』が『ッ』のような発音になっています。
これをすこしつまらせて、
『ク』を『ス』っぽく発音してみると――
ヴァッサ
Wasserと書いて、ドイツ語で『水』です。
なお、先ほどのウオッカ、
ドイツ語で親しみを込めた時にいう、
縮小詞・縮小語尾・指小辞の類に変化しています。
(日本語で言う、『にゃんこ』、『棒っこ』、
『嫁っこ』の『こ』のようなもの)
これをとった、ロシア語の水の元の形は、
『ヴァーダー』。
ヴァはwaなので適当に変えると
wader
日本でも重い方言では、
清音が濁音に変化することも珍しくありません。
一族総出の稲刈りのあと、お風呂上りにみんなでお酒。
「この一杯がこたえられないなあ!」
これを重い方言に変換。
「こぉのいっぺーが こだえらんねんだぁ!」
ロシア語、ドイツ語は口当たりが重い言語なので
方言みたいなものと考えてみると、
ものによっては(ヴァとワのように)
濁音も清音も揺らぎという言葉の範囲内でおさまるものです。
『ヴァーダー』、
濁りをとって――『ゥアーター』。
どこかで聞いた単語ですね。
water
『ワーラー』とも『ゥオーター』とも
発音される、あの単語です。
このように、水という単語は
基本的な部分は残しながらも
いろいろに形を変えて人々の間を
流れているのです。
――そう、まるで水そのもののように。
という感じできれいにまとめたふりして完了です。
2009年06月18日 01時15分18秒 | ちょこのひとかけ
ままならない発掘
ニンテンドーDSで海腹川背がそのうち出る
というのを思い出して、動画サイトでなんとなく
プレイ動画を探してみました。
するとその中の一つが、開発がアップしている
動画だったようで、興味をもって見ていたら
なんだかだんだんむらむらしてきました。
考えてみればDS版はPS版の完全移植だと言っています。
さらにDSはナナメボタンがLとRしかないので、
上ナナメに出せるだけで下には出せないでしょう。
そう考えると、DS版でやるよりも
PS版でやったほうがいろんな意味でいいのでは
ないかと思えてきました。
そこでPS版(海腹川背 旬・セカンド)を探索。
この前片付けの時に見かけた気がしたので
そこらへんを重点的に探すと簡単に見つかりました。
さっそくプレイしてみようとCDを入れて
スタート……の前に。
タイムアタックをするのでセーブデータが必要です。
うちにはわたしのメインのメモリーカードと
友達のメモリーカード、
わたしの予備保存用の大容量メモリーカードがあるので
それぞれ入れ替えてセーブを探しますが、
どこにも見つかりません。
そのうち、PS2でPSのゲームはプレイできても、
メモリカードはPS2ではなくて
PSのを使わなくてはいけなかったような気がしてきたので
PSのメモリーカードも探してみましたが、
中にわたしのプレイデータはありませんでした。
友達のは見つかりましたけど……。
それでもプレイしてみると、それなりにはできるのですが
ルートのつながりなどをほとんど忘れていて、
タイムアタックは過去の4倍の時間がかかりました。
アクションゲームはやっていないと
確実に腕が鈍りますねえ。
しばらくやっていたら親指が痛くなってきたので終了。
なんとなくまだ、何も考えずにプレイできるようなものが
やりたかったので、せっかくだからと思い立って
たしかあったはずのポップンミュージックを
探してみました。
前も何度か探したのですが見つからず、
それなりに深いところに
入ってしまっているのが伺えました。
しかたなく本腰をいれて探すと何年かぶりに
ようやく見つかりました。
なんとなく8だと思っていたのですが、
見つかったのは7。
そもそも8と7しか持っていなかった上に
一本は売ったような気がしていたので、
たぶんこれしかないのでしょう。
今度はディスクを入れる前にセーブデータを
確認してみますが……出てきたのは8のセーブだけ。
なぜ7のディスクを残しておきながら
セーブは8を残してあるのか、
過去のわたしがわかりません。
そこでがっかりしたのでプレイは諦めて、
なんとなくネットでポップンの新作を探してみました。
すると、10くらいまででてるのかと思ったのが、
すでに13くらいまで出ていてびっくりでした。
とりあえず新しいのを適当に買っちゃおうかと
ちらりと思ったところで、思い出しました。
ああいう音楽ゲームは、曲が自分に合わないと
結構残念な結果になることを。
わたしは歌曲には好き嫌いが多く、
特に男声の歌はほとんど聞けません。
声が耳に障りますし、はっきり発声する気のない
歌い方も不愉快だからです。
たとえば 『未来を』というフレーズなら
♪みーらーいーをー
と歌えばいいのに、変に鼻にかけるように
♪みふぃーらふぁーいぃひーうぉほー
と歌う人間がいるのでたまりません。
嫌な歌がかかっている場所だとお店でもそこにいられず
出るしかなくなるくらい、気になります。
オペラなどでは逆に、女声の裏返した高い声が
不自然で気持ち悪くて聞けません。
男声の深みのある声は響いて好きです。
それはさておきポップンは、
7が結構おもしろかったので8を買ってみたところ、
曲に苦手なものが多くて気がしぼんだ上に、
9には好きで使っていたキャラの
リゼットが出ないという話を聞いて、
どうでもよくなっていたことを思い出しました。
そこでどうしようかと考えて、
結局やったのが『はじめてのwii』の『タンク』。
あれは地味におもしろいです。
たまには何も考えないゲームもよいものです。
2009年06月19日 03時45分08秒 | ちょこのひとかけ
チャック・メロー
ゲームからおばかな音声をキャプチャーしたので
友達の携帯の着メロに設定してみることにしました。
携帯を借りて、wavを3gpかなにかにして、
メールに添付して送れば、
それを開いて保存で完了です。
変換したあとカードリーダーにゲタをはかせて
マイクロSDを入れたあと、フォルダに注意して
コピーして、それをひたすら探して開いて
保存しなければいけないわたしの携帯とは
大違いです。
とりあえずメイン着信音は変更できましたが
メニューに別のも変更できるとでてきました。
そこでさらにわたしからの着信だけ
音声を変えてみることにします。
電話帳の個人メニューを見ていくと、
中に『シークレット』の文字が。
どんなのかと思って選択すると、
説明も出ずに設定されました。
実際のところ、何が変わったのかわかりません。
電源を切ってみればと言われたので
いったん切って再起動すると――
電話帳にわたしの名前が出てきません。
番号だけは記載されていますが、
名前がでてこない、それがシークレットでした。
つまり、こういうことです。
会社で別の女性と不倫している既婚男性が、
不倫相手の名前を『便利な女』として
携帯に登録します。
家にいるときにその相手から携帯に電話がかかってきて
奥さんがその着信を見ても名前が出ないので
既婚男性は
「ほら、ただの会社からの電話だよ。仕事の」
なんて言えるわけです。
……というよりも、それ以外の使い道がわかりません。
こんなくだらない機能に自分を設定してしまうなんて。
とりあえず勘で解除方法を探しますが、わかりません。
そこでネットから説明書をダウンロードして
探してみますが――わかりません。
そもそも説明書も項目がページを飛ぶので
読みにくいことこの上ないのに、
肝心のことが書いていないのです。
シークレット設定方法はいろいろな項目に書いてあっても
解除は項目すら設けられていません。
それでもいろいろ探して、メニューからのたどりかたで
個別メニューに選択項目が増えるところまでは行きました。
でも、シークレット解除がらみの三つは
グレー文字になっていてなぜか選択できません。
もちろん、なぜグレー文字になっているのか、
その場合はどうするのかなど
マニュアルには載ってもいません。
このわたしが。マニュアルも多少は書け、
マニュアルもきちんと読むわたしが。
一項目だけを一時間読んで、本体をいじっても
わからないなんて。
なんなんでしょうか、このマニュアル。
さすがにもう友達もあきらめて、わたしもあきらめて。
うすうす思っていた最後の手段にかかりました。
電話帳からシークレットごとわたしの名前削除。
新規登録で入れ直しです。
入れなおしはメールアドレスを打つのが
結構面倒でしたが、大体五分くらいで終わりました。
下手に苦労するよりも最初から
こっちをやっていたほうが
心的負担がすくなかったと思います。
とてもばかばかしい時間を過ごしました。
2009年06月20日 02時57分39秒 | トリックスター
トリスタ0 2009年06月イベント
2009年06月は結婚式イベントでした。
武器防具を全種集めるには丸々2人分
イベントをこなす必要があります。
集めるアイテム一人分
・(敵ドロップ)招待状……50個
・(敵ドロップ)青い花……14個
・(掘り:メガロ右下)水差し……8個
・(掘り:メガロ右下)くもの糸……30個以上
※一回三個使ってセレモニアで合成。
合成した物は10個必要。
・(掘り:セレモニア)大きいリボン……24個
イベント流れ
・セレモニア入ってすぐ、画家
モンクエ5回
※モンクエ完了後に招待状と青い花を
必要数まで補完する。
・セレモニア左上 農夫とひたすら会話。
・セレモニア中央 ロボットでアイテム合成。
・セレモニア中央 アンドレとひたすら会話。
・メガロ中央、ねこと話して
アイテム交換
※もらった装備を元にして、
レベルの高いものとも交換可能。
今回はモンスターを倒して招待状50個と、
掘ってちっとも出ないくもの糸から
ベールを合成するのが異様にきつかったです。
ただ、wikiに必要数の合計が出ていたので
そこはわかりやすくてよかったです。
2009年06月21日 02時01分40秒 | HP更新内容
HP更新 ショートショート
ショートショート 785 まで追加。
すべてにリンクがはってありますが、
アップした分までしか見られませんのでご注意。
↓ 画像クリックで飛びます。
2009年06月22日 00時14分06秒 | イラスト(他・趣味)
イラスト:あやめの君
のっぽろの北海道開拓の村へ行ったあとに
描きはじめてから足掛け3年。
長いこと未完成イラストフォルダに入っていた絵が、
ようやく完成しました。

ノーマル表示時の女給さんスタイル。

偶発表示時の和装様相。
長かった……
ほんとうに長かったです。
本来はショートショート用サイトの、
文繰文庫トップページにと考えていたのですが、
とても塗り終わる気がしなかったので、
当時塗り終わっていた窓枠と女の子を加工して、
ロゴを作って代用しました。
なにより苦労したのは壁のレンガです。
当時はペンタブもベジェも知らないので、
レンガの元型を何枚か描いてはコピーして
一面に敷き詰めたあと、
マウスで一枚一枚写真と色味を比べながら
ちょびちょびと塗っていきました。
気が狂いそう……というか、
あまりの苦痛にこころが折れて、
何個か塗ってはうんざりして中断、
何か月後かにまたすこし塗って、
うんざりして中断、というのを繰り返しました。
それがようやく終わったのです。
まさか終わる日が来るなんて……。
ちなみに開始は 06年04月05日。
完了は 2009年06月20日。
ベクター絵でいくならマウスだけでも
ほとんど困りませんが、
ラスター絵でマウスだけというのは、
対象が大きくなればなるほど
つらくなるというのがわかりました。
手前の本や手紙の直線、
女の子の着物の帯から下の直線、
背景窓枠の直線など、
マウスででこぼこを目立たせずに
描いていくのは本当に難しくて
どうにも苦痛でした。
特に難しかったのは、窓枠の中の、
細い骨組みです。
本のように中に色があれば、
多めに塗ったあと外から削っていけば
いいのですが、両側から削らなければいけないと
その手段も使えないからです。
ちなみに、右窓の中の影部分は
ここ1週間の間に描いたものです。
窓枠の外骨格だろうと中骨だろうと、
ベクターでちょいちょいで
直線は完了です。
むしろ直線のほうがよっぽど楽です。
ペンタブを使えるようになってみると、
塗り筆の大きさを、ペンタブの機能で
ささっと変えられるのが
かなり役に立つと思いました。
昔はサイズを変えるのも一手間なので
ちっともはかどらなかったのです。
いまならベクターで ぱきっとポップに
できたんじゃないかと思うと、
過ぎた年月を感じてしかたありません。
……ところで建物の一面の壁って、
レンガは何個くらい使われているんでしょうか。
2009年06月23日 02時19分42秒 | イラスト(他・趣味)
イラスト:プレゼント4コマ
友達の誕生日にと、ドライブにも役立つ
保温カップを買いに行きました。
……が。そこでとても微妙なものを発見。
水にぬらすと、トランプの外人女性に
直接描かれている水着風の模様が
透けるというものです。
このばかばかしさに思わず脱帽しました。
保温カップは、友達はきっと買わないでしょうが
買おうと思えば実用的なので
自分でも買えるでしょう。
でもこんなおばかなもの、
絶対自分では買わないはずです。
プレゼントは自分で買えるものより、
自分が買えないものを渡すのが流儀。
……ということで買ってみました。
でもなんだか微妙な気がしたので
友達には帰ってから開けてと
言い含めて、プレゼントです。
すると、そのうちメールが来ました。
普段がっかりも不満もあまりあらわさない
友達でしたが、このときばかりは
行間からも直接の言葉も
不満がみちみちていました。
……まあ確かにこんなもの自分でもらっても
嬉しいかといわれればまったく
そんなことはないと思いますけど。
でも買うのも結構恥ずかしかった上に、
値段も保温カップの倍もしたのに、
毛の先ほども喜ばれないなんて
にんともかんともでござる。
にんにん。
2009年06月24日 02時44分58秒 | ちょこのひとかけ
知性・MIDI性
わたしにとって知性とは、
『いもづる』に似たようなものです。
たとえば一つのことを口にしたとき、
即座に関連のある情報を
もって来られるという精神の働きです。
たとえばしりとり。
相手の言った単語に対し、
どれだけ早く返しの単語を思いつけるかで
知性のひらめきが見えることもあります。
またたとえば冗談。
他人の何気ない一言に対し、
どれだけ早く似た意味や発音だけ同じ単語を
引いて来られるかで、受けも知性も変わります。
これに関しては、わたしもよくやって、
よく滑ります。
『おやじギャグ』などとも言われたりして
結構ぐさっときましたが、
世のおじさんがおやじギャグを言うのは、
脳の働きのせいではないかとも
すこし思うのです。
たとえばなにかの単語を耳で捕らえると、
それに自動で意味が与えられます。
たぶん、普通の人でも、
「うめぼしが……」とか、
「海に行って……」とかを
ふと耳にはさんだとき、
頭は勝手にうめぼしや海のイメージを
思うでもなく思い浮かべているはずです。
その無意識が多少意識におりてきたところを
つかまえてしまい、意識が別の意味を
与えようとする挑戦、
それがオヤジギャグの正体ではないでしょうか。
一つの語句に対し、違う角度からの接続を試みる、
それがオヤジギャグであり、
既存に対し新しい意味づけで刺激しようとする
知性的行為なのです。……たぶん。
まあ、それはさておき。
わたしが曲を思うとき、耳の後ろに流れてくるのは
いつもピアノの音です。
むしろ、どんな曲を聞いても、
ピアノの音でしか置き換えができないのです。
ピアノ。
フォルテピアノ(強弱鍵盤楽器)という
名前を縮めた感じのように、
それ一台でどんな強弱もお手の物。
さらにはどんな和音もだせてしまう、
言ってしまえば完全楽器です。
そのせいもあって、ピアノは他の楽器との
相性がすごく悪いです。
たとえば、ギターとドラムのように、
ピアノとドラムが協奏するところが
想像できるでしょうか。
合奏といえばオーケストラが有名ですが、
通常オーケストラ構成といえば、
ピアノが入っているでしょうか。
ピアノはなんでもできるために、
逆にほかのものと合いにくい、という
悲しい性質があります。
そのために、曲を思うと
すべてピアノ曲になってしまうというのは
現代ポップを考えるときには
大変なマイナス要因です。
わたしの感覚だと、現代ポップは
リズム楽器がほぼ必須です。
でもメイン楽器をピアノにすると、
リズム楽器とあわせて考えられくなってしまいます。
また、別の楽器でメロディの断片を、というのも
すべてピアノなのだからピアノだけで充分と
思ってしまって他の楽器がつかえません。
耳コピーしようとしても、
ピアノ以外の音がわからないので、
似た曲風のものにさえとることができません。
じゃあ、どうすれば? と考えて。
とりあえずMIDIの音を聞いていくことにしました。
MIDI鍵盤で、出る音は変わりますが、
パソコン上のアプリでは音が変わりません。
アプリでは出す音をあらかじめ
決定しないといけません。
その、MIDI鍵盤で出る音と、
パソコン上のアプリで出る音を、
まずはつき合わせていきました。
MIDI規格上、全部で128個です。
MIDI鍵盤の設定と、音楽アプリでの設定とは、
カテゴリ分けがそれぞれ違って、
どこにどの音が入っているかを
探すだけでも結構手間でした。
たとえば、MIDI規格ではナンバー9、
ピアノ系鍵盤楽器のカテゴリーに入るチェレスタ。
わたしの電子キーボードでは
パーカッションのカテゴリに入っていて、
呼び出す番号は093。
これがパソコンの音楽アプリだと
クロマティックパーカッションに入っていて、
分類番号はありません。
……本当に、音楽関係のパソコン周りは
いちいち言語や規格がばらばらで
いらだってしかたありません。
全部MIDI規格の並び順でいいでしょうに。
絵や印刷関係では、RGBやYMCKという
二大規格がありますが、
アプリ上で並び替えも可逆変換もできます。
MIDI関係だって、そのアプリや
キーボードを作った会社が
自分なりに並べるなら、それはそれでいいです。
でも、MIDI規格順に並べ替える機能も
つけておけばいいだけの話なのに……。
そんなこんなでいらいらげんなりしながら、
MIDIキーボードとMIDI規格との
ナンバリングをメモしていくのは完了しました。
MIDIキーボードの001〜128番が、
MIDI規格では何番にあたるのか、という
翻訳をつけたという意味です。
これでMIDIキーボードの音を変えて、
いいなと思うものを音楽アプリでも
再現できるようにはなりました。
でも、その作業中に、番号は離れていても
似た音があるのに気づきました。
たとえば既存曲を耳でコピーするとき、
一つでとったあと、別の楽器をためすように
なれるためには、どの楽器とどの楽器が
似ているのかもわかっていないといけません。
また、MIDI楽器のどれが、
どんな雰囲気でどんな音なのかも
せめて楽器リストを見て、
わかるようにしなければ
実際に使えるようにはなりません。
そこで、今度は楽器の音の脳内マップを作るために、
MIDI楽器のそれぞれに、
・一番近い楽器は何か
・音のイメージを擬音であらわしたら何か
・似た音をもつMIDI楽器は何か
・音を言葉であらわしたら何か
をメモしていくことにしました。
これがすごい手間でした。
なんというか、ワインの味を言葉で表現しなくては
いけない気分を味わった感じです。
たとえばリードオルガンとドローバーオルガンの
音の違いはどんなものでしょうか。
アコーディオンとタンゴアコーディオンの違いは
どう書けば自分の頭で再生音を変えられるのでしょうか。
その文章を考えるのもすごくつらく、
似た音を探して、前に戻るのも
すごくめんどくさくて何度もめげました。
ちなみにわたしの感覚ではアコーディオンは、
『学校にある普通のアコーディオンの音』で、
タンゴアコーディオンは
『古い遊園地で自動演奏されるオルゴール笛の音』です。
この表を作るだけで一週間近くかかりました。
……が。途中で重大な発見をしてしまいました。
MIDIキーボードで弾くと、
『Echo drops』は
「ぽんぽんシンセ音+小さくスチールギターの弦の震え」
という表現になるのですが、
ふとアプリ上で弾いてみると、
ぽんぽんした感じはまったくなかったのです。
そういえば、アプリはサンプリング音で
値段が変わるのなんだのと聞いた気がしますが、
もしかしたら、これがこういうことなのかもしれません。
考えてみると、MIDIの規格というのは、
英単語に似ているものなのかもしれません。
たとえばMIDI 001のグランドピアノは、
『often』という単語で、このスペルがこの並びで
あることをあらわしているだけ。
それを『オーフン』と読むのか、
『オフトゥン』と読むのかは、
読む人(=MIDI楽器やアプリの作り手)によって
変わってしまうのでしょう。
これは……MIDI規格を勉強している者にとって
意外と大きな壁です。
脳内楽器の音の基準はどれにして、
どう再生されるのがいいのでしょう。
日本語で、単語を聞いて
同音異義語を即座に返すような知性を
MIDIで身につけるのは、まだ当分先になりそうです。
2009年06月25日 01時25分03秒 | ちょこのひとかけ
ゲーム雑誌スキャン完了
最近、部屋を整理している流れで出てきた、
ゲーム雑誌4箱のスキャンがようやく終わりました。
切っていく作業もスキャンする作業も
なかなかめんどくさくて、
結局3か月半くらいかかってしまったようです。
でもあれだけの量がたったDVDの3枚におさまると
なんだか変な感慨があります。
これでひとまず大きなヤマは片付きました。
あとはチラシとリーフレットあたりが
みかんのダンボール4箱くらい
残っている予感です。
がんばらなきゃ。
2009年06月26日 11時04分32秒 | ゲーム系
Wiiリモコン モーションプラスの感想
Wiiリモコンの機能拡張具、モーションプラスを買いました。
わたしは実際手にしても、友達から聞くまで、
Wiiリモコンの感度をあげるだけの
ブースターパーツだと思っていました。
たとえばWiiファミリースキーで
ギンスペシャルなどよりも出すのがむずかしい、
スプレッドイーグルが、
Wiiモーションプラスをつけることで
ダフィーなどに化けずに一発で出せるように
なるのではないかと思っていたのです。
つまり、パソコンで言うなら、
マウスの読み込み解像度が400dpiのものを、
800dpiの精度にあげるような
ハード側の追加機能であると。
でも実のところそうではなくて、
形こそ付属に見えるけれど、
一つのコントローラーを別のコントローラに変更する、
変換コネクタのようなものと考えたほうが
しっくりくるものでした。
つまり、Wii付属のクラシックコントローラーが
すべてのWiiゲームでは使えないのと同じように、
Wiiモーションプラスのコントローラーも
すべてのwiiゲームで使えるわけではありません。
それどころか、モーションプラスをつけていないと
できないゲームもあるくらいです。
今回やったwii sports resort もそのひとつ。
まず、モーションプラスで驚いたのは、
ポインタのふらつきがほとんどなくなったように
感じたことです。
今までは画面の中央から、種目を選択する時でも
ポインタがふらふらとぶれたり飛んだりしていたのですが、
今回はもわーっとぶれなく動きました。
そしてプレイ感ですが、結構おばかだった
wiiリモコンの感度が、ようやくデバイスとして
使えるようになった気分にまでなりました。
たとえば、wiiスポーツではボーリングがありましたが、
まっすぐ投げるのはかなり難しかったのです。
何度もボールを持たずにまっすぐの腕の上げ下ろしをして、
その起動がぶれないうちにBをおしながら
同じコースをたどるように腕を振る、というような
動作が必要でした。
それがモーションプラスつきの、
wiiスポーツリゾートでボーリングを
やってみた結果はこちら。
ちなみに、これが練習なしの一回目です。
一通りやってみようと試したそのときに
あまりにうまくいったので
あわててキャプチャーしました。
まっすぐのボールがまっすぐに投げられるのは、
なかなか気持ちいいです。
いま書いていたら、もしかしたら逆に感度が下がって、
すこしのぶれも直線に吸収するように
解釈してるのかもしれないとも思いましたけど……。
でも、wiiリモコンを飛行機に見立てて、
こどものように「ぶーん」なんて動かすゲームも
あるのですが、傾きなども意外と認識していたようですので
なかなか使い心地はよかったです。
ただ、wiiリモコンがやけに伸びた気がするのと
重くなった気がするのは微妙に気になって
しかたありませんでした。
はっちゃけすぎて腕が痛いです。
2009年06月27日 23時53分27秒 | ゲーム系
wiiスポーツリゾート 遊覧飛行
むさぼるようにwiiスポーツリゾートをやっていました。
対人対戦はピンポンがなかなかおもしろかったです。
特に、前回のテニスではできなかった、
ボールの下面をこすってバックスピンをかける動作が
ちゃんとできるのがいいです。
でも実際の卓球だと、前スピンには前スピン、
後ろスピンには台の前のほうでうちかえす
というような動作が必要になるのですが、
wiiリゾートでは、バックスピンはただの
右カーブになってしまうようなのが残念でした。
あとは、たぶん対戦だけしかないのが
とても惜しかったです。
わたしはお互い削りあうとか戦いあうとかが
好きではありません。
wiiスポーツのときみたいに、
チームを組んで相手と戦うのがほしかったです。
そんなこんなでピンポンやチャンバラなどを
ひたすらやっていたら、腕が痛くて
あがらなくなってきました。
そこで穏やかだった遊覧飛行をちょっと
やってみたのですが……
これが結構はまりました。
1回5分なので12回で1時間が飛んでいきます。
でも飛行機操作はかなりすなおです。
ポイントを稼いで途中から乗り換える
二人乗り飛行機は、紅の豚で出てくるもののようで
なんだか楽しいです。
夕方の飛行にすると、ポルコの隠れ家のような
場所から出発するのも、もしかしたら
意識してるのかなとちょっと思いました。
ジェット飛行機ではなくてプロペラ機だというのが
個人的には好感がもてました。
Bボタンでプロペラをとめられるというのも
なんだか好きです。
わたしとしてはせっかく複座になるのだから、
プレイヤー二人で乗り込んで、
もう一人に射撃はまかせたかったです。
そんな遊覧飛行を適当にプレイしていたら、
途中から一切ポイントが集まらなく
なってきました。
そもそも自分がどこらへんを飛んでいるのかが
まったくわかりません。
見た目の縮尺と実際の距離も
どうやらかなり違うようです。
そこでどうしようかと考えて、
マップをキャプチャーして印刷してみました。
これでなんとなく地形もわかりますし、
ポイントの分布から考えて、
まだありそうな場所も探すめども
たてられそうだと思ったからです。
……それでも最後10個あたりからが
異様にきつくなって、ぜんぜん見つからない状態で
胃が痛くなってきました。
こういうときにやめられればいいのですが
それができないのがわたしのだめなところ。
ひたすらに飛んで飛んで、
飛べない豚はただの豚になりそうなところで、
ようやく発見!
なんとかポイントは80個コンプリートできました。
――が。
実はここに落とし穴があることに気づいていなかったのです。
スカイレジャーの遊覧飛行で、
きちんとクリアを目指したいと思うなら、
こんな点に注意をするといいと思います。
01 すべてのポイントを見つけるまで、
夕方や夜には手を出さず、昼だけで行うこと
02 ポイントを見つけたら、そばにある白い風船は
撃ちもらさずすべてつぶしておくこと
わたしは夕方と夜が解放されたときに
流れでそっちへいってしまったため、
どのポイントをいつでつぶしたのかが
混ざってしまって、コンプリート後に
探してつぶしていくのがすごい手間に
なってしまいました。
また、白い風船も適当につぶしていたので
夜のあと1個がどうしても見つけられません。
……といった感じに熱中できるくらい楽しいです、
wiiスポーツリゾート。
2009年06月28日 02時39分48秒 | HP更新内容
HP更新 ショートショート
ショートショート 790 まで追加。
すべてにリンクがはってありますが、
アップした分までしか見られませんのでご注意。
↓ 画像クリックで飛びます。
2009年06月29日 05時17分01秒 | ちょこのひとかけ
角の色は移りにけりな いたづらに
最近友達がガンダムのDVDを見たそうです。
たぶんそれも関係しているのでしょうが、
東京あたりに出る用事があるので
ついでにお台場に寄って
ガンダムを見てくると言い出しました。
……お台場でガンダム?
セガのゲームセンターかなにかで
ゲーム機かと思ったのですが、
ネット検索してみるように言われました。
見てみると、お台場のどこかに
等身大のガンダム像があるのだそうです。
そんな写真を見ていたら、
ふと、違和感を覚えました。
――ツノの色が、白……?
でも、写真では作業員っぽい人も一緒に
映っていたので、塗り途中なのかもしれません。
そう思って他の写真も見てみますが、
どの写真も白いままです。
もしかしたらこれはファウンデーションの白でなく、
これで完成にしているのかもしれません。
変じゃない? と
後ろで見ている友達に聞いてみますが、
そんなのは覚えていないといいます。
わたしの記憶だと、見たことのないゼータは
置いておいても、ZZやニューガンダム、
Vガンダムでもたしかツノって
黄色(金色)のはずじゃ?
そこでガンダム自体で画像検索をかけてみると、
映画のパンフレットらしきものが出てきました。
その表紙っぽい画像ではツノは黄色になっています。
……うん、やっぱりツノは黄色です。
が。横にはテレビ版キャプチャーの画像も。
そこではツノは、なんと白です。
白……?
今度はワード検索で、『ガンダム ツノ 色』
という感じで調べてみました。
友達はそんなので出るわけないと
苦笑いしていましたが、
実際検索してみるとピンポイントで
出ること出ること。わたしも吹き出しました。
すでに3年前からもそんな話は出ていたようです。
とりあえず初代ガンダムのツノは白、でした。
個人的には、ガンダムの頭部は
鎧武者のかぶとをイメージしている気がするので、
目立つ金ぴかだと思っています。
2009年06月30日 09時03分38秒 | ゲーム系
wiiスポーツリゾート
我ながらなにやってるんだかと思いながら
熱中すると他のことができなくなる性質のため
ひたすらwiiスポーツリゾートをやっていました。
全体のつくりとしては、
ファミリースキー2に似ています。
あれのナイスポイントみたいに、
何かの行為に対してポイントがつくのですが、
ファミリースキー2とは違い、
なにをすれば出てくるのかが
あらかじめ書いてあるため
できるものはやってみようという気になります。
わたしがやりはじめたのは飛行機。
オリエンテーリングみたいな感じで、
名所にあるポイントを全部めぐれば終了
というものです。
前回それは昼・夕・夜でそれぞれ80個ずつ
集めたので、その次。
白い風船を各面で240個くらい割るものです。
いったん風船を割ったら次からでてこない
というのならいいのですが
色が変わるだけで出てくるので
どこをやったのかやってないのかが
すごくわかりづらくて手間取りました。
こういうときにきっぱりあきらめられれば
いいのですが、そうもできないのがタイプAです。
このまえ胃にポリープが見つかったというのに、
今回も吐きそうになるくらい
胃がにりにりする気分で
画面をにらみ続けました。
12回プレイすれば1時間とんでしまうという
この長い時間を何度も繰り返し、
ひたすらに時間をむだにして。
でもようやく、なんとか完了させることができました。
やっとほっとはしましたけど……とにかくつらかったです。
2009-06-09 14:40:18
なかなか興味深い記事ですね。
「サビ」ですねぇ。
自分もこの記事を読んでいろいろ発見できました。
他のジャンルでもサビがあるのだという事と、
自分の為じゃなく
他人に聴かせる為に曲を作っていた事。
(他人と言っても厳密に言えば
友人や久しい人ですけど^^;)
あまねさんの発見は今後素晴らしい方向へ
発展して行きますよ^^
運命かもですねv